2026年09月07日 05:50

1960年代生まれの神戸市出身者特有の生活で米と箸が苦手になった話し

ChatGPT Image 2026年9月1日 07_10_41以前もこの話を書いたような気がするのですが、私は23歳ぐらいまで、あまりお米を食べる習慣がありませんでした。そして、箸を上手に使えませんでした。というのも、私が育った神戸市って、学校給食に関してはちょっと特殊な地域だったんです。

神戸市で米飯給食が週1回実施されるようになったのは1982年度(昭和57年度)。ですから、私が小学生だった時代の給食は基本的にパンでした。

しかも、食事用に出されるのは「先割れスプーン」だけ。今ではあまり見かけなくなりましたが、スプーンの先端だけがフォークのように割れていて、これ一本で「すくう」「刺す」の両方をやってしまうという、当時の学校給食ではおなじみの食器です。当然、給食で箸を使う場面なんてありません。

家での朝食も、トーストを焼いたものか卵かけご飯。トーストなら手で食べますし、卵かけご飯はフォークで食べていました。箸を使うのは、夕食にご飯が出てきた時くらい。パンやパスタの日なら、当然ながら箸の出番はありませんでした。

そして中学校に入ると、そもそも給食がありません。ただ、学校にはちょっと面白い仕組みがありました。AからDまで4種類の紙袋が用意されていて、2時間目が終わるまでに希望する袋へお金を入れておくと、昼休みになると注文した菓子パンのセットが届くというもの。

私はこれを3年間、ずーっと利用していました。つまり昼食は毎日、菓子パン。当然ながら手づかみですから、ここでも箸どころか食器そのものを使いません。

高校には学食がありましたが、ラインナップはカレー、うどん、そば、パン。お米を食べるなら基本的にカレー一択。箸を使うなら、うどんかそばを選んだ時くらいです。そんな食生活のまま高校を卒業し、その後カナダで4年ほど生活。そして23歳で日本へ帰ってきました。

就職したイベント会社で、ようやく「お米を中心とした日本の食生活」に接するようになったわけです。

とはいえ、会社は大阪。大阪で朝食と言えば、喫茶店でモーニングを食べるという習慣のある場所です。コーヒーや紅茶にトーストなどが付いてくる、名古屋や大阪ではおなじみの仕組みで、ほぼ毎日がそれ。ですから朝は喫茶店でパン。昼は会社の近所の飲食店でランチ定食。そして夜は酒場。

こうして振り返ってみると、日本へ帰ってきてからも、意外なほど「家で炊いたご飯を箸で食べる」という生活には縁がありませんでした。

大きく変わったのは、1999年に東京へ引っ越してきてからです。ここからは基本的に箸を使う生活になり、家でも結構な頻度でお米を炊くようになりました。

理由は単純で、今の奥さんが、「夕食にハンバーガーはイヤ」とか、「朝からシリアルやパンはイヤ」という人だったからです。ちなみに私は、夕食がマクドナルドでもまったく問題ありません。

そんなわけで、半ば強制的に始まった「ご飯と箸の生活」ですが、気がつけばもう27年。さすがにこれだけ長く続けていれば、箸も結構使えるようになりました。パックご飯を買ってきて電子レンジでチンして食べる、なんてことも普通にやるようになりました。

ところが最近、同年代の人たちと学校給食の話をしていて、ちょっと驚いたことがあります。私と同じ世代でも、神戸以外で育った人たちは「小学校の頃から週に何度か米飯給食があった」と言うんですよね。私の記憶とは、かなり違います。

私が通っていた小学校に給食室ができたのは、6年生の最後でした。ですから、それまではお米どころか、学校で作った温かい給食そのものを食べた記憶がありません。

先割れスプーンについては日本中で使われていたようですが、私が高校1年生だった1980年代前半に「お箸の使えない子供が激増している」ことが社会問題化し、高校で「箸の使い方」を学ぶ時間まで設定された記憶があります。今考えると、なかなか不思議な光景ですよね。

結局、神戸生活は3歳から17歳と震災のあった27歳の6ヶ月間のみ。生まれた場所でも無く、故郷と言うには、大半を六甲山の山の中で生活していたので、山を歩いた記憶が大半です。

カナダ・バンクーバー生活が4年、大阪市が5年、岡山市が4年、東京が27年。もはや東京の人といった感じでしょうか。

それでも今でも「箸とフォークのどちらが良いですか?」と聞かれるとフォークが使いやすいと思ってしまうのは変わらないのですが、60歳目前にして「使えないと思われるのカッコ悪いから箸にしよう」とカッコつけてる自分に気づくたび、「今さら何を格好つけているんだ」と思っている私です。

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