避難所
2026年08月02日 06:22
この記事を書くのは何度目でしょうか。それでも思い出した時しか書く機会がないので、何度でも書きたいと思います。大震災で生死を分ける最初の分かれ目は、発災直後に生きているかどうかです。ドーンという激しい揺れから数分で、大半の方の生死は決まってしまいます。次は動けるかどうかの確認です。閉じ込められたり、家具や建物の下敷きになったりした場合は、救助が来るまで生き延びる必要があります。ただ、多くの方は生きていて、体の自由が利く状態だと思います。
生きていて自由が利く方は、ここから延々と続く余震への恐怖に耐える数日間を過ごします。本震と同じような揺れが何度も襲ってくるため、どんな小さな地震でも「またあの揺れか!?」と体が敏感に反応するのです。ちなみに阪神・淡路大震災では、発生初日に644回(うち有感地震62回)もの余震が観測されました。
多くの方は、多少の被害があっても自宅避難を選ぶはずです。一部の方は避難所へ向かうでしょうが、覚悟しなければならないのは、「避難所を運営するのは避難民自身」という現実です。
当たり前ですが、自治体職員も町会役員も消防団員も、みんな同じ被災者です。避難所へ行けば誰かが炊き出しをしてくれて、何でも準備されていると思ったら大間違いです。自宅の片付けが一段落する翌日、あるいは翌々日になって、ようやく本格的な運営が始まるケースも少なくありません。
そして、多くの方が地獄を見るのがトイレです。
あなたの家や避難所のトイレは何年前に設置されたものでしょうか。1990年代の製品なら1回流すのに約13リットル。少し新しいものでも約8リットル。最新の超節水型でも5リットル弱です。さらに古い便器なら20リットル近く必要なものも珍しくありません。
これ、断水すると流れないのです。
流すにはバケツで大量の水を流し込む必要があります。しかし、飲み水すら不足する状況で、トイレに何リットルもの水を使えるはずがありません。
その状況でトイレを使った場合、最初の1回目はタンクに残っていた水で何とか流せます。しかし2回目は水がありません。それでもレバーを回すので、便器内の水だけが抜け、肝心の便は残ります。
その状態で便器にためられるのは何人分でしょうか。せいぜい2人分が限界でしょう。つまり、3人目が使った時点で、そのトイレは実質的に使用不能になります。
ところが、人間はトイレを我慢できません。
使えないと分かっていても次々と利用され、やがてトイレットペーパーがなくなると、水に溶けないティッシュペーパーや新聞紙、ウェットティッシュまで便器へ入れられるようになります。そうなると詰まりはさらに悪化し、悪臭も急速に広がっていきます。
これは避難所だけの話ではありません。自宅避難している家庭でも全く同じことが起こります。流せないトイレしか使えなくなった人たちは、「どこか使えるトイレはないか」と避難所や自治体施設へ集まってきます。そして発災から数時間もすれば、多くの避難所では水洗トイレが使用禁止になるのが現実です。
10年前の熊本地震でも、この光景を目の当たりにしました。益城町の避難所に着いた時には、すでにトイレは悲惨な状態になっていました。誰かが悪いのではありません。人間は食べれば必ず排泄する生き物だからです。
そんなわけで、私は各所で簡易トイレの備蓄をお勧めしています。分かりやすく言えば、大人用のおまるです。できればそれに加え、トイレ用の小型テントと、簡易トイレにも通常の便器にも使える携帯トイレ(凝固剤入りの処理袋)を備えておけば理想的です。
品川区では2年前、携帯トイレを全区民へ配布しました。しかし、それだけでは十分とは言えません。通常の水洗トイレが使えなくなった後でも使用できる簡易トイレがあれば、被災後の生活環境は劇的に改善されます。
阪神・淡路大震災の頃は、防災備蓄といえば缶入りカンパン程度しかありませんでした。その後、アルファ米や保存水などが充実した背景には、「もっと良い避難生活を送りたい」という被災者の声がありました。
しかし現実には、食料が本当に不足して困るのは最初の数日間です。その状況で「少しでもおいしい物を」「温かい食事を」と言う人は、実際にはそれほど多くありません。
昔からある三立製菓の缶入りカンパンには、カンパンだけでなく氷砂糖も入っています。それだけでも命をつなぐ最低限の栄養補給はできます。食べる量を抑えれば排泄も少なく済みます。飲料水さえ確保できれば、救援物資が届くまで何とか持ちこたえることはできるでしょう。
私が本当に備えてほしいと思うのは食料よりもトイレです。人間の尊厳は、食事だけでは守れません。安心して排泄できる清潔なトイレがあって初めて、避難生活の最低限の尊厳が保たれるのです。
防災用品を一つだけ買うなら、私は迷わず簡易トイレを勧めます。それが、大震災を経験した私が何度でも伝えたいことです。
2025年08月14日 07:48
私が避難所体験をしたのは神戸市東灘区に住んでいた1995年1月の阪神淡路大震災で1度だけ。震災直撃を受けたものの自宅マンションは壊滅的でもなく(修復費用約300万円程度の被害)、避難の必要性はそれほど高くありませんでした。ところが地震の翌朝5時に避難命令が出されたのです。理由は巨大ガスタンクのガス漏れが発見されたからというもので、偶然にも「最悪避難所もありだな」と地震当日に思っていた私は、電気の延長コード・小型液晶テレビ・携帯電話充電器・歯磨きセット・タオル・ティッシュ・ビーチマットをリュックに入れて準備していたので、すぐに移動することができました。
この体験から言えるのは、避難所へはできるだけ早めに移動すべきってこと。絶対に壁がある場所のほうがもたれかかれるし落ち着ける上、コンセントのある場所だと電気が来れば電源も取れます。お花見の場所取りと同じで早く行って広く場所を確保することが絶対に重要です。
行ったこともない六甲アイランド小学校という場所が避難所でしたが、救援物資は結構離れた東灘区役所で止まっているとの話しを聞いていたので、六甲アイランド内から区役所まで荷物を取りに行ったら、止まってるどころかあふれかえって路上に山積みになってました。何もかも混乱してましたねー。
ガス漏れ騒ぎは数日で収まって自宅へ戻ったものの、それでも住んでいたのが10階で、そこから水を給水車にもらいに行くにも18リットルタンク2個を持ってマンション玄関から約300m先の給水所へ行ってからが一大事。約40kgになった水タンクを持って300m歩いて戻ったら階段を10階まで登るという地獄が待ち受けてました。
今は多くなったタワーマンションの高層階に住んでる方は確実にエレベーターは止まりますので、被災したらすぐに避難所へ行かないと地獄を見ますよ。私は10階でも心が毎日折れまくってました。
この体験から得た物は多く、水をはじめ救援物資を運ぶには台車がいるってこと、水タンクも必要ってことと同時に、避難所にはできるだけ早く行って良い場所を確保するということを学びました。
台風・線状降水帯・ゲリラ豪雨とイロイロ大変なことが発生しまくっているようですが、もし自治体や町会による避難所開設が行われたら、できるだけ早めに行ってください。とくに都会は地域住民じゃない通勤の人や旅行者であっという間に満員になっちゃいますから。
日本人は自宅で靴を脱ぐ人が大半なので、ベッドサイドに靴が常時ある国の人々と比較すると避難が遅れがちだし足を怪我しがちなので、できれば寝る場所に靴も置いておかれたほうが良いかもと思ってます。昔話でした。
昨夜は大阪関西万博でも帰宅困難者が多発して多くのパビリオンが避難所として機能したと聞いております。各所で被害にあわれた方の1日も早い生活改善を祈っております。









