2026年10月14日 04:06

daiイオン系のユナイテッド・スーパーマーケット・ホールディングス(以下U.S.M.H)と言う会社があります。今年3月にダイエーの関東事業・マックスバリュ関東・ピーコック等が統合され、イオンフードスタイル(123店舗)という会社になったのですが、これもグループ内の会社です。

他にもマルエツ(308店舗)・カスミ(200店舗)・いなげや(129店舗)といった会社があり、結構中途半端な規模のスーパーマーケット運営会社がいくつも集まって出来ている組織体です。

ここが、傘下の不採算・老朽化店舗を中心に約100店舗を2030年度までに閉鎖する方針を発表しました。同時に、生鮮・総菜を強化した300坪程度の新業態店舗を約50店舗オープンさせるとも発表していて、大規模な事業再編に着手するようです。

記者会見では「インフレが想定以上に厳しく(閉店数を)積み上げた」と説明していますが、商品の仕入れ価格の上昇を指しているのか、人件費や光熱費などの高騰がダメージなのか、あるいはその両方なのかは分かりません。

ただ、閉店しなくてもリニューアルが不可避と思われる古い店舗を多数抱えており、しかも都心ではライフ・オーケー・ドン・キホーテ等の出店により競争は激化の一途。さらに、同じイオン系のまいばすけっととも競合していて、厳しい環境なのは間違いありません。

今回の発表では、どの店舗をいつ閉鎖するのかは公表していませんが、約760店舗のうち100店舗と言うことは、実に13%以上が閉店する計算になります。なかなか思い切った経営判断です。

そもそも、かつてのスーパーマーケットは、近隣住民が日常的に買い物に来てくれることを前提に成り立っていました。特に都心の高齢者は、自宅から700m程度の範囲で買い物を済ませると言われていた時代もあり、住宅街に店舗を構えていれば、それなりにお客様が集まったわけです。

ところが、電動アシスト自転車の普及によって高齢者の行動範囲は広がり、さらに昨今の物価高が買い物行動を変えつつあります。

徒歩3分のスーパーで2,000円の買い物をするより、自転車で10分走った先のオーケーで同じ商品が1,800円で買えるなら、そちらを選ぶ。1回200円の差でも、週5回なら月に4,000円もの違いになります。

高齢者ですら安い物を求めて少々足を伸ばす時代ですから、若い世代ならなおさらでしょう。つまり、これまで地域密着型スーパーの強みだった「近所にある」という立地条件だけでは、お客様をつなぎ止められなくなっているのです。

一方、スーパーの経営はと言えば、仕入れ価格だけでなく、人件費、物流費、光熱費など、あらゆるコストが上昇しています。古い店舗なら冷蔵・冷凍設備の更新や建物の修繕にも多額の費用がかかります。

かと言って、そのコストをすべて販売価格に転嫁すれば、お客様は安い競合店へ流れてしまう。まさに八方塞がりです。

さらに難しいのは、U.S.M.H傘下の店舗には、地域で唯一のスーパーマーケットという所もあること。不採算や老朽化を理由に簡単に閉店できるとは限らず、今後は地域住民による反対運動などが起こる可能性もあるでしょう。

それにしても、経営難に陥ったスーパーマーケットを次々と傘下に収めてきたイオングループだけに、不採算店舗の閉鎖はこれまでも長年続けられてきました。

それが、ここに来て100店舗もの大量閉店に踏み切るというのですから、スーパーマーケット業界の経営環境は、私たちが思っている以上に厳しくなっているのかもしれませんね。

2026年10月13日 06:35

acc私は以前、カナダのメイプルファンツアーズ勤務時代に、大型バスの運転免許を取得しました。乗る場所は基本的にバンクーバー市内なのですが、冬季はサイプレスやグラウスマウンテンと言う近郊スキー場や、ウイスラーというスキーリゾートへの往復もありました。

その際、どうしても坂道を走ることになるので、下り坂ではフットブレーキを使い続けるのではなく、エンジンブレーキを積極的に活用していました。

それは、ブレーキが熱を持ってしまうフェード現象を防ぐためです。フェード現象とは、長い下り坂などでフットブレーキを使い続けることによってブレーキが異常に高温となり、摩擦力が低下してブレーキが効かなくなる現象です。

普通乗用車でも発生する可能性はありますが、車両重量の大きな大型バスやトラックでは、ひとたび発生すると重大事故につながりかねません。そんな経験があるものですから、最近の大型バスやトラックによるブレーキ事故を見るたびに、どうにも気になってしまいます。

先日も神戸市灘区で、六甲山方面から坂道を下ってきた大型トラックが、信号待ちをしていた路線バスに追突し、多数の負傷者が出る事故が発生しました。報道によると、トラックのブレーキ部品には過熱した痕跡があり、警察はフェード現象が発生した可能性があるとみて調べているそうです。

実は私は、かつて神戸市灘区の六甲台という場所に住んでいたことがあり、今回の事故現場は非常によく知っています。神戸大学の周辺から六甲山を下ってくる道路で、確かに急な坂道が続く場所です。

ただ、私が住んでいた当時、この周辺で大型車のブレーキ事故が多発するなどという話は、ほとんど聞いた記憶がありません。ところが、調べてみると、近年はこの一帯で同じような事故が繰り返されていることが分かります。

もちろん、それぞれの事故原因がすべて同じだったとは限りませんし、道路環境や車両の整備状態など、さまざまな要因があるのでしょう。ただ、私が暮らしていた頃にはあまり耳にしなかった事故が、なぜこれほど繰り返されるのか、不思議でなりません。

また、こうした事故は神戸に限った話ではありません。各地で、大型バスやトラックが坂道を下る途中でブレーキが効かなくなり、重大事故につながる事例が発生しています。

ここから先は、私の個人的な推測です。

私は、こうした事故の背景には、自動車のオートマ化が関係しているのではないかと考えています。今や日本の普通乗用車のほとんどがオートマ車です。若い世代では、マニュアル車を一度も運転したことがないという人も珍しくありません。

私たちが若かった頃は、マニュアル車が当たり前でした。長い下り坂ではギアを落としてエンジンブレーキを使うという操作も、自然と身についていたように思います。

ところが、オートマ車では、基本的にアクセルとブレーキの操作だけで走れてしまいます。オートマ車でもエンジンブレーキは使えますし、シフト操作によって積極的に効かせることもできます。しかし、普段からそうした操作を意識している人は、果たしてどれほどいるのでしょうか。

長い下り坂でも、速度が上がってきたらフットブレーキを踏む。速度が落ちたらブレーキを離す。そして、また速度が上がったらブレーキを踏む。こうした運転を当たり前のように繰り返している人は、少なくないように思います。

普通乗用車であれば、それでも大きな問題にならない場面が多いのかもしれません。しかし、何十人もの乗客を乗せた大型バスや、何十トンもの重量があるトラックで同じことをすれば、ブレーキへの負担は比較になりません。さらに、現在では大型バスやトラック自体のオートマ化も進んでいます。

ただし、ここで誤解していただきたくないのは、オートマ車だから危険だと言っているわけではないということです。

私自身、カナダで運転していた車両はすべてオートマ車でしたし、大型車にはエンジンブレーキだけでなく、排気ブレーキやリターダーなど、さまざまな補助ブレーキが備わっている車両もあります。これらを適切に使えば、長い下り坂でもフットブレーキへの負担を大幅に軽減することができます。

問題は、そうした仕組みを運転者がきちんと理解し、使いこなしているかどうかです。

昔のマニュアル車では、運転者自身がエンジン回転数やギアの位置を意識しながら走る必要がありました。ところが、オートマ車では、そうした操作の多くを車が自動的に行ってくれます。車が便利になったことで、運転者が車の仕組みを意識する機会そのものが減ってしまったのではないでしょうか。

そして、普段からオートマの乗用車に乗り、フットブレーキだけで速度を調整することに慣れてしまった人が、大型車を運転するようになった場合、果たしてエンジンブレーキや補助ブレーキを適切に使う習慣が身についているのだろうか、という疑問があります。

そんなわけで提案です。私たちがレースでよく訪れる鈴鹿サーキットと、モビリティリゾートもてぎ(旧ツインリンクもてぎ)には、Hondaが培ってきた安全運転教育のノウハウを生かした交通教育センターがあります。

ここでは一般ドライバー向けのスクールだけでなく、法人・企業向けの安全運転研修も実施しており、企業ごとの実情に合わせたオーダーメイドの安全運転研修を実施しているそうです。

大型車の運転技術は、免許を取得したからといって、それですべて身につくものではありません。特に、普段は経験できないような危険な状況を、安全な環境で体験することには大きな意味があると思います。

もちろん、フェード現象を実際に発生させるような危険な訓練をする必要はありません。しかし、車両重量による制動距離の違いや、補助ブレーキの正しい使い方など、改めて学ぶべきことは多いはずです。

フェード現象による悲しい事故を減らすために何をすべきか。今考えなければ、この種の事故が今後多発するのではないかと危険視している私です。

2026年10月12日 07:36

スクリーンショット 2026-10-12 051233先日土曜日に荏原第一地区品川区民まつりというイベントがあり、私はボランティアで運営まわりをさせていただいたのですが、その時にご一緒した方が、情報セキュリティのお仕事をされているとの話でした。

その話が面白かったので、昨日(というか今朝!?)、お酒を飲みながら少し深掘りして、情報セキュリティの世界について聞いてみました。

ビックリしたのは、Hudson Rock(リンク)というサイトがあって、情報窃取型マルウェアによる侵害記録を収集・分析し、企業やドメインごとに整理して表示しているといって、その場で見せてくれたことです。

写真は「例えばタイムズ」と言って見せてくれたもので、
・timescar.jpに関連する侵害記録 802件
・社員側の認証情報に関連する侵害記録 1件(80日前)
・一般利用者側の認証情報に関連する侵害記録 801件
・社員が利用する外部サービスに関連する侵害 2件
・最新の侵害記録 2日前
となっているとのことでした。

タイムズカーは9月28日に約660万件の個人情報漏洩を公表していますので、1件だけあった社員側の認証情報に関連する侵害記録が80日前というのは、何とも気になる話です。

このたった1件の侵害が、巨大なデータ漏洩につながった可能性も考えられるとのことでしたが、もちろん実際に今回の事件と関係しているかどうかは分かりません。

じつはその場で漏れているデータも見せてもらったのですが、ユーザー側もいまだにインターネットエクスプローラーを使っていたり、パスワードが「Password1!」だったりと、ユルユルなのも散見されました。

ただし、このHudson Rockが表示しているのは、必ずしもタイムズカーのサーバーから直接漏洩した情報ではありません。利用者のパソコンがマルウェアに感染し、そこに保存されていたIDやパスワードが盗まれたケースなども含まれるとのことです。

つまり、企業側がどれだけ厳重にセキュリティ対策をしていても、社員や利用者のパソコンが感染すれば、そこから情報が盗まれてしまうわけです。

それにしても、そんなサイトが存在していて、漏洩した情報の一部まで確認できるという事実に驚きました。

さらに興味深かったのが、無線LANの話です。その方によると、情報セキュリティを考えるなら、無線LANにも相当気をつけなければならないとのことでした。

特にホテルや飲食店、空港などで提供されている無料Wi-Fiには注意が必要で、正規のアクセスポイントに見せかけた偽物に接続してしまったり、通信環境によっては情報を盗み見られたりする危険性があるそうです。

もちろん、適切に暗号化され、管理された無線LANまで危険というわけではありませんが、仕事で重要な情報を扱うのであれば、有線LANを使うなど、通信環境にも気を配る必要があるとのことでした。

私はこれまで、パソコンにウイルス対策ソフトを入れて、怪しいメールを開かず、パスワードを複雑にしておけば、それなりに安全なのだろうと思っていました。ところが、実際には社員のパソコン、利用者のパソコン、通信環境、外部サービスなど、情報が盗まれる入口はいくらでもあるそうです。

しかも、一度盗まれた認証情報が別のサービスへの不正ログインに使われたり、そこから企業の内部システムへの侵入につながったりする可能性もあるわけです。

今回のタイムズカーの660万件の情報漏洩事件と、Hudson Rockで確認できる802件の侵害記録が直接関係しているかどうかは分かりませんし、「2日前」という表示だけで、今もタイムズカーから情報が漏れ続けていると判断することもできません。

ただ、私たちが普段何気なく使っているインターネットの裏側では、想像以上に多くの情報が盗まれ、それが収集・分析されているということを初めて知りました。

たまたま区民まつりでご一緒した方との雑談から始まった話でしたが、聞けば聞くほど知らないことばかりです。

情報セキュリティの世界は奥が深い。

gizoカーシェアリング大手「タイムズカー」で、大規模な個人情報流出事件が発生した件で、各地の公安委員会が、今回の情報流出を理由とする運転免許証の再交付を特例的に認め始めました。

そんなわけで、免許証の再交付が殺到しているらしいのですが、このニュースを見て私は素朴な疑問を感じました。「免許証を再発行したところで、本当に意味があるのだろうか?」ということです。

2024年6月に開催された犯罪対策閣僚会議では、オンラインでの本人確認について、マイナンバーカードの公的個人認証に原則として一本化し、運転免許証などの画像を送信する方法を廃止する方針が示されました。

その背景には、本人確認書類の画像を偽造して、クレジットカードや携帯電話などを不正に契約する犯罪が相次いでいることがあります。つまり、政府自身が「運転免許証の画像だけで本人確認する仕組みは危ない」と認めているわけです。

そもそも運転免許証の番号は12桁ですが、再交付しても基本的に変更されるのは末尾の数字だけです。上の11桁は変わりません。

免許証を再交付したところで、氏名も、生年月日も、住所も変わりません。顔写真は新しくなりますが、すでに流出した写真が消えるわけでもありません。つまり、犯罪者が入手した個人情報は、そのまま犯罪者の手元に残り続けるわけです。

ここで、犯罪者の立場になって考えてみます。仮に、他人の運転免許証の画像を不正に入手した人間が、その情報を使って何らかの不正な契約や本人へのなりすましを企てたとします。

その際、本人が運転免許証を再発行していたとしても、犯罪者の持っている画像には、氏名、住所、生年月日、顔写真、免許証番号などが記載されたままです。

金融機関や消費者金融が身分証として免許証を確認する場合、その免許証が本物かどうかを警察に確認する術なんて無いでしょうし、免許証番号が実在する番号かどうかだって確認できないでしょう。つまり、そもそも身元確認なんてザルだと思うのです。

むしろ、私が気になるのは、今回の情報流出で本当に問題となるのが、免許証番号だけではないということです。氏名、住所、生年月日、電話番号、メールアドレス、顔写真。これだけの情報がそろえば、本人になりすました連絡や、極めて巧妙な詐欺などに悪用される可能性があります。

そして、こうした犯罪に利用される情報は、免許証を再発行しても何一つ変わりません。それどころか、再交付には手数料がかかる場合もあり、免許センターまで足を運ぶ時間も必要です。被害を受けた利用者が、なぜ自分のお金と時間を使って対応しなければならないのかという疑問も残ります。

もちろん、免許証の再交付そのものを否定するつもりはありません。少しでも不正利用の可能性を減らせるのであれば、再交付を希望する人がいるのも当然です。ただ、再交付したから安心という話ではないでしょう。

今回、本当に必要なのは、流出した本人確認書類がどのように悪用される可能性があるのかを明らかにし、金融機関や通信事業者をはじめとする各事業者が、古い免許証画像だけでは本人確認が成立しない仕組みを徹底することだと思います。

そして、情報を流出させた企業には、被害者に再交付を勧めるだけでなく、今後発生するかもしれない二次被害に対して、どこまで責任を持つのかを明確にしていただきたいものです。

免許証を新しくすることと、流出した個人情報を無効にすることは、まったく別の話です。そもそも古い免許証画像だけで本人確認が成立してしまう仕組みが残っている限り、根本的な解決にはならないでしょう。

本当に必要なのは、免許証を新しくすることではなく、盗まれた免許証画像が使い物にならない社会の仕組みを作ることだと思います。

最後になりましたが、世の中には結構な数の証明書偽造屋さんがありまして、運転免許証の他にも、卒業証明書、卒業証書、診断書、学生証、在留カード、保険証、住民票、戸籍謄本、印鑑証明書、TOEIC、医師免許、看護師免許・・・様々な物がネット注文で作成できるようです。怖い時代ですねー。

2026年10月11日 09:04

kpi広告業界にはワケの分からん言葉で話す人が山ほどいます。コアコンピタンス、ストラテジー、KPI・・・、何を言ってるんだ?って感じですが、それがカッコイイと思っているのでしょう。私もその一人です。

ただ、カッコつけていれば何とかなる広告業界とは異なり、金融業界は適当な言葉でいい加減な事を言っているとお金が消えていくわけで、市場からも信用を失うでしょうから、金融関係者はちゃんとしたことを言ってるのだと思います。ただ、私にはその言葉がさっぱり分かりません。

アメリカのベッセント財務長官が「日本はリフレ政策をやめるべきだ」と言ったとか、日本の片山財務大臣が「今はリフレ政策をとる時期ではない」と言ったなんて報道が出ていますが、そもそも何がリフレなのかすら分かりません。

しかも、そのリフレの説明を見ても、ボラティリティーとかファンダメンタルズとか短観とか書いてあって、さっぱり分かりません。そんなわけでChatGPTに簡単に説明して欲しいと依頼してみました。

ChatGPTによると、「リフレ」とは「景気が悪くてお金が回っていない時に、世の中にお金を回して景気を良くしよう」という考え方だそうです。

世の中の人たちがお金を使わなくなると、企業の商品が売れなくなり、給料も上がらなくなり、ますますお金を使わなくなる。

そこで政府がお金を使って公共事業を増やしたり、日本銀行が金利を下げて企業や個人がお金を借りやすくしたりする。そうやって景気を刺激するのがリフレ政策というわけです。なるほど。これなら私にも分かります。

では、なぜアメリカの財務長官が「日本はリフレをやめろ」と言っているのか。

これも簡単な話で、リフレ政策というのは、物価が上がらず景気が悪い時には有効でも、すでに物価が上がっている時に続けると、さらに物価を押し上げる可能性があるからだそうです。つまり、寒くて仕方がない時には暖房を入れればいいけれど、すでに暑くなっているのに暖房を入れ続けたら、もっと暑くなるという話です。

日本は長い間、物価も給料も上がらないデフレに苦しんできました。そのため、安倍政権では大規模な金融緩和などによって景気を刺激する政策が進められました。

ところが現在は、スーパーに行けば食品が値上がりし、電気代もガス代も高くなり、何もかも値上がりしています。そんな状況で、さらに世の中にお金を回す政策を続ける必要があるのか、というのが今回の議論なのだそうです。

ちなみに、ついでに分からなかった言葉も聞いてみました。

「ボラティリティー」= 株価や為替などの価格がどれくらい激しく動くかということ。
「ファンダメンタルズ」= 国や企業の経済的な基礎体力のこと。
「短観」= 日本銀行が企業に景気の状況などを聞いてまとめた調査のこと。

なんだ、そんなことか・・・。だったら最初から「価格の変動」「経済の基礎体力」「企業の景況感調査」と言ってくれれば、私にも分かるのですが・・・。

ただ、今回いろいろ調べてみて分かったのは、金融や経済の専門用語を理解することと、実際に経済を理解することは、まったく別の話だということです。

リフレという言葉を知らなくても、物価が上がれば生活が苦しくなることは分かります。金利が上がれば住宅ローンの返済が増えることも分かります。円安になれば輸入品が高くなることも、日々の買い物を通じて実感できます。

私たちが毎日の生活や会社経営の中で直面していることを、経済の専門家たちは難しい言葉を使って、それっぽく見せてることが分かりました。

私のような広告業界の人間が「ターゲットに対するコミュニケーション戦略を最適化して、ブランドのエンゲージメントを高める」などと言っているのと同じようなものなのでしょう。結局、どこの業界も似たようなものなのかもしれません。

詩人・宮沢賢治氏は「雨ニモマケズ」で、「自分の利益や名誉を求めず、困っている人のために行動し、誰からも褒められなくても、静かに誠実に生きていきたい。」と書いておられます。本当に素晴らしい言葉の数々で、心から感銘を受けました。

どの業界でも、本当に頭の良い人というのは、難しいことを難しい言葉で説明する人ではなく、難しいことを誰にでも分かる言葉で説明できる人ではないでしょうか。

そんなわけで、ぜんぜん立派な人間ではない私は、宮澤氏の結びの一文だけいただき、「難しいことを誰にでも分かる言葉で説明できる人 サウイフモノニワタシハナリタイ」と思っております。私も気をつけまーす。

age私はセルフうどん店が大好きです。

これは、かつて岡山支社に勤務していた時代、仕事で香川県と岡山県を行き来する機会が多く、そこで出会ったうどん文化に惚れ込んだことが大きく影響しています。

香川には、早朝から営業しているうどん店もあれば、製麺所の片隅でうどんを食べさせてくれる店もあります。自分でうどんを温め、好きな天ぷらを取り、ネギやショウガを加えて食べる。しかも安くてうまい。そんな合理的で庶民的な食文化が、私は大好きでした。

ちなみに岡山にも独自のうどん文化があります。その代表格が「ぶっかけうどん」。濃いめのつゆを直接うどんにかけて食べるもので、岡山県倉敷市はその発祥地の一つとして知られています。香川の讃岐うどんとはまた違った魅力があり、当時は両県でさまざまなうどんを楽しんでいました。

その後、私は東京へ引っ越してきたわけですが、近年は全国に大手セルフうどん店が広がり、どこでも気軽に讃岐うどんを食べられるようになりました。私も当然のように利用していました。

ところが、今年になって衝撃的な出来事があり、それ以来、私は大手セルフうどん店へ一切行かなくなりました。理由は、衛生面に対する不安です。

ある日のランチタイムのことでした。いつものようにうどんを注文し、天ぷらなどの揚げ物が並んでいるコーナーへ向かったところ、私の前にいた60代くらいと思われる男性客が、天ぷらを取ろうとしてトングを床に落としてしまいました。まあ、誰にでもあることです。

ところが、その男性は床に落ちたトングを拾い上げると、何事もなかったかのように、そのトングで天ぷらを取り、さらに使い終わったトングを元の置き場へ戻したのです。

「えーっ! ちょっと待ってよ!」思わず声が出そうになりました。

当然、店員さんに伝えようと思ったのですが、店内はランチタイムの大混雑。注文カウンターには長い行列ができ、店員さんたちは、まさにてんてこ舞いの状態でした。私が声をかければ、ただでさえ混雑している店の流れを止めてしまう。かといって、そのまま見過ごしてよいものか。

結局、その場では何も言えず、天ぷらを取る気にもなれなくなり、その日は素うどんだけを食べて店を出ました。ただ、一度こうした光景を目にしてしまうと、今まで気にも留めなかったことが、次々と気になり始めます。

大手セルフうどん店には、無料の天かす、ネギ、ショウガなどが用意されています。好きなだけ使えるのはありがたいサービスですし、私自身も長年、その恩恵を受けてきました。しかし、よく考えてみれば、これらは不特定多数のお客さんが共用するものです。

外から入ってきたお客さんが、全員手を洗ってから利用するわけではありません。電車のつり革を握ってきた人もいれば、スマートフォンを操作していた人もいるでしょう。そんな手で、共用のトングやスプーン、容器のふたなどを次々と触っていくわけです。

もちろん、触ったからといって直ちに食中毒になるわけではありませんし、店舗側も衛生管理には気を配っているのでしょう。

それでも、床に落ちたトングを平然と元に戻す人を目撃して以来、「自分が見ていないところでも、同じようなことが起きているのではないか」と考えるようになってしまいました。

そして、これは何もセルフうどん店に限った話ではありません。例えば、ファミリーレストランのドリンクバー。子どもから大人まで、不特定多数のお客さんが同じ機械のボタンを押して飲み物を注ぎます。最近では、水もセルフサービスという飲食店が増えました。

もちろん、これらが直ちに不衛生だというわけではありません。しかし、利用者の扱い方によっては、衛生上の問題が生じる可能性があります。だからこそ、店舗側が定期的に確認し、必要に応じて清掃や備品の交換を行うことが大切なのだと思います。

ところが、今の飲食業界は深刻な人手不足です。私がトングの落下を目撃した店も、以前と比べて日本人店員の姿が減り、気が付けば少人数の外国人店員が忙しそうに切り盛りする状態になっていました。

もちろん、店員さんの国籍が問題なのではありません。むしろ、限られた人数で次々と来店するお客さんに対応している姿を見ると、気の毒にすら思えます。問題は、そうした状況で、果たしてセルフコーナーの衛生管理にまで十分に目を配る余裕があるのか、ということです。

コロナ禍の頃、大手セルフうどん店には使い捨て手袋が用意されていました。現在も設置している店舗はあるのかもしれませんが、そもそも手袋を使うかどうかも、お客さん自身の判断に委ねられています。

もちろん、セルフサービスという仕組みそのものを否定するつもりはありません。人手不足や人件費の高騰が続く中、飲食店が価格を抑えるためには、合理化も必要でしょう。ただ、その合理化によって、衛生管理までお客さんの良識任せになってしまうのであれば、少し考えさせられます。

そんなわけで、最近はうどんやそばを食べたくなると、注文したものをカウンターで提供してくれる立ち食いそば店などを利用するようになりました。幸いにして、ゆで太郎も富士そばも事務所の近所にありますしね。

そもそも、食事というのは楽しむためのものです。衛生面を気にしながら、わざわざ行列に並んでまで食べる必要もありません。世の中には、ほかにも安くておいしい店がいくらでもあるわけです。

これまでも、迷惑系YouTuberなどによる不適切な行為の動画が拡散され、大手飲食チェーンが被害を受けた事例は何度も報道されてきました。しかし、私自身はそうした報道を見て、そのチェーン店に行かなくなるということは一度もありませんでした。

にもかかわらず、あれほど大好きだったセルフうどんから、たった一度の出来事で、すっかり足が遠のいてしまいました。

「見ていなければ気にならない。でも、一度見てしまうと、もう元には戻れない。」

結局のところ、飲食店に求めるのは、おいしさや安さだけではなく、安心して食事ができることなのだと、改めて感じている私です。

2026年10月10日 02:25

kinri今年5月末、私が借りている住宅ローンの金利1.05%(10年固定)が見直し時期を迎え、次の10年間は4%になるという話をこのブログに書きました。その際、複数の方から「そんな高金利になるわけがない」「4%なんてあり得ない」といったご意見をいただきました。

それ以来、住宅ローンの金利上昇について何度かブログを書いてきましたが、あれからわずか4か月。今やフラット35でも、借入条件によっては金利が4%に近づく水準になっています。

そんな中、金融関係の方とお話しする機会があり、住宅ローンや不動産市場について、興味深い話を3つ伺いました。

まず1つ目は、金利上昇によって購入できる住宅の価格が下がってしまうという話です。

例えば、毎月20万円を住宅ローンの返済に充てられる人がいたとします。35年返済、元利均等返済、自己資金ゼロという条件なら、金利1%では約7,085万円の住宅を購入できます。ところが、金利2%では約6,038万円、3%では約5,197万円、4%では約4,517万円になってしまいます。

つまり、収入も返済能力も変わらないのに、金利が1%から4%に上がるだけで、購入できる住宅の価格が約2,570万円、率にして約36%も下がるわけです。

単純計算では、これまで8,000万円のマンションを購入できた人は約5,100万円、1億円なら約6,400万円が上限になります。もちろん、実際には自己資金や融資条件などによって変わりますが、それにしても大きな差です。

2つ目は、都心部を中心に高騰してきた投資用・事業用不動産の利回りについてです。

これまで東京都心の不動産は、賃貸収入による利回りが低くても、将来的な値上がりを期待して取引されてきました。中には表面利回りが1.5%から5%程度という物件もあります。

例えば、1億円の不動産から年間300万円の家賃収入が得られれば、表面利回りは3%です。全額を借り入れた場合、金利1%なら年間利息は100万円ですが、金利4%では400万円。家賃収入だけでは利息すら賄えず、年間100万円の赤字になります。

実際には固定資産税や管理費、修繕費なども必要ですし、元本返済もありますから、資金繰りはさらに厳しくなります。

こうなると、投資を見送る人が増えるのも当然でしょう。金融関係の方によれば、保有物件の売却を進める投資家も増えているそうです。

もちろん、すべての投資家が全額を借り入れているわけではありませんし、融資金利が一律に4%になったわけでもありません。それでも、低金利と将来的な値上がりを前提に購入してきた投資家にとっては、大きな環境変化です。

さらに、年間300万円の賃貸収入がある物件でも、投資家が求める表面利回りが3%なら物件価格は1億円、5%なら6,000万円となります。利回りだけで逆算すれば、物件価格が4割も下がる計算です。

もちろん、不動産価格は立地や需給、賃料などによって決まるため、必ずそうなるわけではありません。ただ、住宅ローンの借入可能額が減り、投資用不動産の採算性も悪化すれば、これまでのような高値で取引できる相手は限られてきます。

建築費の上昇や都心部の供給不足、富裕層による現金購入など、価格を下支えする要因もありますが、「都心の不動産なら買っておけば値上がりする」という考え方が、今後も通用するのかは疑問です。

そして3つ目は、すでに住宅ローンを抱えている人の問題です。

特に変動金利で住宅ローンを組んでいる方は、金利上昇による返済負担の増加に加え、マンションの管理費や修繕積立金の値上がりという、ダブルパンチに見舞われる可能性があります。

これまでなら、返済が厳しくなっても、値上がりしたマンションを売却すれば住宅ローンを完済できるケースも多かったでしょう。しかし、不動産価格が下落すれば、売却してもローンの残債を返しきれないという事態が起こり得ます。

例えば、住宅ローンが6,000万円残っているマンションを、これまでは7,000万円で売却できたとします。ところが5,500万円でしか売れなくなれば、売却するには(住宅ローンが払えないほど困窮した状態で)差額の500万円を用意しなければいけません。実際には、売却費用なども必要ですから、負担はさらに大きくなります。

つまり、金利上昇によって返済が苦しくなったからといって、簡単に売却して解決できるとは限らなくなるわけです。

今回伺った3つの話は、それぞれ別の問題のようで、実はすべてつながっています。

金利が上がれば購入できる住宅の価格が下がり、不動産投資の採算性が悪化し、売却価格にも影響が及ぶ。そして、不動産価格が下がれば、すでに住宅ローンを抱えている人にも影響が出てくるということです。

もちろん、不動産価格が今後必ず下落するという話ではありませんし、地域や物件によって状況は大きく異なるでしょう。

ただ、長年続いた超低金利を前提に、住宅も投資用不動産も価格が上がり続けてきたことを考えると、金利上昇が不動産市場に与える影響は、私たちが想像する以上に大きいのかもしれません。

これから住宅を購入する方は、金融機関がいくら貸してくれるかではなく、自分がいくらなら返し続けられるのか。そして、すでに住宅ローンを抱えている方は、金利がさらに上昇した場合の返済額と、現在のローン残高を改めて確認しておく必要があると思います。

住宅ローン金利の上昇で不動産価格はどうなるのか分かりませんが、「不動産は値上がりするもの」「いざとなれば売ればいい」という、これまでの常識が通用しなくなる時代が、すでに来ているのかもしれないと感じた1日でした。ひえー!

