喫煙可能な居酒屋のPM2.5は北京並みらしい人間は自然の前に無力だ

2013年03月11日

東日本大震災から2年

今日で震災から2年です。この2年間、日本の人の多くは、この津波は静かな田舎町を襲ったように感じているのではないでしょうか?実際に現地に入ったボランティアの方々ですら、そのように感じているような気がしていました。

この津波は、海沿いの住宅密集地にやってきたのです。そこは、すべての都市機能が集約された場所でした。役所も運動公園も大規模ショッピングセンターもアウトレットショップもありました。

気仙沼・陸前高田・宮古・南三陸・石巻・多賀町・仙台港・閖上・名取というのは、各エリアの中核を担っていました。決してさみしい田舎町ではありません。

三井アウトレットパーク仙台港は津波に襲われ、すぐ近くのヤマダ電機などの大型ショップの駐車場には、車に乗ったまま亡くなった方が、多数流れ着いていました。

名取は開発されたばかりのニュータウン。仙台で働く多くのニューファミリーが都会的な暮らしをしていました。近くには大規模SCのイオンモール名取があり、その周辺には都会的な店の数々が建ち並んでいます。その海側が根こそぎやられました。

仙台の人々が愛した海水浴場がある閖上は、仙台市のすぐ隣で名取との間に位置していました。漁港を中心に栄えた町には、多くの人々が住んでいました。名取も閖上も小高い丘なんて全くありません。ここも徹底的に被害を受けました。

これらの町には、地元スーパーやコンビニの他に、SCも数多くありました。宮古のキャトル宮古・マリンコープDORA、大船渡のマイヤ本店、南三陸のサンポート、陸前高田のリプル、釜石のジョイス釜石、大槌町のマスト、塩釜のイオンタウン塩釜と塩釜杉の入SC、気仙沼のイオン気仙沼、多賀城のイオン多賀城、それだけ町だったんです。

石巻のイオンモールとニトリは震災のあった3月中に営業再開しました。まだガソリンの供給が追いついてなかったにも関わらず、多くの人々が押し寄せました。同じ日、津波で完全にやられたイオン気仙沼は、屋上駐車場での販売再開をしました。ここもすごい人出でした。

サイゼリアやマクドナルドで食事をして、イオンで買い物をして、映画をシネコンで観るといった生活をしていた場所を津波が襲ったのです。何か報道は、山間部を襲った悲劇のように伝えてる気がしますが、これは住宅密集地におきた甚大災害です。

googleが未来へのきおくというサイトをつくってくれています。震災前後のストリートビューが見られます。このままを、テレビで放送してくれても良いかなと思ったりもしてます。

決して神戸の復旧より遅くて良いわけはありません。ましてや水産加工品では岩手と宮城は日本の中核です。あんな大型船が何百隻もある港はありません。復興はまだとしても、最低でも鉄道と道路の1日も早い復旧が行われることを祈るばかりです。

gq1023 at 08:26│
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