2026年06月

2026年06月11日 05:53

スクリーンショット 2026-06-11 050444ヘルメット不要の特定小型原付電動キックボードのシェアリングサービスが、東京を中心に流行しているのをご存じでしょうか。複数企業が参入していますが、その中でも圧倒的なシェアを誇っているのが「LUUP(ループ)」です。

私もたまに使用するサービスではあるのですが、実際に乗ってみると「明らかに危ない乗り物」であることだけはひしひしと感じられます。その危険度は自転車やバイクとは段違いで、普通に走るだけでもフラフラしてしまうほどです。

理由は単純で、「立ち乗りという乗車姿勢」「超小径タイヤ」「貧弱なサスペンション」という、構造的な問題にあります。

立ち乗りなので当然、重心が高くなり不安定になります。その不安定な状況で、小さな2つのタイヤに全体重を預けるわけですが、その足回りには衝撃を吸収する仕組みがありません(あってもほぼ無いに等しい状態です)。

そのため、乗った瞬間から体が常にガタガタと揺らされ、その衝撃は「タイヤ → デッキ → 足首 → 膝 → 背骨 → 脳」へとダイレクトに突き抜けてきます。そんな状態であるにもかかわらず、道路のわずかな陥没や数センチの段差、マンホールのくぼみに乗るだけで、簡単に車輪がロックされてしまうのです。

その上で、結構な速度が出ます。特定小型原付の最高速度は時速20km。これは自転車の平均的な速度(時速15km程度)よりも速く、陸上の短距離選手が全力疾走しているのとほぼ同じです。もちろん、下り坂ではそれ以上の速度が出ます。

車輪が小さいということはブレーキも小さいため、何かあっても急には止まれません。さらに、ギリギリで止まれるかどうかの急制動をかけると、重心が高いために容易に「ジャックナイフ現象」が起きて、前転してしまう危険性もあります。

そして何よりも致命的なのが、小さな車体ゆえの「圧倒的な視認性の低さ」です。車を運転する側の目線に立つと、そこに走っていると頭では認識している状況下であっても、ふとした瞬間に視界から消えることが多々あります。ドライバーからすれば「あり得ない場所から急に飛び出してきた」と感じるシチュエーションも、一度や二度ではありません。

先日、このLUUPと軽自動車による交通死亡事故が発生しました。場所は東京都北区の「王子3丁目交差点」という大きな変則五差路。22時過ぎの、夜間で雨が降り始めるような視界の悪い状況だったようです。

軽自動車は交差点を緩やかに右折、LUUPは同じ方向から進入して直進していたとのこと。同じ向きに走っていた2台の進路が、交差点内で交錯した形になります。

これは、航空機事故や見通しの良い交差点の事故でもよく原因として挙げられる現象に酷似しています。お互いが同じような速度で同一方向に向かっている(または鋭角に交差する)と、相手が動いていないように錯覚し、近づいていることに直前まで気づきにくい。いわゆる「コリジョンコース現象」の罠にはまっていた可能性があるかもです。

手軽で便利な「未来の移動手段」として急速に街に溶け込んだ電動キックボードですが、その実態は「驚くほど不安定な車体に乗り、生身のまま原付並みのスピードで車道を走る」という、極めてリスクの高い乗り物です。

ルール上は「免許不要」「ヘルメット努力義務」とハードルが下げられましたが、物理的な危険性まで下がったわけではありません。車からは見えにくく、路面の罠には弱く、一度転倒すれば頭部に致命傷を負う。今回の悲しい死亡事故は、そんなハードウェアとしての限界と、人間の視覚の盲点が最悪の形で重なって起きてしまったと言えます。

「便利だから」「みんな乗っているから」と自転車感覚で安易に利用するのではなく、乗る側も、そして周囲を走る車の側も、この乗り物が持つ「目に見えない危うさ」を正しく認識しなければ、第2、第3の悲劇は防げないのではないでしょうか。

街で気軽にシェアできる便利な乗り物ですが、車道走行モードのままの歩道走行は日常茶飯事。夜だと明らかな飲酒運転や2人乗りといった例を見かけることがあるのもまた事実。

「だったらLUUPなんて無くしてしまえ!」とか「電動キックボードも電動自転車も廃止しろ!」なんて声があるのも事実ですが、すでに普及している乗り物だけに、いかに安全に運用できるかを社会全体で考えて行かないといけないなあと感じている朝です。

最後になりましたが、そもそも歩道を自転車で走るのって禁止になってませんでしたっけ?そして多くの自転車って信号無視当たり前で走ってますよね。まず電動キックボード規制の前に、そっちを取締り強化して欲しいなあとも思ってます。

2026年06月10日 05:04

スクリーンショット 2026-06-10 045902私にとって毎年の恒例行事ともなりつつある「春の人間ドック」と、その後に下される「禁酒&ダイエット指示」ですが、今年も例年どおりの通達を受け、ただいま絶賛禁酒中(まずは1ヶ月と言われているのであと2日)です。

以前は医師から「禁酒」と言われても、自分自身の意思の弱さだけでなく、ビジネス環境や社会環境的に「お酒を飲まずにいられない会合」があり、1ヶ月以上の酒断ち期間を設定するのは簡単ではありませんでした。

コロナ禍で消滅した忘年会・新年会や地域活動の飲み会も復活し、当時は絶対になかった「4人以上で2時間を超える飲食機会」も当たり前になりました。しかし同時に感じるのは、「飲み会でお酒を飲まない人」の増加です。

もちろん、ノンアルコールビールが登場した約15年前から年々ノンアルを選ぶ人は増えていました。しかし最近は、単に車を運転するからとか体調が悪いからではなく、「積極的にお酒を飲まない」という選択をする人が明らかに増えているように感じます。

とくにそれを実感するのが、経営者が集まる会合の懇親会です。以前ならノンアルコールビールを用意しておけば十分でしたが、今ではそれすら不要と思えるほど、お茶や水を選ぶ人の割合が高くなっています。

弊社では各種イベントにおけるVIPルーム運営なども受託していますが、ここでもお酒が出ません。ビール、ウイスキー、日本酒、焼酎、ワイン、シャンパンが並んでいても、多くの方はミネラルウォーターかウーロン茶を手に取られます。

先日、ビジネスパーソン向けのYouTubeチャンネルを見ていたところ、30代と思われる司会者とゲスト経営者が「最近、お酒を飲まないのがカッコいいって演じている人が増えてませんか?」「逆に飲むほうがカッコ悪いという空気もあるかもしれませんね」と話していました。そういう時代になりつつあるのでしょう。

私自身は以前、毎日のように酒を飲んでいました。コロナ禍に入ると、お茶割りの缶を自宅まで届けてもらって晩酌するのが習慣となり、2023年にはついに初のドクターストップ。この年の休肝日は186日でした。

ドクターの指示は「1日飲んだら2日空ける」「1日2杯まで」というシンプルなものでした。しかし人間的にバカなのか、酒に飲まれやすい体質なのか、「1日2杯」はしばしば突破する一方で、「1日飲んだら1日空ける」は何とか守れることも増えてきました。

2024年の休肝日は200日超え。2025年は210日超え。そして2026年は現時点で86日ですから、今年も200日前後は飲まない日になるのでしょう。

一方で、この流れと逆行するかのように、お酒で体調を崩す人の話もよく耳にするようになりました。自分が年齢を重ねたこともあるのでしょうが、かつて一緒によく飲みに行っていた方が、酒断ちできずに入院したり、亡くなったりする例も増えています。

お酒はアップ系のドラッグとも言われます。飲むと気分が大きくなり、知人を呼び出したり電話をかけたりする人がいるのは昔からですが、こちらがシラフの時に誘われても応じないことが多いじゃないですか。少なくとも私は、22時以降に酔っていそうな方から届くLINEや電話にはほぼ対応しません。

そうすると結果的に、「とことん飲む人」同士だけが残り、連日深酒を繰り返し、その果てに体を壊してしまう。少なくとも私の周辺では、そんな光景を目にすることが増えています。

先日も、プロ野球チームの監督が酔った末のトラブルで現行犯逮捕されたというニュースがありましたが、あれも酒が入っていなければ起きなかった出来事ではないかと思うのです。