2026年10月09日 08:21

スクリーンショット 2026-10-09 080150今週、あまりにも悲しく、つらい訃報が飛び込んで来て、正直なところ相当落ち込んでいました。

ここ数年、長年のビジネスパートナーだった柿本を50歳という若さで亡くし、私がこの街、東京・武蔵小山に住むようになってから、公私にわたって師と仰いできた徒歩1分のところに住む男性経営者が肝硬変で倒れ、突然の事業廃業に追い込まれる姿も目の当たりにしました。

人間、いつ何が起こるか分からないものだと、頭では理解していたつもりです。それでも、身近な人たちが次々と倒れたり、この世を去っていったりする現実を突きつけられると、やはり堪えるものがあります。

そんな中で、自分自身のこれまでの人生や、これからの生き方について、いろいろと考える時間がありました。そこで今日は、いつもとは少し趣向を変えて、私自身のこと、そして私が経営している会社「ヒポポタマス」の昨日、今日、明日について書いてみたいと思います。

私は現在58歳。1968年生まれです。高校を卒業してからカナダのバンクーバーへ渡り、現地のランドオペレーターで2年間勤務。その後、大阪のイベント会社で5年間、電通西日本で4年間勤務した後、退職して「ビッグフィールド」という名前で個人事業主として独立しました。

そして2005年、株式会社ヒポポタマスを設立。気がつけば創業から27年、設立から21年が経過し、現在は22期目を迎えています。思えば、ずいぶん長いこと広告やイベントの世界で仕事をしてきたものです。

大阪のイベント会社に勤務していた頃は、当時圧倒的な規模を誇っていたGMS、ダイエーの全国店舗のイベントを請け負う会社に所属していました。

バブルの時代だったこともあり、日本全国を飛び回る毎日。今思えば、あの頃に経験させていただいた仕事の量は、尋常ではなかったと思います。また、Jリーグ誕生にあたってのスポンサー募集やスタジアム運営にも携わらせていただきました。

その後、広告代理店に移ってからは、ビブレの中四国エリアを担当し、岡山、高松、宇多津、米子などを飛び回る一方、競輪、競馬、競艇といった公営競技のイベントスペース運営やスポンサー営業にも従事。岡山で2度開催されたF1や、長野オリンピックのスポンサー募集なども経験しました。

独立してからも、2002年のサッカーワールドカップ、競輪がシドニーオリンピックの正式種目となった時代の様々な事業、スポーツやモータースポーツの広告セールスなど、本当に多くの仕事に携わらせていただきました。

音楽アーティスト関連領域も多く手掛け、各種アーティストのデビューやアルバム制作、プロモーション、コンサートツアーの制作の他、有名タレントのマネージャー業まで経験したことがあります。

こうして振り返ってみると、ずいぶん節操なく、いろんなことをやってきたものです。

ただ、どの仕事にも共通していたのは、企画書を作って終わりではなかったということです。

スポンサーを探す。広告を売る。イベントを作る。現場を動かす。お客様を集める。そして、ちゃんと売上を立て、利益を出す。

時には失敗もしましたし、赤字を出したこともあります。それでも最後までお得意先と一緒に汗をかき、どうすれば成功するのかを考え続けてきました。

これだけ多くの経験を積ませていただけたのは、仕事を任せてくださったお得意先の皆様、協力会社の皆様、そして一緒に働いてくれた仲間たちのおかげです。本当にありがたいことだと思っています。

そんな経験を経て、ここ20年ほどは商業施設やオフィスビルの遊休スペースを広告メディア化したり、イベントスペースとして活用したりする事業も、中核事業の一つとなって来ました。

遊休スペースの収益化というのは、単に空いている場所を貸し出せばいいというものではありません。現地調査をして、媒体やスペースを開発し、管理運営体制を構築し、販売資料を作成して、ようやく販売に至ります。

そして、この最後の「販売」が実は一番難しい。
立派な媒体資料を作ったところで、売れなければ何の意味もありません。私たちヒポポタマスの強みは、まさにこの販売力です。

20年以上にわたり蓄積してきたノウハウがあり、それを実践してきたスタッフがいる。広告代理店や広告主との関係があり、実際に販売してきた実績がある。これこそが、私たちの財産なのだと思います。

現在、ヒポポタマスの年商は約1億円。そのうち約6割が遊休スペース活性化事業で、残り4割が広告コンサルティングやイベント関連事業です。ありがたいことに、営業利益も年間500万円程度は確保できる状態になりました。

ただ、これから先も同じやり方で仕事を続けていけるのかと問われれば、決してそうではありません。

事業を拡大する必要がある。若い人材を育てる必要がある。長年蓄積してきた営業ノウハウをデジタル化し、誰もが活用できるようにする必要がある。そして何より、私がいなくても会社が回る仕組みを作らなければならない。そんなことを考え、約1年前からいろいろ模索していました。

ここで、少しお金の話も書いておこうと思います。

経営者が自分の会社の財務状況や個人資産をさらけ出すのは、あまり一般的ではないのかもしれません。でも、私のブログですし、株主は私一人の会社だし、全借金は私が個人債務保証を負っているので、まあいいでしょう。

これまで事業で焦げ付いた貸付金や未収金などを、私個人が責任を負う形で整理してきました。その結果、会社から私への貸付金、いわゆる役員貸付金が前期末で約1,300万円となっていました。

もちろん、会社にとっては私から回収すべきお金です。今年に入ってから約500万円を返済し、現在も毎月最低20万円づつ残額の返済を進めています。

会社の借入金も、現在は約6,200万円まで圧縮しました。そのうち約2,200万円は団体信用生命保険付きです。

一方、会社には定期預金が約1,900万円、現金が約621万円、退職積立金代わりに加入している生命保険が約624万円あります。

借金だけを見れば、まだまだ大きな金額です。ただ、税金や社会保険料の滞納はありませんし、今後の仕事もある程度見通せています。

2027年4月からは月額80万円の売上増加が決まっており、そのうち利益は約22万円。さらに2028年4月からは月額95万円の売上増加が決まっており、そのうち利益は約28万円です。両方合わせれば、年間売上は約2,100万円、利益は約600万円の上積みになります。

もちろん人件費や経費もかかりますし、予定通りに進むとは限りません。それでも、将来に向けて少しずつ足場は固まりつつあります。

個人の話もしておきましょう。

25年ほど前、武蔵小山に17坪の戸建て住宅を購入しました。当時の住宅ローンは4,200万円、団信付きの35年返済です。現在の残債は約1,478万円。残り9年3ヶ月で完済予定です。

ありがたいことに、この地域の不動産価格が上昇し、今では坪単価350万円以上とも言われるようになりました。単純計算では6,000万円近い価値になります。もちろん、実際にその金額で売れるかどうかは別の話です。ただ、金融機関はその担保価値までお金を融通してくれるのも事実です。

ほかにも、保険料を全額払い終えた16万米ドルの貯蓄型生命保険があり、60歳からは毎年70万円を10年間受け取れる個人年金があります。年金定期便によれば、65歳からの公的年金は月額約13万3,000円だそうです。

別に大金持ちというわけではありません。会社には借金もありますし、個人にも住宅ローンが残っています。会社の借入金には経営者としての責任もあります。ただ、今すぐ会社を畳んだからといって、私自身が直ちに無一文になるような状況でもないと思っています。

逆に、私が突然死したとしても、会社が必ず吹っ飛ぶという状況だけは避けたい。そのために、少しずつ財務体質を改善してきたつもりです。

今回の訃報に接し、数日間クヨクヨし、暴飲暴食もし、いろいろ考えたのですが、今のヒポポタマスには、私と一緒に働いてくれている8人の仲間がいます。その8人には、それぞれの人生があり、家族があり、生活があります。

私が元気なうちはいいでしょう。でも、私が倒れたらどうなるのか。私が突然死んだら、彼らの仕事はどうなるのか。20年以上かけて蓄積してきたノウハウはどうなるのか。お得意先からいただいてきた信用や、これまで積み重ねてきた販売実績は、そこで終わってしまうのか。そんなことを考えるようになりました。

そもそも、私たちがやってきた仕事は、最近よく耳にする「伴走型コンサルティング」とは、少し違うように思います。

世の中で言う伴走型コンサルティングは、お客様に寄り添い、課題を整理し、解決策を提案し、実行を支援するというものなのでしょう。

でも、私たちがやってきたのは、そんな生やさしいものではありません。お得意先と目標売上や目標利益まで共有し、その数字を達成するために、自分たちが率先して営業に行く。

売れなければ、なぜ売れないのかを考える。商品が悪ければ商品を見直す。販売方法が悪ければ売り方を変える。そして、最後まで一緒に汗をかく。成功も失敗も、お得意先と一緒に経験する。言ってみれば「一心同体型ビジネスモデル」です。

コンサルタントとして助言するだけではない。単なる営業代行でもない。お得意先と同じ方向を向き、同じ目標に向かって走り、実際に売上と利益を取りに行く。お得意様が独り立ちできるまで一緒に育ったら、その旅立ちを見守る。それが、私たちの仕事なのだと思います。

そして、この一心同体型ビジネスモデルは、商業施設やオフィスビルの遊休スペースだけでなく、スポーツ、モータースポーツ・・・においても同様のスタイルでやってきました。全日本ロードレース選手権の若手育成クラスと言われるST600での年間チャンピオンは一生忘れないでしょう。

今週のつらい別れを経験して、改めて思いました。人間、いつか必ず死にます。私も例外ではありません。どれだけ健康に気をつけていても、どれだけ仕事が順調でも、明日どうなるかなんて誰にも分かりません。

でも、今の私は58歳。幸いなことに、まだまだ元気です。仕事もできる。営業にも行ける。現場にも立てる。新しいことを考える気力もある。

会社にも一定の財務基盤があり、これまでお世話になったお得意先がいて、一緒に働いてくれる仲間たちがいる。これだけのものが揃っているのに、何もしないまま歳を重ねていくのは、あまりにも無責任ではないか。

「ちゃんとせんかい、オレ!」

結局、今の私の気持ちは、この一言に尽きるのだと思います。

これまでのヒポポタマスは、私の人生そのもののような会社でした。
しかし、これからのヒポポタマスは、私の人生とは切り離して考えていかなければなりません。

・私がいなくても続く会社。
・私がいなくても成長できる事業。
・私がいなくても、お得意先と一心同体になって、目標売上や目標利益を取りに行ける組織。

そんな会社に育てていきたいですし、それを実現してもらえると思う方や企業と出会えれば、事業売却すらも視野に入れて良いとも思っています。

昨日までのヒポポタマスは、たくさんの皆様に育てていただいた会社でした。

今日のヒポポタマスは、自分たちが何を残すべきなのかを考え、事業の再構築に取り組む決意をした会社です。

そして明日のヒポポタマスは、私がいなくても、仲間たちが自分たちの力で仕事を生み出し、利益を上げ、次の世代へと引き継いでいける事業であってほしい。

58歳の今日になって、ようやくそんなことを真剣に考えるようになりました。

遅いのかもしれません。でも、まだ間に合うと思っています。

今週の訃報に接し、残された自分の時間を、これから何に使うべきなのかを改めて考えています。

これまでお仕事をくださった皆様への感謝を忘れず、今、一緒に働いてくれている8人の仲間と、その家族の未来のために。そして、これまでの人生で積み重ねてきた仕事を、私の人生だけで終わらせないために。

ヒポポタマスの昨日を振り返り、今日を見つめ直し、明日を作る。

まだまだ、やらなければならないことが山ほどあります。そんなわけで、今一度私自身にエールを送りたいと思います。

「ちゃんとせんかい、オレ!」

beer2026年10月7日、公正取引委員会が国内ビール大手4社に対し、独占禁止法違反の疑いで強制調査に入りました。対象はアサヒ、キリン、サントリー、サッポロの4社です。

報道によると、4社は卸売業者向けの販売価格について、値上げ幅や時期を事前に調整していた疑いが持たれています。業界団体の会合に合わせ、担当者が非公式に情報交換していた可能性も指摘されています。

これまでもビール4社の価格改定は横並びでしたので、何らかの調整があったのではないかと思っていました。ただ、私はそれをカルテルではなく、業界の慣習なのだと考えていました。

独占禁止法では、法人に対する刑事罰として最高5億円の罰金が規定されています。今回もカルテルが認定された場合、法人に対する刑事罰金の上限は5億円です。

ところが、問題はそれだけではありません。刑事罰とは別に行政上の課徴金があり、さらに損害を受けた企業などから民事上の損害賠償を求められる可能性があるからです。

公正取引委員会の課徴金制度では、価格カルテルの基本算定率は原則として対象売上額の10%。仮に年間1兆円の売上が10年間対象になれば、単純計算で課徴金は1兆円となります。

もちろん、実際には対象商品や期間、各社の売上額などによって算定されるため、これほど単純ではありません。

世界では、カルテルによって巨額の制裁金や損害賠償が発生しています。代表例が1990年代に発覚した世界的なビタミン価格カルテル事件です。

米国では企業への刑事罰金が合計9億1,000万ドルを超え、購入者らによる民事訴訟でも10億ドル規模の和解が成立しました。

欧州では、1997年から2011年まで約14年間続いたトラックメーカーの価格カルテル事件があります。複数のメーカーが販売価格などを調整していたとして、巨額の制裁金が科されました。

2016年の和解決定だけで約29億3,000万ユーロ。その後の決定などを含めると約38億ユーロに達しています。つまり、カルテルは罰金を支払えば終わる問題ではないのです。

では、日本のビール市場ではどうでしょう。

国内ビール市場は年間約1兆1,500億円とされています。仮にカルテルによって価格が5%高くなっていたとすれば、年間575億円、10年間で5,750億円になります。これは市場規模からの単純計算であり、実際の被害額ではありません。しかし、わずかな価格差でも長期間では巨額損害になり得ます。

例えば、年間100億本相当の商品について、1本10円の不当な上乗せが10年間続いていたと仮定すれば、それだけで1兆円です。

もちろん、数量も金額も仮定です。重要なのは、適正な競争が行われていれば、消費者や取引先がいくら安く購入できたのかということです。

今回の疑惑はメーカーと卸売業者の取引に関するものですが、価格上昇分が小売店や飲食店を通じ、最終消費者に転嫁されていた可能性もあります。卸売業者が1本10円高く仕入れ、それを小売価格に反映していれば、最終的に負担したのは消費者かもしれません。

実際の損害額を算定するには、誰がどれだけ負担したのかを検証する必要があります。同じ損害を二重に計算することもできません。また、日本には米国のように独占禁止法違反で実損害の3倍を請求できる制度はありません。集団訴訟の仕組みも異なります。

現実的には、卸売業者や大手流通企業など、直接取引していた事業者からの損害賠償請求が重要になると思います。では、4社が負うリスクはどの程度なのでしょう。

仮に年間1兆1,500億円の市場で、10年間にわたり5%の価格上乗せがあれば、累積の過大支払額は5,750億円。さらに同額の市場規模を課徴金の算定対象売上額と仮定すれば、課徴金は1兆1,500億円という計算になります。

もっとも、これは極端に単純化した試算です。市場規模とメーカーの対象売上額は異なり、損害賠償にも立証や時効などの問題があります。

それでも、刑事罰、行政上の課徴金、民事上の損害賠償を考えれば、企業が負うリスクは5億円では到底収まりません。さらに、取引先との関係悪化やブランドイメージの低下など、金額に換算できない損失も考えられます。

消費者のビール離れが深刻化して何年が経過しました。私自身、乾杯から飲み会の最後までビールを飲み続けることは、ほとんどありません。最初は痛風や肥満など、健康上の理由もありましたが、今ではウーロンハイや緑茶ハイを美味しく飲めるようになったことが大きいと思います。

仮にビール1本当たり10円の不当な価格上乗せがあっても、多くの消費者は気付かないでしょう。仮に気付いても、10円を取り戻すために裁判を起こす人など、まずいないと思います。

しかし、その10円が全国で何億本、何十億本と積み重なり、何年も続いていたらどうでしょう。一人ひとりの損害は小さくても、社会全体では数千億円、場合によっては1兆円規模になる可能性があります。

もし今回のカルテル疑惑が事実であれば、消費者が知らないところで価格を調整し、酒愛好家の財布から少しずつお金を抜き取っていたことになります。

そんなことをしてまで利益を確保しようとするビールメーカーに嫌気がさし、ビールそのものを敬遠する人が増えてしまえば、もはや罰金や損害賠償では取り返しのつかない損失になるのではないでしょうか。

私は、今回の件が集団賠償訴訟に至るかどうか等に興味はありません。ただ、消費者のビール離れは、そのままお酒を伴う飲食店離れにつながり、飲食業界全体や酒屋全体を冷え込ませるキッカケになるのではないかと思っています。

そうならないうちに、この件が早期にケリがつくことを祈っております。

2026年10月08日 06:28

スクリーンショット 2026-09-23 0953311991年、ソニーから放送・業務用ビデオ機器「BETACAM SP 2000PROシリーズ」が登場しました。当時、テレビ番組や企業VPなどの制作現場ではBETACAMが広く使われていましたが、そのテープを再生するための機材は、とにかく高価でした。

それまでは、ポータブルタイプのBVW-22や、据え置き型のBVW-65といった本格的な放送用機器を用意しなければならず、私のような若い映像制作の人間が気軽に買えるような代物ではありませんでした。

ところが、この2000PROシリーズに「PVW-2600」という再生専用機が登場します。価格は約165万円。今なら「再生するだけの機械が165万円のどこが安いんだ」と言われそうですが、それまでの放送用機器の価格を考えれば、まさに驚きの安さでした。

「これなら買える!」そう思った私は、すぐ会社に「これを買って欲しい」と頼みました。ところが返ってきた答えは、「保証人にはなってやるから、自分で買え」というもの。そこで、当時ソニーの放送用機材のリース契約などを扱っていたソニーファイナンスで24回払いを組み、個人で購入することにしました。

担当者から何度も「リースじゃなくて、本当に購入でいいんですか?」と確認されたことを、今でも昨日のことのように覚えています。

そして1992年春、待ちに待ったPVW-2600が届きました。見た目は、本格的な放送用機器だったBVW-65の白いフロントパネルをチャコールグレーにしたような感じ。

ソニーの方からは「ヘッドの耐久性は放送用機より落ちるので、交換頻度は高くなります」といった説明を受けた記憶がありますが、実際には結構ヘビーに使っても大きな問題は発生せず、本当によく働いてくれました。

そして、この165万円の機械が、私の仕事のやり方を大きく変えることになります。

それまで外ロケなどで撮影したBETACAMの素材を見るためには、基本的に設備の整ったスタジオなどへ行かなければなりませんでした。つまり、映像を編集する以前の「何が映っているのか確認する」だけでも、お金と時間が必要だったのです。

しかも素材を十分に確認できないまま編集室に入り、そこで初めてテープを見ながら使う場所を探していくこともある。当然、編集時間も長くなります。

ところがPVW-2600を買ってからは、撮影したその日のうちに事務所で素材を見ることができるようになりました。「3本目のテープの12分30秒から使う」「次は5本目の24分あたり」「このインタビューはここまで」そんな具合に事前に素材をチェックして構成を考え、編集ポイントを決めた状態で編集作業に入れるようになったのです。これだけで作業効率は劇的に上がりました。

そして、作業効率が上がったことで生まれた最大の変化。それは、「飲みに行く時間が増えた」ことでした。

今なら笑い話ですが、当時の私にとってこれは結構重要なことでした。仕事を早く終わらせて飲みに行く。そこでいろいろな人と知り合う。その人からまた仕事を紹介してもらう。

一方で、映像制作そのものも効率化できたため、それまでより安い制作費でテレビ番組や企業ビデオなどの提案ができるようになり、競合との価格競争力も上がりました。

さらに、165万円の借金を背負ってしまったわけですから、「仕事を取らないと返せない」という、自分自身のケツに火をつける効果もありました。結果的には、この機材を自腹で買ったことが営業面でも制作面でもプラスに働いたと思っています。

その数年後、今度はパソコンの世界でも同じようなことが起こります。1994年にはAppleからMacintosh Performa 630が登場しました。約20万円と、当時としてはかなりリーズナブルな価格ながら、テレビチューナーを搭載し、クラリスワークスやVideoShop 2.0Jなども付属していました。

私はここにマックドローや、ローランドのミュージ郎などをインストールし、映像編集、作曲、表計算、ドローイングといった、それまで専門の機材や専門スタッフが必要だった仕事を、少しずつ自分のパソコンでやるようになりました。

そして1995年。阪神・淡路大震災の直撃を受けた後、私は電通西日本へ転職し、岡山支社へ配属されました。

そこには、なぜか誰にも使われていないPower Macintosh 8100がありました。その最高級機にはIllustratorやPhotoshopも入っていたので、「誰も使わないなら自分が使おう」と触り始め、こちらも仕事で使える程度まで覚えてしまいました。

さらに支社には、自分で購入したPower Macintosh 6200/75とPerforma 630まで持ち込んでいました。今振り返れば、地方の広告会社の一支社としては、当時では考えられないほど充実したMac環境だったと思います。まだWindows 95が日本で発売される前後の時代です。

今では会社員が仕事で使うパソコンを会社が用意するのは当たり前だと思うかもしれません。スマートフォンも同様でしょう。でも昔は、仕事の道具なんて自分で買うのが当たり前でした。営業用にイヤミに見えないよう、軽自動車の三菱ミニカを買ったりもしたなー。

スチール写真のカメラマンは、ミュージシャンや音楽家が自分の楽器を買うのと同じように、自分の機材を自分で調達するのが当たり前です。でも動画のカメラマンは、レンタル機材や会社の機材で撮影するのが常識だったりします。

どちらが正しいと言うつもりはありませんが、私にとっては、若い頃に自分で買った仕事の道具は良い意味での自己投資になり、今の自分を形成していると思っています。

今の若い人々は、どんな自己投資をされているんでしょう。自分の息子を見ていると、親は一銭も負担していないのに、通信教育か何かで宅建やFPといった資格を取得していて、今風の自己投資ってのは、そういうものなのかも知れないなーと思っている私です。

2026年10月07日 03:18

海辺の遊園地と青い海岸線「りんくうシークル」をご存じでしょうか? 埋立地に造られた関西国際空港(以下、関空)の対岸にある商業施設で、今月末をもって営業を終了します。この場所、空港開業当初は「りんくうパパラ」という遊園地でした。

りんくうパパラは関空と同じ1994年9月にオープン。私がイベント会社を退職する1995年9月までは、様々なイベントが開催され、私のいた会社が受注していたこともあって、何度か仕事で寄せていただきました。

深刻な騒音問題を抱えていた伊丹空港の代替空港として関空の建設が進められたものの、結果的に伊丹空港も存続することになり、この空港の立ち位置はビミョーでした。梅田や神戸からでは遠く、空港周辺にも大した盛り上がりは無く、現在でも決して便利な空港とは言えません。

そして、その関空とセットで壮大な夢を描いて造られたのが「りんくうタウン」です。「りんくう」というのは「臨空」。つまり空港に隣接する地域という意味です。

1987年、大阪府はこの埋立地の愛称を「りんくうタウン」と決定しました。当時はこの言葉に、ものすごく未来的な響きがありました。関西国際空港、りんくうタウン、超高層ビル、国際都市。バブル期らしい夢が全部乗っかっていたわけです。

ところが、見事なまでにバブル崩壊とタイミングが重なりました。

大阪府の資料を見ると、りんくうタウンの事業費は当初1,400億円だったものが、1,700億円、5,500億円、そして一時は7,400億円まで膨張しています。

一方、企業に売るはずだった土地は全然売れません。1996年のまちびらき時点で、産業用地の契約率はわずか約3割。その象徴ともいえるのが「りんくうゲートタワービル」です。

高さ256m。当初はツインタワーとして計画されていたものの、完成したのは一棟だけ。運営会社だった大阪府の第三セクター「りんくうゲートタワービル株式会社」は2005年、負債約463億円を抱えて会社更生法を申請しました。

そして、私が仕事で行っていた「りんくうパパラ」もダメでした。

開園当初100万人を超えていた年間入園者は、2003年には約63万人まで減少。大阪府から年間約8,000万円、20年間の借地契約を求められたものの、運営会社は長期的な見通しが立たないとして経営を断念。2004年10月に閉園しました。

ここが今回の話につながります。大阪府は、土地を売ろうとしても売れないため、方針を転換します。2001年には商業業務ゾーンの価格を1�屬△燭�88万円から36万円へ大幅に引き下げ、2003年からは「事業用定期借地権方式」を本格導入しました。

土地を買ってくれなくてもいい。とにかく借りて、何かやってください。そんな状況だったのだと思います。

そこで、りんくうパパラ跡地の再開発コンペに手を挙げたのが大和ハウス工業でした。大阪府所有の約7万1,700�屬箸いΦ霏腓陛效呂鮗擇蠅董�2007年12月に開業したのが「りんくうプレジャータウンSEACLE」です。

そして今回、シークルは借地契約の満了に伴い、2026年10月31日をもって営業を終了します。そう考えると、むしろ「よくこんな場所で20年近くも続けたな」と思います。

ただ、面白いのが、関空とりんくうタウン全体の歴史です。

一時期、間違いなく関西国際空港は、完全なる失敗と思われていました。開港翌年度の1995年度に約1,731万人だった利用者は、2000年度に約2,058万人まで増えたものの、その後は低迷。2009年度には約1,352万人まで落ち込みました。

つまり、りんくうタウンが苦しんでいた時代は、その中心となるはずだった関空そのものも伸び悩んでいたわけです。ところが、その後に状況が一変します。

LCCの拡大と訪日外国人旅行者の急増によって、2018年度には約2,941万人。コロナ禍を経た2024年度には約3,180万人、2025年度には1995年度の約2倍となる約3,355万人にまで増えました。

面白いのは、その中身です。関空の第1ターミナルは、もともと国際線年間1,200万人、国内線1,300万人程度を処理する計画でした。しかし現在は国内線よりも圧倒的に国際線が多く、しかも外国人旅行者がその中心になっています。

つまり、1990年代に想定していた姿とはずいぶん違うものの、関空は30年以上かけて「外国人旅行者が西日本へ入ってくる玄関口」という新しい役割を獲得したわけです。

そして、りんくうタウンも変わりました。バブル期に描いた「未来都市」は実現しませんでした。しかし、失敗を繰り返しながら土地の使い方を変え、アウトレットやホテル、物流施設などが集積。当初とはまったく違う街として生き残っています。

実際、今やシークルの隣にある「りんくうプレミアム・アウトレット」は結構な集客力を発揮しています。シークルを維持するより、アウトレットの増床などに活用した方が良いようにも思えます。

もちろん、そんな計画があるのかどうかは知りません。ただ、約20年間という契約期間を終えたところで、土地の使い方そのものを改めて考える時期に来た、ということなのかもしれません。

私はバブル期をカナダで過ごしたので、日本のバブル景気をほとんど知りません。ただ、日本を離れていた4年間で、ここまで頭のいかれた開発計画が進められ、1991年の帰国後、数年間にわたって、それらバブル期に仕込まれてしまったバカな開発が次々と完成していくのを日々見続けていました。

そして今、東京を見ていると、一度経験したはずのバブル期の失敗を、形を変えて再現しようとしているようにも見えます。

不必要なまでに増えてしまった商業施設。大量に建設されたタワーマンション。都心中心部ならともかく、周辺都市や臨海部にまで、それらは次々と建設されています。私の住む武蔵小山にもタワーマンションが2棟建設され、さらに複数の建設計画が進められています。

もちろん、住宅需要があるから建設されるのでしょうし、再開発そのものを否定するつもりはありません。ただ、建物は造って終わりではありません。30年、50年と維持していかなければならないものです。

急速な少子高齢化に直面している国だけに、30年後には、建て過ぎたタワーマンションの大規模修繕や建て替え、空き住戸などの問題が、今以上に真剣に議論されているかもしれません。

一方で、りんくうタウンの30年を見ると、もう一つのことにも気づきます。

巨大開発というのは、最初に描いた計画通りにはならない。しかし、計画が外れたからといって、その街が永遠に失敗したままとも限りません。

関空は当初想定とは違う形で利用者を増やし、りんくうタウンも土地の使い方を変えながら生き残りました。かつて「りんくう」という言葉には、未来都市を思わせる響きがありました。しかし今となっては、そんな未来的なイメージもすっかり薄れてしまったように感じます。

