命がけのメッセージに風刺画!?地震ブレーカーの導入を

2015年01月17日

あれから20年ですか・・・ダメ男でした

312d209a.jpgもう20年ですか。あの日、当時付き合って8年の彼女と六甲アイランドの4LDKもある巨大な自宅で一緒にいて震災にあいました。当日はゲームのやりすぎでイベント現場に行く時間を過ぎてしまい、六甲ライナーを乗り過ごしたので、スーツを着て車で行く用意をしていました。

もう何が何だか分からないほどの揺れと騒音。14階建ての10階の家は免震構造の中央部分なので揺れまくり、家具をぶっ倒し、家中の壁や天井を壊しながら揺れ続けました。揺れが収まってカーテンを開けると、一望できる神戸の街に次々と火がおこってました。

仕事に一人で行くわけにいかず、彼女を着替えさせて駐車場へ。液状化現象で泥水が身長より高い所まで吹き上げる中、車で出発。六甲大橋は大きく段差ができており、板を敷いて乗り越えて橋の上についてビックリ。乗る予定だった六甲ライナーは橋げたごと落下してました。

橋を渡ると地割れにはまり、トラックの方に引き出してもらいました。液状化で地面の状況が見えないので、本来は運転しちゃ危なかったのですが、分かってなかったのです。

住吉インターから阪神高速に乗ろうと思ったのですが、入り口が傾いてる。いやいや、進めば進むほど落下しそうに傾いてる。しょうがないので下を走る43号を進むと、今度は高速道路が倒壊してる。「あーダメだ仕事いけない」ってな程度の認識でした。

北に進路を変えてビックリ。家の半分近くが倒壊してる。人々が本気で「助けてくれー」と叫んでる。怖くて誰も助けられなかったことを、今も後悔してます。だって会社から「今日の神戸国際の坂本冬美できるか見てきて」って言われてたんだもん。全壊で実施できなかったけど・・・。おー、子田さん&佐田さんあの時は大変でしたねえ。いろいろ思い出す。

その後、いろいろあったのですが、ダメ男は代替バスで長時間の通勤が苦痛で、同じ理由で大阪市内に家を借りた離婚目前だったけど結婚してる女性の所にしばしば泊まる様になっていました。当然間違いもおきます。

そんな事をしてるのに、震災の年の10月に転職して岡山へ。8年間つきあった運命の人と結婚。でもダメ男は大阪出張のたびに大阪の彼女宅に上がりこみ、間違っているうちに彼女は妊娠。

勝手に大阪の彼女と暮らそうと思い込み、12月に会社に辞表を提出して当時の嫁さんに離婚を申し入れ、1月に大阪の彼女から「あんたと住むつもりはない」と言われ、行き場も家も仕事も失い、大阪の取引があった社長が借りてた別宅に転がり込みました。

あー、あの直後の玉野競輪場での記念レースは危うく自殺しそうでした。博打に行ったんじゃないですよ。中継の実施広告代理店の現場トップです。前節「王子賞」の初日が一番危なかった。あの日、東京電通の吉岡さんとテレビせとうちの土山さんが「飲もうぜ!」と何度も誘ってくれなかったら、海にドボンでしたねえ。

離婚に必要なお金が払えず、生活費もないのに阪神タイガース応援団「神戸真弓会」ザンマイやってた時に、10代から知り合いの今の嫁さんとつきあうようになり、当時健在だったおばあちゃんに30万円借りて、必死で逃げるように東京に移住しました。

おばあちゃんもビックリしただろうなあ。結婚式に出た人と違う女の人連れてきて「よそで子供つくって前の嫁さんとは離婚して新しい人と結婚するんですが、お金ないから30万貸してください」ですからね。もうメチャクチャです。6ヶ月でヴィトンの10万円ぐらいのお財布付けて返せましたけど・・・。

なんとかお金をかき集めて、必要な費用の9割ぐらいを払って離婚して、それからすぐ再婚。現在に至ってます。そういえば残りの1割払ってないなあ。でも連絡先も分からない。今は町の活動やPTA活動なんてやってますが、エエ加減なオッサンです。はあ自己嫌悪。

震災がなかったら転職してないだろうし、浮気してないだろうし、でも前の結婚もしてないかもしれないし、今の嫁さんと結婚して今の子供はいないだろうし、東京にも住んでないだろうから、これが運命なんですかね。そうなんでしょうね。

生粋の神戸っ子で灘区と東灘区で生まれ育ちましたんで、本当に震災にショックを受けましたが、その後のダメ男の迷走ぶりにも今さらながらショックを受けます。そんなダメ男ですが、まだこの世に生かされてる。これからもダメ男っぷりに磨きをかけて行きます。

(写真は岡山マスカット球場かな?どっかに写ってるかな?)

gq1023 at 05:13│
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