私はドクターから、「昔は酒は百薬の長と言われ、私も患者さんにビール中瓶1本くらいなら大丈夫と言っていた。しかし今は、酒は1滴でも体に悪いというのが医学界の常識になっている。できるだけ飲まないように」と言われました。その後、自分でもいろいろ調べましたが、どうやらそれは事実のようです。

そんな時代だからこそ、これからの宴席における流行は間違いなくノンアルコールなのでしょう。実際、私の周辺を見ても、職場の懇親会も地域活動の打ち上げも、そして家族の集まりですら、アルコールがなくても十分に盛り上がるようになってきました。もしかすると今後は、「交流のために酒を飲む」のではなく、「交流そのものを楽しむ」時代になるのかもしれません。

ただ、その一方で私は少し違うことも考えています。

昔から「酒は恋の媚薬」と言われますが、実際には麻薬に近い側面もあり、酔うことで普段なら言えないことを口にしたり、普段なら声をかけられない相手に話しかけたりするきっかけを作ってきました。職場の飲み会や地域の宴会、友人同士の集まりから結婚に至ったカップルも、私が若い頃には珍しくありませんでした。

もちろん、お酒を飲めば少子化が解決するなどという単純な話ではありません。しかし、ノンアルブームの定着によって男女の距離が縮まる機会が減り、「草食系」と呼ばれる傾向が強まっているとすれば、それもまた少子化の一因なのではないか?そんなことを考える時があります。

健康のためには酒を控えるべき。これは間違いありません。

しかし、人と人との距離を縮めるという意味で、お酒が果たしてきた役割もまた事実。

ノンアル時代の到来を歓迎しつつも、その副作用についても少し考えてみたい。禁酒中の私は、そんなことを思いながら「今週末はホルモン焼きで焼酎を飲みたい」ので、金曜日の受診で1ヶ月の酒断ち結果を聞くまでは、静かにしておこうと思っております。

ちなみにドクターからは「1ヶ月で目標体重65kg台(計測時68kg)」も言われているので、今日を含めての2日間は、連日続けている有酸素運動や筋トレも、引き続き頑張ります。

kuma夏休みが近づくと、全国各地で青少年キャンプや林間学校、自然体験活動の準備が始まります。私も土日を使って夏合宿のロケハン(実施踏査)へ行ってきました。しかし近年、その計画を悩ませる大きな問題があります。それが「熊」です。

ニュースでは毎日のように「クマ出没」「クマ目撃情報」「クマによる被害」が報じられています。保護者や主催者の中には、「クマが出る場所には行かせられない」「もしキャンプ中にクマが出たら大問題」と考える方も少なくないでしょう。

でも、少し冷静に考えると、日本の山には昔から猿も鹿も猪もウサギも熊もいたはずです。私たちが子供の頃に参加した林間学校やボーイスカウトやキャンプ時にも熊はいたのです。ハイキング中に熊を見た経験のある方もいるでしょう。

熊が急に現れたわけではありません。私たちは昔から、野生動物が暮らす自然の中に入り、その中で学び、遊び、成長してきたと思うのです。

もちろん、熊との遭遇リスクは軽視できません。しかし、「クマが出る可能性がある」という理由だけで活動場所を排除していくと、果たして子供たちはどこで自然体験をすれば良いのでしょうか。

街を歩けば交通事故の危険があります。海へ行けば津波や高波の危険があります。直下型地震、豪雨災害、落雷、噴火などのリスクは常に存在します。極端な話をすれば、人間はどこにいても100%安全ではありません。人生には常にさまざまなリスクが存在します。

私は以前、カナダのバンクーバーに住んでいました。自宅マンションのゴミ集積場に熊が現れることは年に数回ありました。決して珍しいことではありません。

また、現地ではキッズキャンプの運営にも携わっていました。キャンプに参加する子供たちには、必ずグリズリーとブラックベアの違いを教えます。熊に遭遇した場合の行動も学びます。

食べ物や持ち物の管理方法も徹底します。生ごみは木に吊るして保管する「Bear Hang(ベアハング)」を行い、シャンプーや歯磨き粉、お菓子など匂いの出るものはテント内に持ち込ませません。

現地では「熊がいるからキャンプをやらない」のではなく、「熊がいることを前提にどう安全を確保するか」という考え方が一般的でした。

一方、日本ではどうでしょうか。熊出没の情報があれば、活動中止や立入禁止措置が取られることもあり得ます。青少年活動中に「子供と熊があわや!」なんてメディアで報じられれば、運営者や施設管理者の責任が厳しく問われる可能性もあります。

もちろん安全確保は重要です。しかし、その前に「熊がいる自然の中でどう行動するか」を教える機会が十分にあるでしょうか。熊を恐れることと、熊について学ぶことは別です。

自然体験活動は、本来、自然の素晴らしさだけでなく、自然の厳しさや危険との向き合い方を学ぶ場でもあったはずです。子供たちから危険を完全に遠ざけることが教育なのでしょうか。それとも、危険を理解し、備え、対処する力を身につけさせることが教育なのでしょうか。

熊問題は単なる野生動物の話ではありません。私たち大人が、子供たちにどのような自然体験を与えたいのか。どこまでリスクを許容し、どこからを許容しないのか。その価値観そのものが問われているように思います。

熊の出没が話題になる今だからこそ、青少年キャンプを運営する私たちは何を学び、何を伝え、どのような安全対策を取るべきなのでしょうか。

実際にキャンプや林間学校を運営されている方、施設管理に携わっている方、あるいは保護者の皆さんはどのように考えておられるでしょうか。ご意見や現場での工夫などがあれば、ぜひ教えていただければと思います。

「熊がいるから行かない」のか、「熊がいることを学びに行く」のか。それを企画や引率する側が問われているような気がしている私です。

2026年06月09日 02:21

kariire先日、私が組んでいる住宅ローンの「10年固定金利の期間満了日」がやって来たという話を書きました。思いのほか反響がありましたので、今回は具体的な数字を残しておこうと思います。

旧条件)
・10年固定期間満了日:2026年5月28日
・金利:1.05%
・返済月額:138,121円

新条件)
・10年固定期間満了日:2036年5月28日
・金利:4.00%(2.95%上昇)
・返済月額:158,289円(20,168円上昇)

変動金利を選択すれば、当面の返済額上昇を7千円程度に抑えることもできました。しかし私は、今後の金利変動リスクを避けることを優先し、再び10年固定を選択しました。

私は1990年から、長谷川工務店、三井不動産、藤和不動産、積水ハウス、エス・バイ・エルといった住宅・不動産関連企業のマンション販売や、猪名川パークタウン、神戸北町、神戸花山手、サニーサイド倉敷といったニュータウン販売プロモーション活動に長年携わってきました。

だからこそ、自宅を購入する気は全くありませんでした。なぜなら、それまで多くの不動産関係者の方々から、「自分が住む家は賃貸で十分だ」「住むための家を買うのは非効率だ」という考え方を聞き続けていたからです。

ところが、住宅購入に踏み切った2002年。複数の不動産業界関係者から「今が買い時だ」という話しを耳にするようになり、さらに「35年のフルローンを組むなら35歳まで」という当時のルールも私の背中を押しました。それらが購入を決断した大きな理由の一つでした。

「ローンを組んだ時は返済が苦しくても、賃金は年々上がって言うので少しづつ楽になっていく」なんて事も言われましたが、実際には賃金は現在に至るまで24年間1円も上昇しませんでした。ただ、幸運にも超低金利時代が続いたことで、なんとか返済は続けて来られました。

今回の金利上昇局面を経験して改めて感じるのは、住宅購入とは決して気軽な買い物ではなく、大きなリスクを伴う挑戦だということです。

近年のマンション価格高騰局面で「儲かるかも」と購入された方々は、多額の借入額とともに金利上昇リスクも背負っている上、管理費や修繕積立金も年々上昇傾向にあり、マンション所有者の負担は着実に増えています。

金利が変わると返済額がどの程度変わるかを見てみましょう。以下は5,000万円を35年の元利均等返済で借りた場合の比較です。

・金利1.0% 返済月額141,142円 総返済額 約5,928万円
・金利2.0% 返済月額165,631円 総返済額 約6,956万円
・金利3.0% 返済月額192,425円 総返済額 約8,081万円
・金利4.0% 返済月額221,387円 総返済額 約9,298万円