それでも街は残り、時代に合わせて姿を変えてきました。

結局、街づくりというのは、造ることよりも、その後何十年にわたって維持し、時代の変化に合わせて使い続けていくことの方が、はるかに難しいのでしょう。

りんくうタウンが歩んできた30年余りの歴史。それは「バブル開発は失敗だった」というだけの話ではなく、30年後、50年後まで街をどう生かしていくのかという話でもあります。

これは、これからの東京にとっても、決して他人事ではないように思えてなりません。

2026年10月06日 08:45

スクリーンショット 2026-10-06 084234ただいま弊社では社員を募集しているのですが、求人方法もずいぶん変わりました。

昔は紙の求人情報誌に募集広告を載せて、応募してきた方の中から選考するという方法が一般的でした。ところが現在は、募集・採用における公平性や年齢制限に関するルールも厳しくなり、昔の求人広告で普通に見かけた「高卒以上・40歳未満」なんて条件を、そのまま書くことは難しくなりました。

ハローワークに求人を出すのは無料なのですが、今ではネットで広く検索できます。「広告業界経験者歓迎」なんて書いていると、こちらが想定していた広告代理店やイベント会社とはまったく違う業種の広告営業経験者から応募があったり、海外在住の方から応募があったり。以前には、兵役で韓国軍に入隊中という元広告代理店社員から応募が来たことまでありました。

間口が広がった分、こちらが想定していなかった応募も増え、書類選考だけでも結構な仕事になります。

その後、求人はどんどんネットが当たり前になりました。安いプランなら数万円からありますが、普通に検索してもらえるような掲載内容にすると、1媒体30万円なんて金額も珍しくありません。

バイトルやマイナビなど、メジャーな求人媒体をいくつも使えば、採用できるかどうかも分からない段階で100万円を超える費用がかかることも普通です。しかも、こちらが本当に希望している条件を、何でも自由に書けるわけではありません。

それでも以前は何人も応募がありました。だから、その中からこちらの希望に合う人を採用すればよかったのです。

ところが「ネット経由で就職して6ヶ月以上勤務すると就職お祝い金進呈」なんてキャンペーンがあったりして、弊社でも半年ほどで退職するケースが複数回発生。「もしかして、お祝い金をもらえる期間までだったの?」なんて疑いたくなる、えらいこっちゃの時期もありました。

ところが今は、さらに状況が変わりました。ネットに求人広告を出しても、そもそも応募が来ません。来たと思ったら競合他社の調査がてらと思われるような問い合わせだったりも多いし、ネットでのやり取りなので、本人と直接会って話すところまでたどり着かないことも珍しくありません。

そんなわけで、希望する経歴や経験などの条件に近い方に、こちらから求人案内を送る「スカウティングメール」という方法を使うようになったのが10年ほど前です。

待っていても応募が来ないなら、こちらから探しに行こうというわけです。これはなかなか画期的でした。

ところが、これも実際に面接してみるとなかなか難しい。
席に座るなり、
「土日祝は全部休めますか?」
「年末年始と夏季休暇はありますか?」
「社会保険はありますか?」
と、こちらが質問する前に質問攻めに遭うことがあります。

もちろん、どれも働くうえで確認しておくべき大切なことですし、社会保険など必要なものは当然整えています。ですからニコニコ笑って全部お答えするのですが、面接というのは本来、お互いがお互いを知る「お見合い」の場所だと思っています。

質問することが悪いわけではありません。ただ、こちらも「どんな人なんだろう」と知りたいわけですから、一方から質問を投げ続けるのではなく、お互いに会話のキャッチボールができることが大切です。

結局、仕事というのは人と人とのコミュニケーションです。そこがうまく噛み合わなければ、なかなか採用には至りません。

結局のところ、現在私たちの会社にいるスタッフは全員「紹介」です。つまり、知人の知人といった感じです。

そして入社してもらったら、まず3ヶ月くらいは、私と毎日3時間程度マンツーマンで過ごしてもらいます。そこでお互いの人となりを知ってもらい、それから少しずつ仕事を覚えてもらう。これが弊社の基本形になっています。

だから、入社時点でパソコンが得意である必要もありません。使えなければ教室に通ってもらえばいい。毎日使っていれば、あっという間に使えるようになります。

仕事の経験や知識も、入ってから覚えてもらえばいいと思っています。各種研修制度もありますし、今はネットを使っていろいろなことを学べます。

それより大切なのは、普通に挨拶ができること。約束を守ること。分からないことを「分かりません」と言えること。そして、できれば5年、10年と一緒に働いてもらえること。

ちなみに弊社には、飲み会への参加を強要したり、昼休みだからみんな一緒にランチへ行こう、なんていう昔ながらの文化もありません。仕事が終われば帰ればいいし、お昼くらい好きなものを好きなところで食べればいい。

給与は経験などにもよりますが、手取りで月20万円台からをイメージしていただければと思います。賞与は年2回。年間で月給2ヶ月分以上を基本にしています。額面年収で350万円から400万円台というイメージでしょうか。

そんなわけで、ただいま弊社は社員募集中です。
20代、30代の方ももちろん大歓迎。学歴不問。ただし50歳代の社員ばかりなので、45歳までの方でお願いします。男女も問いません。

このブログを読んでいる方で、「そういえば、あの人は合うんじゃないか」という方がいらっしゃいましたら、ぜひご一報ください。

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そんな方をご存じでしたら、ぜひ一度ご紹介ください。皆様からのお申し出をお待ちしております。

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20261001_174052~2写真は、吉野家の期間限定メニュー「厚切り豚角煮定食」です。価格は税別1,098円。店内飲食だと税込1,207円、テイクアウトでも税込1,185円。

ついに吉野家で定食を食べて1,200円を超える時代になったか・・・と思ってしまいます。牛丼屋のメニューとして考えると、なかなか思い切った価格です。

ただ、出てきた豚の角煮を見ると、確かにかなりの厚切り。箸を入れるとスッと切れるほど柔らかく煮込まれていて、脂身もトロトロ。これだけ厚みがある豚肉を、ここまで柔らかく仕上げているのはさすがです。

一方で、ちょっと意外だったのが味付けです。私の場合、「豚の角煮」と聞いて真っ先に思い浮かべる香りが八角です。台湾料理の魯肉飯や東坡肉などにも通じる、あの独特の甘くスパイシーな香り。角煮には八角が入っていて当然、くらいの感覚があります。

以前、吉野家で期間限定で提供されていたルーローハンは、結構なレベルで八角が効いていて、かなり台湾に寄せた感じでした。ところが今回の「厚切り豚角煮定食」からは、八角らしい香りをほとんど感じません。

かなり日本人向けに寄せた味付けという印象で、醤油ベースの甘辛いタレでご飯を食べさせるタイプ。八角が苦手な人には、むしろこちらの方が食べやすいと思います。

付け合わせの白髪ねぎと食べるラー油で味変ができて、これはこれでお酒のアテとしては絶品なのですが、私個人的には無くてもイイかなーと思いました。このあたりは好みの問題でしょう。

ちなみに好みの問題で言えば、こちらのメニューには和からしが付いてくるのですが、私は和からしを使いません。これはシューマイでも肉まんでも一切使わない派です。なお、サンドイッチやホットドッグはマスタード多め派です。我ながら、この違いがどこから来るのかはよく分かりません。

ネット上の評価を見ると賛否両論なのですが、「美味しい」という評価はおおむね共通しているようです。否定的な意見も、味そのものというより価格面だったり、昨年と比較しての味の変化についてだったりするので、総じて高評価なのかなと感じています。

もちろん、定番の牛小鉢もセットになった「厚切り豚角煮牛小鉢定食」も用意されています。こちらは税別で202円プラスの1,300円。店内税込1,429円、テイクアウト税込1,403円です。牛丼屋で1,400円超え。こうなると、もはや「ちょっと贅沢な外食」の価格帯です。

とはいえ、これだけ分厚い豚肉を箸で簡単に切れるほど柔らかく仕上げ、ご飯が進む濃いめの味付けにしているのですから、料理そのものの満足度はかなり高いと思います。

八角の効いた角煮を期待して食べると「あれ?」となりますが、そこは吉野家流の豚角煮。1,207円を高いと見るか、このボリュームと仕上がりならアリと見るか。この定食は「定食のご飯増量・おかわりは無料」ですので、それも含めて検討されてみてはいかがでしょうか。

2026年10月05日 11:39

jun先日、ジャングリアについて、プロデュースした「刀」という会社や代表の森岡毅さんについて、勝手なことをブログに書いたところ、各方面からいろいろなご意見をいただきました。

私は当初、「700億円もの大金を、あっという間に溶かしてしまった」というような見方をしていました。ところが、皆さんからいただいたご意見を聞くと、「沖縄県北部に本格的なテーマパークを新設するのに700億円ってムリゲーじゃね?」との意見が大半でした。

森岡さんはUSJ時代から沖縄へのテーマパーク進出に取り組んでいた方です。2015年にはUSJの執行役員として沖縄県知事にテーマパーク進出を正式に打診し、海洋博公園周辺を候補地とする計画を進めていました。

その計画はUSJの経営母体が変わったことなどから2016年に中止されますが、森岡さんはUSJを退社して刀を設立した後、再び沖縄でのテーマパーク実現に動き出します。つまり、テーマパークを一から造るのにどれだけの資金が必要なのか、森岡さん自身が知らなかったとは到底考えられません。

沖縄県北部に本格的なリゾート型テーマパークを造るのであれば、大型リゾートホテル、ウォーターパーク、スパ、ショッピングゾーン、レストラン、夜間エンターテインメントなども設置したかったのでは?などと、勝手に想像してしまいます。

沖縄の北部まで来てもらう以上、「テーマパークへ行って帰る」のではなく、「ここに2泊、3泊したい」と思わせる施設にする必要があるからです。

そして、もう一つ必要なのが交通インフラです。東京ディズニーリゾートにはJR舞浜駅があり、USJにはJRユニバーサルシティ駅があります。

これほどの集客施設を沖縄北部に造るのであれば、本来ならテーマパークそのものへの投資とは別に、周辺道路や公共交通などへ、自治体や交通事業者による相当規模の投資も必要だったのではないでしょうか。

2015年に開業したイオンモール沖縄ライカムは、敷地面積約17万5000�屐�延床面積約16万�屐�駐車場約4,000台という巨大ショッピングモールです。この施設を建設する際、イオンモールは建設資金として沖縄振興開発金融公庫から200億円を借り入れています。

もちろん、この200億円がイオンモール沖縄ライカムの総建設費という意味ではありません。イオンモール自身の資金も投入されていますから、実際の総事業費はさらに大きかったはずです。

それに対して、ジャングリアは敷地だけで約60万�屐�しかも、建物を用意してテナントに貸し出すショッピングモールとは違い、アトラクションや特殊設備、造園、演出設備、飲食施設、バックヤード、メンテナンス施設などを自ら整備する必要があります。

さらに現在は、沖縄ライカムが建設された10年以上前より、建設費、人件費、資材価格が大幅に上昇しています。それなのに総事業費700億円・・・。

こうして考えてみると、私が最初に抱いた「700億円も使って、なんでこれしか造れなかったの?」とか、「なんで700億円が1年で消えるの?」という疑問そのものが、間違っていたことに気づきました。

むしろ、「たった700億円で、よくここまでたどり着いたな!」という見方の方が正しいのかもしれません。

テーマパークというのは、完成した瞬間がゴールではありません。新しいアトラクションを投入し、ホテルを造り、商業施設を増やし、夜のコンテンツを充実させる。来場者の反応を見ながら追加投資を繰り返し、何年、何十年とかけて完成度を高めていくものです。

東京ディズニーリゾートもUSJも、開業時の姿のまま現在まで営業しているわけではありません。

そう考えると、ジャングリアについて本当に重要なのは、「700億円を使った現時点」だけを見て評価することではなく、この先さらに何百億円、場合によっては何千億円という追加投資を呼び込み、それを続けることができるのか。

そして、この場所を沖縄北部までわざわざ足を運び、さらに「ここに泊まりたい」と思わせるようなテーマパークへと進化&深化させられるのか。ジャングリアの本当の評価が決まるのは、むしろこれからなのかもしれませんね。

ちなみに、とある方は、「ポテンシャルは十分あるんだから、最低限PICグアム(リンク)レベルのリゾート要素は揃えないとダメじゃね?」と申しておられました。勉強になります。

スクリーンショット 2026-10-04 054829スズキから、いよいよ新型軽乗用EV「e SKY」が登場します。正式発表を前に公開されている車両を見ていて、なんともスズキらしいクルマだなと思いました。恐ろしいまでのコストカットです。

今や軽自動車でもLEDランプが当たり前になりつつある時代なのに、見ているとブレーキランプやウインカー、さらには車内灯まで、昔ながらの電球を使っているように見えます。

最新の電気自動車なのに電球。普通のメーカーなら「EVなんだから未来感を出そう」「ここはLEDでしょう」となりそうなところですが、スズキは違う。「それ、LEDじゃないと何か困りますか?」そんな声が聞こえてきそうです。

もちろん正式な装備については発表後に確認する必要がありますが、もし本当にこうした部分に電球を残しているのであれば、私はむしろ拍手を送りたいと思います。なぜなら、これこそスズキだからです。

バイク好きの間では、スズキ車の独特な魅力に取り憑かれてしまうことを「スズ菌に感染した」などと言ったりします。これ、言い得て妙だと思います。本当にスズキの魅力に触れてしまうと、そこは沼で、簡単には抜け出せないのですよ。

私自身、以前BMWからエブリイに乗り換えたことがあります。何も考えずに乗り換えたのですが、その超小型ボディに秘められた驚異的な積載性と収納力に脱帽しました。しかも街の景色に溶け込んで、絶対に目立たないでいられる。素晴らしいのですよ。

初代エネチャージを搭載したワゴンRを買った時にも驚きました。乗ってみて、「これ、クラウンより乗り心地と乗り味がいいんじゃないか?」と本気で思ったほどです。軽い車体を重厚感ある感じで走らせ、日常の速度域で気持ちよく走る。その「クルマとしての味」が、とても良かったのです。

スズキというメーカーは、カタログの豪華装備を眺めているだけでは、なかなか魅力が分からない。ところが一度使ってしまうと、「あれ?クルマ(バイク)ってこれで良いんじゃね?」と思わされてしまう。これがスズ菌なのだと思います。

考えてみれば、スズキは昔からこんな会社でした。1979年に登場した初代アルト。価格は、なんと全国統一47万円。当時は全く売れなくなっていた軽自動車へ、一気に注目を集めさせ、今のように流行するキッカケを作った車でした。

スズキは、工程を徹底的に合理化し、部品点数を減らし、ワングレード化。さらに当時、物品税がかからなかった商用車規格を活用して47万円という価格を実現したのです。

そして2003年。スズキはまた、とんでもないクルマ「ツイン」と、とんでもないバイク「チョイノリ」を発売します。

ツインは全長わずか2,735mmの2人乗り。しかもガソリンAの5MTは49万円。21世紀に発売された新車が49万円です。しかも市販軽自動車初となるハイブリッド仕様まで用意されていました。スズキはハイブリッドシステムまで自社開発して来たのです。

チョイノリは完全国内生産なのに59,800円の原付でした。スクーターが10万円を超えるのが当たり前だった時代に、新車の原付を6万円を切る価格で発売してしまいました。

しかも、ただ既存のスクーターを安く売ったわけではありません。スピードメーター・ブレーキ・ライトといった公道走行に必要な物はありましたが、燃料計・トリップメーター・リアサスペンションは無く、キック始動。発電機用じゃね?といった2馬力のエンジンを積んでいました。

2026年10月6日、いよいよそのスズキが軽乗用EVを出します。新型「e SKY」です。スズキが掲げている開発コンセプトは「Easy to Switch」。通勤、通学、買い物、送迎など、軽自動車が担ってきた日常用途を想定し、「ガソリン車から違和感なくEVへ乗り換えられること」を目指したクルマだと説明しています。

これも実にスズキらしい。
EVで未来を見せようとしているのではない。
軽自動車を使っている人の生活を、そのままEVへ移そうとしているのです。

EVの価格競争力という話になると、よくBYDの名前が出ます。「BYDはもともとバッテリーメーカーだから、自社でバッテリーを作れる。だから安いEVを作れる」これは確かに大きな強みです。

しかし私は、逆の考え方もできると思っています。スズキはバッテリーメーカーではありません。だったら、自社製バッテリーにこだわる必要もない。その時々で、価格、性能、供給力、安全性などの条件が最も合うバッテリーを外部から調達するという選択ができます。

もちろん大量生産する自社電池メーカーの方が有利になる場合もありますし、外部調達だから必ず安くなるわけでもありません。ただ、「BYDにはバッテリーを作れる強さがある。スズキにはバッテリーを選べる強さがある」とは言えるのではないでしょうか。

いったいいくらで発売されるのか。大注目の正式販売開始は明日です。

2026年10月04日 15:26

スクリーンショット 2026-10-04 145052MotoGP日本GPで、小椋藍選手が6位でフィニッシュしました。前日のスプリントでも5位。大きなケガによる欠場もあり、決して順調とは言えないシーズンを過ごしてきた中で、日本に戻ってきて、母国のファンの前で素晴らしい走りを見せてくれました。

小椋選手といえば、ホンダの育成ライダーとして長く育ってきた選手です。アジア・タレント・カップからMoto3、Moto2へとステップアップし、2024年にはMoto2世界チャンピオンを獲得。当然、次はホンダからMotoGPへ行くものだと、私は勝手に思っていました。

ホンダ育成の日本人ライダーとしては、中上貴晶選手もMoto2からMotoGPへとステップアップしました。中上選手はMoto2での優勝経験もあり、長年にわたって世界選手権を戦った素晴らしいライダーですが、Moto2の年間チャンピオンには届かないままMotoGPへとステップアップしました。

だから小椋選手は余裕でホンダファクトリー入りだと思っていたのですが、MotoGP昇格が決まった時、乗ることになったのはホンダではなくアプリリア。しかもファクトリーチームではなく、サテライトのTrackhouse Racingでした。

正直に言えば、私はこの時「ホンダはここまで育てておいて、MotoGPでは乗せないのか」と、少しガッカリしました。

そして上位争いは望めないであろうアプリリアの、それもサテライトチームと聞いて、「せっかくMotoGPまで来たのに、これではなかなか結果を残すのは難しいだろうな」とも思っていました。

ところが、完全に私の認識不足でした。アプリリアは王者ドゥカティの座を脅かすほど強く、そしてTrackhouse Racingも、私が勝手にイメージしていたような「ファクトリーのお下がりのマシンで走るサテライトチーム」ではありませんでした。

MotoGPは長年、ヨーロッパを中心に発展してきた世界選手権ですが、近年は巨大なアメリカ市場をどう開拓していくのかが、大きなテーマの一つになっています。

そんな中、2024年からMotoGPに参戦したのが、アメリカンチームのTrackhouse Racingでした。このチームは、長年アメリカでNASCARを戦ってきたレーシングチームです。

MotoGPのレース運営は、それまでスペインのドルナ・スポーツが行っていました。それが2025年、近年F1の商業的な成長を牽引してきたアメリカのリバティ・メディア傘下に入りました。

もちろん時系列で言えば、TrackhouseのMotoGP参戦の方が先です。ただ、MotoGPがこれからアメリカ市場を本格的に開拓していこうという大きな流れの中で考えれば、アメリカンチームであるTrackhouseの存在は、私が思っていた以上に重要なものだったのでしょう。

F1を見ても、リバティ・メディアが入ってからアメリカでの存在感は劇的に大きくなりました。MotoGPでも同じようにアメリカ市場を拡大していくのであれば、アメリカのチーム、アメリカのスポンサー、そしていずれはアメリカ人ライダーという存在も重要になってくると思います。

そんな将来性のあるチームに、Moto2世界チャンピオンになった小椋藍選手が加入したということを、私はしっかり理解できていなかったのだと思います。

その意味でも、Moto2世界チャンピオンというタイトルを手にして、アメリカンチームから最高峰クラスへステップアップしてきた小椋選手には、運営側からも特別な期待があったのだと思います。

考えてみれば、ホンダにとっても「ホンダのMotoGPマシンに乗せること」だけが育成のゴールではなかったのでしょう。世界最高峰のMotoGPで戦えるライダーを育てた。それ自体が、ホンダの育成システムの大きな成果なのだと思います。

そして小椋選手は、その期待をはるかに超える活躍を見せてくれました。MotoGP参戦2年目となった今年、ついに最高峰クラスで初優勝。日本人ライダーとして久しぶりとなるMotoGP最高峰クラスでの勝利を、Trackhouse Racingで成し遂げたのです。

小椋選手は2027年、Trackhouse Racingを離れ、ヤマハのファクトリーチームへ移籍することが決まっています。チームメイトは、MotoGP世界チャンピオンのホルヘ・マルティン。

ホンダが育てた日本人ライダーが、アメリカのTrackhouse Racingからアプリリアを駆ってMotoGPに挑戦し、そこで勝利を挙げ、その実力を認められて、今度は日本のヤマハにファクトリーライダーとして迎えられる。こうして振り返ると、ものすごいキャリアです。

2027年のMotoGPは、1000ccから850ccへと大きくレギュレーションが変わります。タイヤもミシュランからピレリへ変更され、まさにMotoGPの新しい時代が始まります。ヤマハにとっても、その新時代に向けてマシンを一から作り上げていく大切なタイミングです。

そこに世界チャンピオンのマルティンとともに、日本人の小椋藍がファクトリーライダーとして選ばれた。これからどこまで行くのか、本当に楽しみです。

レースを見終わって思ったのは、私たちがサポートするチームからも、将来MotoGPや世界の舞台へ羽ばたくようなライダーが出てくることを夢見て、日々の活動を頑張っていきたいということでした。

そんなわけで、もしスポンサーになりたいという方がおられましたら、ご支援のほどよろしくお願い申し上げます。説明が必要でしたら、いつでもどこでも参りますので、本当によろしくお願いいたします。

スクリーンショット 2026-10-04 091021私が高校を卒業した頃はまだバブル前で、アメリカにメジャーリーグというものがあることすら、よく分かっていませんでした。

その後、カナダ・バンクーバーに住むことになり、そこで知ったのが「バンクーバー・カナディアンズ」というチームでした。

ホームグラウンドは、クイーン・エリザベス公園の近くにあるナット・ベイリー・スタジアムという場所。私が引っ越した1987年はパイレーツ傘下と聞いていたのに、翌年にはホワイトソックス傘下となっていました。ちなみに現在のバンクーバー・カナディアンズは、ブルージェイズ傘下のHigh-Aチームです。

ただ、当時のナット・ベイリー・スタジアムには、ビールの売り子もいなければ、食べ物も大して買えません。楽しく試合観戦しようと思ったら、何でもかんでも自分で持ち込む必要がありました。

そこで現地にいた方に「メジャーリーグの試合を見たい」と言ったら、「車で2時間くらい走れば、シアトル・マリナーズが見られるよ」と教えてもらいました。とにかくインターネットも検索も何もない時代ですから、そんな口伝えでいろいろ教わるしかありません。

球場がどこにあるのかもアナログ的に調べるしかなく、1985年に江夏豊さんがメジャーリーグに挑戦したという話くらいしか知らなかった私は、とりあえず車でシアトルまで行き、現地の観光案内所で教えてもらった情報を頼りに、「キングドーム」という球場を目指しました。

ところが、これまたヘンピな場所にある上に、球場はボロボロのドーム。今のメジャーリーグのスタジアムとはまるで雰囲気が違います。

場内にも大して食べる物はなく、すぐ近くに「宇和島屋」という日本食スーパーがあったので、そこで幕の内弁当やスルメ、スーパードライなどを買って野球観戦する。そんな感じでした。

私が初めて「これはすごい球場だ」と思ったのは、その後、出張中に訪れたドジャー・スタジアムです。当時のドジャー・スタジアムは、球場内に広告がほとんど掲出されておらず、景観を最大限大切にした球場でした。その美しさには感動しましたねー。

同時に、名物「ドジャードッグ」にも驚きました。ウインナーが挟まれたパンだけ渡されて、自分でオニオンやケチャップ、マスタードなどを好きなようにつけて食べる。「アメリカっぽいなー」と思ったのを、昨日のことのように覚えています。

その後、マリナーズは任天堂が筆頭オーナーとなり、キングドームに代わってセーフコ・フィールドが誕生。ドジャースもオーナーが変わり、かつてほとんど広告のなかったドジャー・スタジアムにも広告が入るようになりました。その後さらに広告スペースは増え、今では昔のドジャー・スタジアムを知る私からすると、ずいぶん景色が変わったなと思います。

そんな昔話はさておき、今のメジャーリーグは見事なまでに、あらゆるものをビジネスにするのが上手になりました。私は昔の牧歌的なメジャーリーグ時代に野球を楽しませてもらったわけですが、今は楽しむにも、とんでもないお金が必要なようです。

現在、2026年シーズンのドジャー・スタジアムで販売されている代表的な商品の価格を調べると、おおむね次のようになっています。(カッコ内は1ドル=155円換算)

・ドジャードッグ 7.99ドル(約1,238円)
・ソフトドリンク 6ドル程度〜(約930円〜)
・おみやげカップ付きドリンク 11.99ドル(約1,858円)
・ビール 16ドル程度〜(約2,480円〜)

いやいや、ウソでしょ。ホットドッグとビールで4,000円ってこと!?高級レストランでステーキを食べながらワインを飲んでいるわけではありません。野球場でホットドッグをかじりながらビールを1杯飲むだけです。

ここで思い出したのが2004年のことです。HISの「新春初夢フェア」という、お正月に先着順で買える格安ツアーに申し込んだことがあります。

3泊5日のロサンゼルス旅行が、なんと29,800円。それなのに「まだ空いていますよ」と言われたので、私たち家族だけでなく社員も一緒に行くことにしました。

そして今では信じられないような話ですが、ロサンゼルスに到着してから、「希望者にはドジャースの観戦チケットを無料で差し上げます」と言われ、偶然滞在期間中に試合があったので、観に行きました。

ちなみに2004年のドジャースには野茂・石井・木田選手が在籍していて、マリナーズのイチロー選手がメジャーシーズン最多安打を打った年ですからね。カージナルスには田口選手がいました。だけど、タダでチケットを配るほど不人気だったのでしょう。

2004年の精算書によると、ドジャードッグは3.99ドル、ビールは6.75ドルだったようです。そんなもん会社経費で精算するなと言われそうですが、会社経費にはしていません。私が全員分を奢ったみたいです。

とはいえ、2004年4月の為替は1ドル=約108円。これで計算すると、ドジャードッグ約430円にビール約729円なので、合わせて約1,160円です。それぐらいなら、奢るのも当然ですよね。

それが現在は、ドジャードッグ約1,238円とビール約2,480円で、合計約3,700円以上。ヒエーって感じ。そこまでになると、いくら社員が一緒だとしても、簡単には奢れませんね。

ドルで比較しても、ドジャードッグは3.99ドルから7.99ドルへ、ビールも6.75ドルから16ドル以上と、2倍程度になっています。しかし、日本人にとってはそれだけではありません。2004年4月には1ドル約108円だった為替が、今は155円前後。日本人が感じる値上がり度はさらに大きくなります。

そして何より驚くのが、2004年には3泊5日のロサンゼルスツアーが29,800円でも売れ残っていたのに、今では航空券だけでも安くて10万円を超えること。しかも当時は現地で無料でもらえたドジャースの観戦チケットも、今となってはもちろん普通に購入しなければなりません。

そんな何でもないことの価格を比べてみるだけでも、この20年あまりで広がった「日米格差」が見えてくるような気がしますよね。

今の日本人にとっては、海外は遠い場所になってしまったような気がします。そして、この遠ざかり方と全く逆に「日本近くて安いな!」と感じているのが外国人なのではないでしょうか。そう考えると、外国人に「MotoGP日本グランプリへ来い!」ってプロモーションをやればいいのにと思っている私です。

幸いにして、今週末は関東では4ヶ月ぶりに雨の降らない週末となりました。それでは、本日の決勝レースをしっかり楽しみましょう。

スクリーンショット 2026-10-04 052859MotoGPクラスの全車にタイヤを供給しているミシュランが、現在モビリティリゾートもてぎで開催されている2026 MotoGP第16戦日本GPにおいて、決勝レースでの「リア・ソフトタイヤ」の使用を禁止するという異例の措置を決定しました。

理由は、昨日10月3日に行われた12周のスプリントレース。ソフトタイヤを選択した複数のマシンでリアタイヤの温度が極端に上昇し、深刻なブリスタリングが発生しました。

ブリスタリングとは、タイヤ内部に過剰な熱がたまることでゴムに気泡が生じ、表面が水ぶくれのように膨れたり、剥がれたりする現象です。

実際、ホルヘ・マルティンやフランチェスコ・バニャイアのタイヤにはかなり深刻な症状が確認され、バニャイアはレース終盤にピットへ戻ることになりました。

そして問題なのは、本日の決勝レースがスプリントの2倍となる24周で行われることです。

ミシュランはスプリント終了後にタイヤとデータを分析。その結果、決勝ではリア・ソフトタイヤを使用不可と決定しました。

決勝でライダーが使用できるリアタイヤは「ミディアム」または「ハード」となります。ただし、ミシュランは耐熱性を高めた構造の「ハードタイヤ」の使用を強く推奨しています。

