WRC
2026年06月04日 05:25
今年もWRC(世界ラリー選手権)フォーラムエイトラリージャパンに携わる機会をいただきました。毎年この大きなイベントに関わらせていただけることに、心から感謝しています。5年間に及ぶラリージャパンの現場でいつも印象的なのは、トヨタの皆さんが口々に「GRヤリスを作って良かった」と語り合い喜び合っている姿です。
その「トヨタの皆さん」とは、決してレース関係だけではありません。ありとあらゆる部署の方々が、自分たちの仕事の成果としてGRヤリスを誇りに思っている。その光景は他のレース現場ではなかなか見ることができないものです。
世界ラリー選手権(WRC)に出るホモロゲーション(競技車両公認)を取得するには、ベースとなる車両が連続する12ヶ月に「2,500台以上」かつ「シリーズ全体で2万5000台以上」製造される必要があり、今までならその台数ギリギリの製造を狙うのが一般的でした。
ところが、当時社長だった豊田章男氏は全車両の基本骨格(プラットフォーム)を、いくつかの基本サイズにグループ化することから着手。その上でフロントに小型車用Bフレームを、リヤに中型車用Cフレームを組合せ、これらを組み合わせて製造できる専用工場まで用意しました。
GRヤリスは単なるスポーツカーやホモロゲーション取得用モデルとしてでは無く、世界中に販売されることで、モータースポーツ活動の屋台骨を支える車両となっているとともに、トヨタのイメージ戦略に大きく貢献している上、ビジネスとしても成立させている稀有な存在なのです。
しかも2020年から現在まで続くGRヤリスの製造ノウハウは、多くのモータースポーツ用車両の量産ノウハウをトヨタにもたらしました。人間の手で接着剤を盛り、人間の手でスポット溶接をする。それが当たり前という工場を作り出し、沢山の人材を育て上げたのです。
このGRヤリスの存在は、部品メーカー/販売店/工場スタッフ/レース関係者/エンドユーザーといった垣根を超え、これに関わる全ての人々が「世界最高峰のラリーにつながっている」と実感できるアイコン的な所まで成長しているように感じます。
WRCは2027年から大きな転換点を迎えます。新しい「WRC27」規則では、現在のRally1カーとは考え方そのものが変わります。
現在は市販車との関連性が重視されていますが、新規則では共通の安全セルを持つスペースフレームシャシーをベースとし、その外側に自由度の高いボディパネルを装着する方式へ移行します。極端に言えば、レース専用フレームの上にどんなボディを被せることも可能になります。
さらにホモロゲーション取得に必要な台数も10台程度と大幅に引き下げられる方向となっています。メーカーにとっては参戦コストを下げることができ、新規参入のハードルも大きく下がるでしょう。競技としては歓迎すべき変化です。
しかし一方で、私は少し寂しさも感じています。
もし参戦資格を得るために必要な台数が10台程度で済むのであれば、極端な話、レース専用車を10台製作すれば条件を満たせてしまいます。10台ならトヨタワークスチームだけで使い切るわけで、理論上はGRヤリスを販売する必要もなくなるかもしれません。
ただ、それでは工場は育ちません。
人材も育ちません。
販売ネットワークも動きません。
街中を走るファンのクルマも増えません。
GRヤリスが凄かったのは、レースカーを作ったことではなく、「モータースポーツを支える産業構造」を作ったことではないでしょうか。
クルマを作る人が誇りを持ち、生産技術が磨かれ、部品メーカーが成長し、ユーザーがそのクルマを購入し、その利益が再びモータースポーツへ還元される。そんな理想的な循環を実現したことこそが、本当の成功のように感じています。
来年以降、GRヤリスがWRCの舞台を走り続けるのか、それとも全く新しい車両へと生まれ変わるのかはまだ分かりません。しかし私が願うのは、GRヤリスによって築かれたこの素晴らしい仕組みが今後も続いていくことです。
モータースポーツは単なる競技ではありません。クルマを作り、人を育て、技術を磨き、産業を発展させる文化でもあります。
来年のラリージャパンでどんなマシンが走っているのかは分かりません。それでもサービスパークのどこかで、今年と同じように「あのクルマを作って良かった」と語り合う人たちの姿が見られることを願っています。
このたびはありがとうございました。









