津々見友彦
2026年01月07日
ジョニー・チェコットの全日本F2映像
ベネズエラの件から気になってジョニー・チェコット(ベネズエラ出身)の全日本F2映像を探していたら、わざわざ私がネット上にアップしなくてもYouTubeに動画がありました。その中でも気になったのが1982年のグレート20レーサーズ(リンク)。まだ当時の私はホンダがF1に再挑戦するなんて全く予想だにしてなかったですが、ホンダ側はしっかり準備していたのでしょう。鈴鹿でのレースだというのにヨーロッパF2選手権に出ているスピリットホンダとラルトホンダを呼び寄せてます。
このレースがスゴイのは、その後F1にステップアップした選手の多さ。予選上位順に書くと以下のような感じ。(以下敬称略)
・中島悟
・ステファン・ヨハンソン
・ジョナサン・パーマー
・ティエリー・ブーツェン
・ジョニー・チェコット
・ケネス・アチソン
・クリスチャン・ダナー
(前座F3)・鈴木亜久里
すごい時代ですねー。まだバブルの雰囲気すら無かった時代に、これほどのドライバーを集めてF2やってたんだから、日本のモータースポーツは昔も凄かったんだと痛感しました。
前座のF3では予選ポールポジションインタビューに高橋徹が出て来てるんですよねー。彼はこの翌1983年に電撃的にヒーローズレーシングに加入してF2開幕戦で2位フィニッシュ。富士GCシリーズ最終戦での不幸な事故が無ければF1に行ってたでしょうね。
同じくF3決勝2位の小河等選手もF1目前まで行きましたよね。小川選手も翌1983年にまさかの型落ちマシンに唯一のトヨタエンジンという形でF2参戦してました。(1992年にスポット参戦した鈴鹿F3000での事故により他界)。
当時のF2シャシーはマーチが主流でしたが、この後ラルトに圧倒されちゃうんですよねー。ただし1987年日本のレイトンハウスをスポンサーとしてにF1進出。2年後にはレイトンハウスに買収されました。
このレース、シャシーがマーチ(822,812,802)/スピリット/ラルト/ローラ/トールマン/マウラーと6社8種類も出ているのも珍しいんですよ。いろいろ昔を思い出すことができました。また機会があれば昔のF2も振り返ってみたいと思います。
この動画にはありませんでしたが、当時の鈴鹿F2中継には番組最後に前座のスーパーシビックレースを車載カメラとマイクを付けた津々見友彦(様々なワークス経験後に国内トップフォーミュラ参戦/この日は優勝)がレースをしながらレポートするコーナーがありました。あれも楽しみだったなー。
最後になりましたがピットレポーターの今宮純さんの姿も久々に拝見することができました。コロナ目前の2020年お正月明けに亡くなられたのでもう6年ですね。みなさん素晴らしいレースを魅せてくださりありがとうございます。
ベネズエラのジョニーは大変だと思いますが、何事も無く無事であることを祈っております。
gq1023 at 05:30|Permalink









