なんて年だ!脱都心オフィス

2020年07月10日

脱ダム宣言から19年

2001年、当時長野県知事だった作家の田中康夫氏が「脱ダム宣言」を出しました。金もムダだが、河川・湖沼の姿や価値を人工的に変えることへのアンチテーゼでした。これ以降、様々な所でダム計画の停止や廃止が相次ぎました。

1つでも中止例が出てくると、公務員と言うのは面倒くさい仕事を嫌うので、反対運動がすごかったり、用地買収が進んでない例などを積極的に中止とする例が出て来ました。単純に言えば「易きに流れる」というのが一般化したわけです。

ただ、長野県では次の村井知事が2007年に「脱・脱ダム宣言」をして元に戻ったので、長野においては田中氏の一時的なパフォーマンスだったのかもしれません。結果的にダムはやめたけど、超巨大な擁壁等が築かれたので、自然の姿を遺すと言う観点でも疑問が残ってます。

ところが、そこから2年後の2009年に前原国交大臣が「民主党の衆院選マニフェス通りに、群馬県・八ツ場ダム、熊本県・川辺川ダムの建設中止」を明言したのです。

その後どうなったかというと、八ツ場ダムは知事が自民党でしたので自民党政権になって工事が再開され今年3月に68年間の時を経て完成。逆に2008年に初当選の蒲島知事は当初から川辺川ダム廃止を宣言していたため計画自体が完全に消滅しました。

ただ、日本三大急流の一つとされる球磨川は水害が予見されていたわけで、川辺川ダムの計画中止とともに別の治水計画が必要だったはずですが、10年以上にもわたって放置されて来ました。ダムはいらないけど、それ以外の治水計画はなく、やる金もないという状態だったわけです。

ただ、地方では川沿いに道路や鉄道が整備され、そこを拠点に町が整備されてます。とくに河川沿いで町が広がった場所は川幅が小さくなってる場合が多く、そこがボトルネックになって越水が起きやす事は以前から指摘されていました。河川で越水や堤防決壊が発生すると被害は甚大になるわけで放置するわけにはいかないはずです。

大雨で氾濫するのが当たり前だった品川区&目黒区内の目黒川は、都市ダムと言える巨大な調整用貯水池を地下に建設して治水に成功しています。安全な河川の在り方についても、再考が必要な時期なんじゃないかと思ってます。

gq1023 at 05:30
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