金利が1%から4%になるだけで、月々の返済額は約8万円、総返済額は3千3百万円以上も変わるわけです。借入額がもっと多ければ、この差はさらに大きくなります。

それだけ賃金が上がれば良いのですが、果たしてそこまでの上昇が見込めるでしょうか。しかも世界の主要国は金利上昇が見込まれており、そうなると日銀もこのまま低金利を続けることは出来ないでしょう。

もちろん、持ち家が悪いと言いたいわけではありません。息子の誕生とともに新築一戸建てを購入し、そこで子どもが巣立つまでの時間を過ごすことができました。縁もゆかりもなかった武蔵小山という街にも愛着が湧き、今では「地元」と呼べるような感覚もあります。

しかし、それは今日まで返済を続けて来られたからこそ言えることでもあります。

住宅ローンは「銀行が貸してくれる金額」で組むものではなく、「将来何が起きても返済を続けられる金額」で組むべきものだということを、今回改めて強く感じました。

金利が上がるかどうかは誰にも分かりません。購入した住宅の価格が将来上がるか下がるかも分かりません。しかし、借りたお金は必ず返さなければなりません。

住宅ローン金利は、かつての1%を切るような時代から、変動で1.5%前後、固定で4%前後という水準が現実に視界に入る状況となっています。今後の動向は誰にも分かりませんが、少なくとも「金利のある世界」が戻ってきたことだけは間違いないでしょう。

住宅購入を検討されている方は、ぜひ一度「金利が5%になったら」「管理費や修繕積立金が大幅に上がったら」という前提で生活設計を考えてみてください。その上でも無理なく返済できるのであれば、それは良い買い物になる可能性があります。

住宅ローンとは、家を買うための素晴らしい仕組みであると同時に、一歩間違えば破滅に至るかもしれない人生最大級のリスクを引き受ける決断でもあります。

これが、34歳時に35年もの長期住宅ローンを組み、そのうち24年間を実際に返済してきた58歳の私からの率直な感想です。

PS) 現在借入残高を知りたいとの話しがありましたので、写真を入れ替えました。なお借り換え等は考えておりません。何の信用も無い若き日の私に、とんでもない低金利で大金を貸し付けてくださったメガバンクさんには今も感謝しております。

2026年06月08日 05:36

kobe昨日は新国立競技場でラグビー・リーグワン決勝を観戦し、神戸製鋼コベルコスティーラーズの優勝を見せていただきました。そしてその前日には、J1リーグでヴィッセル神戸の優勝に感動しました。

今シーズンは幸運にも、どちらの競技もシーズン序盤から何度か現地観戦する機会をいただき、その両チームがそろって頂点に立つ姿を見ることができたことは、本当に幸せなことでした。しかし、この週末に私の心を大きく揺さぶったのは、優勝そのものだけではありませんでした。

1995年1月17日。阪神淡路大震災が神戸を襲った日です。当時26歳の私はその直撃を受けました。その衝撃は今も忘れません。そして、その日は両チームにとっても忘れることのできない日となりました。

ヴィッセル神戸は三菱自動車水島サッカー部(岡山)を前身として誕生しました。震災当日は、神戸での初練習日となるはずの日でした。しかし震災によってその船出は大きく狂い、数週間後に訪れた練習初日は、かつての拠点であった水島で迎えました。

一方の神戸製鋼ラグビー部は、黄金時代を象徴するV7達成からわずか2日後に震災直撃を受けます。多くの選手は神戸製鋼本社や練習グラウンドのある神戸市中央区から東灘区の沿岸部に住んでいたため生活に打撃を受け、練習場には震災瓦礫が集積され、練習どころではない状況になっていました。

震災から7か月後、私はイベント会社から広告代理店へ転職しました。その配属先は岡山でした。偶然にも担当することになったのは、ヴィッセル神戸のルーツである三菱自動車水島のお膝元に位置する倉敷サニータウンの販売プロモーション。

そこで私は、地域の人々にとって三菱自動車水島サッカー部がどれほど愛された存在だったのか、そして神戸への移転に対して少なからぬ喪失感があったことを肌で感じることになりました。

さらにその後、神戸ウイングスタジアム(現・ノエビアスタジアム神戸)が完成してからしばらくの間は、施設の音響業務のお手伝いをさせていただいた時期もありました。その意味では、逆の意味で神戸市民にヴィッセル神戸が受け入れられていく過程も、体感させていただきました。

神戸製鋼ラグビー部は、震災当時に私が住んでいた六甲アイランドのマンションに選手が住んでいたこともあり、車で5分の距離にある灘浜グラウンドへ何度も練習を見に行っていました。震災後、その場所に震災瓦礫が山積みとなった光景は今でも忘れることができません。

あの日、多くの人が日常を失いました。それでも神戸は立ち上がり、人々は前を向き、スポーツもまた地域とともに歩み続けました。

ヴィッセル神戸と神戸製鋼コベルコスティーラーズという2つのプロスポーツチームが神戸に根差し、それが同じ年に同時に日本一となる姿を目の前で見る機会があるとは思いもしませんでした。この週末は、さまざまな出来事が走馬灯のように頭の中を駆け巡りました。

震災前、沿岸部に神戸製鋼が管理運営する「マヤ・エスポート」という多目的広場がありました。広報担当には神戸製鋼ラグビー部OBの山北さんらがいらっしゃり、「小柄な選手だな」と思っていた林敏之選手が実際には驚くほど大きかったことを今でも覚えています。

また、現在ノエビアスタジアム神戸が建つ場所にあった和田岬グラウンドへ、ヤンマー(現セレッソ大阪)の釜本邦茂選手を見に行ったこともありました。ところが、お目当てだったヤンマー以上に、対戦相手のフジタ工業(現湘南ベルマーレ)が強かったことの方が印象に残っています。

スポーツは単なる勝敗ではありません。人と街の歴史をつなぎ、時には希望の象徴にもなります。私はそのことを改めて実感しました。

ヴィッセル神戸の皆さん、神戸製鋼コベルコスティーラーズの皆さん。そして震災から立ち上がった神戸の街に関わるすべての皆さん。素晴らしい感動をありがとうございました。

今年4月16日に神戸で行われたフロンターレ戦の日に、王子公園駅近くにある中学高校と一緒に過ごした同級生の藤田君が営む大阪王将へ行って来ました。ほんの数十分間の滞在ではありましたが、数十年の時空を超え、神戸という街に自分の魂の一部があることを思い出させてくれました。

今年8月8日には、母校である兵庫県立東灘高等学校の同窓会設立50周年式典が開催されるとの連絡をいただいています。これまで同窓会に足を運ぶ機会はほとんどありませんでした。しかし、この週末を経て、参加してみようかという気持ちになりました。

今はすっかり神戸から縁遠い生活をしています。それでも、神戸という街は私の人生の一部であり続けています。

神戸と縁があったからこそ、「あの日あの時、生きていて良かった」「生き続けてきて良かった」と思える今があります。

スポーツの感動をありがとう。そして、神戸の街にありがとう。

2026年06月07日 05:27

hirao日本はアメリカの核の傘に守られているという論調の話しが出てくるようになって30年近くになります。在日米軍基地で働く日本人給与に限定されていた思いやり予算の枠も拡大の一途で、基地内の光熱費や移転費や娯楽経費まで負担しています。

安倍総理が悲願としていた憲法改正も夢破れ、さらに志半ばで命も落とし、明らかに存在している軍隊ですら存在していないと国を挙げてうそぶき続ける私達。世界有数の軍事力を保有しながら、軍艦を「護衛艦」と呼ぶ独自の言葉遣いまで生み出してきました。

私は義務教育から高校卒業までを神戸で過ごしました。大学進学率(含む短大・専門学校)が25%に満たない世代で、高卒で就職する割合が今とは考えられないほど高く、地元企業へ集団就職的に入る事例も多数。先輩・後輩を含めると、かなりの数が今もそこで働いています。

