東急
2026年10月03日 06:18
その昔、インドネシアの首都ジャカルタで「通勤電車」といえば、それはもう日本では考えられないような光景でした。電車はすし詰めどころの騒ぎではなく、ドア付近から人があふれ、列車の屋根の上にまで人が乗っているといった感じ。道路へ出れば、こちらも大渋滞。クルマもバスも全く動かない。私が昔見たジャカルタは、とにかく「移動する」ということ自体が大変な街でした。
そんなジャカルタの公共交通を大きく変えたものの一つが、日本からやってきた中古の鉄道車両です。2000年ごろから日本の中古車両の導入が本格化し、JR東日本、東京メトロ、東急などで使われていた車両が次々と海を渡りました。
中でも圧倒的な存在となったのがJR東日本の205系です。埼京線、横浜線、南武線、武蔵野線などを走っていた205系が、2013年から2020年にかけて812両もジャカルタへ渡りました。
しかも日本から渡ったのは「電車」だけではありません。JR東日本は社員を現地へ派遣し、車両のメンテナンス、乗務員管理、安全、接客などについても技術支援を続けてきました。
その結果、以前とは比べものにならないほど輸送環境は改善しました。冷房の効いた電車がドアを閉めて走る。当たり前の話なのですが、その「当たり前」が昔のジャカルタでは当たり前ではありませんでした。
道路交通でも2004年には専用レーンを走るBRT「TransJakarta」が登場。そして2019年にはインドネシア初の地下鉄となるジャカルタMRT南北線が開業しました。こちらも日本の円借款によって整備され、日本の技術や運行ノウハウが導入されています。
ところが2023年、大きな方針転換が起きます。日本の中古電車をこれ以上輸入せず、自国製車両を導入するというのです。
しかし、電車は「国産化します」と宣言したからといって、すぐに何百両も造れるものではありません。そこで不足分を補うため、中国のCRRC青島四方製の新型電車11編成を導入。2025年から営業運転を開始しました。
インドネシアの鉄道をめぐる日本と中国の関係といえば、ジャカルタ―バンドン間の高速鉄道も忘れられません。日本が長年にわたって調査を進めてきた計画でしたが、最後は中国が受注。日本側が実施した調査の情報が中国側にも渡ったとされるなど、その選定過程をめぐって日本側に大きなしこりを残す結果となりました。
現在のインドネシアでは、高速鉄道は中国、ジャカルタMRTは日本、通勤電車は日本、中国、インドネシア製が入り交じるという興味深い状況になっています。
今年4月には、ジャカルタ近郊で停車中の通勤電車に長距離特急が衝突し、16人が死亡、100人を超える負傷者が出る大事故も発生しました。事故調査では信号や通信など複数の問題が指摘され、車両だけでなく、信号、通信、運行管理、保守、教育などを含めた「鉄道システム全体」の重要性が改めて浮き彫りになりました。
そんな中、ここへ来て再び大きな動きが出てきました。いったんストップしたはずの「日本の中古電車輸入」が復活しそうなのです。
計画されているのは、なんと23編成。12両編成が7本、8両編成が16本というかなりの規模で、インドネシア国会も9月23日に計画を承認しました。背景にあるのは深刻な車両不足です。
利用者は増える。古い車両は更新しなければならない。しかし国内生産だけでは必要な数を揃えられず、2029年には最大45編成が不足する可能性もあるとされています。
新品なら納入まで最大2年程度かかるのに対し、日本の中古車なら輸入が認められれば短期間で投入できる。それだけ日本の中古電車は「即戦力」ということなのでしょう。
一度は「もう中古車には頼らない」と決めたインドネシアが、再び日本の中古電車を必要としている。考えてみれば、日本で30年以上走った電車が、海を渡って人口1000万人を超える巨大都市の通勤を支えるというのも凄い話です。
日本では「古いから引退」となる車両でも、きちんと整備すれば、まだまだ世界で必要とされる場所がある。そして日本が輸出してきたものは、電車そのものだけではなく、安全に走らせ、時間通りに運び、毎日整備するという鉄道のノウハウだったのだと思います。
さて、今回ジャカルタへ渡るのは、いったい日本のどの電車になるのでしょう。線路幅はJR在来線と同じ1,067mmの狭軌で、電化方式も直流1,500V。20m級の片側4扉車で、もし2,950mm級のワイドボディまで走れるのであれば候補はかなり広がりますが、従来の日本車と同じ2,800mm級までとなると、これからまとまった数が退役する車両はかなり限られてくるのが実情です。
かつて205系がそうだったように、日本で見慣れた電車が第二の人生をジャカルタで送ることになるのなら、それはそれで楽しみなニュースですね。









