ブッキング
2026年09月16日 07:35
私のところには、なぜかタレント手配(以下、ブッキング)でトラブルが発生した案件の調整依頼が、少なからず舞い込んできます。その多くは、すでにトラブルが発生してから数日、場合によっては数週間が経過しており、複数の会社に話が回っていて、だいたい「どの話が正しいのか分からないので調整してくれ」という状態になっています。
こういう場合、大半はお金の上流にいる誰かが「このタレントを起用したい」と言い出し、それを複数の会社に打診した結果、それぞれ違うルートから同じタレント事務所に話が入ってしまっています。
こうなると、誰かを立てれば誰かのメンツを潰す可能性がある。だったら最初から出ない。そんな結論をタレント事務所側が出しているケースも珍しくありません。
昔は大手タレント事務所やブッキング会社、大手広告代理店など、ある程度限られた業界の中で回っていたブッキング作業も、今では様々な会社が参入しています。
さらにタレント本人がスマートフォンを持ち、YouTubeチャンネルやXのアカウントを開設し、場合によってはDMで直接連絡まで取れてしまう。昔なら入口が限られていた話が、今ではあっちからもこっちからも入ってくるわけで、余計にややこしくなりがちです。
この業界には、アゴ(食事)・アシ(移動交通費)・マクラ(宿泊費)/完パケor音響照明バラシ/制作or営業/ヘアメイク&スタイリスト/バンドorカラオケといった言葉や区分があり、それぞれがお金やブッキングと密接につながっています。
例えば、モノマネタレントの出演交渉ひとつ取っても、「本人だけなら150万円。でもモノマネをするならバンドが必須で一行21名。完パケなら350万円。音響照明を完パケからバラして現地手配するなら300万円。すべてアゴ・アシ・マクラ別。本人の部屋はセミスイート以上」みたいな話になったりします。
ここで「完パケ350万円なら全部入っているんですよね?」と思ったら一大事。
トランポと呼ばれる機材運搬用トラックの費用が別だったり、そのトラックの駐車場を確保する必要があったり、ヘアメイク&スタイリストが別途請求だったり、ピアノを使えば調律代が必要だったりします。
さらには、なぜか一行21名に含まれていない事務所社長が来たり、「本人一行5名は当日乗り込み予定でしたが、前泊します」と突然変更になったり。予想外の出費なんて、いくらでも出てきます。
先日も同世代のブッキング会社役員の方と食事をしたのですが、やはり「トラブってから声がかかるのばっかり」と、まったく同じ話をされていました。
それだけタレントブッキングの世界にも、大手広告代理店系ブッキング会社や、芸能人本人との距離の近さや独自の人脈を売りにする、いわば「ガーシーさん的な人々」も含め、多種多様な会社や人が入り乱れるようになったということなのかもしれません。
そんな中、近年は動画配信サービスという新しいステークホルダーも登場しました。
かなりの制作予算を持ち、様々なオリジナル作品を制作しています。当然、その宣伝のために記者会見やイベントも開催するわけですが、ここでも従来の芸能・音楽業界との常識の違いから、微妙な勘違いが起きることがあります。そのためなのか、私のところにもちょこちょこ相談案件が来ます。
例えば、ドラマや映画の主題歌に有名アーティストの人気曲を起用したケース。
「主題歌に起用したんだから、記者会見でも歌ってくれるよね」くらいの感覚で話が進んでいたりするのですが、そんな簡単な話ではありません。だってアーティストですから。
「バンド必須。コーラスまで入れると一行60名。11tトラック8台分の機材が最低限必要。照明効果が重要なので暗転できる会場でスモーク使用が不可欠。音を収録する場合は録音車(TAMCO車)を入れて、収録した音源をミックスダウンしてください」なーんて話になったりするわけです。
さらに、タレントの所属事務所とレコード会社が違っているのは当たり前。現在所属しているレコード会社と、その人気曲を発売した当時のレコード会社が違っていることだってあります。
そして、そもそも事務所や現在のレコード会社にしてみれば、昔売れた曲をもう一度歌わせることに大したメリットを感じていない場合もあります。「今は新曲の予定もありませんので、今回は出演しません」で終わってしまうことだってあるのです。
作品側から見れば「せっかく主題歌に使ったのだから歌ってほしい」。でも、アーティスト側から見れば、それとこれとはまったく別の話なのです。
そして、こうした様々な課題をクリアして、ようやく当日を迎えたとしても終わりではありません。アーティスト側の演出要望に合わせて記者会見場でスモークを焚けば、今度は報道陣から「スモークやめてほしい」とか「ミキサーから音声ラインを出して」と言われたりもします。
アーティスト側に必要な環境と、テレビ局や新聞社、WEBメディアなどの報道側が必要とする環境は、必ずしも一致しません。まあまあ大変なわけですよ。
こういうのを見ていると、つくづく「餅は餅屋に頼んだ方がいい」と思います。
ところが、この世界のさらに難しいところは、「餅屋」に見える会社なら大丈夫とも限らないことです。会社の規模が大きく、資本力もあり、立派な看板を掲げていても、ぜんぜん場数が足りていない素人同然の会社も多々あるわけです。
逆に、会社は小さくても、事務所、レコード会社、制作会社、舞台、音響、照明、放送、イベント運営まで、それぞれの事情と力関係を理解している人が間に一人いるだけで、驚くほどスムーズに話が進むこともあります。
私が業界入りした時代は、まだまだ大変でした。
携帯電話もメールもない時代。もちろん検索なんてできません。大きなキャバレーが有名タレントを呼んでくれることも多く、レコード会社の新人イベントといえば、店頭に積んだビールケースの上でのサイン会&握手会なんていうのも普通にありました。
各地の由緒正しい怖い人のところへ挨拶に行ったり、そのまま一緒にお食事へ寄せていただいたりすることも結構あり、「カラオケで歌え!」なんて言われると、「声が売り物なのでサインでご勘弁を」とか言っては凄まれたりもしました。
お客様にギャラを前払いしていただくのも結構あり、出演料は業界でトッパライという当日現金払いの場合も多々あり、バンスと呼ばれる前借りを依頼して来るタレントさんや事務所もいたりして、結構な現金を紙袋に入れて持ち歩いていたことも結構ありました。
今から考えれば、そうやって色々な人に会い、色々な現場を経験し、失敗もしながら場数を踏んで、少しずつノウハウを蓄積していったのだと思います。
結局、タレントブッキングという仕事は「誰をいくらで呼べるか」だけではありません。
誰から誰へ話を通すのか。誰が制作責任を持つのか。どこまでが出演料に含まれるのか。誰が移動・宿泊・機材・舞台を手配するのか。そして、それぞれの会社や人の立場をどう整理するのか。その交通整理までできて初めて「ブッキング」なんだと思っている私です。