それら企業には、重工業・鉄鋼(神戸製鋼/三菱重工/川崎製鉄[現JFE]/川崎重工/石川島播磨重工[現IHI])、金融(太陽神戸銀行[現三井住友銀行]/兵庫銀行[現三井住友銀行])、他にもダイエー、UCC上島珈琲、住友ゴム、オーツタイヤ[現住友ゴム]、ノーリツ、山九、上組、白鶴、菊正宗、沢の鶴・・・といったそうそうたる名前が連なっており、さすがに60歳近くになると、全員結構な役職に就いています。

その中でも重工業・鉄鋼領域では基礎研究から製造まで様々なことがおこなわれており、海へ出れば潜水艦がいるのは日常の景色でもありました。

そんな環境で青春時代を過ごしましたので、「日本がアメリカの核の傘に入り続けるために必要なのは軍事的な技術力を常に示し続けること」という話は、学校でも聞きましたし、交友関係を通じた世間話の中でもよく耳にしたものです。

ただ、冒頭にも書きましたが、ここ30年そんな論調はかき消され続けています。

戦闘機開発については、かつて日本独自の開発構想がありながら、結果としてアメリカとの関係性の中で様々な制約を受けてきたことは周知の事実でしょう。日本の安全保障政策は常に日米同盟を前提として組み立てられてきました。

核兵器開発については「行われていないことになっている」というのが現在の公式見解です。しかし核兵器を搭載したアメリカ海軍の艦艇や潜水艦が長年にわたり日本周辺へ展開してきたことを考えると、日米間では早い段階から「核抑止はアメリカが担う」という役割分担が暗黙のうちに形成されていたのかもしれません。

ウクライナがロシアから攻撃された時、無数のミサイル・戦闘機・戦車が首都キーウを襲う動画を見ながら、世界中の誰もが「数日でロシアの勝利に終わる」と思った事でしょう。しかしウクライナは首都を守り抜き、ロシアに首都攻略をあきらめさせるまでに至りました。

西側の支援をウクライナが得たのはその後です。それもゼレンスキー大統領が「ウクライナ人は自ら戦う。必要なのは武器と弾薬だ」と言ったからです。つまり命を懸けて自国を守るという姿勢を見せることで、世界を動かしたのではないでしょうか。

そんなわけで、私自身の個人的な考えではありますが、日本がアメリカの核の傘に入り続けることを望むのであれば、必要なのは従属や大統領に気に入られるお買い物では無く、日本自身がアメリカにとって脅威であり、かつ欠かせない存在であり続けることではないかと思うのです。

日本にはキヤノンやニコンが培ってきた世界最高水準の光学技術。タミヤや京商に代表される精密な模型・ラジコン文化。さらに自動車/オートバイ/半導体/通信/センサー/モーター/電池/ベアリングといった分野で世界最高の技術を保有しています。

これらが融合すれば、これまでにない偵察システムや無人機、あるいは低コストで高性能なドローン群のような技術が生まれるかもしれません。

戦後日本は、自動車や家電で世界を驚かせて来ました。これからの時代は、安全保障を支える先端技術でも世界を驚かせられるのではないでしょうか。そしてそれは、世界を驚かせ「日本を相手側陣営に渡すと大変なことになる」と思わせるキッカケになり得ると思うのです。

もちろん核兵器を保有しろという話ではありません。しかし、核物質管理、核燃料サイクル、原子炉技術、放射線防護、核セキュリティ、核災害対応、核施設防護などの分野で世界最高峰の知識と技術を持つことは、日本の安全保障上も大きな意味を持ちます。

技術を持つ国と持たない国では、国際社会での発言力がまったく違います。「日本は平和国家だから軍事技術はいらない」という考え方は、今の世界情勢を見る限り現実的では異常とも思えます。むしろ平和を維持したいなら、圧倒的な技術力を持つべきなのかもしれません。

守られるだけの国ではなく、「日本がいるから同盟に価値がある」と思われる国になること。それこそが、日本の進むべき道なのかもしれないと思っている私です。

最後になりましたが、本日はラグビーリーグワンの決勝です。神戸製鋼ラグビー部を原点とする「コベルコ神戸スティーラーズ」がこの舞台に立ちます。

阪神淡路大震災に襲われる2日前の1995年1月15日。神戸製鋼ラグビー部は日本選手権7連覇を達成しました。主将の細川選手が怪我で離脱。平尾選手が主将代行を務め、大八木選手らが躍動しての勝利は、新日鉄釜石と並ぶ7連覇の偉業を達成した瞬間でもありました。

しかし、あの日から2日後には全てを失います。練習用のグラウンドは地割れだらけとなり、さらにガレキ置き場となりました。避難所でウイリアム選手がその腕力を活かして救援物資をグイグイ運んでいた姿が目に焼き付いています。

元選手で当時広報に所属していた山北さんが、神戸製鋼の遊休地を復興住宅建設地とするための法的手続きや地質調査に明け暮れていたのも昨日のように覚えています。

対するは「クボタスピアーズ船橋・東京ベイ」。どちらのチームも全力で闘って、素晴らしい試合を魅せてくれることを楽しみにしております。

そんなわけで、神戸から連想して変に軍事的なブログ記事になりましたが、ラグビーリーグワンの決勝を楽しみにしておりますという記事でした。ご拝読ありがとうございました。

2026年06月06日 06:14

スクリーンショット 2026-06-06 060955先日、円建ての生命保険を解約し、アメリカドル建ての保険へ切り替えた話をブログに書きました。すると、それを読んだ方から「まだ保険に入れるんですか?」という質問をいただきました。

結論から言うと、無事に加入することができました。

生命保険に加入する際には審査があり、その中には健康状態などについて、ありのままに申告しなければならない「告知義務」があります。

私は人間ドックの結果をこのブログにも掲載していますので、ご存じの方もいるかもしれません。直近の健康診断結果はその人間ドックの結果表になるのですが、そこにはここ15年ほど、毎年のように「D判定:異常あり、診察を受けてください」と書かれています。

もちろん診察も受けています。その内容も毎年ほぼ同じで、「胃カメラで腸上皮化生が認められます」「エコー検査で脂肪肝が認められます」というものです。

そんなわけで現在は、医師から「1カ月間の禁酒」と「炭水化物を極力減らすこと」を指示され、絶賛禁酒中です。

幸いにも、多くの方が保険加入時の審査で気にされる血圧(上160以上または下100以上)、HbA1c(6.5%以上)、γ-GTP(100以上)といった数値には達しておらず、コレステロール値についても特に問題視されませんでした。

とはいえ油断はできません。

昨年も人間ドック後に医師から「3カ月禁酒」を指示され、実際には1カ月半ほどで解除されたものの、今年も「昨年より良くなっているけれど1カ月禁酒」と言われました。年齢を重ねるにつれて、節制を怠れば健康状態はすぐに数字に表れてしまいます。

今回の保険加入では無事に審査を通過できましたが、今後も同じようにいく保証はありません。健康状態によっては加入できる商品が限られたり、条件付きになったりする可能性もあります。

おかげさまで私は、禁酒を命じられれば比較的素直に従えますし、飲み会でもノンアルコールで過ごせるタイプです。医師から指示を受ければ、「この期間を乗り切ればまた飲める」と考えて、それなりに楽しみながら我慢できます。

そこに今回、「生命保険の審査を通すぞ!」という新しい目標が加わりました。健康のためだけではなく、将来の備えを確保するためにも健康を維持する。これは意外と良いモチベーションになるのかもしれません。

生命保険は一般的に年齢が上がるほど加入条件が厳しくなり、保険料も高くなります。60歳を超えると新規加入できる商品が徐々に限られ、65歳を超えると選択肢はさらに少なくなる傾向があります。また、持病や健康診断結果によっては加入できないケースも珍しくありません。

健康でいることは、日々を元気に過ごすためだけでなく、「将来の選択肢を残しておく」という意味でも大切なのだと思います。

「生命保険に加入できる健康状態を維持すること」を一つの目標にしてみるのはいかがでしょうか。健康診断の結果と向き合い、適度な運動や節酒を続けるきっかけにもなりますし、意外と良い健康維持の励みになると思います。

なお、「信頼できる生命保険の営業担当者を紹介してほしい」という方がいらっしゃれば、喜んでご紹介させていただきます。

ただし、その前にお住まいの地域で利用できる都道府県民共済やコープ共済、JA共済などがあれば、一度内容を確認してみることをおすすめします。また、こくみん共済にも魅力的な商品があります。

