2016年12月17日

マッキンゼー式の理解と私の違い

717143bd.png広告用語には古くから「リーチ」と「フリークエンシー」って指標があります。リーチってのは広告が到達する割合で、フリークエンシーはその頻度。テレビ広告で言えば各放送ごとの視聴率を足しあげたのが総合計のGRP(グロスレーティングポイント)になります。

一つの広告展開をテーマに上げると、そのGRPが良かったのに商品が売れなかったとします。その場合、マッキンゼー式だと広告領域で「GRP」「視聴者プロフィール」「クリエーティブ」等を、商品価値を「販路」「特徴」「価格」等を積み上げて結論を出すでしょう。

それは各種指標と動向を見て今後の方策を図る方式で、マッキンゼーではそこから読み取れることを整理整頓して総合的に判断して、理論的に全体が合意形成図られるようにします。だから同じ方向を向きやすい。

ところが私の場合は気分屋なので、冷静に分析する気にならない。だって未来なんて分かんないもん。絶対に「imode」が世界に先駆けて新しい携帯端末の未来を切り拓いたんですよ。だけど日本はアホなコンサルとマーケッターばっかりだったから「iphone」にやられた。

私の場合は「エモーショナルリーチ=感情的広告到達度」ってのを大切にしてます。そんな言葉ないですからね。検索しても出て来ませんよ。何なら「新時代の広告指標エモーショナルリーチで勝つ!」なーんてタイトルで本を出してもいいかもですねー。

このエモーショナルリーチって私にとっては重要なんです。スーパーやコンビニのレジ広告出てるでしょ。一番長く見る時って行列してる時ですよ。いやーな感じしません?しかも広告見て買いたくなったら、そのレジの列から出なきゃいけない。こういうの良くない。

マッキンゼー的には「レジ通過客数×平均待機秒数×CM1本単価」なんて計算でペイすると踏むのかも知れませんが、そこで見た商品が売れるかどうかはビミョーな気がします。

何か日本人に受けるように日本代表を前面に打ち出した広告ってあるじゃないですか。「勝利を目指そう」ってのは実は苦手です。どちらかといえば、「最初は試合に出るのも大変だった。勝つのはもっと大変だ。舞台は人を創り育む!」みたいな方が好き。

auの三太郎とかソフトバンクの白い犬とかいいでしょ。あんなのマッキンゼー式の理詰めで言ったら訳わかんないもん。でも嫌な感じがしない。ジョージアの作業員が缶コーヒー飲んでるのもいいですよね。

お葬式には遠くても参列して、最初から最後まで葬儀に参加して、必ず一言ご遺族と会話してから帰る人って、なんかジーンと来るじゃないですか。そんな感じで、別に騒いでないんだけど静かに心に伝わってやさしく響いてるようなのが目標なんですよ。

海外の広告ってそういうの多いんですね。日本でも多いんだけど、埋没しちゃってる。でもいつかブレイクスルーして来るんですよ。有名タレントいらないって時代が来る。

アサヒビールが潰れそうな時に住友銀行から志願して飛び込んだ樋口廣太郎氏。販売店を回って在庫状況を確認。「鮮度が命のビールだ、古いの全部交換しろ!」で死に在庫を一掃。その上で業界のトップたちに「アサヒビールの何が悪いか」を聞きに行った。

私は、これ聞きに行ったんじゃないと思ってます。口コミで宣伝しに行ったんですよ。「とにかく古いの一掃しました。ビックリするようなビールも出します。社員とその家族のために負けられないんです。よろしくお願いします!」とね。エモーショナルリーチですよ。

関西のホテルで行われたささやかなパーティー。アサヒビール西宮工場のパーティーでした。樋口さんが泣いてました。工場長も社員も泣いてました。抱き合ってました。

挨拶では誰かが「本当にみんなとまた工場で働けるようになって良かった。お客様のためにできることができないのは辛かった。この経験をバネに、出来る喜びにひたりましょう。」と言ってました。イベント屋の新人だった私はこの進行を1人でやったのですが、もらい泣きしました。

もちろん理論武装は大切ですよ。合意形成も大切。その上で、自分はアホと言われつつも、エモーショナルリーチも大切にしたいと思ってます。

最後に読売新聞のCM。最後のナレーション「僕たちが声援を送っているのは、僕たち自身なのかも知れない。」の部分に「へ」を加えて、「僕たちが声援を送っているのは、僕たち自身(へ)なのかも知れない。」だったら良かったのになーって思い出しました。

僕の走れなかった道 読売新聞 CM


gq1023 at 07:20│Comments(0)TrackBack(0)

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