鍛冶屋と弟子社長と海外出張

2018年01月09日

星野仙一氏に想う

80468db0.jpg星野仙一氏を振り返るコーナーが様々な番組で放送されてて、そこに15年前の私が登場していて、いろんな方々から「ドアップでテレビに出てた」と連絡をもらいました。

宮根さんのMr.サンデーのが写真にとれたのでアップしました。あの年はオープン戦も含め100試合ほど阪神戦を観戦したのですが、私たちのいた応援団はフーリガン認定されて、私も含め翌年から追放になって観戦禁止となりましたから、懐かしい思い出ということになります。

最後の3週間は完全に仕事を休んでたんで、性も根も尽き果てたって感じでしたねえ。神宮から広島へ行って、ナゴヤドームの後の甲子園でしたっけ。何度か仲間たちにごちそうしたので、一気に100万ぐらいなくなっちゃいましたが、いい思い出です。

星野氏は阪神監督就任前から知り合いでしたが、中日時代はあまり熱い男の印象がありませんでした。97年に奥様が他界されて、「学生時代につきあって、プロ入りと同時に結婚した。全部一緒に暮して来ただけに残念」と、とても悔しがっていたのが印象的でした。

盟友である島野育夫氏をヘッドコーチに99年のドラゴンズ優勝や03年タイガース優勝を実現。でも島野さんがまだ若いのに06年から長期入院を経て07年に他界され、その悲しみを断ち切るかのように11年に楽天の監督に就任し、13年に優勝へと導いたのが印象的でした。

昨年は、長い間友達であった私の友人や後輩が何人も亡くなりました。年齢的に自分も明日は我が身と言うことなんだと思います。ただ、故人の遺志を胸に頑張ると言う意味が、少し分かって来ました。その途端に星野さんの訃報に接し、ただただショックです。

03年のコーチ陣はすごかったですよー。星野さんの人柄ですよね。田淵幸一、佐藤義則、西本聖、達川光男、トムオマリー、岡田彰布・・・ですからねえ。

あの年は、伊良部が日本球界復帰して華々しい活躍をおさめました。星野さんが楽天の監督に就任した年に彼は自殺してしまいました。「困ってるんなら言ってくれればコーチに来てもらいたかったのに」という言葉に星野さんのやさしさが出ていました。

奥さんや島野さんに出会えましたかね。伊良部とは話せましたかね。近藤監督とは話すことがいっぱいあるでしょうね。安らかにお眠りください。

gq1023 at 08:03│
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