愛知
2026年09月28日 08:53
現在開催中の愛知・名古屋アジア大会において、世界各国の選手団や海外メディアなどから、運営をめぐって様々な指摘が寄せられています。その状況を見ていると、私は、本大会に電通が関わっていないことも、その背景の一つにあるのではないかと感じています。電通にはスポーツを専門に担当する部署があります。ここには信じられないほどありとあらゆる競技の担当がいて、各競技団体にも出向者や常駐者がいたりします。それはもう、セパタクロー担当やジェットスキー担当までいるほどです。ここまで幅広いスポーツに専門的に関わる広告代理店は、世界的に見ても珍しいのではないでしょうか。
私は長野オリンピックが終わった頃に電通グループを退社したので、昔の話しか知りませんが、当時の電通は、徹底した「得意先ファースト」の会社でした。
もちろん会社ですから、売上や利益の目標はあります。私自身、「示達数字」と呼ばれる目標数字を提示されたこともありますし、「もっと頑張れ」と言われたこともあります。しかし、少なくとも私は、数字だけを理由に厳しいノルマを押し付けられた経験はありません。
むしろ、得意先から頼まれれば、採算が合わなくても何とかしてしまう。そんな仕事を私は何度も見てきましたし、自分自身もやってきました。会社としても「お得意の指示ならやれ」と背中を押してくれました。
東京オリンピック・パラリンピックをめぐって、電通や組織委員会の元理事だった高橋治之さんに対する捜査、そしてその後の報道を見ていると、私は今でもどうしても違和感を覚えます。
もちろん、私は検察や裁判所の判断を否定しようというつもりはありません。実際、東京2020大会のテストイベントをめぐる談合事件では電通グループの有罪判決が確定していますし、公正取引委員会も独占禁止法違反を認定しています。
ただし、私が在籍していた当時の電通の国内事業について言えば、テレビ・ラジオ・新聞・雑誌・交通広告などへのレギュラー出稿による継続的な取引が、会社の大きな事業基盤となっていました。
ですから、翌年以降に継続的な売上が期待できるわけでもない一度限りの巨大スポーツイベントで、何が何でも大きな利益を出そうとするという発想そのものが、私が知っている当時の電通の仕事の進め方とは、どうしても結びつかないのです。
東京2020についても同じです。電通は大会のために大量の人材を投入しました。社内のエース級と言っていい社員を次々と集めてオリパラ局を作り、さらにそれ以外にも2020室等を設置して、大会を会社全体で支援しました。
東京都や組織委員会にも多くの人間が出向しました。当然、費用をいただいている人間もいましたが、私が知る範囲では、実質的には電通側の持ち出しに近い形で働いていた人間も多数いました。
人を出せば、その人の人件費が消えるわけではありません。誰かがそのコストを負担することになります。しかし、事件後の報道を見ていると、こうした電通側の負担や、大会を成立させるためにどれだけの人材を投入したのかという話は、あまり語られていないように感じます。
事前大会と本番については、ほぼ実施レベルで使える運営マニュアルを作成しました。ただし、組織委員会側には、これを各社にも経験させたいとの考えがあり、私の記憶では、各社にはそのマニュアルを活用する形で業務が発注されていったはずです。
後に談合事件として問題となったテストイベントは、本大会のためのリハーサルでもありました。組織委員会側には、本番になって突然、経験のない会社に巨大な国際スポーツ大会の運営を任せるわけにはいかないので、事前に複数の会社に経験してもらいたいという意向があったと、私は認識しています。
しかし、各広告代理店の中でもスポーツ専門部署を持つ会社は限られ、オリパラ専従員を確保できる会社も多くありませんでした。そのため、各社から希望する競技・会場などを聞き、業務委託先候補を選定していく必要がありました。この受注希望の確認や受注予定者の調整などが、公正取引委員会によって競争を実質的に制限する行為だったと認定されたわけです。
スタンド設置や物販等についても、私たちは計画策定には関わったものの、最終的にはゼネコンや大手流通企業など、別の事業者へ発注されたものが数多くありました。私の立場から見ると、そこで蓄積してきたノウハウを他社に提供したという側面も少なからずあったように思います。
高橋治之さんの件についても、私は同じような違和感を持っています。