保障内容や家族構成、年齢によって最適な選択肢は異なりますので、まずはこうした共済制度も含めて比較検討し、その上で民間の生命保険を検討されると良いのではないかと思っております。

2026年06月05日 03:47

iakayaその昔、私はどちらかというと「飲み歩く派」でした。大阪のイベント会社に勤務していた頃は、どんなに帰りが遅くなっても、北新地や東通り商店街へと繰り出していたものです。(写真はAI作成です)

しかし、30歳を前にした頃から環境が激変します。お得意様の社長がお酒を飲まない方だったこと、さらに岡山支社への異動で車の運転が必須になったこと。当時は月の7割が東京・大阪・福岡への出張でしたが、出張先でも飲みに行かなくなり、30歳での禁煙を機に、夜の街へはパッタリと行かなくなりました。

その後、起業してからは社員と飲みに行ったり、お取引先との会合に顔を出したりすることもありましたが、これも40歳目前で激減。ここ20年は地域ボランティアの集まりで地元で飲む程度で、社員と飲みに行くことは年間一桁台です。

今や、飲みに行くこと自体が週1回あるかどうか。弊社は6月決算なのですが、接待交際費は毎年劇的に減っており、今では年間100万円にも満たないほどです。

こうした変化に拍車をかけたのが、リモートワークの普及です。地方出張や海外出張はほとんどなくなり、逆に地方や海外の方が東京へ来てくださる機会が増えました。

何よりも減ったが事務所での会議。コロナ禍の2021年までは三田(JR田町駅徒歩5分)にオフィスがあり、社内に2箇所の会議スペースを設けていましたが、リモート会議の普及で出番は皆無に。

コロナ明けに五反田駅前へ事務所を移転し、1LDKのLDK部分に立派な会議用テーブルを設置したものの、使用機会は週に1回あるかどうか。せっかく液晶モニターやBOSEのサウンドシステムまで用意したのに、もったいない限りです。

世の中のコンプライアンス意識の高まりも感じます。今は各種ハラスメントを意識する時代。飲みに行っても「1次会でサクッと終わり」というケースが増えました。おかげで、昔ながらのママやマスターがいるお店に行く機会も喪失。たまに行くと、万単位の請求にビクビクしてしまう始末です(笑)。

昔は宴席での際どいワイ談も日常茶飯事でしたが、今そんなことを言えば、本人はおろか隣のテーブルから「下品な話はやめて」とクレームが入る時代だとか。時代の移り変わりを感じずにはいられません。

ただ、リアルなコミュニケーションが減り続ける中で、最近ちょっとした悩みが生まれました。「話の組み立てが下手になってきたな」と感じるのです。さっきまで話していた内容を忘れてしまうことも多発。加齢と言われればそれまでですが、圧倒的な「リアルコミュニケーション不足」も否めないと思っています。

先日、とあるスタートアップ企業の若い経営者の方とお会いしました。社員とのコミュニケーションはSFAやCRMといったシステム上でスマートに完結。土日は一般社員向けにオフィスを自由開放し、そこで部活動が行われているそうで、ジェネレーションギャップというか、時代の隔絶をハンパなく突きつけられました。

弊社は今、決算作業の真っ只中で大忙しですが、これが落ち着いたら、自分やスタッフが持つ経験やノウハウを「文字・音声・動画」として資産化し、今後に活かせる仕組み作りに着手したいと考えています。

土日祝は本業が立て込むため、このプロジェクトは「平日夜」の進捗になりますが、社員の方で力を貸していただける方はお申し出ください。なお、作業終了後は、少し昔ながらの「昭和レトロな(?)飲み会」で企画会議をさせてください。

最後に、一緒に会社を盛り上げてくれる新しい仲間(※長期キャリア形成のため、若年層を応援しています!)を募集します。

主たる業務は屋外広告領域の広告開発とスポンサー開拓。レースイベントやレーシングチームのスポンサーを探したり、オフィスビルや大規模商業施設内のイベント&広告スペースを開発&セールスして、今あるすき間をお金に買えるお手伝いをするお仕事です。

対象:学歴・経験不問(パソコンが使えない方は、会社負担でスクールに通っていただきます)
待遇:月給20万円〜+賞与年2回
福利厚生:社会保険等完備、完全週休2日制

「大野と毎日ご飯を食べてお酒を飲めるなら、給料なんていりません!」……なんて奇特な方がいてくれたら最高ですが(笑)、美味しいご飯とお酒をご馳走になりつつ、給料も賞与もしっかり稼ぎたいという方、大歓迎です。

皆様からのご応募を、心よりお待ちしております!

2026年06月04日 05:25

rj26今年もWRC(世界ラリー選手権)フォーラムエイトラリージャパンに携わる機会をいただきました。毎年この大きなイベントに関わらせていただけることに、心から感謝しています。

5年間に及ぶラリージャパンの現場でいつも印象的なのは、トヨタの皆さんが口々に「GRヤリスを作って良かった」と語り合い喜び合っている姿です。

その「トヨタの皆さん」とは、決してレース関係だけではありません。ありとあらゆる部署の方々が、自分たちの仕事の成果としてGRヤリスを誇りに思っている。その光景は他のレース現場ではなかなか見ることができないものです。

世界ラリー選手権(WRC)に出るホモロゲーション(競技車両公認)を取得するには、ベースとなる車両が連続する12ヶ月に「2,500台以上」かつ「シリーズ全体で2万5000台以上」製造される必要があり、今までならその台数ギリギリの製造を狙うのが一般的でした。

ところが、当時社長だった豊田章男氏は全車両の基本骨格(プラットフォーム)を、いくつかの基本サイズにグループ化することから着手。その上でフロントに小型車用Bフレームを、リヤに中型車用Cフレームを組合せ、これらを組み合わせて製造できる専用工場まで用意しました。

GRヤリスは単なるスポーツカーやホモロゲーション取得用モデルとしてでは無く、世界中に販売されることで、モータースポーツ活動の屋台骨を支える車両となっているとともに、トヨタのイメージ戦略に大きく貢献している上、ビジネスとしても成立させている稀有な存在なのです。

しかも2020年から現在まで続くGRヤリスの製造ノウハウは、多くのモータースポーツ用車両の量産ノウハウをトヨタにもたらしました。人間の手で接着剤を盛り、人間の手でスポット溶接をする。それが当たり前という工場を作り出し、沢山の人材を育て上げたのです。

このGRヤリスの存在は、部品メーカー/販売店/工場スタッフ/レース関係者/エンドユーザーといった垣根を超え、これに関わる全ての人々が「世界最高峰のラリーにつながっている」と実感できるアイコン的な所まで成長しているように感じます。

WRCは2027年から大きな転換点を迎えます。新しい「WRC27」規則では、現在のRally1カーとは考え方そのものが変わります。

現在は市販車との関連性が重視されていますが、新規則では共通の安全セルを持つスペースフレームシャシーをベースとし、その外側に自由度の高いボディパネルを装着する方式へ移行します。極端に言えば、レース専用フレームの上にどんなボディを被せることも可能になります。

さらにホモロゲーション取得に必要な台数も10台程度と大幅に引き下げられる方向となっています。メーカーにとっては参戦コストを下げることができ、新規参入のハードルも大きく下がるでしょう。競技としては歓迎すべき変化です。

しかし一方で、私は少し寂しさも感じています。

もし参戦資格を得るために必要な台数が10台程度で済むのであれば、極端な話、レース専用車を10台製作すれば条件を満たせてしまいます。10台ならトヨタワークスチームだけで使い切るわけで、理論上はGRヤリスを販売する必要もなくなるかもしれません。

ただ、それでは工場は育ちません。
人材も育ちません。
販売ネットワークも動きません。
街中を走るファンのクルマも増えません。

GRヤリスが凄かったのは、レースカーを作ったことではなく、「モータースポーツを支える産業構造」を作ったことではないでしょうか。

クルマを作る人が誇りを持ち、生産技術が磨かれ、部品メーカーが成長し、ユーザーがそのクルマを購入し、その利益が再びモータースポーツへ還元される。そんな理想的な循環を実現したことこそが、本当の成功のように感じています。

