奥多摩の孤立報道出ましたなんで日の丸燃やすん?なんか意味ある?

2019年10月14日

多摩川考察

nikotama多摩川の下流では堤防決壊が発生していないのに氾濫が発生しました。

まずは二子玉川駅南の浸水エリア。ここは約500mにわたって堤防がありません。大正時代に設置された「玉川陸閘(こう)」というものです。ここが越水により水没しました。

歴史的にこのエリアの多摩川沿いには、10軒以上の料亭があり屋形船と漁舟があって、採った魚を屋形船や料亭で調理していた世田谷随一の歓楽街だったといいます。ただ、大正時代中期に多摩川の堤防工事が進み、料亭の存亡問題が発生しました。そこで「洪水になったら立ち退くことを条件に存続した」エリアです。

ところが、料亭は無くなりいつの間にか住宅になってしまいました。そして今回の浸水に至ったわけです。歴史的には洪水になって当たり前だったということになります。写真右側が「玉川東陸閘」で左側が外堤防です。外堤防の内側だけ浸水しました。

死者が出た溝の口は、その昔は中心部を平瀬川が流れていました。用水路の中原堰もあり、様々な水路が流れる溝が多数あったため溝の口という名になったと言われています。山々の水が多摩川に注ぎ込む場所だったのでしょう。

今では水路は暗渠化されて地上では見えませんが、元々水が多いエリアであり、暗渠でさばき切れなかった水が町を襲ったのかも知れません。

武蔵小杉は内水氾濫ですね。JR武蔵小杉周辺は川崎市のハザードマップでも危険エリアとされていました。多摩川から下水が逆流するのを予防して排水路を閉めたから、地域の汚水&雨水が下水管の限界を超えてマンホールから出て来ちゃったのでしょう。

今回は、非常に勉強になった災害でした。被害が広域すぎてどこにボランティアに行って良いのかすら分かりませんが、少し自分の住んでる地域についても歴史的経緯を調べようと思った次第です。
kosugi

gq1023 at 23:33│
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