少年野球
2026年05月11日 02:51
昨日の記事でも触れた磐越道のマイクロバス事故。その後の報道を見ると、やはりこの取引は従来から続くものであったことが分かってきました。ガードレール端のウォータータンクに衝突してもなお停止せず、ガードレールが車体を切り裂きながら突き抜け、最後部座席の生徒たちが対向車線まで投げ出されたという事実。これほどの破壊力は、異常な速度超過があったことを物語っています。
もちろん、この運転手個人の資質に大きな問題があったのは間違いありません。しかし、私はこの種の移動方法そのものを全否定するつもりはありません。
なぜなら、スポーツチームやキャンプサークル、少年団といった青少年活動において、ボランティアによる送迎は「生命線」だからです。
私自身、運営費を抑えるために自らミニバンを出し、ハンドルを握ったことは一度や二度ではありません。今回の事故のような移動形態は、決して特殊なものではなく、日本のあちこちで「当たり前」に行われている光景なのです。
しかし、その「当たり前」が崩れた時の代償を、私たちは直視できているでしょうか。
例えばブラスバンド部。生徒は保護者の運転するレンタカーバスやミニバンで移動し、楽器は顧問が運転するトラックで運ぶ。よくある光景です。しかし、万が一事故が起きたら?
生徒死亡時、家族からの訴訟は避けられません。たとえ「善意のボランティア」であっても、法的な賠償責任は冷酷に突きつけられます。ボランティア運転手に、そんなリスクを背負ってる意識はあるでしょうか。
楽器破損時ですら、自動車保険の対物賠償で高額な楽器の補償が賄えるとは限りません。逆に運転手死亡時でも、運転手家族から部や学校側や生徒保護者が訴えられる可能性もあります。こうした巨大なリスクに対応した保険に加入している団体は、皆無に近いのが実情ではないでしょうか。
子供の移動を伴う全ての団体運営者に訴えたいことがあります。
今こそ、移動手段についての「緊急会議」を開くべきではないでしょうか。
「これまで当たり前だったから」という理由は、事故が起きた瞬間、何の盾にもなりません。移動方法ごとのリスクを正しく天秤にかけ、どの場面でプロを頼り、どの場面で自前で行うのか。その境界線を、今この瞬間に引き直す必要があります。
緑ナンバーのバスやトラックに依頼すれば全てが解決するわけではありません。しかし、「誰が、何の責任を持って、子供たちの命を運ぶのか」を曖昧にしたまま活動を続ける時期は、もう終わったのです。
今回の悲劇を「運が悪かった他所の事件」として片付けるのか、それとも「自分たちの明日かもしれない」と捉えて襟を正すのか。
ボランティア精神や善意という言葉の陰に、重大な法的・道義的リスクを隠蔽してはなりません。指導者、保護者、そして運営に関わる全ての人が対等に机を囲み、最悪の事態を想定した「安全のコスト」を再定義すること。それが、失われた尊い命に対して、今を生きる私たちが示せるせめてもの誠実さではないでしょうか。
子供たちの笑顔を守るために、まずは「安全な移動」を確保することから始めましょう。自分自身に突き付けられている喫緊の課題です。
2025年04月14日 07:15
先日、小学生低学年の少年野球練習を見に行く&教える機会があったのですが、指導者の方が結構な勢いで怒ってるんですよ。「両手でボールをつかめ」「バットを振り下ろす大根切りはダメだ」「ボールを追うときは目を離すな」と言った感じ。
子供達も「すみません」とか「ハイ」なんて言いながら練習しているのですが、その指導自体が結構間違ってる感じなわけですよ。
私なんて王貞治さんが荒川コーチに日本刀でバットを振り下ろす練習をやったのを動画では無く写真と文字で学んだ世代で、テレビでは唯一「ミユキ野球教室」という番組でしか知識を得られなかったので、結構な数のウソを監督・コーチ陣には教わり続けましたよ。
でも今は「フルタの方程式」や「宮本慎也の解体慎書」といったTouTube動画があるじゃないですか。指導者がちゃんとした教え方を勉強する機会って山ほどあるし、選手視点だと指導者のウソもすぐバレるわけです。
怒ってる指導者が正しい知識を持って正しく指導していればいいのですが、間違ってるのに選手に怒るってどういうこと?そして選手もハイと答えてるってどういうこと?これってグラウンドまで借りて何をやってる時間なわけ?と思ったわけです。
ノックで打ち上げられた大きな外野フライをキャッチするのに、ボールを目で追ってたら前を向いて後ろに下がるので下がる速度が遅くなるし、打球は上昇速度より落下速度が速いので最後に伸びますから結局バンザイ後逸で下手したら後ろにスッテンコロリンです。
打球が上がったらボールから目を切って落下点の少し後ろまで走り、基本的には少し前に出つつキャッチ。ギリギリだと思ったら必死に走りながら途中で打球位置を確認し、グラブが届きそうならダイレクトキャッチを狙い、無理だと判断したらクッション処理の用意をしないといけません。ボールから目を離すななんて無理です。
それを見ていて思ったのですが、この小学生達のように日本人は育てられた結果、怒られないようにウソをついて生活することだけを学び、結果として企業の粉飾決算や裏帳簿事件も、それが原因で発生してるのではないでしょうか。
そして、じつは第二次世界大戦もそうだったのでは?と思いました。上官に怒られないようにウソの報告をする。たとえば戦艦が大破されてるに中破と報告する感じ。逆に敵艦船を小破なのに大破と報告する。これが上へ行く伝言ゲームで次々と改ざんされる。
そして大本営の理解と発表は「敵空母2隻撃沈/我が軍被害は巡洋艦2隻小破」みたいになる。前線にいる誰も敵空母を見たこと無いのに、気が付けば帝国海軍中枢では何隻も撃沈して航空戦力が殲滅されてると仮定。
逆に自軍は戦艦を失った艦隊なのに「敵スパイにバレないように輸送艦に戦艦を名乗らせろ」とか中間管理職が指示して、巡洋戦艦と海防艦と輸送艦しかいない艦隊で決死の海戦とかやってたのかもですよ。もしそうだったら勝てるわけが無い。
私は教師や親は指導する立場なら怒るのでは無く、逆に教わる気持ちで接することにしていて、何か聞かれるまで教えません。仕事でも食事でもこちらから「一緒に行くか?」なんて言う事はありません。それが当たり前ではないでしょうか。
話しが脱線しましたが、野球指導者は「怒られないように嘘をつく日本人」を育て上げるような教育では無く「人間の骨格や関節や筋肉の強度や形は全員違う」ということを理解するのが第一。
その上で、選手達が野球に打ち込める限られた小中高10年間に「ひらめいた!」って瞬間をつかめるよう、練習は毎日が発見で楽しいものだと教えてあげて欲しいと、昨夜5時間もピクミンをやってひらめきました。
あー、今ピクミンに打ち込める情熱や興味を少年野球時代のコーチが私に植え込んでくれれば良かったのになー。バイクと音楽と女になっちゃってローン地獄だったなー。アホですみません。残念。









