親父の葬儀へ向けてとうとうクロニカルが破産に

2016年11月14日

父の葬儀が無事終了しました

360b72cf.jpg父の葬儀が滞りなく終了しました。お葬式だったのですが、急遽お経を極端に短くして、近親者とゆかりの深い方々だけでの葬儀でしたので、すべての皆様からお言葉を賜りました。

最後まで親子のつきあいは少なかったですが、偶然にも2年間の長きに渡って電通西日本岡山支社で支社長と平社員という関係であったので、仕事に対するイズムというか、電通人としての心得は叩きこまれました。

ごく近い家族ならびにお取引先だけの密葬的な葬儀で、父の兄弟も参加しないという超コンパクトな形でしたが、電通ならびに電通西日本関係者からは沢山の供花・香典・さらにご参列を賜りました。皆様とお会いしてお話しができたのはとても大きな財産となりました。

テレビ大阪におられたオダワラさんにもご参列いただきました。開局前後の戦いのお話を聞かせていただきありがとうございます。

家にはほとんど帰って来ませんでしたが、大阪万博、新幹線開通、新幹線延伸、名神自動車道開通、ポートピア81、ユニバーシアード神戸、大阪国際女子マラソン開始、テレビ夢工場、学童誘拐事件、企業社長誘拐事件、毒入り菓子事件、新放送局開局、商業オリンピック開始、花博、瀬戸大橋博、衛星放送開始、旅客機墜落、阪神優勝、天皇陛下崩御、高度成長期からバブル崩壊までテレビと大阪と愛すべき電通の仲間たちに捧げた父でした。

部下の白血病から公共的な視点が急速に備わり、骨髄バンクの創設には驚くほど熱心に関わっていました。

阪神大震災は大きな意識変化だったようです。昔の部下の使い込み発覚から全然違う部署にいたのに「俺が責任を取る」と岡山に転勤したのですが、支社に勤務する入社2年目社員の母親が死亡、白血病の部下が震災直後に骨髄移植ができたのに他界。電通が東京・大阪・名古屋以外を分社化したので、社員リストラの現場責任者に就任。心を痛めている時期に、運良く職場を一緒にすることができました。

・テレビにできる事はもっとあるだろう!それをやるんだよ。
・本人だろうが母親だろうが関係ない。人的被害が出たらトップはそのケアだけを考えるのが仕事だろ!
・分社化した子会社に行かず東京や大阪に転勤して何ができるんだ!この街をもっと考えるようになれ!

まあ上司にも部下にも仕事では同じ口調でして、何度も「あんたが役員だからオレは懇願してるんだよ。オマエは分かったと言って行動すればいいんだよ。」とふんぞり返って懇願ならぬ恫喝している姿が懐かしいです。

23日に大阪で「大野直彦お別れの会」を開催いたします。つるやゴルフ本店8階会議室で、12時半開場の13時から15時までの予定で、出前のお寿司やピザと缶ビール程度ですが、昔話に花を咲かせる場所になればと思っています。引き続きよろしくお願い申し上げます。

なお、お別れの会はさすがにゴルフ用品店の上で祝日ですので、礼服禁止というか平服というよりもカジュアル可で実施させていただければと思います。

gq1023 at 06:19│
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