鈴鹿
2026年04月17日 05:46
鈴鹿8時間耐久レースは、オートバイ世界耐久選手権シリーズの一戦です。かつては日本独自のレギュレーションが許容される大らかな一面もありましたが、2012年頃から国際基準に合わせる形で急激に厳格化されました。そんな中、新たに義務付けられたのが「給油時の耐火服着用」です。当時、チーム監督だった私のうっかりで耐火手袋を買い忘れるという失態を犯し、装備車検で不合格に。急いで代わりを見つけなければならなくなりました。2013年のことです。
藁にもすがる思いで鈴鹿サーキット向かいの「ハラダカートサービス」さんへ駆け込むと、「手袋くらい何枚でもあるよ」と心強いお言葉。胸をなでおろしていると、オーナーから「なんで急に必要になったの?」と声をかけられました。
「実は8耐の給油に耐火服が必要になりまして・・・」と事情を話すと、オーナーがさらっと「あそこにいる人、8耐で優勝したらしいよ」と言ったのです。
振り返ると、そこにいたのはなんと、マイケル・ドゥーハンその人でした。
ご存知ない方のために説明すると、彼は1994年から1998年までロードレース世界選手権(WGP)の最高峰500ccクラスで5年連続チャンピオンに輝いた、伝説の「絶対王者」です。
しかも彼は、日本を足がかりに世界へ羽ばたいたライダーでもあります。1987年にプライベートチームからTT-F1世界選手権日本ラウンドに出場し3位表彰台。翌年にはスーパーバイク世界選手権で優勝。ヤマハのワークスマシンを駆り、日本で開催された世界戦で次々と勝利を挙げました。
1989年にホンダワークス入りしてからは、下のクラスを経由せずいきなり500ccクラスへ参戦。大怪我を乗り越え、引退まで強烈なまでの強さを誇った超人なのです。
そんなレジェンドが鈴鹿のカートショップで何をしていたかというと、息子さんのレース用品を探していたのでした。「ちょうど8耐で日本に来る用事があったから、息子のカートグッズを見に来たんだ」と、驚くほど気さくに話してくれたのが印象的でした。
話はここで終わるものですよね。ところが2024年、F1チームのアルピーヌが、2025年からのレギュラードライバーとしてジャック・ドゥーハンの起用を発表。さらに予定を早め、2024年の最終戦から参戦することになったのです。
最近になって「ジャックはマイケルの息子だよ」という話を聞き、ネットで調べてようやく点と線がつながりました。あの日、鈴鹿で伝説の王者が一生懸命グッズを探していた「息子さん」こそ、当時11歳のジャック君だったわけです。
バイクの世界王者の息子が、四輪最高峰のF1ドライバーになる。まるでマンガのような話ですが、紛れもない現実です。
信じられないようなチャンスを自ら掴み取ってきたお父さんだからこそ、息子にも最高の場所を目指せと伝えられたのでしょう。あの日、鈴鹿の片隅で真剣にカート用品を選んでいた姿は、世界王者という肩書きを脱ぎ捨てた、一人の「夢を応援する父親」そのものでした。
監督の私が「アホ」でなければ、あの伝説のパパに出会うことも、この奇跡のような繋がりに気づくこともありませんでした。たまには失敗してみるものですね。皆さんも、ふと隣にいる人が未来の世界王者の父・・・なんてことがあるかもしれませんよ。
私がスポンサードしているモトバムというレーシングチームにも若いライダーが何人も所属しています。どのライダーも保護者の方々からの送迎/メカニックサポート/資金援助・・・といった様々な支援を受けて未来の成功を目指して頑張っています。
夢を追い続ける親子の姿を間近で見られることは、私の人生において大きな宝物であり日々の活力となっています。
二輪と四輪、形は違えど「世界一」を目指すドゥーハン親子の挑戦も素晴らしいですが、若い子供達には無限の可能性がある。その可能性を応援し続けられている今の環境は、お得意様や弊社スタッフにご支援&ご理解いただいて成立しているものです。
今週はオートバイのルマン24時間レース。そして来週は宮城県のSUGOで(JSBクラス以外は)全日本ロードレース選手権の開幕戦となります。今後ともご声援のほどよろしくお願い申し上げます。
2025年12月27日 05:06
鈴鹿8時間耐久レース(以下8耐)の決勝前日に行われるのが定着していた鈴鹿4時間耐久レース(以下4耐)。私が高校生から20代前半までは市販車ベースの250cc/400cc車両によっておこなわれていました。2000年代に車両は市販車ベースは変わらないものの排気量が600ccへと変更されます。その昔は8耐が750ccマシンでの戦いでしたので、4耐が昔の8耐レベルに激しいレースになったともいえるかも知れません。
