国土交通省
2026年08月08日 03:49
8月4日午前、羽田空港付近の上空で着陸態勢に入っていた全日本空輸(ANA)968便と、国土交通省航空局の飛行検査機が接近し、ANA968便の空中衝突防止装置(TCAS)が作動する事案が発生しました。国土交通省は「両機が互いを目視で確認しており、結果的に安全が確保されたことから、この事案は重大インシデントには該当しない」としています。
しかし、公開されている飛行航跡や航空管制(ATC)の交信記録を聞く限りでは、航空安全という観点から非常に考えさせられる出来事だったように思います。
当時、ANA968便は羽田空港C滑走路(34R)へ着陸進入中でした。一方、飛行検査機はD滑走路(05)を離陸し、右旋回して34Rへの進入経路を横切る飛行を行っていました。
公開されている交信では、飛行検査機が管制官に「このまま滑走路34Rをクロスしてよろしいでしょうか」と確認しています。
これに対し管制官は、「ランディングトラフィック(着陸機)があなたの南側にいます。注意してください」と応答しています。つまり、この時点で着陸機の存在自体は双方とも認識していたことになります。
ところが、その数秒後にはANA968便でTCAS(空中衝突防止装置)のResolution Advisory(RA)が作動したとみられ、パイロットはTCASが音声と計器表示で指示した回避操作に従って、右へ大きく回避しています。
TCASのRAは、単に近くに航空機がいることを知らせる警報ではありません。衝突の危険性が高まったと判断した際に、パイロットへ直ちに回避操作を指示する航空機最後の安全装置です。
離陸機と着陸機は互いに接近する飛行経路となっており、相対速度は非常に大きかったと考えられます。公開されている飛行航跡からも、ANA968便の乗員は瞬時の判断を求められる極めて緊迫した状況に置かれていたことがうかがえます。
この回避行動から数秒後、ANA968便は管制官へ「衝突は回避しました。ゴーアラウンドします」と通報しています。
一方、その後の交信では、管制官が飛行検査機に対し「到着機は見えていましたね」と確認すると、「はい、見えていました」と回答しています。
さらに管制官が「進入機が来ていたのは見えていましたか」と問い掛けると、飛行検査機は再び「はい、見えております」と返答しています。
これを受け、管制官は「あー、着陸機はゴーアラウンドしました」と伝え、飛行検査機は「了解しました」と応答しています。
公開されている航跡を見る限りでは、TCASによる回避操作を実施したのはANA968便側であり、飛行検査機には大きな回避行動は見られませんでした。
さらにANA968便は、ゴーアラウンド中に別のANA844便との間隔も考慮しながら飛行経路を調整し、その後ビジュアルアプローチ(視認進入)で再び滑走路へ向かい、数分後に無事着陸しています。
もちろん、現時点では交信記録や飛行航跡だけで、誰に責任があったのかを断定することはできません。管制指示の内容、目視間隔維持の責任、レーダーデータ、TCASの記録などを総合的に解析しなければ、最終的な評価はできないでしょう。
そもそも私は、航空事故や航空インシデントについて、犯人探しをすることにはあまり意味がないと思っています。
航空事故の歴史を振り返ると、安全性が向上してきた背景には、事故だけでなく「もう少しで事故になるところだった」という数多くのインシデントやニアミス事例を徹底的に分析し、その教訓を運航や管制のルールへ反映させてきた積み重ねがあります。
今回は国土交通省が「重大インシデントには該当しない」と判断しています。しかし、TCASが作動し、旅客機がゴーアラウンドを余儀なくされたという事実は、決して軽いものではありません。
しかも場所は、昨年1月2日に海上保安庁機と日本航空機が衝突・炎上する事故が発生した羽田空港です。あの事故では、日本航空機の乗客乗員379人全員が脱出できた一方、海上保安庁機では5人が亡くなるという痛ましい結果となりました。
その教訓を考えれば、「危険性は低かった」という結論だけで済ませるのではなく、「なぜここまで接近したのか」を徹底的に検証する姿勢こそ重要ではないでしょうか。
航空の安全は、一つ一つのインシデント事例をしっかりと認識し、研究し、対策を講じることで築かれてきました。犯人探しをすることに意味はありません。今回は重大インシデントには値しないとの判断ですが、一歩間違えば大変な事態になっていた可能性があったことも事実です。
昨年、羽田空港で海上保安庁機とJAL機の衝突事故が発生したばかりだからこそ、このようなニアミス事例については、危険性が低いと判断された場合であっても重大インシデントとして扱い、運輸安全委員会による詳細な調査報告書が作成・公表される仕組みにした方が、将来の航空安全につながるのではないかと思っている私です。









