コンドーム
2026年07月04日 06:53
最近、「自動販売機(以下、自販機)が減ったなあ」と感じることが増えました。昔は街角はもちろん、住宅街の路地、工場の前、農道や山道の途中まで、本当に至るところに自販機があり、日本の風景の特徴にもなっていました。アメリカのユニバーサル・スタジオには、映画「ワイルド・スピード」シリーズの日本をイメージした街並みを再現したセットがあります。そこには日本の飲料自販機が何台も並んでいます。
海外では、現金や商品が入った自販機を路上に設置すると、破壊や盗難のリスクが高いため、日本のように街中へ数多く設置されている国はあまりありません。つまり自販機は世界から見ても「日本らしさ」を象徴する風景の一つなのです。
日本を特徴づけていた景色のうち、まず最初に姿を消したのは公衆電話でした。携帯電話の普及とともに減少し、今では電話ボックスを見ることすら珍しくなりました。
次に消えていったのは、たばこの自販機です。成人識別カード「taspo」の導入や喫煙率の低下が大きな理由ですが、それ以上にコンビニが普及したことで、自販機で買う必要性そのものが薄れました。さらに商品の種類も増え、自販機だけでは対応しきれなくなったことも影響しています。
そして今度は、飲料の自販機が急速に減っています。2000年頃には約560万台あった自販機ですが、現在は約390万台まで減少し、この20数年で170万台近くが姿を消したことになります。
理由は電気代の高騰、ドライバー不足、人件費の上昇、商品の補充や集金コストなどさまざまですが、何より大きいのは価格差です。以前は「便利だから少し高くても自販機で買う」という人が多かったのですが、今ではスーパーやドラッグストアへ行けば同じ商品が半額近い価格で買える時代になりました。
飲料メーカーも苦戦しています。伊藤園は自販機事業を大幅に縮小し、ダイドードリンコも不採算機を大量撤去。ポッカサッポロは自販機事業からの撤退を決めました。
私は広告の仕事をしているので、何十年にもわたって大手飲料メーカーのお仕事にかかわらせていただいています。それは今も変わりません。ただ、その商品は時代とともに大きく変わってきました。
アルコールならビールから発泡酒、第三のビール、ノンアルコール、そして今では低アルコールや微アルコールへ。飲料も缶コーヒー全盛の時代から、お茶、水、炭酸水、機能性飲料へと主役が移ってきました。その背景にあるのは、人口減少と少子高齢化です。
かつては若い男性が缶コーヒーを飲み、たばこを吸い、仕事の合間に自販機の前で一息つくという風景がありました。工場、建設現場、営業車の駐車場、パチンコ店の前、駅のホーム。そこには必ずと言っていいほど自販機がありました。
ところが今は、働く人の数も減り、喫煙者も減り、車で移動する若者も減りました。健康志向が高まり、甘い缶コーヒーや炭酸飲料を毎日飲む人も少なくなりました。つまり、自販機が減っているのは、単に飲料メーカーの経営問題ではありません。
日本の人口構造、働き方、健康意識、消費行動、そして街のあり方そのものが変わっているということなのだと思います。
もちろん、駅や病院、学校、オフィスビルなど、人が確実に集まる場所の自販機は今後も残るでしょう。しかし、人里離れた農道や海岸沿い、山道にポツンと立っていた「あの一台」は、採算が合わなければ消えていきます。
海外へ行くと、日本ほど自販機が並んでいる国はほとんどありません。治安が良く、24時間壊されることなく稼働し続ける自販機は、日本を象徴する文化の一つでもありました。だからこそ、この風景が失われていくのは少し寂しい気持ちになります。
電話ボックスが消え、たばこの自販機が消え、今度は飲料の自販機が減っていく。自販機は、ただ飲み物を売る機械ではありませんでした。夜道を照らす小さな灯りであり、真夏の炎天下に助けてくれる存在であり、日本の治安の良さと便利さを象徴する街の風景でもありました。
10年後、20年後、「昔の日本は、どこへ行っても自動販売機があったんだよ」と語る日が来るのかもしれません。その時、自販機は単なる販売機ではなく、「かつての日本らしい風景」として、多くの人の記憶に残っているような気がします。
近年では、昭和時代の古い自動販売機を集めたドライブインやロードサイドスポットが人気を集めています。現役を引退したラーメンやうどん、ハンバーガーなどのレトロ自販機を目当てに、多くの人が全国から足を運び、「懐かしい日本の風景」を楽しんでいます。
当たり前だったものが減っていくと、人はその価値に気付きます。今、私たちが何気なく見ている各種自販機も、数十年後には「平成時代の懐かしい風景」として語られる日が来るのかもしれませんね。
私が幼い頃、のどの渇きを潤してくれたのは瓶飲料の自販機でした。まだ缶は無く、瓶の蓋(王冠と呼ばれていた)に当たりが出たらもう一本とか、そこにスターウォーズの絵が描かれている物などもありました。お米屋さん前にはプラッシーの瓶自販機があるのも当たり前でした。
青春時代の私をワクワクさせてくれた夢の自販機はエロ本。夜中でも煌煌と明かりが灯っていたそれは、誰とも会わずエロ本を手に入れることができる魔法の機械でした。その近くには、なぜかコンドームの自販機が設置されているものでした。
昔は駅の公衆トイレにトイレットペーパーは無く、ちり紙の自動販売機が置かれていました。今考えると40年以上も前でしたが、その紙は30円や50円と結構な価格で販売されていて、結構な稼ぎを叩き出していたのかもと思います。
新聞の自販機も各所にありました。朝日・読売・日経・スポーツ紙が買えるそれは、売店の無い駅や誰もいない時間帯の新聞販売店前では無類の活躍を見せていました。
少子高齢化が進めば、いずれは自販機そのものが成立しなくなる地域も増えていくことでしょう。今増えているのはガチャガチャぐらいのような気がします。
それでも、自販機は単なる販売機ではありませんでした。日本の治安の良さを象徴し、人々の暮らしを支え、街に灯りをともしてきた、日本ならではの文化です。
だからこそ、今ある何気ない一台一台も、いつの日か「昭和・平成の懐かしい日本の風景」として語られる日が来るのかもしれません。その日が来るまで、日本の街角を彩る自販機のある風景を、しっかりと目に焼き付けておきたいと思っている私です。









