プレゼン
2026年02月20日 04:45
以前から「会議中に小さい話しに執着する人」ってのに大いなる疑問がありました。というのは「それ気になってるのあなだだけじゃね?」って話しが大半だからです。会議の全体像が見えてない。自分の立場も分かって無い。自分の疑問を解決する場として会議の時間を使うあまり小さい話しに終始。味方が「後で個別に調整すれば」等の解決策を出しても、「今確認できないの!?」等と仲間を後ろから銃で撃つようなことを平気でしがちです。
こんな人は社会に出ると山ほどいて、会議出席者のほぼ全員が「ヘンな人」と思っていても誰も本人に言わないので直す機会も無く、本人は「会議とはこういう発言すべき場」と間違って思ってるのか毎回同じことが繰り返される事になります。
それでも一般的な世界の会議ってせいぜい10人ぐらいまで。20人以上の会議でこれをやってると寒い空気が流れるどころじゃなく、誰もが「この人大丈夫?」って空気を出すので、北極的に「さっむー!」って感じになる。
私はそういう場面を経験するたび「こんなに寒いのにこの人だけ熱いのはナゼ?」といつも思っていたのですが、れいわ新選組(以下れいわ)で共同代表やってる女性って、これを465人いる衆議院本会議場でも展開していて「頭おかしくね?」とぼんやりと思っていました。
2024年の石破総裁選出へ向けた首相指名選挙では、投票での登壇時に「能登の補正予算を」って書いた紙を出してギャーギャー騒ぎ、落ち着いたかと思うと「裏金隠しの解散やめろ」って紙を出して再度ギャーギャー騒ぎ、議長が衛視(国会の警備員)に銘じて強制的に降壇させられてました。
ただ、私自身は「江頭2:50(以下江頭)さん的な出落ちキャラなんだな」と理解していたのですが、今回の衆院選序盤に与野党7党首が生出演した「報道ステーション(テレビ朝日系)」では謎の「解散の1発で700億円とか800億円」「解散とかド厚かましい話で内閣総辞職もの」等と謎発言をしていて、さすがに視聴者の前でコレは寒いでしょと思ってました。
ただ、華やかな舞台で舞い上がっただけかもとも思いなおし自分を納得させたのですが、同じ日の日本記者クラブ主催党首討論でも1分の発言時間を「後の質問時間はいいので」と言って超えまくったそうで、次の質問時間に入ると質問相手に高市首相を指名したのに質問ナシで発言というか演説をはじめ「1分のプレゼンでは難しい・大きな議論が必要・今すぐにでも解散をやめていただいて各国政府と話し合っていくべき」で締めくくったそうです。プレゼン時間はとっくに終わってて質問時間なんですけどねー。
口ベタなのか課題の整理整頓が下手なのかボキャブラリーが少ないのか分かりませんが、主旨は以下の感じでしょうか。
・スキャンダルが出ると解散する自民党のやり方に疑問
・法的に明記されて無い解散をやる法的根拠と理由はどこにある
・総選挙1回で850億円もかけるなら他に使い道があるのでは
それでも私がモヤっとしていただけでしたが、25歳の息子が「れいわの共同代表ってヤバくね?エキセントリックすぎでしょ!」と言っていたのを聞いて、「やっぱ20代にもそう見えるのかー」と感じてしまいました。結果的に小さい話しに執着して党全体を背後から攻撃する人になっちゃいましたね。
プライムタイムの番組に出落ちキャラで出て来る江頭さんは出演時間がせいぜい3分以内なので上半身裸に黒タイツで全力疾走してますが、YouTube「エガちゃんねる」では主役だし毎回15分以上は出演するので落ち着いた格好とトークにされてますよね。
れいわの共同代表の方は選挙は落選したけど党の役職は継続されるとのこと。今後は国会には出られないわけですから、もうちょっとメディア露出方法を検討し、小さい話しに執着せず、仲間を包容力ある大きな力で包み込むような人になって、いつか国政の場に復帰されることを祈っております。
最後になりましたが、私が出席する30人以下の会議でしたら「小さい話しに執着する人」や「仲間を背後から攻撃する人」の出席も問題無いので、不規則発言にならない程度にジャンジャン発言していただければ幸いです。退屈そうにしていたらすみません。
2025年12月09日 05:41
私のやっているプロモーション&クリエーティブという作業領域は、時代の変化と共に劇的な変化を遂げて来ました。AIの進化によって私の仕事の大半が消えて行くと思いますので、このブログでは何回(もしかすると何十回)かに分け、これまで消えて来た人がやっていた仕事をテーマにしたパシリだった私の昔ばなしを書きたいと思います。(5)
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(3)と(4)はプレゼン準備途中までを書かせていただきました。今回はプレゼンから制作現場序盤の話しです。
プレゼンは広告代理店さんとの共同提案もあれば自社単独の場合もあり、22歳から25歳までは単独提案中心。25歳から27歳は広告代理店の下請け提案が大半。そして27歳から31歳は広告代理店社員として提案する形となりました。