ここでさらにややこしいのが、ソフトだけが問題だったわけではないことです。

スプリントでミディアムを選択したジャック・ミラーのタイヤにもブリスタリングが発生しています。一方、同じミディアムを使用したマルコ・ベッツェッキには大きな問題が出ておらず、マシンの特性やセッティング、ホイールスピン、ライディングなどによって症状にはかなり差があったようです。

また、推奨されているハードタイヤも万能というわけではありません。今回用意されている耐熱性を重視したハードタイヤは、オーストリアGPでも使用されたタイプで、ドゥカティ勢などにとって必ずしも得意なタイヤではありません。

今年のもてぎは路面が全面的に再舗装され、グリップが大幅に向上しています。ミシュランも、新しい路面、高い路面温度、そして非常に速かったスプリントのペースが組み合わさり、リアタイヤに想定以上の熱が入ったことを原因として挙げています。

とはいえ、同じ新舗装のもてぎでは全日本ロードレースも開催されています。もちろんMotoGPとはマシンのパワーもタイヤも速度域も違うため単純比較はできませんが、MotoGPのスプリント、それもわずか12周でタイヤにこれほど深刻な症状が発生し、翌日の決勝で急遽ひとつのコンパウンドを使用禁止にしなければならなくなったという事実を見ると、「ミシュラン、大丈夫か!?」と思ってしまうのも正直なところです。

しかも各チームにとって問題なのは、推奨されるハードタイヤを今週末ほとんど試していないこと。そのため、決勝当日朝のウォームアップセッションは、通常の10分間から20分間へ急遽延長されました。各チームはこの20分間でハードタイヤを評価し、マシンを合わせ込み、その数時間後には24周の決勝レースを走らなければなりません。

タイヤ選択が勝敗を左右するMotoGPですが、今回の日本GPはいつも以上に「タイヤ」がレースの行方を大きく左右することになりそうです。

そして、こうしたレース展開で期待したくなるのが小椋藍選手です。

小椋選手はタイヤをいたわりながらレース後半までペースを維持するタイヤマネジメントに定評があります。24周という長い決勝で、しかもリアタイヤの温度管理が大きなテーマとなれば、その強みを発揮できる展開になるかもしれません。

日本GPという舞台で、この異例のタイヤ問題を小椋選手がどう味方につけるのか。決勝レースの大きな見どころになりそうです。

スクリーンショット 2026-10-04 050341知人から現在組んでいる住宅ローンについて相談を受けました。明らかに相談相手を間違っているし、「AIに相談したほうが細かくアドバイスもらえんじゃね?」と言ったのですが、一般論としていろんな意見を聞きたいとのことでした。

内容としては、2018年に8,500万円のマンションを購入。親から500万円の援助を受け、自己資金300万円なので、頭金800万円。住宅ローンは約7,700万円です。期間は35年、団体信用生命保険付き。

マンションの提携ローンがメガバンクの一行で、変動金利を選択。当初の金利は約0.4%だったそうです。

彼が相談したかったのは、「購入時に固定金利にしておいた方が良かったのか?」という話です。
「今さらそんなの考えても無駄じゃね?」と言ったのですが、「どうしても数字で知りたい」と言うので、結局一緒にAIに相談してみました。

条件は以下の通り。2018年6月に7,700万円を35年、ボーナス返済なしの元利均等返済で借りたとします。比較するのは、変動金利0.40%/全期間固定1.35%です。

最初の毎月返済額は、変動0.40%の約196,500円に対し、固定1.35%は約230,100円となります。差は毎月約33,600円。年間では約40万円です。スタート時点では圧倒的に変動金利が安かったことになります。

日銀は2024年から政策金利を段階的に引き上げています。
 2024年7月 0.25%
 2025年1月 0.50%
 2025年12月 0.75%
 2026年6月 1.00%
 2026年9月 1.25%

そこで今回は、日銀の政策金利が0.25%上昇すれば、住宅ローンの適用金利も0.25%上昇するものとして単純化して計算します。

ただし、メガバンクの場合、金利が上がった翌月から住宅ローン金利が上がるわけではありません。既存ローンは4月と10月に金利を見直し、実際の適用は3か月後の7月と1月からとします。

さらに「5年・125%ルール」があります。これは、金利が上昇しても返済額は一定期間据え置かれ、5年ごとの返済額見直しでも、新しい返済額はそれまでの125%までとなります。では、その結果はどうなったでしょう。

1年目(2018年6月〜)
変動 月196,497円(金利負担 約304,000円)
固定 月230,145円(金利負担 約1,029,000円)

2年目(2019年6月〜)
変動 月196,497円(金利負担 約296,000円)
固定 月230,145円(金利負担 約1,005,000円)

3年目(2020年6月〜)
変動 月196,497円(金利負担 約288,000円)
固定 月230,145円(金利負担 約981,000円)

4年目(2021年6月〜)
変動 月196,497円(金利負担 約279,000円)
固定 月230,145円(金利負担 約957,000円)

5年目(2022年6月〜)
変動 月196,497円(金利負担 約271,000円)
固定 月230,145円(金利負担 約933,000円)

6年目(2023年6月〜)
変動 月196,497円(金利負担 約263,000円)
固定 月230,145円(金利負担 約908,000円)

7年目(2024年6月〜)
変動 月196,497円(金利負担 約320,000円)
固定 月230,145円(金利負担 約883,000円)

8年目(2025年6月〜)
変動 月196,497円(金利負担 約542,000円)
固定 月230,145円(金利負担 約857,000円)

9年目(2026年6月〜)
変動 月196,497円(金利負担 約801,000円)
固定 月230,145円(金利負担 約831,000円)

ここまでは非常に興味深い結果です。金利がかなり上昇しているにもかかわらず、5年ルールによって毎月の返済額は約19万6,500円のまま。しかし、その中身を見ると金利負担が急速に増えています。最初のころは年間30万円程度しか払っていなかった利息が、9年目には約80万円まで増えています。

今回は今後も利上げが続くシナリオとして、以下のように金利上昇すると想定します。
 2026年末 政策金利1.50%
 2027年前半 1.75%
 2027年半ば 2.00%
 2027年後半 2.25%

住宅ローン金利にも同じ幅が転嫁されるとすると、当初0.40%だった適用金利は最終的に2%台後半まで上昇する計算になります。

10年目(2027年6月〜)
変動 月196,497円(金利負担 約1,357,000円)
固定 月230,145円(金利負担 約805,000円)

ここでついに、年間の利息負担は変動金利の方が固定金利を大きく上回ります。
しかも、11年目は5年ごとの返済額見直しタイミングとなるので、本来必要な返済額を再計算すると約26万4,000円になります。

ところが、196,497円 × 125% = 約245,600円なので、「125%ルール」が適用され、月返済額は196,497円から約245,600円へ上昇します。一気に約49,000円の増加です。

11年目(2028年6月〜)
変動 月約245,600円(金利負担 約1,517,000円)
固定 月230,145円(金利負担 約778,000円)

12年目(2029年6月〜)
変動 月約245,600円(金利負担 約1,479,000円)
固定 月230,145円(金利負担 約752,000円)

ここまで来ると状況は完全に逆転します。固定金利なら月約23万円のまま。変動金利は約24万6,000円。しかも125%ルールによって返済額の上昇を抑えているので、実際には必要な返済額より少なく、元金の減り方も遅くなります。

では、2018年に固定1.35%を選んでおいた方が良かったのでしょうか。

ここで一番重要なのが、これまでに支払った利息の総額です。2018年6月から2026年10月までの約8年5か月で試算すると、変動金利 累計利息 約284万円/固定金利 累計利息 約790万円となります。その差は、約506万円。

つまり、2026年10月現在までに限って言えば、変動金利を選択したことで、固定1.35%と比較して約500万円も利息負担が少なかった計算になります。

さらに、この間は変動金利の方が元金も早く減っており、2026年10月時点のローン残高も、固定金利より約170万円少なくなっています。ここが、この比較で一番面白いところでした。

2027年以降、年間の利息負担は変動金利の方が大きくなる可能性があります。毎月の返済額についても、固定約23万円に対して変動約24万6,000円となり、変動金利の方が高くなります。

だからといって、その瞬間に「固定金利にしておけば良かった」となるわけではありません。変動金利を選んだ人には、それまで約9年間、超低金利で返済してきた約500万円の「貯金」があるからです。

これから変動金利の利息負担が固定金利を上回れば、その貯金を少しずつ取り崩していくことになります。結局、固定金利と変動金利の違いは「どちらが安いか」だけではないのだと思います。

2018年に1.35%の固定金利を選んだ人は、0.4%で借りられる時代に、あえて高い金利を払い続ける代わりに、「35年間、金利が上がらない」という安心を買ったことになります。いわば保険です。

一方、0.4%の変動金利を選んだ人は、その保険料を払わず、将来の金利上昇リスクを自分で引き受けました。そして結果として、2018年から2026年までは、その選択によって約500万円の利息負担を回避することができました。

しかし、これから先も同じとは限りません。金利が2%台まで上昇して長期間続けば、固定1.35%の価値は年々大きくなります。反対に、景気後退などによって再び金利が下がれば、変動金利が有利になる可能性もあります。

だから、「変動金利が固定金利を上回った=変動金利を選んだ人の負け」という単純な話ではありません。2018年に0.4%の変動金利を選んだ判断が正しかったのか。1.35%で35年間固定しておくべきだったのか。

住宅ローンは35年。結局、本当の答えが出るのは、まだずっと先の話です。

と、ここまで一緒にAIで計算したところで、知人には、「だから今さら考えても仕方ないって最初に言ったじゃん」と言っておきました。自宅の住宅ローンで一喜一憂しても仕方ないというのが調べてみた結論です。

2026年10月03日 06:18

jakその昔、インドネシアの首都ジャカルタで「通勤電車」といえば、それはもう日本では考えられないような光景でした。電車はすし詰めどころの騒ぎではなく、ドア付近から人があふれ、列車の屋根の上にまで人が乗っているといった感じ。

道路へ出れば、こちらも大渋滞。クルマもバスも全く動かない。私が昔見たジャカルタは、とにかく「移動する」ということ自体が大変な街でした。

そんなジャカルタの公共交通を大きく変えたものの一つが、日本からやってきた中古の鉄道車両です。2000年ごろから日本の中古車両の導入が本格化し、JR東日本、東京メトロ、東急などで使われていた車両が次々と海を渡りました。

中でも圧倒的な存在となったのがJR東日本の205系です。埼京線、横浜線、南武線、武蔵野線などを走っていた205系が、2013年から2020年にかけて812両もジャカルタへ渡りました。

しかも日本から渡ったのは「電車」だけではありません。JR東日本は社員を現地へ派遣し、車両のメンテナンス、乗務員管理、安全、接客などについても技術支援を続けてきました。

その結果、以前とは比べものにならないほど輸送環境は改善しました。冷房の効いた電車がドアを閉めて走る。当たり前の話なのですが、その「当たり前」が昔のジャカルタでは当たり前ではありませんでした。

道路交通でも2004年には専用レーンを走るBRT「TransJakarta」が登場。そして2019年にはインドネシア初の地下鉄となるジャカルタMRT南北線が開業しました。こちらも日本の円借款によって整備され、日本の技術や運行ノウハウが導入されています。

ところが2023年、大きな方針転換が起きます。日本の中古電車をこれ以上輸入せず、自国製車両を導入するというのです。

しかし、電車は「国産化します」と宣言したからといって、すぐに何百両も造れるものではありません。そこで不足分を補うため、中国のCRRC青島四方製の新型電車11編成を導入。2025年から営業運転を開始しました。

インドネシアの鉄道をめぐる日本と中国の関係といえば、ジャカルタ―バンドン間の高速鉄道も忘れられません。日本が長年にわたって調査を進めてきた計画でしたが、最後は中国が受注。日本側が実施した調査の情報が中国側にも渡ったとされるなど、その選定過程をめぐって日本側に大きなしこりを残す結果となりました。

現在のインドネシアでは、高速鉄道は中国、ジャカルタMRTは日本、通勤電車は日本、中国、インドネシア製が入り交じるという興味深い状況になっています。

今年4月には、ジャカルタ近郊で停車中の通勤電車に長距離特急が衝突し、16人が死亡、100人を超える負傷者が出る大事故も発生しました。事故調査では信号や通信など複数の問題が指摘され、車両だけでなく、信号、通信、運行管理、保守、教育などを含めた「鉄道システム全体」の重要性が改めて浮き彫りになりました。

そんな中、ここへ来て再び大きな動きが出てきました。いったんストップしたはずの「日本の中古電車輸入」が復活しそうなのです。

計画されているのは、なんと23編成。12両編成が7本、8両編成が16本というかなりの規模で、インドネシア国会も9月23日に計画を承認しました。背景にあるのは深刻な車両不足です。

利用者は増える。古い車両は更新しなければならない。しかし国内生産だけでは必要な数を揃えられず、2029年には最大45編成が不足する可能性もあるとされています。

新品なら納入まで最大2年程度かかるのに対し、日本の中古車なら輸入が認められれば短期間で投入できる。それだけ日本の中古電車は「即戦力」ということなのでしょう。

一度は「もう中古車には頼らない」と決めたインドネシアが、再び日本の中古電車を必要としている。考えてみれば、日本で30年以上走った電車が、海を渡って人口1000万人を超える巨大都市の通勤を支えるというのも凄い話です。

日本では「古いから引退」となる車両でも、きちんと整備すれば、まだまだ世界で必要とされる場所がある。そして日本が輸出してきたものは、電車そのものだけではなく、安全に走らせ、時間通りに運び、毎日整備するという鉄道のノウハウだったのだと思います。

さて、今回ジャカルタへ渡るのは、いったい日本のどの電車になるのでしょう。線路幅はJR在来線と同じ1,067mmの狭軌で、電化方式も直流1,500V。20m級の片側4扉車で、もし2,950mm級のワイドボディまで走れるのであれば候補はかなり広がりますが、従来の日本車と同じ2,800mm級までとなると、これからまとまった数が退役する車両はかなり限られてくるのが実情です。

かつて205系がそうだったように、日本で見慣れた電車が第二の人生をジャカルタで送ることになるのなら、それはそれで楽しみなニュースですね。

スクリーンショット 2026-10-03 024540スクワット中に首を痛めたことは、昨日のブログに書いたとおりです。痛めてから3日が経過しましたが、現在、強烈な痛みで眠ることができず、こんな時間にブログを書いております。

状況としては、いわゆる「むちうち」のような状態なのですが、とにかく首が痛い。そんなわけで、現在は首にコルセットを巻いて生活しています。

今まで自分自身、「むちうちの方って、実際にはどんな弊害があるんだろう」と、よく分かっていませんでした。交通事故等でも、外から見ると大したことがなさそうなのに、何ヶ月間も治療に通っている方っていますよね。正直、あれがどういうことなのかを認識していなかったので、今回は自分が感じている範囲で説明してみたいと思います。

まず、寝られません。そもそも首に重い物を乗せて痛めたので、仰向けになって寝るのが痛い。横向きになろうとしても痛い。寝返りを打とうものなら、首に激痛が走ります。首を後ろに傾けることも、前に傾けることもできません。そもそも横になること自体が大変で、起き上がるのも大変です。

普段なら何も考えずにやっている「寝る」ということが、こんなにも首を使っていたのかと初めて知りました。

次に、水を飲むのが大変です。コップから水を飲もうとすると、少し顎を上げなければなりません。それができないということは、ストローが必須となります。

さらに、食べ物も簡単には噛めません。口を開けるという行為自体が顎を動かすことになり、それに伴って首回りにも力が入るため、大変な痛みが走ります。

左右を確認するにも、首だけを動かすことができないので、上半身ごと動かす必要があります。そんなわけで、車の運転も安全確認を考えれば無理ですし、オートバイなんてとても乗れません。

寝る。起きる。水を飲む。食べる。横を見る。普段ならすべて無意識にやっていることですが、首が回らなくなるだけで、その一つひとつが大変な作業になります。日常生活のあらゆる場面で、こんなにも首を使っていたのかと初めて知りました。

そして、実際に自分がこうなってみて初めて、むちうちなどで長期間治療を続けている方の大変さも、少しだけ分かったような気がします。外から見ただけでは、その痛みや日常生活の不自由さは分からないものなのだと思います。

今回の私の失敗が、スクワットをする方への注意喚起になればと思います。

バーベルは首の上に乗せるものではありません。正しい位置を確認し、少しでも違和感や痛みを感じたら、そのまま続けないこと。私のようになってからでは遅いです。

2026年10月02日 08:08

bar-現在、諸事情により首にコルセットを巻いております。交通事故でもなんでも無く、トレーニング中の間違った動きによるもので、自爆です。

首を痛めた理由はスクワット。バーベルの重量は70kgなので、片側25kgで大した重さではありませんし、1セット20回を2セットして、3セット目だけ80kgに上げました。トレーニング中には何の痛みも感じていなかったのですが、今思えば、ひとつ気になることがありました。

私は普段、磁気ネックレスを着けているのですが、この日はスクワットをしている途中で、なぜか首の後ろが痛くなり、ネックレスを外しました。おそらく、この時点でバーベルがいつもより高い位置、つまり肩や僧帽筋ではなく、首の付け根付近に乗ってしまっていたのだと思います。

それでも70kgなら問題なかったのでしょう。最後1セットを80kgに上げたことで、同じ姿勢では首に負荷がかかる状態だったのかもしれません。

翌日になると、首の後ろ、ちょうど骨が出っ張っている位置から3cmほど下のあたりに強い痛みが出て、左右を向こうとしても首が回りません。横を見るためには、首だけではなく体ごと向きを変えなければならない状態になってしまいました。

スクワットは首の後ろで「バーベルを担ぐ」のですが、ハイバースクワットなら僧帽筋上部、ローバースクワットならさらに低い位置で支えることになります。いずれにしても、首に重量が集中するような担ぎ方は避けなければなりません。分かっていたんですけどねえ。

重量が軽いうちは多少位置がずれていても気付かないことがあります。しかし、重量が増えてくると、わずかな位置の違いでも身体にかかる負担は大きくなります。今回、私の場合は80kgでした。

そして今振り返ると、「磁気ネックレスが痛い」と感じたことが、身体から出ていた最初の警告だったのかもしれません。「いつもと違う」「バーが当たって痛い」「首の骨に圧迫感がある」そんな小さな違和感があったら、一度ラックに戻してバーの位置を確認することが大切だと痛感しました。

スクワットは下半身全体を強化するのに優れたトレーニングですが、重量物を身体に載せて行う種目でもあります。これからスクワットをされる方、特に重量を増やしていく方は、ぜひ「何kgを持ち上げられるか」だけではなく、「バーがどこに乗っているか」にも注意してください。

私自身も今回の経験を教訓に、今後は重量を追う前に、バーの位置とフォームをしっかり確認してからトレーニングしたいと思います。皆様もご注意くださいませ。

ちなみに、使用している磁気ネックレスはコレです。


スクリーンショット 2026-10-02 040212タイムズカーで、大規模な個人情報の漏えいが発生したそうです。

タイムズカーを運営しているのは、パーク24グループのタイムズモビリティ株式会社。本社は東京・五反田駅近くの西五反田にあり、うちの事務所からもすぐの場所にあります。そんなこともあって、私にとってタイムズは非常に身近な会社です。

それ以上に、私はタイムズカーの会員で、出張先などでもよくカーシェアを利用しています。つい先日の全日本ロードレース選手権岡山ラウンドでも、最近岡山空港前にスポットが設置されたので、タイムズカーを利用させていただきました。

全国どこへ行っても、スマホから予約して、近くにあるクルマをすぐ借りることができる。レンタカーのように営業所へ行く必要もなく、本当に便利なサービスで、私自身も大変お世話になっています。

ところが今回、そのタイムズカーで大規模な個人情報漏えいが発生したというメディア報道に接しました。漏えいしたアカウント数は約660万件とされ、対象となる情報には、氏名・住所・生年月日・電話番号・メールアドレス・運転免許情報・本人確認書類・パスワード・連携サービスIDなどが含まれるそうです。

幸い、クレジットカード情報は漏えいしていないとのことなので、まずは一安心ですが、運転免許証画像のほかに「本人確認書類」が漏れているというのが気になります。というのも、本人確認のためにさまざまな書類を提出している方も多いと思うからです。ちなみに私は、入会時にマイナンバーカードを提出したような記憶があります。

運転免許証などの本人確認書類の画像が第三者に渡っているとすれば、それが何らかの不正な本人確認などに悪用される可能性はないのかと心配になります。なかなかに困った問題です。

この情報漏えいについて、タイムズカーは9月29日から対象者にメールでの連絡を始めているとのことです。そして私には、この記事を書いている時点でそのメールが届いていません。先ほども書きましたが、これを知ったのも偶然目にした報道からです。

アップした写真はタイムズカーシェアのマイページですが、最新情報の中で情報漏えいについて注意喚起や事実報告は行われています。ただ、これに気づく人は何人いますかねえ。

そんなわけで、注意喚起の意味も兼ねて、このブログでも記事をアップさせていただきました。気になる方は、私と同じように「モヤっと」してください。今後、対応策が発表されても、ココにはアップしません。取り急ぎの注意喚起でした。

それではMotoGP日本グランプリ初日を楽しみましょう!

スクリーンショット 2026-10-01 171302マクドナルドのキャラクターといえば、赤い髪に黄色い服の「Ronald McDonald(ロナルド・マクドナルド)」。私は、このキャラクターをカナダ在住時に知ったので、ロナルドという名前が頭に定着していました。

ところがこのキャラクター、なぜか日本だけ「ドナルド」と呼ばれ続けてきました。私は昔からこれを不思議に思っていました。

というのも、そもそも「ドナルド」と聞いて真っ先に思い浮かぶ世界的なキャラクターといえば、ディズニーの「ドナルドダック」です。「ディズニーとマクドナルドで同じドナルドという名前を使って大丈夫なのか?」と思っていたのです。

日本マクドナルドの説明によると、1971年にマクドナルドが日本へ上陸した際、「Ronald(ロナルド)」は日本人には発音しにくいということで、馴染みやすい「ドナルド・マクドナルド」という名前で紹介されたそうです。

つまり、ディズニーのドナルドダックとの関係で「ドナルド」になったわけではなく、単純に日本人が発音しやすい名前に変えたということです。考えてみれば「McDonald's」を「マクドナルド」と呼ばせているのも、実際の発音とはかなり違いますもんね。

日本に入ってくる際に、ブランド名自体を日本人が覚えやすく発音しやすい名称にしたわけで、キャラクター名の「ロナルド」から「ドナルド」への変更も同じ考え方だったようです。

ちなみにディズニーの「ドナルドダック」は1934年のデビューで、本名は「ドナルド・フォントルロイ・ダック」というのだそうです。

そんなドナルドが、昨日2026年10月1日に突如として日本マクドナルド公式Xに「ドナルド、どーなるの?」という投稿が登場し、そこには「今日からロナルド」の文字が書かれていました。ついに日本でも、世界と同じ「ロナルド・マクドナルド」に名前が統一されることになったそうです。

実は今回の変更、単なるキャラクター名の変更だけではありません。病気の子どもとその家族のための滞在施設として知られる「ドナルド・マクドナルド・ハウス」も、昨日10月1日から「ロナルド・マクドナルド・ハウス」に変更されました。

運営法人も「公益財団法人ロナルド・マクドナルド・ハウス・ジャパン」へ名称変更され、ロゴも世界共通の新しいデザインになっています。

1971年の日本上陸から55年。日本人に親しみやすいように「ロナルド」を「ドナルド」と呼んできたマクドナルドですが、半世紀以上を経て、ついに世界共通の名前へ統一されることになったわけです。

「ドナルド・マクドナルド」という名前に慣れ親しんできた世代は、しばらく「ロナルド」と言われてもピンとこないのかもしれません。

でも、これからの子どもたちにとっては、マクドナルドのキャラクターは最初から「ロナルド」。そして「ドナルド」といえば、本当にディズニーのドナルドダックだけになるのかもしれませんね。

2026年10月01日 04:01

ev電気自動車(EV)について、以前から気になっていたことがあります。それは「事故を起こした時」のことです。

電気自動車は、大容量の駆動用バッテリーを床下などに搭載しています。当然、ちょっとバンパーをぶつけた程度なら普通に修理できますが、事故によってバッテリーや高電圧系統、その周辺まで大きなダメージを受けると、修理費が非常に高額になることがあります。

これは「EVは事故を起こしたら修理できない」という単純な話ではありません。修理そのものは可能でも、バッテリー交換などを含めた修理費が高額になれば、「そこまでお金をかけて修理するなら全損扱い」ということになる場合があります。つまり「物理的に修理できない」のではなく、「経済的に修理する意味がなくなる」ということです。

ここまではガソリン車にもある話ですが、電気自動車にはもう一つ、ガソリン車にはない大きな問題があります。それが「補助金」です。

現在、電気自動車を購入すると、車種によって国からCEV補助金を受けることができます。さらに東京都をはじめ、独自にEV購入への助成を行っている自治体もあります。

購入するときには、「国からこれだけ補助金が出ます」「東京都からもこれだけ出ます」「ですから実質的にはこの金額で購入できます」という説明を受けます。確かにこれは大きなメリットです。

しかし、このお金は単なる「値引き」ではありません。補助金を受けて購入した車には「処分制限期間」が設定され、その期間中に売却、下取り、譲渡、廃棄などを行う場合には「財産処分」という手続きが必要になります。当然、事故で廃車にする場合も「廃棄」ですから、勝手に処分していいわけではありません。ここで問題になるのが「全損事故」です。

例えば補助金を利用して電気自動車を購入したとします。ところが購入から1年後に事故を起こしてしまった。バッテリー周辺まで損傷して修理費が高額になり、保険会社から全損扱いと判断された。

普通なら、「仕方ない。同じ車をもう一度買おう」となります。ところが、補助金を受けて購入したEVの場合、話はそれほど簡単ではありません。処分制限期間中の車を廃車にするには、まず財産処分の手続きが必要になります。

そして事故だからといって、必ず補助金の返還が免除されるわけではありません。国のCEV補助金には、「過失の無い事故により走行不能となり抹消処分した場合」には、本人の責めに帰さないやむを得ない事情として、補助金を返納しなくてよいという規定があります。

ただし、その場合でも何もしなくていいわけではありません。「財産処分承認申請書」を提出し、承認を受ける必要があります。

逆に、自損事故や自分にも過失がある事故などでは、この「過失の無い事故」という条件にそのまま当てはまるわけではありません。事故の状況によっては、処分制限期間中に廃車することで補助金の返納が必要になる可能性があります。

そして私が最も気になったのが、その先です。「だったら補助金を返して、同じEVをもう一台買えばいいじゃないか」と思いますよね。

ところが、国のCEV補助金には、「処分制限期間内にある車両を処分して、新たに補助対象車両を購入する場合、処分した車両の補助金返納が完了するまで、新たな車両への補助金は交付できません」というルールがあります。

つまり、事故で車を失ったからといって、すぐに同じEVを同じ補助条件で買い直せるとは限らないのです。

もちろん、同じ車を自費で購入すること自体が禁止されているわけではありません。問題は「補助金」です。最初のEVを購入するときに補助金を前提としていた人なら、これは結構大きな問題になると思います。

実際、知人のレース関係者に、日産の電気自動車「サクラ」を買って約1ヶ月後、信号のある交差点で停止中に後ろから突っ込まれた方がいます。

車両の損傷はかなり大きく、修理代だけでも300万円コース。普通に考えれば全損扱いになってもおかしくない事故です。

ところが本人によると、全損にして廃車にすると補助金の返還免除にならない可能性があるとディーラーから説明され、結局、ほぼ全損ともいえる車両を大掛かりに修理して、そのまま乗り続けています。

これを聞いた時に私は、「事故なんだから特例で、同じEVへの買い替えなら、そのまま補助対象で良くね?」と思いました。

本人がEVをやめてガソリン車に乗り換えるというならともかく、事故で失ったEVを同じEVに買い替えるわけです。それならEV普及という補助金本来の目的にも反していないように思います。ところが、事はそんなに簡単ではないようです。

電気自動車を購入するときには、「国と自治体からいくらもらえるのか」だけではなく、「もし明日事故で全損になったら、この補助金はどうなるのか」まで確認してから購入した方がよさそうです。

補助金は「値引き」ではありません。そこには条件があり、事故で車を失った時にまで、その条件が関係してくる。EVを購入するなら、これは知っておいて損はない話だと思います。

こんなもん、変な補助金とかあるから問題になるわけで、最初からそんな制度無くしちゃえばいいじゃん、とも思うのですが、補助金を無くしたらEVの販売にどの程度影響するのかという、また別の問題も出てきます。

そして、私がもう一つ気になるのが中古車です。先ほど書いたように、知人は普通なら全損扱いになってもおかしくないほど大きな事故に遭ったEVを、大掛かりに修理して乗り続けています。

もちろん、適切な方法で修理され、安全性が確認された車なら、修理して乗り続けること自体に問題があるわけではありません。しかし、こうした車が将来売却され、中古車市場に出てくる可能性は当然あります。

ガソリン車でも修復歴の有無は中古車を選ぶうえで非常に重要ですが、EVの場合は、それに加えて駆動用バッテリーや高電圧系統が事故でどのような影響を受けたのかという問題もあります。

「修復歴あり」と書いてあるだけでは、その事故がどの程度のものだったのか、バッテリー周辺まで衝撃が及んでいたのか、購入する側にはなかなか分かりません。

そしてもし、補助金の返還や財産処分の問題があることで、「廃車にするより、大掛かりな修理をしてでも保有し続けた方がいい」という判断につながるケースが実際にあるのだとしたら、私はそこに少し違和感を覚えます。

EVを普及させるための補助金制度が、結果として、本来なら全損として処理されていたかもしれない車を修理して乗り続ける一つの要因になってしまう。そして、その車が数年後には中古車として市場に出てくるかもしれない。

