ルマン予選落ちの高杉奈緒子から学んだことブラインドサイド

2013年09月25日

ジャッキー・ロビンソン

dcc07d32.jpgその昔、アメリカには黒人を歴然と差別する社会があった。電車では黒人専用車両にしか乗れず、バスでは後方が黒人座席だった。

80年代になって、ゴールデンタイムで黒人の音楽ビデオが流れたのはマイケル・ジャクソンの登場がきっかけだった。

90年代にアメリカのゴルフ場で黒人がプレーできる場所が増えたのは、タイガー・ウッズの登場だった。何でもそうだが、誰かパイオニアがいて、何かがおきる。

間違っちゃいけないが、彼らがすごいのではなく、彼らを表舞台に登場させようとする誰かがいて、それを応援する多くの人々がいるから、その夢は実現して来た。

そのはるか前、第二次世界大戦終結直後のメジャーリーグに、一人の男が現れる。その名はブランチ・リッキーと言い、ブルックリン・ドジャースの会長だった。勝つために黒人の身体能力を買い、黒人を集客するために黒人をチームに入れることを決断した。

400人のメジャーリーグ選手枠の中で黒人は0名の時代。黒人と白人が一緒にスポーツすることも簡単ではなかった時代。そこにリッチーは風穴を開けた。

その選手の名はジャッキー・ロビンソン。1946年にマイナーリーグ入りし、1947年に晴れてドジャースの一員となる。チームは快進撃を続け、ワールドシリーズ進出を果たした。1949年オールスター出場。1955年にはチャンピオンリングを授かった。

背番号の42番は、アメリカの全ての野球チームで永久欠番である。それは単なるアマチュア野球においてもそうだ。日本では「死に番」と呼ばれて縁起の悪い番号とされているが、アメリカではジャッキー・ロビンソンに敬意を表する番号である。

彼がメジャーデビューした日「4月15日」は、「Jackie Robinson Day」とされている。この日、どのチームの選手も42番のユニフォームを着て試合に挑む。ウソだと思うなら、Jackie Robinson Dayで画像検索してみればいい。

このジャッキー・ロビンソンを描いた映画「42〜世界を変えた男〜」が、11月1日から日本でも公開される。アメリカでもその功績と名声は知っていた人が多いが、どんな努力があり、どんな選手だったかは知らない人が多かったはずだ。それを教えてくれた映画だった。

会長のブランチ・リッキー役にはハリソン・フォード。主役のジャッキー・ロビンソン役は新人チャドウィック・ボーズマン。今では黒人選手がいることは当たり前になったメジャーリーグだが、その最初に風穴を開けたオーナーと選手がいたことを、日本の人々にも知ってもらいたいと思う。

最後に、ジャッキー・ロビンソンはUCLA名誉中退で元アメリカ軍少尉、タイガー・ウッズはスタンフォード大学名誉中退、バラク・オバマはコロンビア大学卒。社会を変える黒人たちには、そのための日々の努力があってやっと敬意が払われる。まだまだ差別社会は続いている事を忘れてはいけない。

gq1023 at 06:55
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