広告代理店さんと共同提案の場合、私がプロモーション&クリエーティブ担当と紹介される場合が多く、しかも企画書の書き手でもあるのでプレゼン時間の大半は私が話すので、時に私にも奇抜な格好を強要してくる方もいました。
簡単なのは金髪&丸眼鏡程度ですが、ブーツカットのデニムにアロハシャツなんて依頼もあったりして、相撲で若花田&貴花田ブームってのがあった頃は、着るだけでお相撲さんに見える着肉&ゴムかつらで全員参加なんてのもありました。
提案するだけなら簡単ですが、プレゼンで仕事を獲得すると実際に実行する必要があります。これがまた大変で、アナログ作業というより人海戦術の連続。
例えばポスターや映像に出て来る文字ってありますよね。今だったらパソコンで打つのが当たり前ですが、そんなものが無かった時代はどうしていたか。
なんと「写植屋」という業者さんに発注していました。文字の種類、文字サイズ、文字間隔を指定して発注し、印画紙に焼いてもらうのです。文字を縦や横に延ばす長体指示なんてのも出来ました。
どこにどのサイズで文字を入れるかを決め、そこに入る文字サイズを14級にするなら何文字で何行入るかを計算して合計文字数を決め、「コピーライター」さんに本原稿を書いてもらいます。
一行15文字までしか入らない場所に「用法、用量その他使用及び取り扱い上の必要な注意を」の文字を入れる場合、1行目を「用量,用法,その他使用及び取扱上」といった感じに調整するのもコピーライターさんの仕事。
目立つのは「キャッチコピー」ですが、ボディコピー、押さえコピー、その他こまごました文字に至るまでコピーライターさんとの調整作業がありました。
そして無事文字発注書が完成して写植屋さんに依頼するのですが、ここもアナログなので書き間違うと間違ったのが仕上がって来ます。
この紙焼き完成を待つ数時間も恐怖でしたが、出来上がりが間違っているとさらに数時間待ちなので、常にドキドキしていましたが、その待っている間も次の原稿発注準備があるので、まあまあ大変な感じでした。(6へ続く)
2025年12月08日 06:16
私のやっているプロモーション&クリエーティブという作業領域は、時代の変化と共に劇的な変化を遂げて来ました。AIの進化によって私の仕事の大半が消えて行くと思いますので、このブログでは何回(もしかすると何十回)かに分け、これまで消えて来た人がやっていた仕事をテーマにしたパシリだった私の昔ばなしを書きたいと思います。(4)
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(3)はプレゼン準備途中までを書かせていただきました。でもまだプレゼンには至りません。
手書きで書いた企画書とデザイン案(CMの場合は絵コンテ)が出来上がると、今度はそれらを簡潔にフローチャート化した1シートプレゼン資料を作成し大判出力するんですよ。だって大型液晶ビジョンもプロジェクターも無いですから。
唯一あったのは写真のOHPプロジェクターってやつ。透明のシートにマジックで書いた物をレンズで大きく広げてスクリーンに投影する機械はありましたが、プレゼン会場を暗くすると双方出席者が寝ちゃうし、機材も重すぎるのでほぼやることは無く、大きい紙で掲示するってのが当たり前でした。
とはいえプレゼン時は前日どころか当日朝まで作業してるのが普通で、大判出力屋さんに依頼する時間も無かったりすると、模造紙に手書きで書くと言う作業が追加されます。失敗したら修正液で消しながら書くの連続。
さらに各デザインもパネル化。A3を貼り合わせて大きくすることもできますが、それだと紙の継ぎ目が出来るので、原画にライトをあてレンズで巨大化させる箱を使って大きくして、それをなぞって書き写すのも普通。
野球場/競馬場/競輪場のイベント提案では模型まで作成していました。誰がって?私がですよ。だって誰かに頼んだらプレゼン内容が人にバレちゃうじゃないですか。
プレゼンにも演出が必要で、それなりに偉そうな人々が関わってる感じを出すため、ロン毛をくくってる人(私はチョンマゲと呼んでいた)や丸眼鏡/チョビ髭/鼻ピアス/白人等をモデル事務所に依頼して連れて行ったりしていました。(主旨が伝わらず加トちゃんペみたいなのが来たこともありますが・・・)
プレゼン時間は質疑応答合わせて20-30分間というのが多く、前後に他社が続いていることが大半だったので、プレゼンに至るまでも「何社競合か?」「自分達の前後はどこか?」等を聞き出して把握しておくのも重要。
直前のプレゼンが押し気味だと感じたら、自分達のプレゼン時間を7分削って「提案冒頭ではありますがお疲れのようですから5分ほど休憩しましょう」なんて提案をして注目度を高め、同時に喫煙所へ行ってプレゼンに参加する人との交流をして気を引いたりもしました。
提案時に人気だったのが最近の海外トレンド。インターネットが無ければ検索なんて無いわけで、海外で流行ってる物なんて知りえることも無いわけです。ではどうするかというと「自分で調べに行く」のです。
もちろん調査のためだけに海外なんて許されませんから海外撮影や海外でのイベント仕事を取るように頑張り、現場時はトレンド調査のために飛行機の乗換え地点を増やして各所で超短時間観光をして知己を高めてました。(5へ続く)