もちろん、すべての事故車や修復歴のあるEVに問題があるという話ではありません。ただ、中古のEVを購入するのであれば、走行距離やバッテリーの劣化具合だけではなく、「過去にどんな事故に遭い、どこまで修理された車なのか」という履歴についても、ガソリン車以上に慎重に確認した方がいいのかもしれません。

ちょっとこれは、電気自動車の「闇」とまでは言いませんが、EVを買う前に知っておいた方がいい話だと思っている私です。

2026年09月30日 05:35

obiノースマンの話を書いていたら、いろいろ思い出して来たので引き続き書かせていただきます。ノースマンの話って何?って方は、1つ前のブログをお読みください。

昨年12月、帯広出張へ行ったのですが、まさかの帯広の方々もビックリするほどの大雪に見舞われまして、電車も飛行機も完全ストップで、雪の中を疾走することで有名なばんえい競馬まで中止になりました。出張の目的はばんえい競馬だったんですけどね。

そんなわけで、まずはスノーシューズと吹雪にも対応可能なダウンジャケットが必要となり、北海道のワークウェアでお馴染みのプロノの、帯広駅から近い帯広東店へ行ってそれらを調達しました。

ここまではブログに書いたので、ご記憶の方も多いかと思います。ただ、その後そこからすぐのイオン帯広へ行ったり、六花亭本店へ行ったりしたので、そのことを記録に残しておきたいと思います。

まずイオン。当然ですが、観光客が来る場所じゃないので、最初は大したものはないだろうと思って行ったのですが、予想外に六花亭や柳月のお店もありまして、そこを見ているうちに、広告代理店勤務時代に何度か行った北海道出張で教えてもらったいろいろなことを思い出しました。

テレビ業界では東阪名札福(とうはんめいさつふく)と呼ぶ、東京(関東広域)・大阪(関西広域)・名古屋・札幌・福岡という主要地区がありまして、広告の仕事をしていると結構出張機会があります。札幌は必然的に宿泊出張となるので、地元メディアの方からいろいろ教わるのです。

まずは帯広の代表格で、マルセイバターサンドが有名な「六花亭」。ここで人気なのが「大平原」というマドレーヌ。これマジで超人気でして、北海道では小さいマドレーヌが袋に何個も入った「めんこい大平原」というのが、コンビニや駅の売店など、そこいらじゅうで売られてます。

そして次は「柳月」。ここは白樺の薪を模した「三方六」というバウムクーヘンが有名なのですが、北海道の方がよくお土産でくれるのは「きなごろも」というお菓子。原材料の大豆もきなこも十勝産というこだわりようで、とってもおいしいお餅のお菓子です。

イオンには、他にも十勝産の牛乳やヨーグルトなどがいっぱい並んでいて、買いたい気分満々だったのですが、一歩外に出ると大雪の中を歩かなければいけないので、グッとこらえました。その夜は、帯広駅前で立ち往生した車を救出するため、2時間ほどスコップで雪かきしていたのは以前のブログに書いたとおりです。

その夜は、雪かきしたお礼に「サッポロソフト」という謎の飲み物をいただいたのですが、全くもって水にしか見えないデザインのボトルで、うかつにも口に含んでしまい、それが実は焼酎であることを知りました。あとから知りましたが、サッポロビールとは何の関係もない札幌酒精工業製で、まさかのさとうきび原料のお酒でした。知らんこと多いなー。

翌日もどうにもならないほどの雪が残っていたので、六花亭本店へ。ここには六花亭ガーデンという喫茶があって、モーニングやランチが食べられるのですよ。これも意外と多くの方々が知らないのではないでしょうか。

タンシチュー・ビーフシチュー・カレーライス・ハヤシライス・ピザといった様々なメニューがありまして、窓から見える白樺には様々なポーズをとったエゾリスが配されていて、素敵なエゾリスの森といった感じの景色と共に食事ができるのです。

クッペと呼ばれる自家製パンも有名で、モーニングはそちらが主役。この時はシチューとクッペをいただいたのですが、お店の方に「焼きたてパンケーキはいかがですか?」とお声がけいただき、フワフワのスフレパンケーキをいただきました。これは行ったらぜひ食べていただきたいと思います。

帯広は、それまでも何度か出張で行ったのですが、その多くが道東唯一の百貨店「藤丸」でのイベント立ち合いでした。北海道最後の地元資本の百貨店とも言われていたのですが、2023年に閉店し、まさに六花亭本店の真ん前なので、そこが仮囲いで囲まれていたのは悲しかったなあ。

じつは「クランベリー」というスイートポテトのお店があって、帯広の直営店でしか買えないことで有名なのですが、このお店は結構大きいスイートポテトを量り売りで販売する仕組みなので、さすがに一人では食べられないと思い断念しました。これは何人かで行ってないと食べられないっす。残念。

あと、帯広へ行ったら行ってみたかった場所が「音更(おとふけ)」。じつは私の住む戸越銀座に、北海道の冷凍餃子の代表格ともなった「ぎょうざの宝永」の支店があります。このぎょうざの宝永誕生の地が音更でして、行ってみたかったんですよ。

私はこの戸越銀座店が出来た頃から知っているのですが、当時からお店に出ていた女性が、その後結婚されてお子さんも生まれまして、お子さんが生まれる際にはお母さんが手伝いに来られていて、「音更もいい所ですよ」と教えていただいていたので、せっかく帯広まで来たのだから行ってみようと思い、路線バスに乗って音更へ向かいました。

この大雪の翌日でも路線バスが普通に走ってるところがスゴイのですが、途中でハピオ木野ってスーパーに立ち寄ったり、らららマルシェという農産物直売所へ行ったりしたのですが、雪解け水でびしょ濡れになってしまい、ぎょうざの宝永までたどり着きませんでした。こちらも残念。

東京の戸越銀座で北海道・音更の話を聞き、それを思い出して帯広へ行ったついでに行ってみようとする。こういう人とのつながりから、知らなかった土地へ行ってみるのも、出張の楽しみだったりしますよねえ。

それもそうなのですが、何の偶然か、この大雪に見舞われた2025年12月14日の朝、NHKの「Dearにっぽん」で「“公団ちゃん”夢を駆ける 〜北海道・岩見沢〜」というドキュメンタリー番組が放送されました。道路公団の黄色いパトロールカーのようなデザインの車でレースに挑むチームのお話でした。

この番組には、2025年8月に亡くなられたレーシングドライバー面野一(おものはじめ)さんの話も出ていました。十勝から強い思いを持ってS耐に参戦していた選手でした。ばんえい競馬を見るために帯広へ来たその日に大雪となり、たまたまテレビをつけたら北海道からモータースポーツに挑む人たちの番組が放送されている。しかも、そこに十勝からS耐に参戦していた面野さんの話まで出てくるのです。

大雪の帯広で見た「公団ちゃん」の番組は、なにか世の中が得体の知れないものでつながっていることを感じさせてくれました。

支離滅裂なブログで申し訳ありませんが、大雪の翌日は奇跡的にとかち帯広空港からの最終便が運航してくれたので、帰京することができました。また何かの機会があれば、帯広へも行ってみたいと思っています。その時は今回たどり着けなかったぎょうざの宝永へ行って、クランベリーのスイートポテトも食べて来たいと思っています。

スクリーンショット 2026-09-29 183934今年5月、東京駅(改札内)でノースマンと言うお菓子が売られているのを見つけました。「まさか札幌の銘菓が東京に!?」と思ったのですが、じつは期間限定の直売店で、4月24日より9月30日までの期間限定ショップとのことでした。

思わず感激して購入したのですが、まさかの実物大ノースマンステッカーをいただき、嬉しすぎて何度か買いに行ってしまい、今や事務所のドアを開けた正面にあるロッカーに、ノースマンステッカーをいつでもどこでも貼れるように、磁石で止めてあります。

このノースマン、札幌千秋庵と言う会社のお菓子なのですが、北海道のお菓子を考える際に、この「千秋庵」の名前が各所に出て来ます。

北海道土産と言えば、今なら「白い恋人」が真っ先に出てくるのかもしれません。でも、北海道に住んでいる人が日常的に白い恋人を買って食べているかと言えば、そんなことはないでしょう。あれはどちらかと言えば観光客のお土産というイメージが強いお菓子です。

北海道には、それよりずっと昔から地元で親しまれてきたお菓子がたくさんあります。そして、その歴史を辿っていくと、面白いことに「千秋庵」という名前に何度もぶつかるのです。

千秋庵の始まりは札幌ではありません。1860年、まだ江戸時代だった頃に函館で創業した「千秋庵総本家」が始まりです。そこから北海道各地へ暖簾分けされ、函館千秋庵 → 小樽千秋庵 → 札幌千秋庵 → 帯広千秋庵と広がって行ったのです。

マルセイバターサンドが有名な六花亭。この六花亭は「帯広千秋庵」が名前を変えて誕生した企業です。つまり、「ノースマンの札幌千秋庵」と「マルセイバターサンドの六花亭」は、ルーツを辿れば同じ千秋庵の流れをくむ、親戚のような存在とも言えるのです。

さらに面白いのが「山親爺」。「出てきた出てきた山親爺〜」という昔のCMを覚えている北海道の方も多いと思います。バターやミルクを使った洋風煎餅で、スキーを履いた熊が鮭を背負っている、いかにも北海道らしいお菓子です。

この山親爺も、もともとは函館千秋庵総本家の四代目が昭和初期に作ったお菓子で、その製法が北海道各地の千秋庵へ伝えられました。現在は函館千秋庵総本家に「元祖 山親爺」が、札幌千秋庵には「山親爺」があります。

六花亭に山親爺はありませんが、模様こそ柏の葉になりますが、歴史的なつながりを感じさせる「郭公の里」という、よく似たお菓子があります。こういう歴史を知ってから北海道のお菓子売場を見ると、かなり面白いのです。

話が脱線しましたが、兎にも角にも札幌千秋庵の「ノースマン」が東京駅で買えるのは今日まで。パイ生地の中に餡を入れるという、洋菓子なのか和菓子なのか分からないような組み合わせですが、これが実に北海道らしいお菓子です。最近は生クリームをたっぷり入れた「生ノースマン」まで登場し、こちらも購入可能です。

そんなわけで、ちょっと気になって東京駅(改札内)まで行けそうな方は、行ってみてはいかがでしょうか。北海道へ行った気分になれますよー!

なお、改札を出て八重洲地下街(ヤエチカ)に行けば、北海道のアンテナショップ「北海道フーディスト」があり、歩いてでも行けるお隣の有楽町駅前には「北海道どさんこプラザ」もあります。東京駅でぷらっと北海道体験も楽しいかも知れませんね。

2026年09月29日 05:22

f1私の住む日本という国には、いつの時代も得意とする分野があり、それを輸出することで、小さな国ながらに存在感を維持し続けてきました。

陶器、カトラリー、繊維、玩具・・・、資源の乏しい日本は、常に「海外に売れる物はないか」と探し、それを作り、改良し、世界へ売ってきた「モノづくりの国」だったと思います。

戦後になると、それが鉄鋼、造船、自動車、オートバイ、家電、カメラ、時計、半導体などへと変わっていきました。国も旧通産省が中心となり、日本製品の海外進出を積極的に推し進めました。

日本企業による海外生産が本格化した背景の一つには、外国からの圧力もありました。あまりにも日本車が売れすぎて、アメリカとの貿易摩擦が激しくなり、日本の自動車メーカーはアメリカでの現地生産に踏み切っていきました。

ところが、いつしかグローバル=全世界思考が当たり前になり、日本企業は次々と安く作れる海外拠点を探すようになり、実際に積極的に生産拠点の海外移転を進めるようになると、気が付けば日本国内は「モノづくりの国」とは言い切れない状況になっていました。

もちろん海外生産そのものが悪いわけではありません。市場の近くで作ることには大きなメリットがありますし、日本企業が世界企業へ成長する過程では当然の選択でもあります。問題は、海外へ出ていった産業に代わる「次の産業」を、日本国内で次々と生み出すことができなかったことではないでしょうか。

アニメ、キティちゃん、任天堂、マリオ、パフィ、プレステ、ポケモン、たまごっち、ピコ太郎・・・常に日本にはキラキラ輝くものがありました。世界はそれらを喜んで受け入れ、それを日本の成長に変えるチャンスは常にありました。

にもかかわらず、それらの進化を海外の手に委ね、収益の一部しか日本に残らないということを、手離れが良くて儲かると言って喜ぶ風潮すらあるように感じます。いまだに中高年層まで楽しまれているポケモンGOなどは、その代表例かもしれません。

タイトルにも書きましたが、私のスマホはGalaxyとiPhone。タブレットはXiaomi。何十年間も徹底して国産や日本メーカーにこだわってきましたが、気が付けば国内メーカーは相次いで撤退し、日本ブランド自体も非常に少なくなりました。

「まだ日本メーカーもあるじゃないか」と言う声があるのも分かります。でも圧倒的なクオリティの差が、それを許さないというのも事実です。AndroidのGalaxyとiOSのiPhoneはスマホ界の両巨頭ですし、低価格帯ではXiaomiのタブレットなど、海外メーカーの製品力には驚かされます。

今年、巨額赤字となったホンダを応援する意味もあって購入したのがDio110。この生産国はベトナムです。日常的に乗っているスーパーカブC125はタイ。熊本で生産されるCBR250RRにしても、部品まで含めればグローバルなサプライチェーンの中で作られています。

ホンダの稼ぎ頭の一つは二輪事業なのですが、日本唯一の二輪完成車生産拠点である熊本製作所の年間生産能力が32万台なのに対し、100万台以上の生産能力を持つ国だけでも以下のとおり。衝撃の数字です。

・インド    625万台
・インドネシア 587万台
・ベトナム   275万台
・中国     204.5万台
・タイ     167万台
・パキスタン  154万台
・ブラジル   140万台

日本企業であるホンダが世界で二輪車を売り続けるためには、当然の姿なのだと思います。インドで売るものはインドで作り、インドネシアで売るものはインドネシアで作る。そして、それぞれの国の所得や道路事情、生活習慣、嗜好に合わせた商品を開発する。

もはや「日本で考え、日本で作り、海外へ輸出する」だけがグローバル企業ではありません。世界の市場を見て、世界の人が何を求めているのかを考え、世界のどこで作り、どこで売り、どこで利益を生み出すのかを考える。それが今のグローバル企業なのでしょう。

そう考えると、私は日本という国そのものが、これからどこへ向かうのかが気になります。

もちろん、今もニトリ、ユニクロ、楽天、ソフトバンクといった新しい企業が新しい市場を切り開いています。ゲームやアニメ、漫画、コンテンツ、観光、食、ロボット、素材、医療、宇宙など、日本が世界で勝負できる可能性を持つ分野も、まだまだたくさんあると思います。

では、日本をどんな国にするのかを決めるのは誰なのでしょう。企業だけではありません。政治だけでもありません。結局は、そこで働き、消費し、次の時代をつくっていく私たち一人ひとりなのだと思います。

だからこそ、最近の若い人たちの就職先に対する考え方を聞いていると、少し残念に思うことがあります。

海外へ出たい、世界を相手に仕事をしたい、外国語を身につけたい、世界中の人と競争してみたいという話よりも、転勤がない、地元から離れなくていい、海外赴任がない、安定している、といった条件が優先されることが多くなったように感じるからです。

もちろん、どんな人生を選ぶかは本人の自由ですし、仕事のために生活を犠牲にする必要もありません。昔のような猛烈な働き方を若い世代に押し付けたいとも思いません。

ただ、資源の乏しい日本は、国内だけで完結して豊かさを維持できる国ではありません。エネルギーも、食料も、原材料も海外から大量に買っています。

それを可能にするためには、世界の人たちが欲しがる商品やサービス、技術やコンテンツを生み出し、海外からお金を稼ぎ続けなければなりません。つまり日本ほど、本来は「世界を見ること」が必要な国はないはずなのです。

企業はとっくに世界を見ています。ホンダの二輪生産能力を見れば、それは一目瞭然です。

それなのに、そこで働く人たちの意識がどんどんドメスティックになり、国の政治を見ても、「10年後、20年後、日本はこれで世界から稼いでいく」という明確な国家像が、私にはなかなか見えてきません。

かつての日本には、「造船で世界一になる」「自動車を輸出する」「半導体で世界を取る」といった、良くも悪くも分かりやすい目標がありました。

2009年、民主党政権下で行われた事業仕分けでは、次世代スーパーコンピューターの研究開発が対象となり、文科省や理化学研究所側が世界一を目指す意義を説明する中で、仕分け人だった蓮舫参議院議員から「世界一になる理由は何があるんでしょうか? 2位じゃダメなんでしょうか?」という質問が出ました。

もちろん、この発言は「世界一を目指すな」という意味ではなく、巨額の国費を投入して世界一を目指す必要性を問いただす文脈で出たものです。それでも私は、あの言葉に象徴される空気に強い違和感を覚えました。

世界一になれる可能性がある技術に対して、「なぜ世界一でなければならないのか」と問うこと自体は必要です。しかし、その一方で「どうすれば世界一になれるのか」「世界一になった技術をどう産業につなげるのか」という議論も、同じくらい必要だったのではないでしょうか。

今、日本は何で世界と戦うのでしょう。

AIなのか、半導体なのか、ロボットなのか、コンテンツなのか、観光なのか、環境技術なのか。それとも、それらを組み合わせた全く新しい産業なのか。答えは一つである必要はありません。

ただ、「日本はこれから何で食べていくのか」という問いだけは、政治も企業も、そして私たち自身も避けて通ることはできないと思います。

人口が減っていくからこそ、国内だけを見ていてはいけない。
資源がないからこそ、世界を見なければならない。
小さな国だからこそ、世界中の市場を自分たちの市場として考えなければならない。

それは、陶器や繊維を海外へ売っていた時代から、実は何も変わっていないのではないでしょうか。

日本がもう一度元気になるために必要なのは、昔の日本に戻ることではありません。
もう一度世界を見て、「世界一になれる何かはないか」「世界の人たちが欲しがるものは何か」をガムシャラに探し、それを仕事にしていく国になること。

私は、そこに日本がこれからも豊かであり続けるためのヒントがあるように思っています。

早朝からヒマな老人の戯言にお付き合いいただきありがとうございました。頑張って、朝から交通安全運動の旗振りボランティアを頑張りたいと思います。

2026年09月28日 08:53

ChatGPT 画像 2026年9月28日 08_51_10現在開催中の愛知・名古屋アジア大会において、世界各国の選手団や海外メディアなどから、運営をめぐって様々な指摘が寄せられています。その状況を見ていると、私は、本大会に電通が関わっていないことも、その背景の一つにあるのではないかと感じています。

電通にはスポーツを専門に担当する部署があります。ここには信じられないほどありとあらゆる競技の担当がいて、各競技団体にも出向者や常駐者がいたりします。それはもう、セパタクロー担当やジェットスキー担当までいるほどです。ここまで幅広いスポーツに専門的に関わる広告代理店は、世界的に見ても珍しいのではないでしょうか。

私は長野オリンピックが終わった頃に電通グループを退社したので、昔の話しか知りませんが、当時の電通は、徹底した「得意先ファースト」の会社でした。

もちろん会社ですから、売上や利益の目標はあります。私自身、「示達数字」と呼ばれる目標数字を提示されたこともありますし、「もっと頑張れ」と言われたこともあります。しかし、少なくとも私は、数字だけを理由に厳しいノルマを押し付けられた経験はありません。

むしろ、得意先から頼まれれば、採算が合わなくても何とかしてしまう。そんな仕事を私は何度も見てきましたし、自分自身もやってきました。会社としても「お得意の指示ならやれ」と背中を押してくれました。

東京オリンピック・パラリンピックをめぐって、電通や組織委員会の元理事だった高橋治之さんに対する捜査、そしてその後の報道を見ていると、私は今でもどうしても違和感を覚えます。

もちろん、私は検察や裁判所の判断を否定しようというつもりはありません。実際、東京2020大会のテストイベントをめぐる談合事件では電通グループの有罪判決が確定していますし、公正取引委員会も独占禁止法違反を認定しています。

ただし、私が在籍していた当時の電通の国内事業について言えば、テレビ・ラジオ・新聞・雑誌・交通広告などへのレギュラー出稿による継続的な取引が、会社の大きな事業基盤となっていました。

ですから、翌年以降に継続的な売上が期待できるわけでもない一度限りの巨大スポーツイベントで、何が何でも大きな利益を出そうとするという発想そのものが、私が知っている当時の電通の仕事の進め方とは、どうしても結びつかないのです。

東京2020についても同じです。電通は大会のために大量の人材を投入しました。社内のエース級と言っていい社員を次々と集めてオリパラ局を作り、さらにそれ以外にも2020室等を設置して、大会を会社全体で支援しました。

東京都や組織委員会にも多くの人間が出向しました。当然、費用をいただいている人間もいましたが、私が知る範囲では、実質的には電通側の持ち出しに近い形で働いていた人間も多数いました。

人を出せば、その人の人件費が消えるわけではありません。誰かがそのコストを負担することになります。しかし、事件後の報道を見ていると、こうした電通側の負担や、大会を成立させるためにどれだけの人材を投入したのかという話は、あまり語られていないように感じます。

事前大会と本番については、ほぼ実施レベルで使える運営マニュアルを作成しました。ただし、組織委員会側には、これを各社にも経験させたいとの考えがあり、私の記憶では、各社にはそのマニュアルを活用する形で業務が発注されていったはずです。

後に談合事件として問題となったテストイベントは、本大会のためのリハーサルでもありました。組織委員会側には、本番になって突然、経験のない会社に巨大な国際スポーツ大会の運営を任せるわけにはいかないので、事前に複数の会社に経験してもらいたいという意向があったと、私は認識しています。

しかし、各広告代理店の中でもスポーツ専門部署を持つ会社は限られ、オリパラ専従員を確保できる会社も多くありませんでした。そのため、各社から希望する競技・会場などを聞き、業務委託先候補を選定していく必要がありました。この受注希望の確認や受注予定者の調整などが、公正取引委員会によって競争を実質的に制限する行為だったと認定されたわけです。

スタンド設置や物販等についても、私たちは計画策定には関わったものの、最終的にはゼネコンや大手流通企業など、別の事業者へ発注されたものが数多くありました。私の立場から見ると、そこで蓄積してきたノウハウを他社に提供したという側面も少なからずあったように思います。

高橋治之さんの件についても、私は同じような違和感を持っています。

高橋さんはもともと、スポーツビジネスの世界でスポンサーを集めることを仕事にしてきた人です。東京2020では、それまでスポーツスポンサーとはあまり縁のなかった企業にまでスポンサーになってもらう必要がありました。大会には、それだけ多額の資金が必要だったからです。

そして高橋さんの周辺では、企業にスポンサーになってもらうための営業活動が行われました。私は、それ自体が特別なことだとは思っていません。長年それを仕事にしてきた人だからです。私の理解では、そうした能力や経験を期待され、本人の当初の意向とは別に、最終的に組織委員会の理事を引き受けることになったという経緯がありました。

結果的には、企業から支払われた金銭が「民間人として行った本業の対価」なのか、「組織委理事として便宜を図ったことへの対価」なのかが刑事事件では大きな争点となったわけですが、長年本業として行ってきたスポンサー関連のビジネスとの境界をどのように考えるのかという点について、私は今でも複雑な思いがあります。

ここは司法の判断と、私が仕事の現場で感じていたことを混同してはいけないと思っています。それでも、一連の事件を見ていると、私はどうしても考えてしまいます。いったい、国はこの事件を通じて何を示したかったのだろう、と。

もちろん「国が電通を懲らしめようとした」という証拠を私は持っていません。だから、そうだったと断定するつもりもありません。ただ、公正取引委員会自身が、この事件について、巨大な国家的プロジェクトで社会的影響が大きいことなどを理由として、厳しい対応をしたと説明しています。

さらに当時の公取委事務総長は、これまで独占禁止法違反があまり見られなかった広告代理店やイベント業界について、「こういった業界にも警鐘を鳴らすような側面があった」とも述べています。この言葉は、私には非常に引っ掛かります。

東京2020のために大量の人間を投入し、採算の取れない仕事も引き受け、ノウハウを提供し、他社にも仕事を回しながら、何とか大会を成立させようとしていた。私は、その現場を知っています。

それが大会終了後になると、「五輪で巨額の利益を得た電通」「電通主導の談合」といった言葉で語られるようになりました。法律上の責任が認定されたことと、東京2020で電通が果たした仕事全体をどう評価するかは、本来分けて考えるべき話ではないでしょうか。

私は電通グループにいた人間です。ですが退職したのは27年以上も前ですので、現在の電通の考え方や方針については分かりません。ただ、あの一件以降、国や自治体が威信をかけて実施するような大型事業に対して、以前のような形で電通が関わることが難しくなってしまったとすれば、それは残念なことだと思っています。

国際スポーツ大会は、世界の人々に日本をプレゼンテーションする場でもあります。今回の愛知・名古屋アジア大会で運営上の様々な問題が海外にまで大きく報じられている状況を見ると、日本の国際イベント運営能力そのものに疑問を持たれかねないことを、私は非常に残念に感じています。

経費節減や公平な事業者選定を求める発注者側の事情も当然あるでしょう。一方で、価格を重視する競争入札だけでは、長年蓄積された経験やノウハウ、緊急時の対応能力といった、金額だけでは測れない価値をどのように評価するのかという問題も残ります。

国際的な大型イベントでは、価格と同時に、こうした能力を適切に評価する仕組みも必要なのではないでしょうか。

昨年の大阪・関西万博でも、東京2020以前とは電通の関わり方が大きく変わったように感じました。万博そのものは多くの来場者を集めて成功を収めましたが、世界に向けた情報発信という面では、個人的にはもう少しできることがあったのではないかと感じています。

伊勢志摩サミットでは電通の働きが随所に目につきました。私は一切仕事に関与しませんでしたが、その動きには感動すら覚えたほどです。だからこそ、今回のように電通の支社もある愛知地区で、国際大会の運営をめぐる残念な報道が相次いでいる状況を見ると、これまで大手広告会社などが担ってきた経験やノウハウの重要性を、改めて考えずにはいられません。

今後、このような国際的アピールの機会に、採算だけでは測れない部分まで含めて、人材やノウハウを提供する会社は生まれてくるのでしょうか。東京2020をめぐる一連の事件と、その後の業界への影響は、今後の日本の国際イベント運営にも少なからぬ影響を残しているのではないかと、私は感じています。

最後になりましたが、以上はあくまでも、かつて電通グループに在籍し、スポーツイベントの仕事にも関わったことのある私個人の経験と私見に基づくものです。事実関係について誤りや認識違いがありましたら、やさしくご指導、ご鞭撻いただければ幸いです。

goldこれまでゴールドマンは、1年後のドル円相場を1ドル=165円と予想していましたが、今回これを150円へと大幅に円高方向へ修正しました。

3カ月後が158円、6カ月後が155円、そして12カ月後が150円です。7月時点では円安方向を予想していたわけですから、わずか数カ月でかなり大きな方向転換。理由として挙げられているのが、日本銀行の利上げペースがこれまでより速まる可能性です。

日銀は今月18日の金融政策決定会合で、政策金利を1.00%から1.25%へ引き上げました。6月の利上げからわずか3カ月での追加利上げですから、これまで半年に一度程度とみられていた利上げペースが速まったことになります。

ただし、ここで注意しなければならないのは、「日本が利上げする=円高になる」と単純に考えることはできないということです。為替に大きな影響を与えるのは、日本の金利そのものよりもアメリカとの金利差です。

アメリカのFRBも9月16日に0.25%の利上げを行い、政策金利を3.75〜4.00%に引き上げました。しかもFRBでは、追加利上げを示唆する発言が相次ぐようになっています。

FOMC参加者の金利見通しでも、予測を提出した18人のうち16人が年内に少なくとももう1回の利上げを見込んでおり、セントルイス連銀のムサレム総裁などからも、インフレを抑えるためにはさらなる利上げが必要との発言が出ています。

つまり、アメリカも利上げするのであれば、日銀が0.25%利上げしたからといって、それだけで日米の金利差が縮まるわけではありません。

ゴールドマンが想定する円高シナリオが現実になるためには、今後の日銀の利上げペースがFRBの利上げペースを上回り、日米金利差が実際に縮小していくことが重要になります。そして、もうひとつ気になるのが日銀内部の変化です。

今回の日銀の利上げは満場一致ではありませんでした。政策委員9人のうち7人が賛成、2人が反対。反対した2人は、今年新たに審議委員に就任した浅田統一郎氏(4月1日就任)と佐藤綾野氏(6月30日就任)です。いずれも高市政権下で任命された審議委員で、今回の投票を見る限り、少なくとも利上げには慎重な姿勢であることが分かりました。

日銀は実際には利上げを決定しているわけですから、「日銀が利上げに弱気になった」と断定はできません。しかし市場から見ると、政策委員9人の中に2人の慎重派が明確に存在することは、今後の日銀がどこまで速いペースで利上げを続けられるのかを考えるうえで無視できない材料です。

実際、今回の利上げ発表直後には円高ではなく円安に振れる場面もあり、2人が利上げに反対したことで、今後の追加利上げ期待がやや後退したとの見方も出ました。

さらにゴールドマンは、日本から海外へ流れていた資金が国内へ戻ってくる可能性にも注目しています。

これまで日本では超低金利が長く続き、「円を持っていても増えない」という状況でした。そのため、より高い利回りを求めて海外へ向かうお金が大量にありました。

しかし、日本の金利が上がってくれば状況は少しずつ変わります。わざわざ為替リスクを取って海外へ資金を移さなくても、日本国内である程度の金利が得られるようになれば、海外へ流れていたお金の一部が日本へ戻ってくる可能性があります。これも円高要因になります。