来年以降、GRヤリスがWRCの舞台を走り続けるのか、それとも全く新しい車両へと生まれ変わるのかはまだ分かりません。しかし私が願うのは、GRヤリスによって築かれたこの素晴らしい仕組みが今後も続いていくことです。

モータースポーツは単なる競技ではありません。クルマを作り、人を育て、技術を磨き、産業を発展させる文化でもあります。

来年のラリージャパンでどんなマシンが走っているのかは分かりません。それでもサービスパークのどこかで、今年と同じように「あのクルマを作って良かった」と語り合う人たちの姿が見られることを願っています。

このたびはありがとうございました。

20260601_1350335月になると、全国の経営者や人事労務担当者のもとへ、次々と「恐怖の封筒」が届き始めます。

社員が住む全自治体から届く、バラバラのサイズ、バラバラの様式の封筒。中身は、社員全員分の「住民税決定通知書」と「振込用紙(納付書)」です。

この振込用紙は各自治体内にある金融機関でしか払い込めないようになっています。都市銀行の支店がない自治体も多いため、結果として全国対応できる「郵便局」に会社の担当者が毎月、大量の紙の納付書を持って並ぶ羽目になるのです。

令和の時代に「DX」だの「生産性向上」だのと言っている国が、民間企業にこんな超アナログな労働を強制している。今どき、こんなのあり得ると思います?

本来、国や自治体が自力で全国民から直接税金を徴収しようとすると、莫大な人件費と「取りっぱぐれ(滞納)」のリスクが発生します。そこで国は「そうだ、企業に天引きさせれば、100%確実に、しかもコストゼロで回収できるじゃん!」と考えたのでしょう。

私は現在カナダで働き始めたのですが、あちらでは確定申告(Tax Return)が基本であり、個人が自分の税金に責任を持ちます。給与からの仮天引き(Withholding)は一部のみ。日本のように「会社が各地方自治体の細かい窓口業務まで完全代行させられる」というシステムは、世界的にも極めて異例です。

そもそも住民税の事務負担だけでも怒り心頭なのに、企業には「社会保険料の徴収事務」も義務付けられています。しかも手続きだけでは無く「社会保険料の労使折半」という謎の仕組みによって、企業側は結構な額の金銭的コスト負担まで強いられています。

ここまで国や自治体の徴収事務を肩代わりしているのだから、何かメリットがあってもいいはずですよね。しかし、事務手数料をもらえるどころか、徴収のための人件費(税理士や社労士への報酬、自社スタッフの給与)もすべて会社持ちなのが現実です。

国は「スタートアップ育成」「起業家を増やそう」と口では言います。でも現実は、会社を作った瞬間に「国と自治体の集金係」として、各種徴収事務を延々とやらされる。しかもその業務内容はまったく直感的ではなく結構面倒です。

なんだか悲しいことの連続ですが、こんな不条理を20年以上も続けています。そろそろ本当に、なんとかならないかと思っている私です。

2026年06月03日 19:42

1先日、九州のオートポリスで開催された全日本ロードレース選手権J-GP3クラスでは、尾野弘樹選手(P.MU 7C GALESPEED)と高杉奈緒子選手(TEAM NAOKO KTM)によるトップ争いが最終ラップまで続く見応えのあるレースとなりました。

結果としては尾野選手がトップでチェッカーを受け、高杉選手も自己最高位となる素晴らしい走りを見せました。

表彰式もその順位で行われましたが、その後に発表された正式結果では尾野選手が失格となり、高杉選手の優勝という形に変更されました。私はその話を聞いたのがサーキットを離れる直前だったため、当初は詳しい事情を把握していませんでした。

その後、尾野選手が所属する7Cから経緯についての発表がありました。それによると、ゼッケン75番からの抗議を受けて再車検が実施され、その結果、車両規則違反が確認されたとのことです。

違反内容はフロントフェンダーに関するもので、「フロントホイールスピンドルを通る水平線から上と前に45度で引かれた線の前に出てはならない」という規定に抵触していたとされています。7Cの発表によれば、実測では40度だったとのことです。

もちろん規則違反があったのであれば裁定そのものは尊重されるべきですが、一方で失格という最も重い処分については厳しい印象を受けたのも事実です。

今回のレースは最後まで手に汗握る攻防が続いた素晴らしい内容でした。それだけに、実力で2位フィニッシュを果たした高杉選手に対する評価は何ら変わるものではありません。

しかしながら、レース後の裁定によって結果が覆る形となったことに、どこか複雑な思いを抱いたファンや関係者も少なくないのではないでしょうか。

7Cの坂井社長は発表の中で、以下のように述べています。

「この後の方法としては控訴も考えましたが (中略) いたずらに正式結果を引き延ばすのはいかがなものかと考えて結果を受け入れることにしました」

納得できない部分があったとしても、最終的には裁定を受け入れるという判断は重いものだったと思います。

今回の件については様々な意見があるでしょう。しかし、次のレースでは全選手がルールの範囲内で全力を尽くし、その結果を誰もが気持ちよく受け止められるような週末になることを願っています。

Number Web記事「音のない世界で一人で走っている」49歳で全日本ロード初の女性ウィナーとなった難聴のライダー・高杉奈緒子のレース人生

PS) 高杉選手へのサポート活動もあしかけ18年になりました。8耐で予選落ちした2008年が去年のように思える自分が怖いです。

jet台風がやってきて、東京は先ほどから結構な風雨になっております。事務所が五反田でして、ここは目黒川が氾濫するとえらいことになるので、台風が通り過ぎるまで自宅待機のため、ちょっとブログ記事をいくつか書きたいと思います。

先日、全日本ロードレース選手権の事前テストで東京とオートポリスを往復する機会がありました。

オートポリスは大分県にあるサーキットですが、実際には熊本空港を利用する関係者が多い場所です。私も現地入りのため航空券を探していたのですが、直前までスケジュールが確定せず、予約できたのはかなりギリギリでした。

そこで各社の航空券を検索してみると、JALやソラシドエアは片道1万2千円から3万円程度。それに対してジェットスターは成田発着ではあるものの、片道約7,000円でした。

ちなみに私の家から成田空港への始発は(徒歩30分の)大崎駅4:45発/空港第2ビル6:12着で1,623円。羽田空港への始発は(徒歩15分の)戸越駅5:14発/羽田空港5:51着で541円です。

「ちょっと時間かけて成田へ行けば安くなるならお得だ」と思い、5月20日に熊本へ入り、22日の最終便で成田へ戻る予定で予約を組み、当初の往復航空券代は約1万5千円でした。

ところが天気予報が大きく崩れます。20日の午後から雨が降り始め、21日も回復が見込めないという予報。急遽予定を変更し、20日の15時になって、同日の最終便で東京へ戻る日帰り出張へと変更しました。

当初予約していた復路便は使わなくなり、約7,000円が無駄になりましたが、その日の帰りの便を新たに手配した費用や変更手数料などを含めても、最終的な往復航空券代は30,770円でした。

もちろん安い金額ではありません。しかし、直前予約で大手航空会社だけを利用していた場合の片道料金より安いのですから、本当にありがたい存在です。

日本で格安航空会社が身近になったのは、1998年にスカイマークが就航した頃からではないでしょうか。あれから多くの航空会社が参入し、また姿を消していきました。

特に印象に残っているのがスカイマークです。

2011年にはエアバスの超大型旅客機A380を6機発注。さらに2013年にはA330-300を10機導入すると発表し、2014年には運航を開始しました。

A330-300は巨大な機体に全席グリーンシートという豪華仕様。当時は客室乗務員の制服に超ミニ丈のワンピースを採用し、「航空会社らしくない」と賛否両論を巻き起こしたのを覚えています。

ただ、その後はA380導入計画が頓挫し、エアバスとの契約解除や違約金問題なども重なって業績が急激に悪化。翌2015年には経営破綻してしまいましたけどね。

それでもスカイマークは再建を果たし、現在も空を飛び続けています。そしてピーチ・アビエーションやジェットスター・ジャパンなど、多くのLCCが今も利用者の移動を支えてくれています。