実際に予選タイムを見てみると、1985年の8耐予選1位ケニーロバーツ選手が2分19秒台/2位のワインガードナー選手は2分20秒台なのに対し、2024年の4耐予選は国際ライセンス1位の千田俊輝選手が2分14秒842/国内ライセンス1位の冨江慧選手が2分17秒626ですから、昔は2輪専用シケインが無かった事を考えると大変なタイムアップです。
8耐決勝前日の土曜日に開催されていた4耐はいつしか単独開催へと変更。そこから数年後の2024年8月3〜4日を最後に4耐の歴史は幕を閉じたとされていました。つまり去年はあったけど今年は無かったという話しです。
そして今回、鈴鹿サーキットより「来年2026年9月4日スポーツ走行/5日予選/6日決勝で4時間耐久レースを開催する」と驚きの発表がありました。なんとあっという間に復活です。来年の8耐は7月5日決勝なので梅雨ど真ん中間違いなし。観戦するなら4耐が良さそうですよね。
これは私共600ccクラスに何台も若者が走っているチームにとっては一大事。ここに出場するかどうかを検討しないといけません。きっと大量に走行枠が設定されるので、ここに出ているか出ていないかでシーズン終盤戦のスキル差も相当な物になると思われます。
いやー、鈴鹿サーキットさんありがとうございます。そもそも8耐と同じ時期の開催はホテルを取るだけでも大変で鈴鹿参戦は結構なハードルでしたし、8耐やりながら4耐やった年もあって、それはそれでスタッフ全員が疲労困憊したので、ここに歓迎の姿勢を表したいと思います。
参戦車両はST600クラス準拠で決勝最大50台。30歳以下ライダーを入れたチーム構成で争う「8H(耐)チャレンジクラス」、年齢制限の無い「ファンクラス」、車両開発や環境対策中心の「Dクラス(順位に反映されない賞典外開催)」の3クラスだそうです。
ちょっと面白そうなので出てみようかなーって方は、ホンダ車でよければ各種ご案内可能かと思いますので、ぜひお声がけください。そして観戦される方は来年9月に鈴鹿サーキットでお会いしましょう!
2025年11月09日 05:58
昨日は朝9時過ぎから鈴鹿へ移動してNGK杯の予選を観戦して来ました。なんといっても見ごたえあったのがINT ST600クラス。伊達悠太選手、長尾健史選手(長尾謙吾選手じゃないっすよ)、亀井雄大選手のトップ3争い。亀井選手がST600でどの程度走るかにも興味ありましたし、久々の長尾健史選手の走りにも興味ありましたが、圧巻だったのが伊達悠太選手のコースレコード!全日本の荒川コータ選手の記録を上回りましたからね。
どのクラスも見事な走りで、かなり良いタイムが出ていたので、コースコンディションが良かったのでしょうが、それにしても皆さん素晴らしい走りでした。
あと、今回はエントリーしていたもののMFJ-GPで背骨骨折により欠場となった吉廣光選手ですが、鈴鹿中央総合病院で手術を受け、無事成功して歩けるようになったとの報告もありました。こちらも良かった。
帰る前に鈴鹿レース関係者にとって中華料理の代名詞となっている「破天荒」で、こちらも名物のロース飯定食(ロース飯,焼餃子,ミニ麻婆豆腐,スープ)をいただいて帰ってきました。
もちろん若手の可能性ある方々の走りもしっかり見てきましたよー。それについてはココには書きませんが、つねに地方選には注目しております。関係者のみなさんは、明日の決勝も頑張ってください。

2005年07月31日 22:20
鹿8時間耐久レースのチケットが当たったので、車で鈴鹿サーキットへ行ってきました。元SMAPの森君(現オートレーサー)が監督を務めるチーム等も出場して、華々しく開催されていました。
鈴鹿までは東京から車で約6時間。夜の10時に出て、明け方4時に到着。そして、そのまま駐車場へ行きました。
鈴鹿の8耐へ車で行く方は、必ず明け方のうちに駐車場に入ってください。朝10時もなると、満車で停めるところがなくなります。
元GPライダーで、現在はオートレーサーの青木治親選手のポケバイに乗せてもらって、写真を撮影しました。
ちなみに、青木治親選手は3位に入賞していました。引退してかなり経過しているのに、すごいことですね。
今年はパドックでのんびり観戦です。
コチラちゃんのお誕生日ショーは、8耐のスタートと同時。そのため、スタートしたばかりのピットに移動すると、仮面ライダーがいました。