ただ、結局のところドル円を考えるうえでは、「日銀がどこまで利上げするのか」だけではなく、「FRBがどこまで利上げするのか」との競争になってきます。FRBが今後も0.25%ずつ利上げし、日銀も0.25%ずつ利上げするのであれば、日米金利差はほとんど縮まりません。

逆にFRBが利上げを止めた後も日銀が利上げを続ければ、そこで初めて金利差が本格的に縮小し、円高への力が強くなってきます。そう考えると、ゴールドマンの「1年後150円」という予想は十分あり得る一方、そこへ至る条件もかなり多いように思います。

そもそもゴールドマン自身が、少し前まで1年後165円と予想していたわけです(笑)。為替の予想なんて、それほど難しいものなのだと思います。

そんなわけで、プロプレーヤーが大半を占める為替市場で、素人が短期的な値動きを予想してFXに参加するのは、かなりリスクが高いと思います。投資マネーは計画的にお願いします。

個人的には、円の価値が上がることについては大歓迎です。輸出企業やインバウンド関連にとって円安にはメリットがありますが、日本で生活している人間にとって円の価値が下がり続けることが良いことだとは思いません。

輸入する原材料、エネルギー、食品、海外旅行など、円安になれば日本人にとって海外のあらゆるものが高くなります。そして円安が進めば、海外から見た日本の物価は安くなる一方、日本人の海外での購買力は低下します。

今やマレーシアやベトナムをはじめ、アジア各国から「日本は安い」と多くの方が旅行へ来る時代になりました。海外へ行くたびに物価の高さに驚かされる日本人とは、まさに逆の現象です。

ですから、円の価値が少しずつ戻っていくことについて、私は基本的にはウェルカムです。

とはいえ、個人的にはちょっと複雑な事情もあります。実は手持ちの円を600万円ほどドルに換えてしまいました(笑)。正しくは、円建ての生命保険を米ドル建てに変えただけなんですがね。

なので円高になれば、日本円の価値が上がるのでウェルカム。逆にドルが上がって円安になれば、今度は持っているドルの円換算額が増えるので、それはそれでウェルカム。どっちに転んでも、まあいいかと思っています(笑)。

その昔、韓国がアジア通貨危機に見舞われた頃は、1万円が13万ウォンを超えたこともありました(今は8万6千ウォン程度)。その頃の私は、2カ月に1回くらい韓国へ行っていたような気がします。

ウォンの価値が大きく下がり、韓国の人たちにとっては本当に大変な時代だったと思います。それでも街へ行くと、外国人観光客に対しては「ウォン安ならどんどん韓国へ来てください!」というくらいの逞しさがあり、「IMF危機」をネタにしたTシャツまで売られていました。

しかも通貨危機で自国が大変な時期に、2002年のサッカーワールドカップを日本との共同開催で実現しました。そのためのスタジアム建設など巨額の投資も進め、韓国代表はベスト4に進出。大会に向けた資金調達では日本からの融資も受けましたが、その資金もしっかり返済しています。凄まじいパワーを感じました。

今年は、2003年に完成した高陽総合運動場でBTSのワールドツアーが始まり、2002年のワールドカップにも使われた釜山アジアド主競技場でも公演が行われました。特に釜山アジアド主競技場は、アジア通貨危機を挟みながらも建設が続けられ、2001年に完成したスタジアムです。あれも厳しい時代に行った投資があってこそのことです。

2020年の国際スポーツイベントに対し、「建設費が高い」と、当初計画されていた新国立競技場についてデザイナーの案ごと白紙撤回。その案を選んだ審査委員長からは、「こんな大きなもんはつくったことがありませんから、へぇ〜1300億円いるんだなくらいにしか思ってなかった」という凄い発言まで飛び出し、結局開閉式屋根のないスタジアムを建設してしまった国とは大違いですよね。その国は何の金融危機にも見舞われてなかったはずなんですがねえ。

自国通貨の価値が下がることは決して喜ばしいことではありません。でも、下がってしまったものを嘆いているだけでは何も始まらない。

「だったら外国人にたくさん来てもらえばいいじゃないか」と、それすら商売のチャンスに変えてしまう。あの頃の韓国の人たちを見ていて、その逞しさには感心したものです。

円高になれば円の価値が上がる。円安になれば外国人に日本へ来てもらい、お金を使ってもらう。どちらに動いても、その状況を嘆くだけではなく、どう利用するかを考える。日本も、それくらい強い心を持っていた方がいいのかもしれませんね。

最後に投資についての話です。日経平均株価が3万円を超えて以降、あるいはドル円が1ドル=130円から160円へ向かう過程で市場に参加した一般投資家の方は、十分に利益が出ているのであれば、一度立ち止まって今後を考える時期なのかもしれません。

私のドル建て生命保険なんて1ドル平均103円程度で積み立てていて、すでに全納済みですし、株なんて手元にありません。相場はアップダウンする生き物です。また買い時が来るまで、私は現金or(不動産以外の)現物で持っておくのが良いのではないかと思っています。

2026年09月27日 08:55

ChatGPT 画像 2026年9月27日 08_19_49昨日と今日は「富山まつり」。関西に住んでいた頃は、当たり前のように仕事で北陸へ行く機会があり、常に特急雷鳥(現サンダーバード)に乗って往復していました。

今回はレースで岡山にいたので、岡山駅から移動することになり、京都でサンダーバードに乗り換えることにしたのですが、なんと現在のサンダーバードはすべて敦賀止まりなのですよ。

もちろん敦賀へ行く人もいるでしょうが、関西と北陸を結ぶ特急だったことを考えると、せめて金沢まで行ってくれればいいんですがねえ。

これは2024年3月の北陸新幹線・金沢―敦賀間開業に伴うもので、それまで大阪―金沢間を走っていたサンダーバードは敦賀止まりとなりました。

それでも、敦賀で乗り換えれば新幹線でそのまま富山まで行けると思ったら、今回サンダーバードから接続する「つるぎ12号」は金沢止まり。金沢でもう一度乗り換えが必要でした。

ちなみに北陸新幹線そのものが敦賀―金沢で区切られているわけではなく、敦賀から富山まで直通する「つるぎ」も多数運転されています。ただ、敦賀―金沢間だけを走る「つるぎ」も設定されているため、今回は運悪くそれに当たったというわけです。よって今回は、京都―敦賀、敦賀―金沢、金沢―富山と3区間に分けて移動することとなりました。

そこで、北陸新幹線が金沢まで開業する2015年3月以前のダイヤを調べてみると、昔は大阪から富山まで特急サンダーバードが走っていて、京都駅からサンダーバードに乗ってしまえば、あとは富山まで乗り換えなし。所要時間はおおむね2時間35分から45分で走っていました。

今回、実際に乗った列車は以下の形で、京都から富山まで2時間26分でした。
・京都9:42発(サンダーバード)→敦賀10:35着
・敦賀10:43発(新幹線つるぎ12号)→金沢11:41着
・金沢11:49発(新幹線かがやき530号)→富山12:08着

昔のサンダーバード直通時代より10分以上速くなっています。でも、これって便利になったと言えるのでしょうか?

昔なら京都でサンダーバードに乗り、荷物を置いてしまえば、そのまま富山まで約2時間40分。ところが今回は、10分少々早く到着する代わりに2回も乗り換えなければなりません。

しかも敦賀駅での乗り換え時間は8分。なのに在来線ホームから上のフロアに上がって新幹線に乗り換える必要があり、この日は利用者が多かったため、敦賀駅の階段やエスカレーターは結構な混雑。乗り換えはかなりギリギリでした。

日本の鉄道に慣れている私でもそう感じたくらいですから、大きなスーツケースを持った外国人観光客や高齢者、小さな子供を連れた家族なら、さらに大変だろうと思います。

新幹線が開業したことで、京都―富山間の所要時間そのものは確かに短くなりました。
昔は約2時間40分で乗り換えなし。
今回は2時間26分で乗り換え2回。

「速くなったこと」と「便利になったこと」は、必ずしも同じではないということでしょう。

そして北陸新幹線は、最終的には京都を経由して新大阪まで延伸する計画ですが、敦賀―新大阪間については、京都市内のルートや駅位置、建設費、財源など、まだまだ多くの課題が残されています。2026年現在も検討が続いており、着工・完成までには相当な時間がかかりそうです。

さらに新幹線が延伸した場合、並行する在来線をどうするのかという問題もあります。実際、金沢ー敦賀間の北陸本線は新幹線開業と同時にJR西日本から経営分離され、現在はIRいしかわ鉄道とハピラインふくいが運行しています。

京都方面への延伸でも湖西線など既存の在来線がどう扱われるのかを心配する声がありますが、現時点で「湖西線が廃止される」と決まっているわけではありません。

いずれにしても、ルートが固まり、実際に大阪まで新幹線がつながるのはまだまだ先の話。それまでは当分の間、関西から北陸へ向かうたびに、「昔はサンダーバード1本で行けたのになあ」と思いながら、敦賀で新幹線に乗り換えることになりそうです。

jun「株式会社刀」という会社があります。「マーケティングの神様」と呼ばれる(らしい)森岡毅さんが率いる会社で、USJの再建に携わったことで有名になったそうです。

その後、丸亀製麺を展開するトリドールホールディングスの既存店客数16ヵ月連続前年割れからのV字回復を手掛けた、という実績も発表されています。

私が刀の存在を知ったのは2023年。地域の日帰りバス旅行の候補として「西武園ゆうえんち」が挙がり、現地へ実施踏査(ロケハン)に行った時でした。

昭和の街並みを再現したリニューアルを手掛けたのが刀でしたが、現地で案内してくださった方によると、刀による集客効果は限定的で、当時は「ふしぎ駄菓子屋 銭天堂 ザ・リアル」の人気が圧倒的とのことでした。

そんなわけで私にとって刀の第一印象は、西武園ゆうえんちのリニューアルを手掛けたコンサル会社でした。

調べてみると、創業者の森岡さんはP&G出身で、USJ再建などで手腕を発揮したとされ、自伝的な著作も多数出版。メディアを使って自分自身を売り込むのが上手い方だという印象を持ちました。

その後、旧ヴィーナスフォートを利用した「イマーシブ・フォート東京」を自社で手掛け、沖縄では「ジャングリア沖縄」をプロデュースするなど、名前を聞く機会が増えました。

私はイベントプランナーを仕事にしていますが、施設や地域のプロデュースにも関わっています。そのためジャングリアには開業前から興味を持っていました。ただ、まだ行けていません。ちなみにイマーシブ・フォート東京も興味があったのですが、行く前に無くなってしまいました。

私は、こうした施設を行きもしないで評価するのは好きではありません。アクセス、スタッフオペレーション、飲食、物販、客の反応、リピーター、地域への波及効果など、現場を見なければ分からないことがたくさんあります。

ただ、ジャングリアについて調べていて驚いたのが「お金」です。
刀という会社は、とにかく巨額のお金を集める力があります。

・2020年 大和証券グループが刀へ140億円出資
・刀はジャパンエンターテイメントへ30億円出資
・ジャングリアは総事業費約700億円の巨大プロジェクトへ
・金融機関から366億円の協調融資を調達

700億円。私のような小さな会社を経営している人間には想像もできない金額です。これだけのお金を集められること自体、ものすごい能力だと思います。

ジャングリアは2025年7月に開業。当初の年間来場者計画約150万人に対し、初年度は約100万人。意外と悪くないようにも見えますが、テーマパークにとって重要な初年度としては厳しいスタートだったことは分かります。

開業直前の2025年6月期、運営会社ジャパンエンターテイメントは約51億円の最終赤字で、利益剰余金はマイナス約86億円。一方で総資産は約627億円あり、巨額の資金は施設や設備などに姿を変えていたことになります。

そして開業後の2026年6月期は約89億円の最終赤字。親会社ジャパンエンターテイメントホールディングスも、子会社株式の評価損などから約173億円の最終赤字になったと報じられました。

初年度ですから広告宣伝費などが膨らむこと自体は理解できます。しかし今年4月には20億円の追加融資を受け、さらに沖縄振興開発金融公庫が30億円を融資する方向だと報じられています。

しかも後者は新しいアトラクションへの成長投資ではなく、新たなスポンサーへ事業をつなぐまでの「つなぎ融資」とされています。

約700億円規模でスタートした巨大プロジェクトが、開業から1年あまりでさらに50億円規模の追加融資を必要としている。一体、お金はどこへ行ったのでしょうか。

もちろん、お金が本当に「消えた」わけではありません。建設費、設備、アトラクション、人件費、広告宣伝費、金利、企画、マーケティング、コンサルティング・・・さまざまなところに使われています。問題は、その全体像が外から非常に見えにくいことです。

新たなスポンサーや追加資金を巡る話の中では、ジャパンエンターテイメントから刀へ支払われたコンサルティング料なども含め、これまでの資金の流れを明らかにする必要があるとも報じられています。

もちろん、刀に不正があったという話ではありません。正当な仕事をして、契約に基づいて報酬を受け取ることには何の問題もありません。私自身もプロデュースを仕事にしていますから、それはよく分かります。

ただ、これだけ巨額の追加資金が必要になった以上、これから資金を入れるスポンサー候補が「これまでのお金が何に使われたのか明らかにしてほしい」と考えるのは当然でしょう。

沖縄には今まで200回(そんな少なくないとは思いますが)は行っていますが、とにかくあの場所に無いのは巨大プールのある施設。鈴鹿サーキットのプールみたいなのがあれば、美ら海水族館とプールに行くって方はかなりいると思うんですよねー。

そんなわけで、マーケティングの神様である森岡さんは、次の一手が大規模プールで、その次は星野リゾートのホテルじゃないかなーと思ってます。

そして、ここまで長々と書いてきましたが、一番大切なことがあります。

私はまだジャングリアへ行っていません。数字は単なるネット検索によるものです。ですから、まず現地へ行き、自分のお金を払って入場し、自分の目で見て来て評価を書きたいと思っています。

ただ、少なくとも私はマーケティング&プロモーションの世界で30年以上活動していますが、「成功は広告主の手柄、失敗はコンサルの失敗」は当たり前ですし、「手掛けた仕事は10年以上経過するまで一切明かさない」を原則にしています。

「私はスゴイので仕事ください」という方は結構おられるのですが、そういう姿勢はあまり好きになれません。私も高名なプロデューサーを起用する仕事はありますが、表面上はその方の企画になっていても、実際に企画を考えているのは私、ということも当たり前にあります。

安易に「実績がある」というだけで会社に発注するのではなく、最初は相手を疑いながら恐る恐る対話を重ね、少しずつ信頼を築いていく。その中で見つけるのが、本当のビジネスパートナーであり、それが結果的にベストコンサルになるのではないかと思っている私です。

2026年09月26日 03:35

oka昨日13時過ぎには岡山国際サーキット入りしまして、各クラスの走りを堪能させていただきました。日曜日まで滞在の予定でしたが、チームの皆さんに託して現場を離れます。

このサーキットは、私にF1の運営をやらせてくれた素晴らしい場所です。2回しか開催されませんでしたが、2回ともウェルカムレセプションのプロデューサー&ディレクターを務めさせていただきました。

F1をFISAやFOCAが運営していた時代で、FOCAのメディアデレゲーション担当をマーティン・ウィテカー氏がやられている時代でした。

電通西日本の岡山支社にいたのは、ほんの3年半でしたが、その間にF1・セリーグトーナメント・プロ野球日米OBドリームゲーム・長野オリンピック等と様々なスポーツマーケティングに、要職で関わらさせていただいたことに感謝です。

それまではJリーグ(ガンバ大阪)・大阪国際女子マラソン・ダイキンオーキッドゴルフ・公営競技ビッグレースイベントといったものに、単なる1スタッフとして参加していただけの私にとって、大きく成長するキッカケを作ってくれました。

また岡山県の県北という場所は、私にとって思い出深い山田養蜂場というお得意様とのお仕事の場でもありました。山田社長の素晴らしい着眼点と先を見る能力に脱帽しつつ、一緒にお仕事させていただいたのも感謝しております。

またこの場所に寄せていただきますし、今日の予選そして明日の決勝に至るまで、魂は置いていきます。参加する全ての方々にとって、素晴らしいレースになることを祈っております。

unkou今回、千葉県を襲った台風25号では、鉄道にも大きな被害が出ています。特に深刻なのがJR内房線です。

姉ケ崎ー木更津間では線路沿いで大規模な土砂崩れが発生。約500mの間に5カ所で土砂が線路内へ流入し、架線設備なども損傷しています。

しかも、単純に線路上の土砂を取り除いて線路を直せば済む話ではありません。まず崩壊した山の斜面を安全な状態に復旧させ、その後で線路や鉄道設備の復旧、点検を行う必要があるとのことで、JR東日本は運転再開まで「少なくとも3カ月程度」を要するとしています。

さらに気になるのが代替輸送です。JR東日本は「9月28日以降バスによる代行輸送を検討」としていますが、現時点では詳細が決まっていません。

内房線は15両編成の通勤電車も走る路線です。木更津、巌根、袖ケ浦、長浦方面から千葉や東京都心へ通勤・通学している人も多く、これが3カ月となれば沿線への影響は非常に大きなものになります。これほど長期間にわたって鉄道が不通になるというのは、大都市近郊の通勤路線ではかなり異例のことだと思います。

私はこのニュースを見て、阪神・淡路大震災の時のことを思い出しました。

当時、私は神戸・六甲アイランドに住んでいて、毎日の通勤ルートはアイランド北口から六甲ライナーでJR住吉駅へ出て、そこからJRで大阪駅まで行くというものでした。

1995年1月17日の地震で、その通勤ルートは完全に寸断されました。六甲ライナーは陸地と埋立地を結ぶ橋桁が、車両を乗せたまま落下するほどの被害を受けていました。道路も地盤沈下による段差が激しく、陸地まで代替バスを走らせることさえ簡単ではない状態でした。

幸い、東側では阪神電鉄やJRが一部区間で動き始めていたので、そこまでたどり着けば大阪へ行くことはできました。

しかし、歩く道はガタガタ。余震のたびに各所からガレキが落ちて来るし、倒壊した建物や高速道路の脇を歩かなければならず、さらに随所で火災が発生している状態でしたので、震災直後は通勤どころではありませんでした。

それでも鉄道各社の復旧は驚くほど早いものでした。

1月23日 JRの不通区間を結ぶ代替バス運行開始。
1月24日 六甲アイランドから六甲ライナーの代替バス輸送開始
1月25日 JR 甲子園口ー芦屋間 運転再開
1月26日 阪神 甲子園ー青木間 運転再開

あの頃は、「今日はここまで電車が動いた」「明日はここがつながる」というニュースが毎日のように入ってきました。被災地で生活していた人間にとって、鉄道が一駅、一駅と戻ってくることは、街が少しずつ元に戻っていくことを実感できるニュースでもあり、それ自体が心の支えになっていたように思います。

2月8日 JR 大阪方面から住吉駅 運転再開
2月11日 阪神 青木ー御影間 運転再開

これで六甲アイランドから代替バスでJR住吉駅、あるいは阪神魚崎駅方面まで出ることができれば、大阪まで鉄道で通勤できる状態になりました。ただし六甲ライナーそのものの被害は大きく、復旧には時間がかかりました。

阪神魚崎駅まで六甲ライナーで行けるようになったのは7月20日。JR住吉駅まで全線がつながったのは8月23日です。震災から実に218日。

それでも、その間ずっと全線が止まっていたわけではなく、復旧したところから少しずつ運転区間を延ばし、残った不通区間を代替バスでつなぐという方法が取られていました。

今回の内房線と阪神・淡路大震災を単純に比較することはできません。今回の姉ケ崎ー木更津間では、線路そのものを直す前に、まず崩壊した斜面を安全な状態にしなければならないという特殊な事情があります。

鉄道会社が頑張れば明日にでも走らせられる、というような被害ではありません。ただ、だからこそ重要になるのが代替輸送だと思います。

内房線沿線を大阪ー神戸間のような大動脈かと問われれば、規模は違います。しかし沿線には多くの会社や工場、大学、高校があり、毎日鉄道を使って通勤・通学している人が大勢います。鉄道が3カ月止まるということは、その人たちにとっては「3カ月間、毎日の生活そのものが変わる」ということです。

道路にも限界がありますし、鉄道の15両編成が運んでいた人数をそのままバスに置き換えることなど到底できません。それでも、鉄道が復旧するまでの間、少しでも多くの人が会社や学校へ行ける交通手段を確保することは、被災地の日常を取り戻すために欠かせません。

阪神・淡路大震災の時、鉄道や代替バスが一つずつ動き始めるたびに、「これで少し普通の生活に戻れる」と感じたことを、30年以上経った今でもよく覚えています。

今回被災した内房線沿線の皆さんにとっても、鉄道の復旧と同時に、まずは日々の生活を支える代替交通の確保が非常に重要になると思います。

安全を最優先にしながら、代替バスを含めた交通手段が一日も早く確保され、そして内房線そのものも一日も早く復旧することを祈っています。

2026年09月25日 04:28

20260924_080855今年も秋の全国交通安全運動が始まりました。令和8年秋の全国交通安全運動は、2026年9月21日(月)から9月30日(水)までの10日間。最終日の9月30日は「交通事故死ゼロを目指す日」となっています。

今年は4月1日から、16歳以上の自転車利用者を対象に、いわゆる「青切符」の制度が始まりました。もちろん、自転車の交通違反を見つけたら何でも青切符というわけではなく、基本的にはこれまで同様に指導警告が行われ、悪質・危険な違反について取締りの対象になるという運用です。

それでも、信号無視や一時不停止、スマートフォンを操作しながら走る「ながら運転」など、自転車の交通ルールについては、これまで以上に厳しく注意喚起されることになると思います。

また、今年の交通安全運動では「歩行者の安全確保と反射材用品の着用促進」も全国重点の一つになっています。

これから日没時間がどんどん早くなります。夕方から夜間にかけて歩いていると、車を運転する側から歩行者が想像以上に見えていないことがあります。特に黒っぽい服装では発見が遅れますので、反射材をバッグや靴などに付けるだけでも安全につながります。

私はシルバーウイーク中はお休みしていましたが、昨日から街頭に立たせていただいています。大した力にはならないと思いますが、春と秋の交通安全運動の期間中くらいしかやらない活動ですので、微力ながら通学路の安全確保に努めたいと思っています。

以前も書きましたが、この交通安全運動の期間中に交差点や横断歩道に立っていると、普段は気付かないようなことがいろいろ見えてきます。

例えば、小学生がきちんと信号を守って待っている横を大人が平然と信号無視したり、前や後ろに子供を乗せた2人乗りor3人乗りの自転車が、赤信号をそのまま通過したり、交差点を斜めに横断したりする場面を、決して珍しくない頻度で目にします。

子供は大人の行動をよく見ています。「赤信号では止まりなさい」「道路を渡る時は信号を守りなさい」そう教えるはずの大人が、子供を乗せたまま赤信号を通過してしまえば、子供には「信号は守らなくてもいい場合がある」と映ってしまうかもしれません。

交通ルールを守るというのは、単に警察に捕まらないためではありません。自分自身が事故に遭わないためであり、誰かを事故に巻き込まないため。そして子供たちに交通ルールを伝えていくためでもあると思います。

ただし、大前提として、警察からは「交通安全のために街頭に立っている際に、違反者などに直接指導はしないように」と言われています。

ですから、目の前で信号無視をする人がいても、「なぜ信号を守らないんですか?」とか「子供の前で恥ずかしいと思いませんか?」なんてことは言いません。そもそも通行している方々の多くはご近所さんです。そんなことを言って余計なトラブルになったり、変に恨みを買ったりしては、何のための交通安全活動なのか分からなくなってしまいます。

私たちがやることは、あくまでもそこに立つこと。黄色い旗を持った人が交差点に立っているだけでも、「ここは通学路なんだ」「子供が横断する場所なんだ」「少し速度を落とそう」と思ってもらえるかもしれません。そして街頭に立っている自分自身も、交通ルールについて改めて考える機会になります。

交通安全運動というと、警察が取締りを強化する期間というイメージを持つ人もいるかもしれません。しかし、本来の目的は取締りではなく、一人ひとりが普段の道路での行動を見直し、交通事故を少しでも減らしていくことです。

車も、自転車も、歩行者も、誰か一人だけがルールを守れば安全になるわけではありません。たった10日間の交通安全運動ですが、この期間をきっかけに、普段の自分の行動を少しだけ振り返ってもらえればと思いまし、何より子供たちの前では、大人が良い見本でありたいものですね。

最後になりましたが、本日の旗振りが終わり次第、岡山国際サーキットへ移動させていただきます。遅くなってすみません。14時からのST600走行には間に合うようサーキット入りする予定です。今週の全日本ロードレース選手権岡山もよろしくお願いいたします。

2026年09月24日 03:34

ChatGPT Image 2026年9月24日 02_53_22台風25号による記録的な大雨で、千葉県の北印旛沼の堤防が決壊したとの報道が出ています。

千葉県によると、成田市船形干拓にある北印旛沼の堤防が約100mにわたって決壊。さらに北印旛沼へ流れ込む農業排水路「角川」の堤防の一部も決壊し、北印旛沼や長門川周辺で大規模な浸水が発生しています。

千葉県の印旛沼の干拓事業は、学校で「江戸時代の田沼意次による計画」と習ったので、非常に古くに干拓された場所だと思っていたのですが、昭和30年代までの印旛沼は、現在よりはるかに大きなW字型の沼で、それを大規模に干拓して今の陸地部を作り出していたことを今回知りました。

つまり、今では普通に水田や道路が存在している場所でも、歴史を遡れば沼や湿地だったところが少なくありません。実際、水資源機構は印西市下井・成田市大竹付近について、現在水田になっている約230haが、戦後の干拓以前には印旛沼の底だったと紹介しています。

雨が止まれば自然に水が引いていく場所もあります。しかし印旛沼周辺には、もともと水面より低い土地や、自然排水だけでは水を抜きにくい土地があります。

だからこそ、この地域には巨大な排水設備が整備されていて、印旛機場には最大毎秒92m3、大和田機場には最大毎秒120m3という非常に大きな排水能力があったのだそうです。普段は、こうした堤防とポンプによって水位をコントロールし、その内側で人々が生活し、農業を続けていたわけです。

ところが今回は、その肝心の堤防が決壊してしまいました。治水のために水を封じ込めていた堤防が切れ、干拓地などの低地へ大量の水が流れ込んだのですから、簡単に水を抜けるような状況ではなさそうです。

では、こうした堤防の決壊を千葉県や地元自治体は想定していなかったのでしょうか。調べてみると、そうではありませんでした。千葉県は北印旛沼、西印旛沼などを含む印旛沼流域について、想定し得る最大規模の降雨による「洪水浸水想定区域図」を以前から公表しています。

成田市の防災ハザードマップにも、大雨によって河川が増水し、堤防が決壊した場合に想定される浸水範囲や浸水深が掲載されています。

一方で今回気になるのが、実際に堤防が決壊した際の情報伝達と避難情報です。

隣接する栄町では、22日午前6時47分に「印旛沼の越水」を理由として避難指示を発令し、午前7時14分には「印旛沼が決壊し浸水の危険性がある」として対象地区を追加しています。つまり、この時点では少なくとも周辺自治体が決壊を把握し、住民に避難を呼びかけていました。

ところが、実際に堤防が決壊した成田市側で、その情報がいつ、どのように把握され、住民への避難情報にどう反映されたのかについては、現時点では分からない部分があります。

報道でも「いつ決壊したのか」自体が現段階では明らかになっておらず、自治体が決壊情報をどのように把握したのかが検証されています。

実際、浸水した住民からは「水の避難のメールは何も入っていなかったので自己判断で避難した」という証言も報じられています。台風が通過した後に水が押し寄せた地域もあり、避難情報がどの段階で、どの地域に出されていたのかは、今後きちんと検証する必要がありそうです。

国土地理院の空撮をもとに作られた今回の浸水推定図を見ると、浸水域は北印旛沼の横に一つの巨大な水面となって広がっているわけではありません。北印旛沼から北側へ延びる大きな浸水域がある一方、西印旛沼周辺や佐倉市方面などにも浸水域が点在しています。

つまり今回起きているのは、単純に「印旛沼が巨大化した」というより、印旛沼周辺に張り巡らされた堤防、水路、排水施設によって水から守られていた低地に、大量の水が入り込んだと考えた方が実態に近そうです。

問題は、ここからどうやって元に戻すのかです。

浸水した地域から一生懸命水を排出しても、印旛沼と浸水地域が決壊部分でつながったままなら、条件によっては再び水が入ってきます。

そのため、印旛沼そのものの水位を下げながら、決壊した堤防を応急復旧して水の出入りを止め、浸水地域に残った水を排水する、という作業を進める必要があります。

千葉県も9月23日、国に緊急復旧の支援を要請し、国土交通省のTEC-FORCEが派遣されることになりました。県は国とともに「早期の堤防の機能回復」を図るとしています。

長い年月をかけて干拓し、堤防や排水設備によって維持されてきた地域だけに、単に雨が止み、水位が下がるのを待てばすべて元に戻るというものではありません。

決壊した堤防を塞ぎ、印旛沼と浸水地域を再び切り離し、低地に残った大量の水を排出する。その後には堤防や道路、農地などの本格的な復旧も待っています。

今後、印旛沼の水位をどこまで下げ、決壊した堤防をどのように塞ぎ、そして広範囲に残った水をいかにして排出して復旧していくのかについて注視するとともに、今回の堤防決壊がいつ発生し、その情報が県や自治体にいつ伝わり、なぜ住民への避難情報が十分に届かなかった地域があったのかについても、今後の検証に注目していきたいと思っている私です。

