2026年09月10日 04:44

また名古屋が冠水被害/明日は我が身

スクリーンショット 2026-09-10 040732また名古屋が水に浸かりました。9月6日におこなわれた鈴鹿4時間耐久レースは、レース終盤の豪雨でセーフティーカー導入後に赤旗終了となったわけですが、その後の東京への帰路は、延々と豪雨の中を走り続ける形となりました。中部地方は日曜日からたびたび豪雨に見舞われていたわけです。

それから2日後の9月8日、愛知県西部で線状降水帯が発生し、名古屋市では1時間に104.5mmという猛烈な雨を観測しました。これは130年以上に及ぶ観測史上1位の雨量で、市内各地で道路が冠水。地下鉄や鉄道も運転を見合わせ、多くの帰宅困難者が発生しました。

この映像を見ながら、私が思い出したのが26年前のことです。それは2000年9月11日から12日にかけて名古屋を襲った「東海豪雨」です。

その前日10日は甲子園で阪神vs中日戦があり、11日は月曜日で試合が無く、阪神は12日からも甲子園で試合があったのですが、中日はナゴヤドームで広島戦が予定されていました。しかし、ナゴヤドームが浸水被害を受け、試合が中止になりました。

ドーム球場で試合が中止!?と思ったのですが、当時はスマートフォンすら無い時代で、どんなことがあったのかよく分からないまま時間が過ぎ去りました。そして数日後に知ったのは、この時なんと名古屋市のおよそ4割が浸水したということでした。

東京23区や大阪市で4割が浸水したら大ニュースになりそうなもんですが、まあまあヒッソリと報じられていたので、そこまでの大災害が発生していたことを、当時はリアルタイムで知ることがありませんでした。それも含めて、記憶に深く刻み込まれています。

調べてみると、当時の名古屋には猛烈な雨が降ったことが分かります。9月11日の日降水量は428mm、2日間で567mmで、1時間の最大雨量は97mm。庄内川水系の新川では堤防が決壊し、河川からあふれた水だけでなく、下水や排水設備で処理しきれなくなった雨水による内水氾濫で、市内が広く浸水したのでした。

あれから26年。今回名古屋で観測された1時間104.5mmという雨量は、東海豪雨の記録を上回っています。2000年の東海豪雨以降、名古屋では雨水調整池をはじめ、さまざまな浸水対策が進められてきたにもかかわらず、それを上回る雨が降るようになってしまったわけです。

26年前には「記録的豪雨」だった雨量を超える雨が降る時代になりました。「なった」というより、「なってしまった」と書いた方が良いかもしれません。そして、その雨は日本中のどこでも降る状況になっているわけです。

つまり、明日は我が身なのですよ。

私共の事務所がある五反田駅前は、浸水ハザードマップでは真っ赤になっています。避難もできず、現地に留まる必要のある場所となっているのです。

ここは目黒川の氾濫でたびたび浸水被害を受けてきた場所なのですが、調整池が整備され、ここ数十年は大きな被害を受けていません。のど元過ぎれば熱さ忘れると言いますが、地域全体が「ここは大丈夫だろう」と思ってしまっているのは間違いありません。

しかし、今回の名古屋のように、過去の記録を上回る雨が降るのであれば、「これまで大丈夫だったから、これからも大丈夫」という話にはなりません。むしろ調整池などの整備が進み、長い間大きな被害が出ていない場所ほど、「もう大丈夫」という安心感が生まれてしまいます。

でも、自然災害というのは、そんな人間側の都合に合わせてくれるものではありません。1時間に100mmを超える雨が降れば、道路はあっという間に川のようになり、地下へ水が流れ込み、クルマも動けなくなります。そして、それは今回の名古屋だけで起きる特別な出来事ではありません。五反田でも起こり得るし、東京でも大阪でも、そして日本中どこでも起こり得ることです。

2000年の東海豪雨から26年。あの時「記録的」と言われた雨量を上回る雨が、再び名古屋に降りました。名古屋の冠水映像を見ながら、「大変だな」と思っているだけではダメなんでしょうね。

明日は我が身。少なくとも自分が毎日仕事をしている場所が、なぜハザードマップで真っ赤になっているのか。その意味くらいは、もう一度考えておこうと思います。

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