なぜ東京大改革が必要なのか?都議選歴史上空前の自民党大敗

2017年07月02日

ええでええでの上田監督

e9166b86.jpg阪急ブレーブスなんて今の若者は知らないでしょうが、泣く子も黙るパ・リーグの強豪チームでした。その黄金期を率いたのが上田利治氏。「ええでええで」が口ぐせのいいおやっさんでした。

実際には日ハムの監督もやって、最後は娘さんが新興宗教に入信したのを救い出すためというお父さんとしての理由でシーズン途中で降板。その後は表舞台に出て来なかったのですが、お亡くなりになったとの報道に、非常に寂しさを覚えました。

私にとっては、山口&山田の両エースに、キャッチャー中澤、ファースト加藤秀司、大橋&マルカーノの二遊間、サード島谷、外野に世界の盗塁王福本豊、そして大熊とウイリアムスってのがスターでした。

当時の西宮球場では1塁内野スタンドに八二会(ヤジカイ)という名物団長のいる応援団がいて、ベンチ上で観戦していました。ファーストの加藤選手は銀のグローブで、ベンチの前なんで上田監督の声や顔も間近に見る事ができました。

というか、当時のパ・リーグって選手や監督と話せたんですよ。普通の選手出入口で声をかけると食事に連れて行ってもらったりしてました。週末はデーゲームも多かったんで、夕方から阪急西宮北口駅周辺で焼鳥とかね。

阪急は強豪でしたがファンが少なく、ホームゲームでは応援旗は当然のこととして、帽子やレプリカユニフォームなんてのももらえました。阪急子供の会に入ってると、会員手帳を見せれば入場無料。なのにラッキーカードの抽選で、ヨドコウの物置くれたりしてました。

この後、梶本監督に代わって蓑田選手が台頭して来て、そんなさらなる飛躍が期待されるタイミングで阪急西宮球場が人工芝に変わって、ブーマーが入るまでちょっと厳しい時代になるんですが、何もかも懐かしいです。

選手とファンをこよなく愛し、とにかく野球を愛した上田利治氏。親しみを込めて上田監督と今も呼ばせてもらいます。上田監督ありがとうございました。ごゆっくりお休みください。

gq1023 at 04:09
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