レース遠征、イベントの下見、打ち合わせなど、移動が多い仕事をしていると、飛行機代の差は積み重なると非常に大きな金額になります。私自身もこの恩恵を何度も受けてきました。

実は近々ソウルでの打ち合わせも予定していますが、こちらも利用するのはLCCです。料金は往復で4万円弱。少し前なら国内線並みの価格で海外へ行けるなど想像もできませんでした。

もちろん、サービス面では大手航空会社に魅力がありますし、荷物や座席指定の追加料金には注意も必要です。それでも、移動手段として割り切って考えれば、LCCがもたらしてくれた恩恵は非常に大きいと感じています。

遠征先の選択肢を広げ、出張のハードルを下げ、思い立った時に行動できる自由を与えてくれる。私にとってLCCは、もはやなくてはならない存在です。

利用者としては、これからも各社が元気に飛び続けてくれることを願うばかりです。そして私自身も、上手に使い分けながら積極的に活用していきたいと思います。

みなさんはLCCって利用されていますか?良い活用法があればお教えください。

910インターネットもスマホも無い時代、車やバイク好きの人々は、何の知識も無いまま「改造」や「整備」と称する無茶苦茶なチャレンジに挑んだ物でした。

若い人なら絶対に信じないと思いますが、その昔は男なら車やバイクに乗ってるのが当然。だからカー用品店も日本中どこにでもあり、そこでイロイロ調達しては、出たとこ勝負での改造に挑むのが普通と言う時代でした。

今はエアバッグが付いているので絶対にチャレンジしないであろうハンドル交換は基本メニュー。ナルディーやモモといったメーカーのハンドルを購入して、良く分からないまま純正ハンドルのセンターパッドを外し、出て来たネジを左に回して力任せにハンドルを引っ張って外し、買って来たハンドルの取り付け方が分からず途方に暮れるというのまでがセットでした。

実際には車種別のステアリングボスという部品が必要で、それを取り付けるネジを締めるにもトルクレンチという特殊な工具が必要なのですが、それも後からカー用品店の人や、詳しい(かどうか怪しい)人に教えてもらって取り付けたりしたものです。

フォグランプもDIYメニューの基本。パッと見でカッコよさそうな場所に取り付けるのですが、車両の鉄で出来ている場所に付けないといけないのを知らず、プラスチック部分に付けちゃってグラグラ明かりが揺れたり、配線にリレーやヒューズを付けるのを知らずにメインヒューズを飛ばすなどもアルアルでした。

もう一つの定番がウインドウフィルム。昔は貼るだけで窓を黒くできるフィルムが普通に売っていて、これを霧吹きで水を吹きながら取り付けるのが定番でしたが、結構な確率で失敗してグチャグチャになり、成功しても黒すぎて運転に支障が出たりとイロイロ問題がおきたものでした。

オイル交換も自分で頑張るのですが、オイルフィルターを回す方法が分からず、手持ちのペンチなどを使って頑張って回したり、ちゃんと締まらずオイル漏れする等もやったものです。

今思えば、よくあんな状態で整備していたなと思います。正しい工具も無い。正しい知識も無い。サービスマニュアルなんて持っている人は少数派。分からないことがあれば、近所の詳しい先輩やカー用品店の店員さんに聞くしかありませんでした。

もちろん失敗も山ほどしました。
・ネジをなめる
・部品を壊す
・配線を間違える
・買ってきた部品が付かない
・組み上げたら余ったネジが出てくる・・・

今ならSNSに写真を載せれば数分で正解が返ってくるようなことでも、当時は自分で考え、自分で試し、自分で失敗しながら覚えるしかありませんでした。

でも、だからこそ身についた知識もあります。どんな時にどんな工具が必要か。どの部品はどんな役割か。自分のお金と時間を使い、自分で痛い目を見た経験はなかなか忘れません。

今はYouTubeを見れば、プロ顔負けの整備動画が無料で見られます。車種ごとの交換方法も検索すればすぐ出てきますし、必要な工具まで紹介されています。昔の私が見たら夢のような環境です。その一方で、少しだけ思うこともあります。

今の若い車好きやバイク好きは、失敗する前に正解へたどり着ける時代になりました。それは素晴らしいことです。無駄な出費も減りますし、安全面でも大きなメリットがあります。

ただ、人間というのは不思議なもので、自分で失敗した経験からしか学べないこともあります。動画で見た知識と、自分でネジを折ってしまった経験は別物です。人は様々な失敗を通じて、「次はこうしよう」という知恵を磨いたのだと思ってます。

その昔はカーナビやグーグルマップなんてありませんでした。だからこそ地図を見て目的地を目指し、道を間違えるたびに何度も地図を開き直しては、必死に道を覚えたのです。

今の若い人達は道を覚えないそうです。それはきっと、最初からカーナビやグーグルマップが正解のルートを指示してくれるから。確かにゴールへは間違いなく近道ではありますが、それは「ナビの指示通りに動いた」だけであって、本当の意味での知識や知恵としては身についていないわけです。

「失敗だらけの人生こそ面白い」これは車やバイク、ドライブだけの話ではありません。仕事もそう。人付き合いもそう。お金の使い方もそう。振り返れば、私の人生も失敗だらけでした。失敗して恥をかき、怒られ、金銭的ダメージも受けました。

それでも、その失敗の積み重ねが今の自分を作っています。成功から学べることは意外と少なく、失敗から学べることは驚くほど多いものです。

だから私は、「失敗しない人生」よりも「たくさん失敗した人生」の方が価値があると思っています。もちろん同じ失敗を何度も繰り返すのは困りますが、挑戦した結果の失敗なら大歓迎です。

何もしなければ失敗もしません。でも、何もしなければ成長もしません。

昔、ハンドル交換で途方に暮れたことも、フォグランプの配線でヒューズを飛ばしたことも、オイルまみれになりながら整備したことも、今となっては笑い話です。そして、その笑い話(経験)こそが、人生の財産なのだと思います。

「失敗は成功の母」と言いますが、私は少し違う気がしています。失敗は成功のためだけにあるのではなく、人間を成長させるためにあるのだと。だからこれからも、多少の失敗を恐れずに新しいことへ挑戦していきたいと思います。

動画の予習やナビのルート案内もいいですが、たまには「出たとこ勝負」のワクワク感を味わうのも悪くありません。どうせなら、人生の最後に「あれも失敗したなあ」「これもやらかしたなあ」と笑いながら振り返れるくらい、失敗だらけの人生の方が面白いですからね。

若いみなさんはAIで失敗しない怒られない人生を送るのも楽しいかもしれませんが、積極的に失敗を楽しむことで得られる素敵な人生があるってことも伝えたいと思っている私です。

2026年06月02日 06:14

スクリーンショット 2026-06-02 0551325月31日東京ドームで開催されたライブを最後に「嵐」が解散したそうです。動画配信でライブを観たというファンの方は、「最近のYouTube等では太っちゃってたメンバーもしっかり痩せてガッツリ踊っていた」と言ってました。

嵐の思い出と言えば売れていなかった時代に遡ります。とにかく記憶にあるのはチケットが売れなかったこと。座席が埋まらず空席を黒い布で隠すなんてのは当たり前。テレビ中継が入る時は、空席が無いように見せるため前方に来場者を移動させたりもしていました。

代々木第一体育館や横浜アリーナですら空席が出る有様でしたから、国立競技場を埋め尽くすようになって以降しか知らない方にはウソのような話しかもしれませんが、結構きびしい時代があったのですよ。

ただ、決して座席が埋まっていなくても手を抜くようなステージはありませんでした。しっかり本気でライブをやり、それはどんな地方に行っても変わりませんでした。

激変のキッカケは約20年前にリリースされた「ARASHIC」ってアルバムだったでしょうか。この時は「アラシックツアー」ってコンサートツアーが開催されたのですが、結構な勢いで次々と追加公演が決まり、一気に人気が高まってきていることを感じさせるツアーでした。

後にメンバー達が「1日3回公演が行われた」と言っていたのもこのツアー。3回やっても埋まるならやるでしょって感じ。ちなみに昔のSMAPは1日5回公演ってのも普通にあり、途中いいともに出ているメンバーが抜けるといったのも結構ったんですけどね。

