
その中に、少数意見としてパチンコ店の客数減情報が寄せられたので、付け焼刃程度にネットで調べてみました。
私の場合、高校時代にフィーバー機と羽根物機ブームが来ました。あっという間に高校生達は入場が禁止されてるにも関わらず、一気にパチンコファンになったんですよ。
今は1回フィーバーが来ても、球が出るチャッカーって部分の開く時間が1回30秒で、当たり玉の上限も最大10発までになってますが、当時は上限が無く、一度当たるとバケツイッパイになるので「バケツフィーバー」等と言われていました。羽根物も同様です。
私の年齢あたりから6年間ぐらいが団塊Jr.世代という人口の多いゾーンでして、私が高校卒業した頃にはパチンコ台は当たり時間&球数規制の導入で、フィーバーが来てもドル箱1箱程度。羽根物だと連続しても大して出なくなってましたが、まだまだ若い世代にも支持されてました。
とはいえ他のギャンブル(公営競技)も素敵でして、中央競馬にはシンボリルドルフやミホシンザンなんてのがいて、競輪では瀧澤vs中野ってな感じで、終わったら夜は賭けマージャンという高校&大学生活を送った方々も多いと思います。
ただ、1989年にゲームボーイが90年にスーパーファミコンが登場すると、若者のパチンコ離れと新規パチンコファンの流出が顕著となり、94年のプレステ登場と95年の阪神淡路大震災で完全に状況が一変しました。パチンコプリペイドカードの偽造も激増しましたしね。
説明はこの程度として、現在のパチンコファンの数を調べた結果ですが、矢野経済研究所のデータでは「2018年のパチンコ・パチスロ参加人口は820万人と推計(以下略)」だそうです。
これ衝撃の数字です。阪神淡路大震災前年までパチンコ店がお得意様にあったのですが、業界はパチンコファン3千万人の大台超えを目指してました。当時のファン数は約2,800万人。あとはパソコンブームの98年に2,000万人を割り込んだのは知ってましたが、激減です。
しかも、禁煙義務化によって喫煙者の来場が減っているだけでなく、コロナ禍で不要不急の外出を控える方が増え、非喫煙者の来場も減少。SankeiBizの記事によると「昨年1年間に全国で約600店が廃業」となっていて、大変な状況になっているようです。
確かに今年に入って六本木のミナミが無くなった話しをこのブログでも書きましたもんね。先月は銀座の角にあったピーアークが無くなりました。
今のパチンコ&パチスロファンは新規流入がほぼ無いので、ギャンブル依存症の方かリターン組になるはずです。ただ、一度パチンコ店を離れてインターネットで株やFXをやっちゃうと、楽すぎて戻りませんよねー。
パチンコ&パチスロ業界の利権は警察が握っていて、天下り人材の受け入れ先としても大きな影響を持っているのですが、同時に懲役から戻って来た方々の就職先としても大きな役割を担っています。「寮完備・夫婦勤務可・3食付きで完全自立支援!」って感じ。
パチンコ&パチスロ業界は、飲食業・新聞販売店等と並んで自立支援の大きな受け皿になって来たんですよ。そういう意味では、昨年の今頃は社会悪のように叩かれまくっていたパチンコ店ですが、各種団体への寄付等だけでなく広く貢献もしてるわけです。
パチンコ&パチスロ業界は儲かってるように見られているけど、じつは超苦境にあるというお話しでした。
ニューペガサスはコインスロットと盤面の間に薄い金属板差し込んでショートさせて、上の1から4の番号を見て設定変更しちゃうんですよねー。右からの変則打ちね。手打ちのアレパチとか磁石でインチキしてるのいましたよねー。
今住んでる武蔵小山って芸人さんとプロレスラーさんだらけでして、意外とパチンコ店での出没情報が多いんですよ。エンジェルって店の内装は親族も受けてるみたいですしね。久々に打ってみよっかなー。そんな気分の月末&月始決済日です!
