2026年06月02日 06:14

スクリーンショット 2026-06-02 0551325月31日東京ドームで開催されたライブを最後に「嵐」が解散したそうです。動画配信でライブを観たというファンの方は、「最近のYouTube等では太っちゃってたメンバーもしっかり痩せてガッツリ踊っていた」と言ってました。

嵐の思い出と言えば売れていなかった時代に遡ります。とにかく記憶にあるのはチケットが売れなかったこと。座席が埋まらず空席を黒い布で隠すなんてのは当たり前。テレビ中継が入る時は、空席が無いように見せるため前方に来場者を移動させたりもしていました。

代々木第一体育館や横浜アリーナですら空席が出る有様でしたから、国立競技場を埋め尽くすようになって以降しか知らない方にはウソのような話しかもしれませんが、結構きびしい時代があったのですよ。

ただ、決して座席が埋まっていなくても手を抜くようなステージはありませんでした。しっかり本気でライブをやり、それはどんな地方に行っても変わりませんでした。

激変のキッカケは約20年前にリリースされた「ARASHIC」ってアルバムだったでしょうか。この時は「アラシックツアー」ってコンサートツアーが開催されたのですが、結構な勢いで次々と追加公演が決まり、一気に人気が高まってきていることを感じさせるツアーでした。

後にメンバー達が「1日3回公演が行われた」と言っていたのもこのツアー。3回やっても埋まるならやるでしょって感じ。ちなみに昔のSMAPは1日5回公演ってのも普通にあり、途中いいともに出ているメンバーが抜けるといったのも結構ったんですけどね。

この時に、当時のジャニーズ事務所では「ワールドツアー」と呼んでいたライブが発表になります。その場所は今のLABI渋谷(ヤマダ電機)がある場所。ここが建設前のさら地でコインパーキングになっていて、その場所で記者発表会がおこなわれたのです。

巨大な直径約2m以上もある地球儀が神戸の装飾屋さんから運び込まれ、嵐のメンバー5人も勢ぞろいしての記者発表。「司会のワールドツアー決定です!」の声で地球儀が回り、止まるとツアー開催地に電気が点灯するという演出でした。

決して広くない場所ではありましたが、100名を超す記者が集まり、結構な期待感で記者発表が進行したものの、地球儀が止まって点灯したのは「タイ・台湾・韓国」の3ヶ所のみ。まあまあしらけた感じになったのは想像するだけでもお分かりいただけるかと思います。

この時、ジャニーズ・エンタテイメントを広告代理店として担当されていたのが電通の村上容さん。私は勤務は重なっていないのですが岡山支社の先輩として名前や顔は知っていたものの、一緒に仕事をしたのは初めてでした。

本来は現地へ来るはずだったジャニーズ・エンタテイメント社長のジュリさんが記者会見の現場に来ないなどのハプニングはありましたが、渋谷のど真ん中で嵐がライブをしたのは後にも先にもこの時だけ。しかもその後は国民的アイドルへと成長したのですから、懐かしい思い出です。

最後になりましたが、嵐はデビューから最後まで当初の5人での活動を続けられたのがスゴイと思います。スキャンダルや芸能界引退等でメンバーの変更や活動休止が普通になった今となっては、この凄さが余計に輝くのではないでしょうか。

また何かの機会に再結成してくれることを楽しみにしています。最後になりましたが、うちの子供と嫁には絶対、ナイショだった記者会見を、会場向い側にある当時携帯電話ショップだった所の2階から見せちゃってたことだけ公開させていただきます。その節はありがとうございました。

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