2026年09月23日 16:46

moroha競輪界から、また悲しいニュースが入ってきました。競輪S級1班の諸橋愛(もろはし・めぐむ)選手が9月21日、亡くなったとのことです。49歳でした。

諸橋選手は9月12日、奈良競輪場で行われたS級準決勝に出走。レース終盤に他の選手と絡んで落車し、奈良市内の病院へ救急搬送されたと発表されていましたが、21日午前2時14分、頚髄損傷による多臓器不全のため亡くなられたことが、昨日JKAより発表されました。

諸橋選手は1997年に79期生としてプロデビュー。2000年の寛仁親王牌でGIに初出場すると、その後はビッグレースの常連となり、2017年には共同通信社杯(GII)で優勝。

同年末にはKEIRINグランプリに出場し、翌2018年には競輪界でわずか9人しかいないS級S班に格付けされました。

生涯成績は2377戦435勝、生涯取得賞金は9億7018万500円。約30年にわたり第一線を走り続け、49歳になった今年もS級1班。まさに競輪界を代表するスター選手の一人でした。

今年7月に伏見俊昭選手が競走中の落車事故で亡くなったばかりだけに、この訃報は重たいものがあります。

伏見選手はKEIRINグランプリを2度制覇、GI通算5勝。2004年アテネオリンピックでは日本代表としてチームスプリントに出場し、銀メダルを獲得した、日本競輪界を代表するスターでした。

伏見選手が50歳。そして今回の諸橋選手が49歳。ともに過去の名選手ではなく、現役のS級選手として走り続けている中での突然の別れでした。

長年にわたり競輪界を盛り上げ、多くのファンを魅了してきた二人のスター選手を、わずか2か月ほどの間に相次いで失ってしまったことが、本当に残念でなりません。

諸橋愛選手のこれまでの活躍に敬意を表するとともに、心よりご冥福をお祈りいたします。

そして改めて、伏見俊昭選手のご冥福も心よりお祈りいたします。


ChatGPT Image 2026年9月21日 06_44_09今年春、町内で仲良くさせてもらっている64歳の知人男性Aさんが、アルコール依存症からの肝硬変で倒れて入院した話は、以前このブログにも書きました。

路上で倒れ救急車で搬送されて病院へ入院。重いアルコール依存症と診断され、安定剤を投与される状態となり、そこから久里浜の国立の依存症治療施設へ入院し、今月初めに退院されてきました。

会社を経営されていたのですが、会社は突然の廃業。ご本人は退院したとはいえ、歩行器や杖がないと歩くのも危ない状況です。

危ないなと感じ始めたのは東京オリンピックのあった2021年。健康診断でγ-GTPの値が「去年の半分で700になったと褒められた」との話を聞き、それが近所の中華料理店でお酒を伴う会合中のことだったので失礼かと思いましたが、「その値は死ぬレベルなのでお酒はやめましょう」と初めて伝えました。

激しい腰痛を訴えており、顔も黒く、飲んでいない時でも呂律が回らない感じでしたが、周囲の方々は「昔からこうだ」とおっしゃるので、それについては「そんなもんか」と思っていたのも事実です。

ただ、2023年には近所のラーメン店に入ろうとしたものの満員で入れず、そこにいたお客さんに「俺たちが入ろうとしてるんだから席をあけろ」と座席を空けるように怒鳴ったことから、「さすがにおかしいぞ」となってきました。

2024年には、この方が経営する会社の従業員(結構な年齢の方)に対し、「俺は社長だぞ!お前にゴチャゴチャ言われる筋合いはない!」と叫ぶ状態にも遭遇。ちなみにこの時、誰もAさんの話はしていませんでした。

そんなわけで、周囲で一緒に飲む方は激減していたと思うのですが、それでも少し離れた飲食店では飲んでいる姿の目撃談が結構聞かれ、昨年7月に近所の居酒屋でバッタリ鉢合わせ。私は初めて「帰ってください」と言いました。

それでも「1杯だけ」と言って座ると、短時間に4杯を飲み「最後に泣きの2杯」とか言っていたので、さすがに「それじゃあアル中ですよ、帰れ!」と言ったら激高されましたが、泣きの2杯は飲まずに1万円を置いて帰られました。正直、これでもう飲まないだろうと思ったのも事実です。

ところが、そこから1ヶ月もすると近所の飲食店に再度頻出するようになり、昨年9月の地域祭礼では、裏に置いてあったサントリー角瓶700mlを2日間で空けてしまい、生ビールは目撃されているだけで6杯も飲んでいました。

これだけ周囲から「やめた方がいい」と言われてもやめられない。人間関係がおかしくなってもやめられない。身体に明らかな異変が出ていてもやめられない。今になって振り返ると、それこそが「依存症」だったのだと思います。

先日、精神科医・松本俊彦先生のYouTube動画を見て、「世界の精神科医に何が人間の体に一番害があると思うかと聞くと、圧倒的1位なのがアルコール」といった趣旨のお話をされていました。

松本先生ご自身もお酒やたばこを嗜まれるそうですが、合法・違法という区分と、依存性や身体へのダメージは別の話です。アルコールはコンビニやスーパーで普通に買えるだけに、その危険性を意識する機会が少ないのかもしれません。

今回の地域祭礼で、退院後初めてAさんの姿を見ました。劇的に痩せ、以前のように自由に歩ける感じではありませんが、幸いにして命は助かり、普通に会話ができるまでに回復しておられました。

私はこの数年間、「これでもう飲まないだろう」と何度も思いました。それでも結局、お酒は止まりませんでした。最終的にお酒を止めたのは本人の意思というより、倒れて入院し、物理的にお酒を飲めない環境に置かれたことだったのかもしれません。

アルコール依存症の怖さというのは、酔っ払って暴れたり、身体を壊したりすることだけではありません。「やめなければ大変なことになる」と本人も周囲も分かっているのに、それでもやめられないことなのだと思います。

ChatGPT Image 2026年9月21日 06_44_09Aさんは64歳です。会社を経営し、普通に仕事をし、地域の人たちとも付き合いながら生活していた人です。その人の生活が、わずか数年でここまで変わってしまいました。

それでも幸い、命は助かりました。今回の祭礼で久しぶりにAさんと普通に言葉を交わしながら、今度こそお酒のない生活を一日でも長く続けてほしい。そう思いました。

Aさんを何年間も見てきて感じるのは、アルコール依存症というのは「酒が好き」とか「酒癖が悪い」とか「意志が弱い」というだけの話ではないということです。

周囲から見れば「これだけ言われたら普通はやめるだろう」と思うような状況になっても、それでもやめられない。仕事や人間関係、そして自分の身体まで壊れ始めてもやめられない。それこそが依存症の恐ろしさです。

家族や周囲は「これだけ言えば分かっただろう」と思うのですが、本人に危険性が伝わったとしても、それだけでやめられるとは限りません。そして周囲も、何度言っても状況が変わらないことで、いつしか「言っても無駄」と思うようになってしまう。そのことを、周囲の人間という立場を経験して実感しました。

そんなわけで、もし周囲に「依存症かもしれない」と感じる方がいれば、本人や家族だけで何とかしようとせず、できるだけ早い段階で依存症を専門に診る医療機関などへ相談されることをお勧めしたいと思います。

2026年09月22日 06:30

スクリーンショット 2026-09-22 061734昨日は台風接近により様々なイベントが中止になったので、一昨日の夜にはテントや幕など、強風で飛ばされると危険な設営物を撤去し、今夜0時から5時までかけて再設営を行い、本日からのイベント再開の準備も終えました。

こうした台風対策は今に始まった話ではなく、私のようなイベント業に携わる者にとっては、何十年もやり続けてきていることではあります。

とはいえ、撤去と再設営という前後の限られた時間帯に多数の人材が必要となるので、人的にも大変ですし、そもそもイベントの中止や延期、設営のやり直しなどによる金銭的なダメージも決して小さくありません。

それでも、何より大切なのは無事故で終えることです。私共が関わる作業については、大きな事故もなく対応を終えることができたことに、まずは感謝したいと思います。

本日作業していただいたスタッフの中には、千葉で前回、そして今回と、立て続けに2度も冠水被害に遭ったという方もいました。

作業終了後、無事に自宅まで帰れるのか心配していましたが、この方からも無事に帰着したとの報告をもらいました。深夜から早朝まで作業していただいた皆様、本当におつかれさまでした。

それにしても、また千葉で冠水被害が発生したそうです。

一度でも自宅や店舗、車などが水に浸かれば、その後の片付けや清掃、消毒、修理だけでも大変な労力が必要になります。それが短期間に繰り返されれば、「またか」と、本当に心が折れそうになると思います。

泥や水をかき出し、ようやく片付けたと思ったところへ、再び大雨がやってくる。その精神的な負担は、実際に被害に遭った方でなければ分からないほど大きなものだと思います。

今回冠水被害に遭われた皆様に、心よりお見舞い申し上げます。一日も早く水が引き、片付けが進み、少しでも早く普段の生活を取り戻せることを願っております。

なお、台風そのものは関東から離れつつありますが、その影響は今日も各地に残っています。特に鉄道への影響は大きく、千葉県内では総武本線・内房線・外房線などで運転見合わせや運休が発生しています。

また神奈川県内でも、京急線が台風による連続雨量の影響により、金沢文庫〜浦賀間、堀ノ内〜三崎口間の上下線で運転を見合わせています。

台風というと、どうしても「最接近する時間」が過ぎれば終わったように感じてしまいますが、実際にはそうではありません。

大量の雨が降った後は、鉄道も連続雨量が規制値に達すれば運転を再開できませんし、冠水や土砂流入、道路の通行止めなど、その影響は台風が通過した後も長く残ります。出発前に最新の運行情報を確認された方が良さそうです。

20260913_123305私はイベント会社にいたこともあり、また広告代理店や旅行代理店でも働いていましたので、普通の方々よりは高い頻度で神事に関わる機会が多い人種だと思います。

イベント会社勤務時代は、住宅地開発、地域再開発、マンション開発といった仕事が中心の営業マンでしたので、地鎮祭や竣工式などの会場設営にも数え切れないほど関わってきました。

そうした会場では当然「幕」を張ります。私が仕事を覚えた関西での業界的な常識では、そこで使うのは白黒の鯨幕、あるいは青白の浅黄幕です。そもそも紅白幕なんて張っていたら、お祓いにお越しになる神主さんに怒られますからね。

ところが東京に来て驚いたことがあります。神事に紅白幕を使うのです。かなり大規模な地鎮祭でも祭礼でも紅白幕。最初に見たときは「えっ、神事に紅白?」と本当に驚きました。

園遊会や伊勢神宮で紅白幕なんて使ったら、業界だけじゃなく各種団体から猛烈に怒られると思いますけどねえ。

東京都神社庁のホームページにも、「紅白幕は慶事用、黒白幕は凶事用という通念が広まっている」としたうえで、黒白幕は本来、神事を含めてどのような行事にも使用できる幕であり、古例を重んじる祭礼では現在も使用されている、といった説明があります。

つまり「白黒幕=葬式の幕」という発想が間違い。でも「紅白幕=お祝い幕」は「通念」になっちゃってるのも認めていて、実際、神事へお越しになる神主さんからも、東京で「幕の色がダメ」なんて言われたことはありません。

東京の神様は紅白幕が落ち着くのかもしれませんけどね。「賑やかでよろしい!」ってなるのかもしれませんしね。でも私は、東京の神事で祭壇の周囲に紅白幕があるのは、いまだにものすごい違和感があります。

とはいえ、郷に入らば郷に従え。写真のように紅白幕に囲まれた祭壇の前で祭礼中を過ごすことが、今では私にとっても普通になりました。

それでも、紅白幕を見るたびに「やっぱり神事に紅白なんだよなあ」と、心のどこかで引っかかる。この違和感を持ち続けていることこそが、私が東京に長く暮らしていても、いまだに「東京エイリアン」であり続けるポイントなのかもしれないと思っている私です。

2026年09月21日 04:52

rock本日9月21日、関東地方には台風25号が接近しています。今年は夏から秋にかけて、イベント業界にとって週末のたびに大雨や台風という、本当に厳しい天候が続いていますが、シルバーウイークも大変な状況になりました。

もちろん安全が最優先ですから、危険が予想される状況でイベントを強行するわけにはいきません。私共のようにイベントに関わる仕事をしている側からしても、危険があれば中止するのは当たり前です。しかし、それに伴う金銭的なダメージはハンパなものではありません。

とはいえ、大雨予報だとか台風接近予報だからといって、軽々しく中止にできないのも事実です。来場客の皆さんは日本各地だけでなく世界中から来ているわけで、事前に中止を決めたものの、当日になったら天気が回復していたなんてことになると、大批判を浴びる可能性もあります。

そんなわけで、このような状況下では寝る暇もなくウェザーニュースや気象庁のホームページを見つめつつ、ギリギリまで状況判断を迫られることになります。

ただ、昨今は大雨で鉄道や高速道路が早めに止まる場合もあるだけに、天候回復が見込めるので実施しようと思っても、スタッフや機材が現地に到着できないといった場合もあります。とくに関東圏では東京からスタッフを当日移動させる場合が多いので、そうなると実施そのものが不可能です。

秋は一年の中でもイベントが非常に多い季節です。企業イベント、展示会、音楽フェス、スポーツイベント、地域のお祭り、商業施設の催事、屋外キャンペーンなど、毎週末のように全国各地でイベントが開催されています。

今回の台風25号では、ついに日本を代表する巨大イベントまで中止になりました。

まずは「東京ゲームショウ2026」。世界中からゲーム関係者やファンが集まる世界最大級のゲーム展示会で、今年は30周年。9月17日から21日まで、過去最長となる5日間の開催が予定されていました。ところが台風25号の接近により、本日21日の最終日は開催中止となりました。

さらに、夏フェスを代表する「ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2026」も、本日21日の最終日を中止しました。こちらも台風25号による大雨と強風が予想され、会場内外の安全確保が困難になることからの判断です。

もちろん、どちらも中止という判断そのものは正しいと思います。問題は、イベントという商売は「中止になったから、今日の経費はゼロ」という世界ではないことです。むしろ逆です。

イベント当日までには、会場費、企画費、制作費、施工費、機材費、運搬費、警備費、人件費など、すでに莫大な経費が動いています。ステージもブースも作ってしまっている。機材も運び込んでいる。スタッフも手配している。出演者も押さえている。警備員もアルバイトも発注している。

中止になったからといって、それらが全部なかったことになるわけではありません。特に直前中止の場合、本来発生するはずだった売上は消えるのに、支出のかなりの部分はすでに発生しています。

そして影響を受けるのは主催者だけではありません。イベント制作会社、施工会社、音響・照明・映像会社、警備会社、運送会社、レンタル会社、人材会社、ケータリング会社など、ひとつのイベントの裏側には驚くほど多くの会社と人が関わっています。

さらに来場者が来なくなれば、周辺のホテル、飲食店、交通機関、タクシー、駐車場などにも影響します。ロッキンのような巨大フェスになれば、会場内で営業する飲食店や物販などへの影響も当然大きくなります。

つまりイベントが一日中止になるというのは、単純に「チケット代○億円がなくなりました」という話ではありません。その周囲にある巨大な経済活動が、一日分まとめて消えてしまうということです。

しかも今年の関東は、これが一度ではありません。「また週末に雨か」イベントに携わっている人なら、このところ何度そう思ったことでしょう。

多少の雨なら実施できるイベントもあります。しかし、強風が加わると話は別です。テント、ステージ、看板、トラスなどの仮設物を扱う屋外イベントでは、風は特に怖い存在です。設営できない、予定していた演出ができない、場合によっては設営したものを撤去しなければならない。

イベント業界にとって天候は、どれだけ努力してもコントロールすることのできない最大級のリスクのひとつです。こうした中でも、とりわけダメージが大きいのがフードイベントだと思います。

今日だけを見ても、芝公園・豊洲・横浜・立川のオクトーバーフェストが開催中止。「東京カレー万博2026」(新宿・大久保公園)は屋外イベントということもあり、昨日と本日の開催が中止。「餃子祭り2026」(東京ビッグサイト)は本日が中止となり、昨日1日だけの開催となりました。

さらに、海浜幕張駅周辺で6年半ぶりに復活する予定だった「海浜幕張NEO屋台横丁」は、18日から21日までの開催そのものが中止となりました。

出店者の方々は高額な出店料を支払った上で、何カ月も前から準備を進め、食材を仕入れ、仕込みを行い、移動販売車でなければ店舗装飾も用意し、臨時スタッフを雇ってイベント当日を迎えます。

イベントそのものが中止になれば売上はゼロ。それでも、それまでにかかった経費がゼロになるわけではありません。しかも食材には賞味期限や消費期限がありますから、別の日にそのまま売ればいいという単純な話でもありません。ダメージのレベルはハンパありません。

ニュースでは「イベントが中止になった」たった一行で終わってしまいます。しかし、その一行の裏側では、ものすごい数の人たちの仕事と、ものすごい金額のお金が動いているのです。

イベントを生業にしている側としては、そろそろ週末だけでも、気持ちよく晴れてくれないものかと思わずにはいられません。気持ちよく寝て、気持ちよく起きられる日が来るまで、今日一日は天気図や台風の進路予報図とにらめっこが続きそうな朝です。

2026年09月20日 05:44

nagoe全日本ロードレース選手権に長年トップライダーとして参戦し続けている名越哲平(SDG Team HARC-PRO. Honda)選手が、2026年シーズン限りでの現役引退を発表しました。まだ29歳と若く、今年も表彰台に上がる活躍を続けているだけに、あまりにも早い引退表明に驚きました。

報道によると、昨年の全日本ロードレース選手権第5戦オートポリスラウンドで負ったケガの影響が大きく、最終的に引退を決意したとのことです。

名越選手は2015年から全日本ロードレース選手権ST600クラスに参戦。ちょうどその年、MOTO BUMから榎戸育寛選手を参戦させていたこともあり、榎戸選手を見る際には、常に同世代の名越選手の活躍が刺激になっていました。

2015年は榎戸選手がランキング9位、名越選手が15位。そして翌2016年には、榎戸選手がST600チャンピオンを獲得し、名越選手もランキング3位まで躍進。2人とも短期間で一気にトップライダーへと成長していきました。

その後、榎戸選手はJ-GP2へステップアップ。一方の名越選手もST600からJ-GP2へと進み、2018年にランキング3位、そして2019年にはついにJ-GP2年間チャンピオンを獲得しました。

榎戸選手は2023年を最後に年間フル参戦からの引退を発表しました。その時も「まだ早いのに」と寂しく感じたのですが、今度は長年その榎戸選手と競い合ってきた名越選手まで、29歳で現役を退くことになりました。

私にとってこの2人は、単に全日本で活躍していたライダーというだけではありません。2015年のST600時代から、榎戸選手を追いかけていると必ずそこに名越選手がいて、順位表を見ても、予選を見ても、決勝を見ても、ずっと気になる存在でした。

だからこそ、名越選手の引退は一人のトップライダーが去るという以上に、ひとつの時代が終わっていくような寂しさを感じます。

そして、もうひとつ寂しいことがあります。2026年シーズン限りでの引退を表明している中須賀克行選手も、名越選手と同じ「目玉ヘルメット」のライダーです。

全日本ロードレースを見ている人なら、サーキットを走るマシンを遠くから見ても、ヘルメットの大きな目玉で「あ、中須賀選手だ」「名越選手だ」と分かるほど印象的なデザインです。

もちろん、2人のキャリアはまったく違います。長年JSB1000の頂点で戦い続けてきた中須賀選手と、まだ29歳で、これからもトップカテゴリーで活躍し続けると思っていた名越選手。その2人が、同じ2026年を最後に全日本のグリッドから姿を消すことになります。

榎戸育寛選手が年間フル参戦を終え、今度は名越哲平選手、そして中須賀克行選手まで。私にとっては、ひとつの時代が終わるというだけではなく、全日本ロードレースの景色そのものが変わってしまうような感覚があります。

来年、スターティンググリッドを眺めた時、「目玉がいない」。その時になって初めて、本当に引退したんだなと実感するのかもしれません。

とはいえ、まだ2026年シーズンは終わっていません。最後のチェッカーを受けるその瞬間まで、名越哲平というライダーの走り、そして見慣れた「目玉ヘルメット」を、しっかり目に焼き付けておきたいと思います。

2026年09月19日 04:52

riage日本銀行が政策金利を1.0%から1.25%へ引き上げました。報道では「31年ぶりの高水準」という言葉が並んでいますが、今回の利上げは市場ではほぼ折り込み済み。発表後の為替市場では円高にならず、逆に円安へ振れました。

それより私が気になったのが「31年ぶり」という時間の長さです。

31年前に22歳で銀行や証券、不動産業界に入った人は、現在53歳です。すでに現場の責任者どころか、部長や役員になっている人も多いでしょう。つまり、そんなベテランですら「金利のある日本」を実務としてほとんど経験していないわけです。

私は逆でした。阪神淡路大震災のあった27歳まで、マンション販売の企画など不動産関係の仕事をしていたので、当時は金利があるのが当たり前。むしろ、その後にやって来たゼロ金利の世界の方を異常だと思い続けてきました。

2002年に自分で住宅ローンを組んでから24年間、一度も変動金利にしなかったのも、その感覚があったからです。結果だけを見れば、長い間、変動金利の方が有利でした。それでも「こんな低金利がいつまでも続くはずがない」と思っていました。

この金利上昇の影響を大きく受ける可能性があるのが不動産市場です。東京都心では利回り3%以下という収益不動産も珍しくありません。それでも買われてきたのは、極端な低金利に加えて「物件価格はまだ上がる」という期待があったからでしょう。

しかし、金利が上がれば話が変わります。事業用・投資用不動産では、銀行だけでなくオリックスなどノンバンクから資金を調達するケースも多く、日銀が0.25%利上げしたから融資金利も0.25%だけ上がる、という単純な話ではありません。

実際の融資金利は金融機関の調達コストや信用リスク、物件評価などで決まり、政策金利以上の幅で上昇する場合もあります。利回り3%の物件を高い借入比率で購入している場合、資金調達コストが上昇すれば利益は急速に圧縮されます。

今は物件価格も下落していますので、「借入金利上昇」「収益性悪化」「売却価格下落」ということが同時に起こっているわけです。これまで「利回りは低くても、最後に高く売れればいい」という前提で物件を購入・仕入れてきた事業者にとっては、かなり大きな環境変化でしょう。

そして怖いのは、1.25%という金利そのものが歴史的に見て異常に高いわけではないことです。

日本では31年間という長い時間をかけて、本来は特殊だったはずの「金利がほとんどない世界」が当たり前になってしまいましたが、まだまだ世界から見ると低すぎるわけで、今回は日本の金融や不動産が「金利のある世界」へ戻っていく過程の序章なのではないでしょうか。

私が怖いのは、その当たり前の世界を実務として知らない世代が、いまや日本の金融や不動産業界の中心にいるということ。これこそが、日本が陥っている諸悪の根源のような気がしています。

幸いにして、日銀の植田総裁は明日のお誕生日で75歳。副総裁2名は60代で、審議委員6名のうち50代は2名だけなので、この方々は金利ある世界に対する理解が十分にあると思いますので、できるだけ早期に、日米金利差が解消されていくことを祈ってます。

町会や自治会という組織では、今でも驚くほど「現金」が使われています。町会費、自治会費、祭礼の会費、懇親会費、イベント参加費など、その多くが現金です。そして、それを班長や組長などの役員が一軒一軒訪問して集めている地域も少なくありません。

私自身、町会や地域活動に関わっていますので、この大変さはよく分かります。一度訪問して留守なら、また行かなければならない。受け取ったら領収書を渡し、誰からいくら受け取ったのかを記録し、集計して、最終的には銀行へ入金する。金額そのものはそれほど大きくなくても、ものすごく手間のかかる仕事です。

しかも今後、町会・自治会の役員を引き受けてくれる人が減り、高齢化も進んでいくことを考えれば、この仕組みをいつまでも続けられるのかという問題もあります。

その一方、払う側も「家に訪問されるのイヤ」「キャッシュレス化して欲しい」と思っている方も多く、掲示板や回覧板も「あり得ない」「ネット掲示板がいい」と、今では当たり前となっているDX化を求める声が高まっているのも事実です。

実際、町会費や祭礼会費の徴収をキャッシュレス化した事例は山のようにあります。そんなわけで、各地方議員の方々や、町会関係者の方々が分かりやすいように、ここにまとめてみました。

例1)横浜市保土ケ谷区岩井町原第一町内会(記事リンク)
約400世帯の町会費徴収にPayPayを導入しています。興味深いのは、最初から全面的に切り替えたわけではないことです。まず一つの班で試験的に導入し、さらに盆踊りでもPayPayを利用。その後、全班へ拡大しました。
そして重要なのは、現金を廃止していないことです。「現金」「銀行振込」「PayPay」という複数の支払方法を用意し、住民が好きな方法を選べるようにしています。

例2)千葉県柏市北柏町会
柏市の会議記録によると、導入当初は5%程度だったキャッシュレス利用率が、その後毎年増加し、2割を超えるまでになったと報告されています。
ここで面白いのが運用方法です。キャッシュレスですでに支払いを済ませた世帯を班長へ知らせ、その家には集金に行かなくてよい仕組みにしています。
例えば100世帯を担当していて、そのうち30世帯がキャッシュレスで払ってくれれば、訪問するのは70世帯で済みます。翌年40世帯、50世帯と増えていけば、集金作業はどんどん楽になります。つまり町会費のキャッシュレス化は、「住民の利便性向上」だけではありません。むしろ最大のメリットは、町会役員の仕事を減らすことなのかもしれません。

例3)広島市こころ石内北自治会
約1,200世帯というかなり大きな自治会ですが、クレジットカードによる自治会費徴収を導入しています。
事前アンケートでは83%がクレジットカード払いを希望。実際に導入すると934世帯、約78%がカード払いを選択したとされています。結果として、役員が訪問して集金する件数を約80%削減できました。
「自治会は高齢者が多いからキャッシュレスなんて無理」そんなイメージを持つ人も多いと思いますが、実際には8割近くがキャッシュレスを選択する自治会まで出てきているわけです。

例4)町田市小川自治会
会費のキャッシュレス化にあわせて、登録方法が分からない人などを対象に「登録相談会」を開催しています。
つまり、「分からない人がいるから導入しない」ではなく、「分からない人には地域で教える」という発想です。

参考1)PayPayは自治会・町内会なら決済手数料0円(リンク)
PayPayには、自治会・町内会向けの専用サービスがあります。条件を満たした自治会・町内会なら、
初期導入費 0円/月額利用料 0円/決済システム利用料 0円 なのです。
通常のお店がPayPayを導入する場合とは違い、自治会・町内会については特別な条件が設定されています。
しかも町会費だけではなく、自治会・町内会自身が開催する祭りなどでの商品・サービスの支払いにも利用できます。
一方で注意点もあります。PayPayでは寄付の決済には利用できません。
ですから祭礼で考える場合は、「祭礼会費=奉納金=寄付金」なので、これらの集金はできないということです。

参考2)東京都は町会費のキャッシュレス化を助成(リンク)
実は行政もすでに動き始めています。東京都は町会・自治会のデジタル化を支援しており、2026年度の「町会・自治会デジタル化推進助成」では、QRコード決済やオンライン・クレジットカード決済による町会費徴収も対象になっています。対象となる取組については、最長12か月、助成率10分の10という制度です。

つまり自治会費のキャッシュレス化は、すでに「できるかどうかを議論する段階」ではなく、「どうやって地域に普及させるか」という段階に入りつつあります。

ここで一番大切なのは、キャッシュレス化=現金廃止ではないということです。現金で払いたい人は現金。銀行振込がいい人は振込。PayPayがいい人はPayPay。クレジットカードがいい人はカード。選択肢を増やせばいいだけです。

例えば500世帯の町会で200世帯がキャッシュレスになれば、それだけで200軒分の集金作業がなくなります。現金を触る量も減ります。集計作業も減ります。役員宅で現金を保管するリスクも減ります。銀行へ現金を持っていく作業も減ります。そして何より、班長や組長が何度も各家庭を訪問する必要がなくなります。

町会・自治会の最大の問題の一つは、役員のなり手不足です。「町会活動そのものが嫌だ」という人ばかりではないと思います。

・仕事をしながら町会費を集めて回る
・回覧板を配る
・書類を作る
・現金を数える
・銀行へ行く

こうした細かな仕事が大量に残っていることが、役員を引き受けたくない理由の一つになっているのではないでしょうか。

そう考えると、町会費のキャッシュレス化は単なる支払方法の話ではありません。「住民がスマートフォンで簡単に払えるようにしましょう」というだけのDXでもありません。むしろ「班長・組長を現金集金から解放する」ためのDXです。

だから私は、各町会がそれぞれ勉強して、それぞれ決済事業者を探し、それぞれ契約するという形にする必要はないと思っています。

行政が少し手助けすればいい。例えば、
・利用できる決済サービスの比較表を作る
・導入方法をマニュアル化する
・町会規約や会計処理のひな型を作る
・高齢者向けの登録相談会を開催する
・必要なら初年度のシステム費を助成する
・町会役員向けの説明会を開催する

これだけでも導入する町会はかなり増えるのではないでしょうか。

そして、最初から100%キャッシュレスを目指す必要もありません。最初の年は10%でもいい。翌年20%。その次は30%。柏市の事例のように、利用する住民が毎年少しずつ増えていけばいいのです。

日本全国には非常に多くの自治会・町内会があります。そこで今なお膨大な時間を使って、「現金を集める」という作業が行われています。一つ一つは小さな作業ですが、全国で考えれば相当な時間です。しかも、その仕事を担っているのは地域のボランティアや高齢の役員だったりします。

キャッシュレス化というと、どうしても「スマートフォンを使える人のための便利なサービス」という話になりがちです。でも町会費については、少し違うと思います。払う人を便利にするだけではなく、集める人を楽にする。こちらの効果のほうが、実は大きいのではないでしょうか。

町会・自治会の担い手不足が問題になっている今だからこそ、こういう小さなところから地域活動の負担を減らしていく。これは一度、行政として本格的に検討してみても良いテーマだと思います。


最後に回顧録)
キャッシュレスの地域普及という話になると、私が思い出すのが沖縄です。

沖縄ではかなり早い時期から電子マネーEdyが普及しました。2005年にはリウボウ、リウボウストア、沖縄ファミリーマートなどで大規模にEdyが導入され、その後スーパー、コンビニ、飲食店、ガソリンスタンド、観光施設などへ急速に利用場所が広がりました。2006年には県内約1,000店舗、2007年には約2,600店舗まで拡大しています。

沖縄はアメリカ統治時代が長かったこともあり、クレジットカードなどへの心理的な抵抗が比較的小さかったのではないか、と個人的には感じています。

ただし、これについてはEdy普及との直接的な因果関係を示す資料を確認できたわけではありません。それよりも確実に言えるのは、「使える場所が増えると、使う人も増える」ということです。

スーパーで使う。コンビニで使う。飲食店で使う。ガソリンスタンドで使う。そうすると特別な「キャッシュレス」というものではなくなり、単なる日常の支払手段になります。

これは町会でも同じではないでしょうか。最初は町会費だけ。次に盆踊り。夏祭りの焼きそばや飲み物。地域イベントの参加費。そうやって地域の中で使う機会を増やしていけば、「PayPayなら使ったことがある」という高齢者も自然に増えていくと思います。

2026年09月18日 06:53

ChatGPT Image 2026年9月18日 06_41_43自由が丘駅前に新しいランドマーク「JIYUGAOKA MUSE SQUARE(自由が丘ミューズスクエア)」がオープンしました。

地下1階には、自由が丘初出店となる高級スーパー「明治屋自由が丘ストアー」もオープン。ちょっと覗いてきたのですが、そこで思わず足が止まりました。なんと、我が町・武蔵小山の「ヨシナカブレッド」が、堂々と売られているではありませんか!