高橋さんはもともと、スポーツビジネスの世界でスポンサーを集めることを仕事にしてきた人です。東京2020では、それまでスポーツスポンサーとはあまり縁のなかった企業にまでスポンサーになってもらう必要がありました。大会には、それだけ多額の資金が必要だったからです。
そして高橋さんの周辺では、企業にスポンサーになってもらうための営業活動が行われました。私は、それ自体が特別なことだとは思っていません。長年それを仕事にしてきた人だからです。私の理解では、そうした能力や経験を期待され、本人の当初の意向とは別に、最終的に組織委員会の理事を引き受けることになったという経緯がありました。
結果的には、企業から支払われた金銭が「民間人として行った本業の対価」なのか、「組織委理事として便宜を図ったことへの対価」なのかが刑事事件では大きな争点となったわけですが、長年本業として行ってきたスポンサー関連のビジネスとの境界をどのように考えるのかという点について、私は今でも複雑な思いがあります。
ここは司法の判断と、私が仕事の現場で感じていたことを混同してはいけないと思っています。それでも、一連の事件を見ていると、私はどうしても考えてしまいます。いったい、国はこの事件を通じて何を示したかったのだろう、と。
もちろん「国が電通を懲らしめようとした」という証拠を私は持っていません。だから、そうだったと断定するつもりもありません。ただ、公正取引委員会自身が、この事件について、巨大な国家的プロジェクトで社会的影響が大きいことなどを理由として、厳しい対応をしたと説明しています。
さらに当時の公取委事務総長は、これまで独占禁止法違反があまり見られなかった広告代理店やイベント業界について、「こういった業界にも警鐘を鳴らすような側面があった」とも述べています。この言葉は、私には非常に引っ掛かります。
東京2020のために大量の人間を投入し、採算の取れない仕事も引き受け、ノウハウを提供し、他社にも仕事を回しながら、何とか大会を成立させようとしていた。私は、その現場を知っています。
それが大会終了後になると、「五輪で巨額の利益を得た電通」「電通主導の談合」といった言葉で語られるようになりました。法律上の責任が認定されたことと、東京2020で電通が果たした仕事全体をどう評価するかは、本来分けて考えるべき話ではないでしょうか。
私は電通グループにいた人間です。ですが退職したのは27年以上も前ですので、現在の電通の考え方や方針については分かりません。ただ、あの一件以降、国や自治体が威信をかけて実施するような大型事業に対して、以前のような形で電通が関わることが難しくなってしまったとすれば、それは残念なことだと思っています。
国際スポーツ大会は、世界の人々に日本をプレゼンテーションする場でもあります。今回の愛知・名古屋アジア大会で運営上の様々な問題が海外にまで大きく報じられている状況を見ると、日本の国際イベント運営能力そのものに疑問を持たれかねないことを、私は非常に残念に感じています。
経費節減や公平な事業者選定を求める発注者側の事情も当然あるでしょう。一方で、価格を重視する競争入札だけでは、長年蓄積された経験やノウハウ、緊急時の対応能力といった、金額だけでは測れない価値をどのように評価するのかという問題も残ります。
国際的な大型イベントでは、価格と同時に、こうした能力を適切に評価する仕組みも必要なのではないでしょうか。
昨年の大阪・関西万博でも、東京2020以前とは電通の関わり方が大きく変わったように感じました。万博そのものは多くの来場者を集めて成功を収めましたが、世界に向けた情報発信という面では、個人的にはもう少しできることがあったのではないかと感じています。
伊勢志摩サミットでは電通の働きが随所に目につきました。私は一切仕事に関与しませんでしたが、その動きには感動すら覚えたほどです。だからこそ、今回のように電通の支社もある愛知地区で、国際大会の運営をめぐる残念な報道が相次いでいる状況を見ると、これまで大手広告会社などが担ってきた経験やノウハウの重要性を、改めて考えずにはいられません。
今後、このような国際的アピールの機会に、採算だけでは測れない部分まで含めて、人材やノウハウを提供する会社は生まれてくるのでしょうか。東京2020をめぐる一連の事件と、その後の業界への影響は、今後の日本の国際イベント運営にも少なからぬ影響を残しているのではないかと、私は感じています。
最後になりましたが、以上はあくまでも、かつて電通グループに在籍し、スポーツイベントの仕事にも関わったことのある私個人の経験と私見に基づくものです。事実関係について誤りや認識違いがありましたら、やさしくご指導、ご鞭撻いただければ幸いです。