この時に、当時のジャニーズ事務所では「ワールドツアー」と呼んでいたライブが発表になります。その場所は今のLABI渋谷(ヤマダ電機)がある場所。ここが建設前のさら地でコインパーキングになっていて、その場所で記者発表会がおこなわれたのです。

巨大な直径約2m以上もある地球儀が神戸の装飾屋さんから運び込まれ、嵐のメンバー5人も勢ぞろいしての記者発表。「司会のワールドツアー決定です!」の声で地球儀が回り、止まるとツアー開催地に電気が点灯するという演出でした。

決して広くない場所ではありましたが、100名を超す記者が集まり、結構な期待感で記者発表が進行したものの、地球儀が止まって点灯したのは「タイ・台湾・韓国」の3ヶ所のみ。まあまあしらけた感じになったのは想像するだけでもお分かりいただけるかと思います。

この時、ジャニーズ・エンタテイメントを広告代理店として担当されていたのが電通の村上容さん。私は勤務は重なっていないのですが岡山支社の先輩として名前や顔は知っていたものの、一緒に仕事をしたのは初めてでした。

本来は現地へ来るはずだったジャニーズ・エンタテイメント社長のジュリさんが記者会見の現場に来ないなどのハプニングはありましたが、渋谷のど真ん中で嵐がライブをしたのは後にも先にもこの時だけ。しかもその後は国民的アイドルへと成長したのですから、懐かしい思い出です。

最後になりましたが、嵐はデビューから最後まで当初の5人での活動を続けられたのがスゴイと思います。スキャンダルや芸能界引退等でメンバーの変更や活動休止が普通になった今となっては、この凄さが余計に輝くのではないでしょうか。

また何かの機会に再結成してくれることを楽しみにしています。最後になりましたが、うちの子供と嫁には絶対、ナイショだった記者会見を、会場向い側にある当時携帯電話ショップだった所の2階から見せちゃってたことだけ公開させていただきます。その節はありがとうございました。

2026年06月01日 06:55

スクリーンショット 2026-06-01 063605昨日レンタカーのワゴンRスマイルを運転中、サービスエリアでバックしながらの車庫入れ時に隣の車両にぶつけたと思う場面がありました。

その車には衝突被害軽減ブレーキと後退時ブレーキサポートが付いていて、バックしている間にピーピーと音を発していて、その間隔が短くなって来たなと思った瞬間にガツンと音がして車が停止。左バックミラーを見ると、どうみても隣の車に当たっている距離感でした。

急いで車を降りると、隣の車の助手席には50代ぐらいの男性が乗っていて、私は平謝りしながらぶつかったと思われる場所の確認へ行ったのですが、驚いたことに当たる寸前で車両は停止しており、隣の車両の方も「なんだこいつ?」といった感じの対応でした。

その後しらべてみると、相手が「壁などの障害物」で、作動速度「時速約10km/h以下」の場合のみ、「衝突の可能性が高まると衝突被害軽減ブレーキが作動し、衝突の回避または衝突時の被害軽減を図ります」とのことでした。

今回は相手が停車中の車両だったので、センサーが壁と判断してくれて停車させてくれたのでしょう。それにしても、けっこうゆっくりした速度でバックしていましたが、かなり大きい音がして急停車したので、完全にぶつけたと錯覚してしまいました。

さすがに軽自動車だったので「ぶつけるはず無い」と軽く考えていましたが、普段乗っている車種と違う場合は、ハンドルの切れ角も違うし、車両感覚も分かりづらいので、もっと慎重に運転しないといけないなと思うと同時に、新しい技術に救われたことを痛感しました。

60歳目前なので運転はマダマダ大丈夫と思っていましたが、最近は左目の視力低下(2.0から0.7)が著しく、さらに夜間の視力も大きく低下しました。しかも都内中心部に住んでいると車の必要性がほぼ無いので運転機会も少なく、いろいろ感覚的に落ちてきているのかもです。

中国では自動運転が実用化されているらしいのですが、日本の当局は「完全に安全が確認できるまで販売は許可しない」という姿勢なのに対し、中国は「人間は毎日無数の事故をおこしている。自動運転も事故をおこすが人間よりは確実に安全」という姿勢だからだそうです。

日本は中国同様に少子高齢化社会ですから、その意味では高齢者の運転する車両が多数いるわけで、危険性は年々増大しているはず。しかも高齢者は病院へいって様々な薬をもらって摂取しているので、その副作用による事故の危険も若い世代より多く持っています。

今回の件で改めて感じたのは、「自分はまだ大丈夫」という思い込みほど危険なものはないということです。

実際には、視力も反射神経も運転技術も、少しずつ変化していきます。その変化は毎日少しずつなので自分ではなかなか気付きません。しかし、今回のように安全装置が介入することで初めて「もし装置がなかったら接触していたかもしれない」と気付かされることもあります。

もちろん最も大切なのはドライバー自身が慎重に運転することですが、人間は誰でもミスをします。だからこそ、最新の安全技術や将来の自動運転技術には大きな価値があるのでしょう。

昨日の私は「ぶつけた!」と青ざめましたが、結果的には最新技術に助けられた一日でした。そして何より、自分自身の運転を見直す良いきっかけになったように思います。

byouinこんにちは!皆さんは、病院の予約を「うっかり忘れてすっぽかしてしまった」あるいは「急な用事でドタキャンしてしまった」という経験はありませんか。

実は先日、医療機関のキャンセル料を巡るニュースが大きな話題になり、なんと厚生労働大臣が陳謝する事態にまで発展しました。これを見て、私はハッとしたのです。「えっ? 医療のキャンセル料って、本当は取っちゃいけなかったの…!?」って。

今回は、私の苦いドタキャン体験談を交えながら、このニュースの真相と「医療費のキャンセル料」の仕組みについてスッキリ整理してみたいと思います。

実は私、過去に「人間ドック」と「通常の通院」の両方でキャンセル(というか、すっぽかし)をやらかしたことがあります。

1)人間ドックのケース(全額自己負担)
3月下旬のこと。事前に代金をカード決済した上で人間ドックを予約していました。ところが予約前日、私共が運営するイベント会場で車両火災が発生!やむを得ずキャンセルすることになってしまったのです。当然ながら検査は受けていませんし、支払った費用も返ってきませんでした。

だからといって、私は特に不満を感じませんでした。「予約してたのに直前でドタキャンしたんだから、全額負担も仕方ないよね」、そんな程度の認識だったのです。

2)骨折の通院のケース(保険診療)
もう一つは、数年前に右鎖骨を骨折したときのこと。治療開始から6か月ほど経った頃、先生から「状態が良いので今後は3ヶ月に1回診察を受けてください」と言われ、その場で次回の予約を入れました。……が、なんと予約日をすっかり忘れてすっぽかしてしまったのです。

この時は、キャンセル料は1円も取られませんでした。でも、結構大きな病院だったので、「私のために枠を開けて、準備をしてくれていただろうに…」と、今でも申し訳ない気持ちでいっぱいです。

「人間ドックはお金が戻らないのに、普通の通院はキャンセル料が取られない。これってどういうこと?」そう疑問に思って調べてみると、今回のニュースの全貌が見えてきました。

結論から言うと、国が2026年6月1日からスタートさせるのは「保険診療において、事前に患者側の了承を得ている場合は、キャンセル料を徴収しても差し支えない」というルールの明確化(取扱いの周知)でした。

「えっ、じゃあ何が問題になって大臣が謝ったの?」と思いますよね。実は、元々このルール自体は以前から存在しており、今回何かが新しく禁止されたり、義務化されたりしたわけではありません。何も目新しいことはないのです。

つまり、大臣が謝罪したのはキャンセル料の制度そのものに対してではなく、「中身は何も変わっていないのに、わざわざ紛らわしい通知を出したせいで、世間に『一斉にキャンセル料が徴収されるようになるのでは!?』という誤解や混乱を招いてしまったこと」に対してだったのです。

今後は「保険診療でも、病院が事前にルールを作って同意を得ていれば、キャンセル料を取ってもいい」ことになるらしいので、今後は病院内にその趣旨の張り紙が出されたり、受付で「予約キャンセル時は1500円を請求します」とか言われるのかもしれませんね。

私が書く話じゃないですが、できるだけ病院のドタキャンはしないようにしようと思った私です。

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