しかも、売場の片隅に何種類か置いてあるというレベルではありません。「ヨシナカブレッド」と大きく書かれたオレンジ色の看板まで掲げられ、なかなかの存在感です。

ヨシナカブレッドは1953年創業。武蔵小山商店街で70年以上続いている、昔ながらのパン屋さんです。有名パン屋さんが大量にある神戸出身の私がハッキリ書きますが、ここのパンは美味しくて安い!サンドイッチは具が入り過ぎていてビビるほどです。

武蔵小山に住んでいる人なら、「ああ、あそこね」と分かるような町のパン屋さんなのですが、それが自由が丘の新しい商業施設、それも明治屋の売場でこれだけ大きく取り上げられているのですから、地元民としてはちょっと嬉しくなります。

さらに面白いのは、明治屋自身が新店舗の公式発表の中で、ヨシナカブレッドをメゾンカイザー等と並べて大々的に取り上げていることです。

明治屋はヨシナカブレッドについて、武蔵小山商店街にある1953年創業のパン店として紹介し、コッペパンや総菜パンなどの「素朴で昭和レトロなパン」を特徴として挙げています。つまり、単なる仕入商品の一つではなく、明治屋自由が丘ストアーのパン売場を特徴づける商品の一つとして選ばれたということでしょう。

このヨシナカブレッドは、今年建物を新しく建て替えられたばかりなのですが、これも足掛かりに全国の商業施設やオフィスビルへ入るような有名店舗へと飛躍して行くことを祈ってます。

saihu写真は、私がここ数年愛用しているお財布です。以前は長財布を使っていたのですが、キャッシュレス決済の普及によって次第に必要性が薄れ、結局ここまでミニマムな財布で良くなってしまいました。

男性が買うブランド品というのは昔からある程度限られていて、代表格が時計・カバン・財布・名刺入れでした。1990年前後にはロレックス、G-SHOCK、スウォッチなどのブームもあり、私自身も必要以上に時計を買いまくりましたし、カバンや財布もルイ・ヴィトンやグッチで揃えていた時代がありました。

変化があったのは、2002年に自宅を購入した頃です。翌2003年には六本木ヒルズが開業し、「ヒルズ族」と呼ばれるブランドや高級品を好む層が注目される一方、その逆ともいえる、余計な物を持たないミニマムなスタイルも少しずつ目につくようになりました。

私もそれまで、カバンにノートパソコン、経済誌3誌、日経トレンディ、日経新聞まで入れて持ち歩いていたのですが、雑誌は日経ビジネスだけに絞り、ビジネスバッグをリュックに変更。車もBMWからスズキ・エブリイに変え、腕時計も「時間を見るだけなら携帯電話で十分」と着けなくなりました。

財布と名刺入れについては、横浜のキタムラさんに仕事でお世話になっていたこともあり、そちらへブランドスイッチしました。この頃からブランド品を完全にやめたというより、少しずつ「必要な物だけ持つ」という方向へ変わっていったわけです。

2010年頃になるとスマートフォンが普及し、私も携帯電話やPHSと併用しながら少しずつスマホ中心の生活へ。2015年に第4世代iPad miniが登場するとノートパソコンを持ち歩くのをやめ、2017年にはスマホをタフネスガラホのTORQUE X01に変更しました。

ところが2018年、オリンピックパートナーの関係で最新のGalaxyスマートフォンへ変更する必要が出てきました。この時にスマートウォッチも同時に入手したことでタブレットすら持ち歩かなくなり、持ち物はさらに減っていきました。

2019年にはスマホケースを手帳型にして、そこに名刺とクレジットカード2枚を収納するようになると名刺入れもほぼ不要に。さらにキャッシュレス決済の普及で、普段持ち歩く現金も1万円以下になり、ついに長財布まで必要なくなりました。

そんなわけで100円ショップで見つけたのが、写真の財布です。これがとにかく軽くて便利で、以来およそ1年ごとに買い替えながら使い続け、現在で4代目となります。

2023年には、直近まで使っていたキタムラの長財布とブルガリの名刺入れだけを残し、自宅にあったブランド品のバッグ、財布、名刺入れ、時計をまとめてリサイクルショップへ売却しました。

ミニマム生活に慣れてくると、今度は財布の中にたくさんカードが入っていることすらイヤになってきます。現在持ち歩いているのは、キャッシュカードを兼ねたイオンカード、楽天の法人カードと個人カードの基本3枚だけ。そして普段持ち歩くカバンまでエコバッグになりました。

考えてみれば、昔はノートパソコン、雑誌、新聞、長財布、名刺入れ、携帯電話などをビジネスバッグに詰め込んで毎日持ち歩いていました。それが今では、ほとんどの機能がスマートフォン1台に集約され、財布は100円ショップ、カバンはエコバッグ。そりゃあ消費が落ち込むわけですよ。

私のような広告&イベントマーケティングプランナーの仕事は、ある意味、世の中に「必要最低限で良いと思わせない」ことです。「欲しい」「行きたい」「体験したい」と思ってもらい、そこにお金を使ってもらう。そのきっかけを作るのが仕事です。

ところが世の中を見渡せば、ユニクロやGAPなどの服を着て、同じような物を持つ人が増えました。かつてブランド品には「人とは違う物を持ちたい」という欲求もあったはずですが、そのブランド品ですら画一化が進んでいるように感じます。

今でも高級品を好む人はもちろんいますが、車はアルファード、スマホは最新iPhoneという具合に、売れている物へ人気が集中する。高い物を買って差別化しているつもりが、結果的にはみんな同じ物を持っているという、なかなか面白い現象です。

もちろん昔にも同じような現象はありました。1990年前後にはBMW3シリーズが「六本木カローラ」と呼ばれた時代もあり、確かにBMWに乗っていればナンパの成功率は上がったかもしれません。ただ、当時も流行はありながら、車や服、時計などの趣味嗜好には、今よりもう少しバラつきがあったように感じます。

そして、それを偉そうに論じている本人の財布が100円ショップで、カバンがエコバッグなのですから、広告屋としてはまったく説得力がありません。

とはいえ、だからこそ「必要ではない物を欲しいと思ってもらう」ことが、昔よりずっと難しく、そして重要になったのかもしれません。

必要な物だけを買う時代に、必要ではない物をどうやって欲しいと思ってもらうのか。100円ショップの財布を眺めながら、そんなことを考えている私です。

2026年09月17日 06:08

スクリーンショット 2026-09-17 060142住宅ローンの金利について、今年2月以降、何度かブログ記事を書きました。その時にも「これから住宅ローン金利は上がっていく」と書き、実際に今年5月に見直し時期を迎えた私自身の住宅ローン金利も、1.05%から4%に変わった(ともに10年固定)ことを書きました。

これについて、当初は「まさか4%って高すぎませんか?」との反応が大半でしたが、それからわずか数カ月で、結構なスピードで状況が変わってきました。

日本銀行は今日と明日(9月17日/18日)に金融政策決定会合を開催します。現在の政策金利は1.0%。市場では今回、0.25%引き上げて1.25%とする見方が有力となっています。

しかも、さらにその先についても利上げが続くという見方が強く、マーケットではおおむね「0.25%ずつ段階的に」というシナリオが描かれています。

ただ、私はちょっと違うことも考えています。もし日銀が市場にサプライズを与えるつもりなら、今回いきなり0.5%上げて1.5%にしてしまう。そして、その後比較的早い時期にさらに0.25%上げる。そんな可能性もゼロではないと思っています。

実際、今回の金融政策決定会合を巡っては0.5%利上げを予想する声も出ています。もちろん現時点での中心予想は0.25%ですから、これはあくまで私の想像にすぎません。

しかし、住宅ローンを抱えている人にとって本当に怖いのは、日銀が今回0.25%上げるのか0.5%上げるのか、という話だけではないような気がしています。

日本の10年国債利回り、いわゆる長期金利は、9月に入って一時3%を超える水準まで上昇しています。住宅ローンの固定金利にも、その影響はすでにはっきり表れています。

例えばフラット35。2025年9月の最頻金利は1.89%でした。それが今年2月には2.26%、5月には2.71%、7月には3.14%、8月には3.29%、そして2026年9月は3.46%です。

たった1年間で1.89%から3.46%。

これはもう「少し住宅ローン金利が上がった」というレベルの話ではありません。

一方、これまで圧倒的な低金利を武器に、多くの住宅ローン利用者に選ばれてきたのが変動型住宅ローンです。

住宅ローンの変動金利については、「日銀が0.25%利上げすれば住宅ローンも0.25%程度上がる」という説明をよく目にします。確かに、変動型住宅ローンの基準金利は短期プライムレートなどを通じて、日銀の政策金利の影響を強く受けます。

ところが、私は「政策金利が0.25%上がるから住宅ローンも0.25%上がる」という単純な話だけでは済まなくなってくるのではないかと思っています。

理由は銀行側です。これまで日本の銀行は、長い超低金利時代の中で住宅ローンの顧客を奪い合ってきました。

「変動金利0.?%」という激しい金利競争を続け、金利による差別化が難しくなると、今度は死亡時に残債がなくなる団信(団体信用生命保険)の保障内容の競争へと移行しました。今では死亡・高度障害だけではなく、がんや三大疾病などに保障範囲を広げた商品も珍しくありません。

ゼロ金利どころかマイナス金利政策まで行われた時代には、銀行側にも資金を貸し出す先を確保したい事情があり、その一つが住宅ローンでした。

確かに住宅ローンは、個人向け融資としては金額が大きく、長期間にわたって取引が続き、給与振込やクレジットカード、預金など別の取引にもつながる商品です。

ただ、個人向け取引は審査から契約、その後の管理まで手間がかかります。それでも銀行が住宅ローン金利を極限まで下げて競争してきたのは、それだけ顧客を獲得する価値があったからでしょう。

ところが、今は世の中全体の金利が上昇しています。企業融資をはじめ、より高い金利で運用できる貸出先が増えてきました。国債の利回りも上がっています。

そうなると銀行から見れば、膨大な数の個人を審査し、契約し、何十年にもわたって管理しなければならない住宅ローンを、わざわざ極端な低金利で取り合う必要があるのだろうか、という話になってきます。銀行の経営側からすれば、住宅ローン部門にも相応の収益性を求めるのは当然です。

そして銀行が住宅ローンの収益性を改善する方法は、単純に基準金利を上げることだけではありません。「金利優遇幅を縮小する」という方法があります。ここが、私が一番怖いと思っているところです。

例えば、基準金利1.5%で、当初5年間は1.3%の金利優遇を受けられ、その後は優遇幅が縮小するという条件の住宅ローンがあったとします。実際の適用金利は 1.5%−1.3%=0.2% です。

ところが5年後、基準金利が3.5%に上昇し、さらに契約上の金利優遇幅が0.2%になったとすれば 3.5%−0.2%=3.3% となります。

基準金利は2%しか上がっていないのに、実際に支払う金利は0.2%から3.3%へ、実に3.1ポイントも上昇するわけです。

仮に5,000万円を35年の元利均等返済で借りたとすると、概算では以下のようになります。
・最初の5年間 借入額5,000万円/適用金利0.2%/返済月額 約12万3,273円
・6年目以降 ローン残高約4,307万円/適用金利3.3%/残り30年の返済月額 約18万8,626円

月々約12万3,000円だった住宅ローンが、本来の計算では約18万9,000円になる。月に約6万5,000円、年間では約78万円の負担増です。

もちろん実際の商品では、返済額を5年間据え置く「5年ルール」や、返済額の増加を前回の125%までに抑える「125%ルール」を採用している金融機関もあるため、必ずしも一気にこの金額まで返済額が上昇するわけではありません。

しかし、返済額が抑えられたからといって、金利上昇そのものが消えてなくなるわけではありません。返済額の中で利息の占める割合が増え、その分だけ元金の減り方が遅くなります。つまり、問題がなくなるのではなく、先送りされるだけです。

さらに重要なのは、現在の日銀について、物価上昇に対して金融引き締めが後手に回る「ビハインド・ザ・カーブ」を懸念する見方があることです。

これまで住宅ローンの変動金利は、政策金利や短期プライムレートの動きに沿って比較的段階的に引き上げられてきました。

しかし、これから銀行にとって住宅ローンを超低金利で獲得するメリットそのものが小さくなっていけば、政策金利の上昇幅とは別に、新規貸し出しなどで優遇幅を縮小する金融機関が増えても不思議ではありません。

これこそが、「日銀が0.25%上げたから、住宅ローンも0.25%上がるだけ」と考えてはいけない理由です。

さらに為替も気になります。

ベッセント米財務長官は日本の金融政策についてたびたび発言しており、円安是正や日銀の利上げを巡る思惑が為替市場を動かす場面も出ています。日銀の利上げ観測が強まっても、円安圧力が完全に消えたわけではありません。

円安が続けば輸入物価を通じてインフレ圧力が残る。インフレが収まらなければ日銀はさらに金利を上げる。金利を上げれば、住宅ローン金利にも影響する。そんな循環に入っています。

もちろん、日本の銀行が日銀の政策金利とは無関係に、際限なく変動金利を上げていくとは思いません。しかし、これまでのような「基準金利から大幅に割り引く」という金利優遇幅を、新規貸し出しなどで縮小していくことは十分にあり得るのではないでしょうか。

住宅ローンを考える上で怖いのは、「日銀があと何回0.25%上げるのか」だけではありません。「銀行はこれからも住宅ローンを超低金利で貸したがるのか?」私は、こちらの方が重要な問題だと思っています。

表面上は低い金利の商品を残しておきながら、審査基準や金利優遇を受けるための条件を厳しくするという方法だってあります。そう考えると、「広告に出ている最低金利が何%か」だけを追いかけていても、住宅ローン市場全体の変化は見えてこないような気がします。

と、こんなに説明しているのに、うちの息子は今年5月に変動金利で新しく住宅ローンを組んでしまいました。

身近な人すら説得できないのですから、このビミョーなブログ程度で住宅ローン利用者に警告なんて発せられないとは思いますが、少なくとも今の私なら、新しく住宅ローンを組むのであれば固定金利を真剣に検討します。

「変動金利は固定金利より安い」長年当たり前だったこの常識が、これから35年間という住宅ローンの返済期間中も続く保証はありません。

住宅ローンを借りるということは、単に「今の金利が何%か」を比較するだけの話ではありません。これから35年間の金利変動リスクを誰が負うのかを決めることでもあります。

金利変動リスクを金融機関側に背負ってもらうのか、それとも自分自身で背負うのか。それが固定金利と変動金利を選ぶということなのだと、もう少し住宅購入を検討している人にも認識してもらいたいと思っている私です。

2026年09月16日 07:35

ChatGPT Image 2026年9月16日 07_31_15私のところには、なぜかタレント手配(以下、ブッキング)でトラブルが発生した案件の調整依頼が、少なからず舞い込んできます。

その多くは、すでにトラブルが発生してから数日、場合によっては数週間が経過しており、複数の会社に話が回っていて、だいたい「どの話が正しいのか分からないので調整してくれ」という状態になっています。

こういう場合、大半はお金の上流にいる誰かが「このタレントを起用したい」と言い出し、それを複数の会社に打診した結果、それぞれ違うルートから同じタレント事務所に話が入ってしまっています。

こうなると、誰かを立てれば誰かのメンツを潰す可能性がある。だったら最初から出ない。そんな結論をタレント事務所側が出しているケースも珍しくありません。

昔は大手タレント事務所やブッキング会社、大手広告代理店など、ある程度限られた業界の中で回っていたブッキング作業も、今では様々な会社が参入しています。

さらにタレント本人がスマートフォンを持ち、YouTubeチャンネルやXのアカウントを開設し、場合によってはDMで直接連絡まで取れてしまう。昔なら入口が限られていた話が、今ではあっちからもこっちからも入ってくるわけで、余計にややこしくなりがちです。

この業界には、アゴ(食事)・アシ(移動交通費)・マクラ(宿泊費)/完パケor音響照明バラシ/制作or営業/ヘアメイク&スタイリスト/バンドorカラオケといった言葉や区分があり、それぞれがお金やブッキングと密接につながっています。

例えば、モノマネタレントの出演交渉ひとつ取っても、「本人だけなら150万円。でもモノマネをするならバンドが必須で一行21名。完パケなら350万円。音響照明を完パケからバラして現地手配するなら300万円。すべてアゴ・アシ・マクラ別。本人の部屋はセミスイート以上」みたいな話になったりします。

ここで「完パケ350万円なら全部入っているんですよね?」と思ったら一大事。

トランポと呼ばれる機材運搬用トラックの費用が別だったり、そのトラックの駐車場を確保する必要があったり、ヘアメイク&スタイリストが別途請求だったり、ピアノを使えば調律代が必要だったりします。

さらには、なぜか一行21名に含まれていない事務所社長が来たり、「本人一行5名は当日乗り込み予定でしたが、前泊します」と突然変更になったり。予想外の出費なんて、いくらでも出てきます。

先日も同世代のブッキング会社役員の方と食事をしたのですが、やはり「トラブってから声がかかるのばっかり」と、まったく同じ話をされていました。

それだけタレントブッキングの世界にも、大手広告代理店系ブッキング会社や、芸能人本人との距離の近さや独自の人脈を売りにする、いわば「ガーシーさん的な人々」も含め、多種多様な会社や人が入り乱れるようになったということなのかもしれません。

そんな中、近年は動画配信サービスという新しいステークホルダーも登場しました。

かなりの制作予算を持ち、様々なオリジナル作品を制作しています。当然、その宣伝のために記者会見やイベントも開催するわけですが、ここでも従来の芸能・音楽業界との常識の違いから、微妙な勘違いが起きることがあります。そのためなのか、私のところにもちょこちょこ相談案件が来ます。

例えば、ドラマや映画の主題歌に有名アーティストの人気曲を起用したケース。

「主題歌に起用したんだから、記者会見でも歌ってくれるよね」くらいの感覚で話が進んでいたりするのですが、そんな簡単な話ではありません。だってアーティストですから。

「バンド必須。コーラスまで入れると一行60名。11tトラック8台分の機材が最低限必要。照明効果が重要なので暗転できる会場でスモーク使用が不可欠。音を収録する場合は録音車(TAMCO車)を入れて、収録した音源をミックスダウンしてください」なーんて話になったりするわけです。

さらに、タレントの所属事務所とレコード会社が違っているのは当たり前。現在所属しているレコード会社と、その人気曲を発売した当時のレコード会社が違っていることだってあります。

そして、そもそも事務所や現在のレコード会社にしてみれば、昔売れた曲をもう一度歌わせることに大したメリットを感じていない場合もあります。「今は新曲の予定もありませんので、今回は出演しません」で終わってしまうことだってあるのです。

作品側から見れば「せっかく主題歌に使ったのだから歌ってほしい」。でも、アーティスト側から見れば、それとこれとはまったく別の話なのです。

そして、こうした様々な課題をクリアして、ようやく当日を迎えたとしても終わりではありません。アーティスト側の演出要望に合わせて記者会見場でスモークを焚けば、今度は報道陣から「スモークやめてほしい」とか「ミキサーから音声ラインを出して」と言われたりもします。

アーティスト側に必要な環境と、テレビ局や新聞社、WEBメディアなどの報道側が必要とする環境は、必ずしも一致しません。まあまあ大変なわけですよ。

こういうのを見ていると、つくづく「餅は餅屋に頼んだ方がいい」と思います。

ところが、この世界のさらに難しいところは、「餅屋」に見える会社なら大丈夫とも限らないことです。会社の規模が大きく、資本力もあり、立派な看板を掲げていても、ぜんぜん場数が足りていない素人同然の会社も多々あるわけです。

逆に、会社は小さくても、事務所、レコード会社、制作会社、舞台、音響、照明、放送、イベント運営まで、それぞれの事情と力関係を理解している人が間に一人いるだけで、驚くほどスムーズに話が進むこともあります。

私が業界入りした時代は、まだまだ大変でした。

携帯電話もメールもない時代。もちろん検索なんてできません。大きなキャバレーが有名タレントを呼んでくれることも多く、レコード会社の新人イベントといえば、店頭に積んだビールケースの上でのサイン会&握手会なんていうのも普通にありました。

各地の由緒正しい怖い人のところへ挨拶に行ったり、そのまま一緒にお食事へ寄せていただいたりすることも結構あり、「カラオケで歌え!」なんて言われると、「声が売り物なのでサインでご勘弁を」とか言っては凄まれたりもしました。

お客様にギャラを前払いしていただくのも結構あり、出演料は業界でトッパライという当日現金払いの場合も多々あり、バンスと呼ばれる前借りを依頼して来るタレントさんや事務所もいたりして、結構な現金を紙袋に入れて持ち歩いていたことも結構ありました。

今から考えれば、そうやって色々な人に会い、色々な現場を経験し、失敗もしながら場数を踏んで、少しずつノウハウを蓄積していったのだと思います。

結局、タレントブッキングという仕事は「誰をいくらで呼べるか」だけではありません。

誰から誰へ話を通すのか。誰が制作責任を持つのか。どこまでが出演料に含まれるのか。誰が移動・宿泊・機材・舞台を手配するのか。そして、それぞれの会社や人の立場をどう整理するのか。その交通整理までできて初めて「ブッキング」なんだと思っている私です。

jikoこの事故報道は以下のようなものでした。

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横浜市保土ケ谷区の「環状2号」で13日、乗用車とオートバイが接触する事故があり、オートバイを運転していた20代の男性が死亡しました。

事故があったのは横浜市保土ケ谷区今井町の市道「横浜環状2号」で、県警によりますと13日午前11時半頃、加速車線から本線へ合流しようと車線変更した普通乗用車が、追い越し車線から車線変更してきたオートバイと接触しました。

県警は乗用車を運転していた戸塚区の会社員の男(53)を過失運転致死の疑いで現行犯逮捕しました。調べに対し男は「事故を起こしたことは間違いない。ただ、自分の運転が事故の原因になったとは思えない」と容疑を一部否認しているということです。

現場は片側3車線の見通しの良い道路で、乗用車は一番左側の加速車線から本線の真ん中の車線へと進路を変更、オートバイは一番右側の追い越し車線から2車線隣の走行車線へ進路変更し、事故が起きたということです。

県警が事故の原因を詳しく調べています。
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よくありがちな交通死亡事故ですし、詳しい現場検証は神奈川県警が実施されると思うのですが、報道映像や写真を見る限り、少なくともオートバイはかなりの速度で走っていたように見えます。

報道では、乗用車は一番左側の加速車線から本線の真ん中の車線へと進路を変更、オートバイは一番右側の追い越し車線から2車線隣の走行車線へ進路変更して事故が発生したとなっていますが、実際のところはどうだったのか分かりません。

ただ、同じ方向へ走っている(止まっているわけではない)バイクと車の追突事故にしては、乗用車の左リアタイヤが外れそうになるほどダメージを受けているのが不思議です。しかも、乗用車のリアタイヤ後ろにはオートバイのマフラーが残されているんですよ。

スイングアームを見ると、私共が見慣れたスーパースポーツバイクなのですが、この車両はサーキット走行中に大きなクラッシュに見舞われても、車体とエンジンとスイングアームがバラバラにちぎれることは滅多にありませんし、エンジンケースが完全に割れるというのも、そうそうあることではありません。

偶然にもこの場所には、ほんの数十メートルだけ道路際に防音壁が8枚あり、その5枚目を中心に大きなダメージを受け、4枚目と6枚目にも破損が見られます。その周辺に多くの部品が散乱していることから、ここに衝突した可能性はかなり高いと思います。

ここからは推測なのですが、このオートバイはかなりの速度で走行し、右車線から中央車線へ車線変更したところ、何らかの理由でバランスを崩して左側の防音壁に衝突してバラバラになり、滑っていったオートバイのエンジンとマフラーが乗用車左後部に当たって破損させ、リアスイングアームとリアタイヤは慣性でそのまま進んでいったのかもしれません。

ここで重要なのは、どちらに優先権があったのかとか、どちらが間違っていたのかという話ではありません。公道では、こういうことが起きるのです。

前を走っている車が突然車線変更する。合流車線から車が入ってくる。ウインカーを出さずに曲がる車がいる。落下物がある。路面に砂や油がある。公道は自分の道路ではないわけで、みんなで使うものである以上、そんな予想外のことにも対応しないといけない場所です。

だからこそ、絶対速度をできるだけ落とすことが、命を守る上で重要なことだと思っています。

今回の事故で命を落とされた方のご冥福をお祈り申し上げます。

2026年09月15日 05:18

20260914_120338先週末は地域の祭礼でして、バイクチームの皆さんは岡山国際サーキットで開催された選手権レースに出場していたのですが、私は武蔵小山でお祭りのボランティアをさせていただきました。

諸事情により知人の通夜に出る必要がありましたので、珍しくお神輿については、組み立てから渡御、片付けに至るまで手を触れることは避けさせていただきましたが、無事に終わって良かったです。

月曜日は深夜2時過ぎまでお酒をいただき、そこから祭礼用に貼った駐車禁止等の張り紙を剥がし、夜店のゴミ類を拾って回って3時には就寝。5時半起きで、若者の地域拠点のように使われている自宅の片付けと掃除機がけをして、朝8時と10時のリアル会議に参加してから五反田の事務所へ。

久々に落ち着いて昼食をとれることもあり、以前から気になっていた「アルブル」という、非常に手の込んだお弁当を提供してくれるテイクアウト専門店へ行ってみました。

五反田駅から徒歩3分程度の場所にある路面店ですが、注意深く見ておかないと通り過ぎてしまうほど間口の小さなお店です。

インスタグラムによると、毎月8種類程度のメニューが設定され、毎日その中から4〜6種類ほどのお弁当が用意されるとのこと。昨日のメニューは以下の5種類でした。

・ハンバーグ弁当 キノコクリームソース 950円
・ポークステーキ弁当 1,000円
・豚モツのバスク風煮込み弁当 1,100円
・豚タンの生姜焼き弁当 1,100円
・特選国産牛のローストビーフ弁当 1,300円

私はこの中からポークステーキ弁当をチョイス。ニンニクチップは注文時に抜くこともできると書いてありましたが、私はしっかりかけていただきました。「注文を受けてから調理するため3分から6分程度かかります」との注意書きもありましたが、実際にはそこまで待ちませんでした。

味はと言うと、ポークステーキは単に柔らかいのではなく、ステーキらしい食感をほどよく残した焼き加減で、表面は香ばしく、中はふんわりとした仕上がり。

そこにかけられたオニオンソースは、かなりの時間をかけて作られていると思われ、玉ねぎの甘みとコクが凝縮された味わいでした。

ご飯は健康にもうれしい雑穀米。付け合わせの野菜と柴漬けもいいアクセントになっています。1,000円のお弁当として考えると、かなり手間をかけて作られていることが伝わってくる内容で、一般的なお弁当とはひと味違う満足感がありました。

今日からは全日本ロードレースの岡山テストが始まります。なかなか天気が読めませんし、来週の本番は台風の影響も考えられるのですが、まずは皆さんが無事にテストを終えられることを祈りたいと思います。

それにしても、お弁当も少し良いものを選べば1,000円を超える時代になりましたねえ。

原油価格は100ドルを超え、今週は日銀とFRBがそろって利上げするとの観測もあります。食材費に人件費、光熱費、物流費と、何もかもが上がっていることを考えれば、これだけ手の込んだお弁当が1,000円というのは、むしろ安いのかもしれません。

「お弁当に1,000円かあ」と思う一方で、「これを1,000円で作るのも大変だよなあ」と思う。そんな火曜日の朝です。

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