F.C.C. TSR HONDA ル・マン制覇高血圧で大変

2018年04月24日

31歳で独立して・・・

旅行代理店、大手イベント会社、大手広告代理店を経て独立して20年が経過しました。旅行代理店の時はバブル時代で、カナダ・バンクーバーに住んでいましたが、時給が17カナダドルなんで1700円。1日平均10時間労働で給与が50万円ほどありました。

ただ、お土産店からのコミッション収入が約3%ほど入るんですよ。ロシアンセーブルって毛皮は1500万から2000万ぐらいなんですね。それが売れると45万から60万。5万のカウチンセーターに2千円のチョコレート20個買う程度の人からも3千円ぐらい入る。

1日に扱う観光客の数って15人はいますからね。1日平均コミッション収入が3万として20日で60万でしょ。もっとコミッション収入ありました。でも全額放棄してました。会社の利益にしてもらって、会社が繁栄すればいいなって思ってましたから。

それでも、お土産屋さんがゼロハリのアタッシュケースくれたり、タグホイヤーの時計くれたりするんですよ。あらゆる高級ホテルは顔パスだし、高級レストランは激安で食べられました。零細企業だからこその恩恵に授かってましたねえ。

イベント会社に入ったら今度は皆勤賞ってのがありました。まず土日出社で手当てが2万円。皆勤賞は1か月フルで勤務するともらえるのですがこれが3万円。連続皆勤賞だと倍になる。最大5ヵ月勤務したんで48万円。休日出勤が8万あるんで最高時の手当てが56万ですよ。

でも、27歳で大手広告代理店に入ったら生活は激変しました。当たり前ですが普通にいい給与ですよ。35万ぐらいだったなー。残業手当が10万ぐらいですねえ。賞与は年間6ヵ月分ほどあるから夏と冬に100万ほど。

なんで転職したかというと阪神大震災があって、イベント業はしんどいぞと思っちゃった部分があったんですよ。その心の隙間を突いて転職しないかって話しが親から降ってきた。コネ入社しちゃいました。

なのに亡くなった父に申し訳ないのですが、「給料少ないなあ」と思って独立しちゃいました。決して前職時の仕事は持って行ってません。

あれから20年。どの時代よりも年収は少ないですが、毎月30万ほど振り込まれる給与で生活できるようになりました。住宅ローンが11万。駐車場が3万。光熱費と通信費で5万。子供の学費が7万。残りが食費です。小遣いは賞与を充てる感じですね。

もっと若い時にこういう普通の生活を覚えたかったなー。20代前半なんて北新地で毎晩飲み歩いてたもんなー。毎月100万は飲んでましたよ。会社も「飲んで金になるなら毎晩飲め」って言ってくれてましたしね。バブルってすごかったんですねえ。

所属してた旅行代理店は社員5人だったのが何百人もいる会社に成長してます。大手広告代理店の50歳の同期は年収1200万以上もらってます。でも自分は年収600万円超えませんし社員は11人しかいません。社員に払える給与も15万から45万で賞与は年間2か月です。

ただ、歯を食いしばって頑張ってくれてる社員たちがいるから、頑張れてるんですよねえ。「うちに来ないか」って話しも沢山いただきましたが、「もうちょっと待ってください」って言ってるうちに自分も50代になっちゃいました。

独立した最初はコンサートの音響さんやりながら競輪の企画して食べてたんですよねえ。一時は有名タレントさんのマネージャーにもなりました。毎日食べるために必死でしたが、30代でやっと必死を覚えたのを今では感謝してます。

出会ったすべての人に感謝です。今日も素敵な出会いがありますように。

gq1023 at 07:21
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