忘年会なんかいらない新聞の発行部数減

2019年12月16日

最後の宇高航路に乗って来ました

ukouいよいよ昨日で最終日を迎えた宇高航路に高松から乗船して来ました。とても良い天気で、瀬戸大橋がバッチリ見えました。いつものように乗船してうどんをいただき、しばしのお別れを楽しんできました。

玉野競輪の営業担当でビブレも担当していたので、この宇高航路はよく乗りました。ビブレは高松・宇多津・岡山にあり、フェリーで高松店に行き、電車で宇多津店へ行って瀬戸大橋を渡って岡山に戻るってのが営業コースでした。

結構な人数が乗船されていましたが満員と言うことはなく、それなりに全員座席に座れる程度の混雑度合いで、最初は行列だったうどん購入の列も、到着20分前には途切れてゆっくり食べることができました。わかめとトロロの入ったわかとろうどんをいただきました。

帰って来て、このブログを書きながら、あーあ終わっちゃったな―ってが正直な実感です。田舎が愛媛だったので、帰省時は宇高連絡船でした。乗り遅れると宇野の街で1時間ほど時間をつぶすのですが、にぎやかな商店街がありました。

それから10年以上の月日が経ち、瀬戸大橋開通から7年後の1995年岡山に赴任。玉野競輪の営業担当となり、最初に電車で宇野駅まで行ってビックリしました。街がないのです。瀬戸大橋完成からほんの数年で激変してしまったそうです。

玉野市は元々造船の町として栄えたらしいのですが、造船業も韓国や中国の台頭で廃れていき、瀬戸大橋で決定打をくらった感じでした。まあ、いろいろ感慨に浸りましたが、また機会があれば訪問したいと思います。

gq1023 at 06:58│
忘年会なんかいらない新聞の発行部数減