FX
2026年07月08日 04:40
私が円安について最初にブログを書いたのは2022年4月「円が下落するという意味(リンク)」でのことでした。1ドル=128円と言う局面でした。この中では「総理や日銀総裁も含め日本人は円安について寛容な態度ですが、1ドル105円が128円になるってことは、日本円でしか給料をもらって無い方は給料が4分の3になったこと意味してるの分かってます?」と書いています。
当時から私は「日銀は金利を正常化すべきだ」と考えていました。しかし当時のテレビや新聞では、「円安の原因は日米の金利差による円キャリートレード」「投機筋が円を売っている」「投機を止めれば円安は収まる」といった解説が数多く見られました。
この時点ですでに「120円が防衛ライン」と言っていたのは軽々と突破され、「130円が限界」と言われていましたが、ココも余裕で突破。それでも「135円なら介入」等という経済評論家が大半で、円の価値がドンドン失われていることに気付いている人は少ないようでした。
半年後の2022年10月には「円安が止まらない(リンク)」と書いています。この時点では1ドル=148円となっていて、「150円なら為替介入」との話しが当たり前のように出ていた時でした。
そんな状況でしたから、私は「為替介入があったらドルを買おう」と決めていて、実際に介入があり130円前後になった年末年始に100万円分のドル建て生命保険に入りました。この時、もっと円建ての生命保険をドル建てに変えるべきだったかもしれませんが、まだ良く分かっていませんでした。
私自身「150円はさすがに行き過ぎ」と思っていたのですが、経済評論家やアナリストが言う防衛ラインは何度も引き上げられていき、日銀の利上げもユルユルとしか進みませんでした。その結果が今の1ドル=162円と言う状況なのでしょう。
そもそも、「円安はアメリカの金利が高く日本の金利が低いから円を売ってドルを買っている円キャリートレードが原因」なのでしょうか。
私は「1ドル=200円を突破する可能性もある」と書いたこともありましたが、その時の判断理由はリモートワークの普及でした。突然日本中でZoomやTeamsといったリモート会議システムに課金するようになり、NetflixやYouTubeといった動画サブスクの利用が急拡大したためです。
私を例に挙げると、コロナ禍で「Zoom・Office365・Netflix・YouTube・DAZN・Amazon prime・Disney+」へ課金するようになりました。月額約1.3万円。年間15万6千円です。
そもそもこの他にAdobe Creative Cloud Proの月額1万円を負担していました。今はAIへの課金が月額3万円ほどあります。私一人だけで前述のサブスク分を合わせると月額5.3万円・年間60万円以上が円からドルになっているわけです。
この他にもNISAを活用する人が激増(総口座数は約2,826万口座で国民の3分の1が利用)。利回りで選べばオールカントリーやS&P500といった商品を選ぶ方も多いでしょうから、当然ながらアメリカへ投資することになり、円が着実にドルへと流れるわけです。
仮に3千万人がサブスクへ月額3千円課金するとして900億円/月。年間で1兆円以上。つみたてNISAで月額3万円をアメリカへの投資に回す人が1千万人いたとして年間で3兆6千億円。少なく見積もっても毎年5兆円は普通の日本人が円をドルに流している計算になります。
つまり、私から見ると現在の円安理由は円キャリートレードなんてレベルでは無く、構造的な物に見えるわけですよ。そして私の視点に基づいて、私は全資産を着実にドルへと変えています。経済評論家なんてあてに出来ませんからね。
Temu・SHEIN・AliExpressで買い物をすれば着実に円が外貨に替わります。これも円安要因でしょう。Amazonで買い物したってアメリカ企業です。しかもAmazon商品には多くの越境ECが含まれています。日本人は毎日円を捨てて外貨へと替えているのが現実なのではないでしょうか。
もちろん、為替は日米の金利差だけで決まるものではありません。輸出入、企業の海外投資、観光、エネルギー価格、各国の金融政策など、数え切れないほどの要因が重なって動いています。
ただ、この数年間で私たち日本人の生活そのものが大きく変わったことも事実です。海外のサブスクを利用し、海外企業のAIサービスへ課金し、NISAで海外株へ投資し、海外ECサイトで買い物をする。そのたびに円は外貨へと替えられています。
私は、こうした「生活様式そのものの変化」が、円安の構造的な背景の一つになっているのではないかと考えています。だからこそ、これからも「経済評論家が何と言うか」ではなく、自分自身で考え、自分自身の資産をどう守るかを判断していきたいと思っています。
数年後、このブログを読み返した時に、「あの時から日本の構造は変わっていたのか」と思うのか、それとも「見当違いだった」と思うのか。その答えはまだ誰にも分かりません。しかし、自分なりの仮説を持ち、行動し、その結果を検証し続けることこそが、一番大切なのではないかと思っている私です。









