夢って何ですか?これは裏に巨大な犯罪組織がいるだろ

2013年03月07日

石垣空港運用終了

a1ed3ff8.jpg私たち家族を、石垣島と結びつけてくれた石垣空港の運用が終了しました。今朝からは新空港での運用となります。なんだかいろんな思いが入り混じっておりますが、とにかく今は旧空港となってしまったあの場所には、ありがとうと言いたいです。

はじめて降り立った時は、なんて小さい空港なんだと思いました。そりゃそうです。だってボーイング737が燃料満タンにしたら、滑走路が1500mと短くて離陸できないって言うんですから、ものすごい小さい空港です。

1943年に旧日本軍の海軍飛行場として建設開始されたのが、この石垣空港です。私は、サイパンの歴史に興味を持ったことから、南洋庁の歴史へと進み、そして南西諸島に興味を持つに至りました。

歴史の書によると、石垣島には昭和8年に小型機用の海軍平喜名飛行場が完成したらしいのですが、平得という場所に大型空港を建設することとなり、平喜名を北空港、平得を南空港と命名されたとなっています。

その南空港が石垣空港なんですが、海軍資料を見ても、昔の航空写真を見ても、2000m級の滑走路が3本もある立派な空港だったようです。空港横に掩体壕址があるのを見て、「やっぱりここは旧日本軍のものだったんだ」と思ったのを、昨日のことのように思い出します。

昭和19年には陸軍が白保という所に、こちらも2000m級滑走路を持つ空港を建設。宮良秘匿飛行場も合わせると、戦時下には石垣島には空港が4つもあったことになります。

不思議なもんですね。日本の戦争のために造られたのに、アメリカの統治のために使われて、本土復帰の架け橋となって、そこから多くの人々の夢と希望を運ぶ場所に変わって来たんですよね。本当に歴史のすごさを感じます。

さあ、石垣島の新しい1ページがはじまります。昨日の最終便は、南西航空カラーに塗られたボーイング737-400だったそうです。見たかったなー。次回訪問の際は、今まで入れなかった所に入って、いろんな物を見たいと思ってます。

ちなみに、新空港の総事業費は451億円。東京スカイツリーの建設費約400億円より高くなっております。滑走路500m伸ばすだけで良かったのに、島の人と関係ない外部から来た環境保護団体等に反対されまくった結果、新空港を建設する以外の選択肢がなくなっての出費です。

どう判断されるかは、それぞれの皆さんの感覚におまかせいたしたいと思いますが、私は個人的に「勝手に都会から来て文句言ってんじゃねーよ!まず東京や大阪を昔の自然あふれる街に戻してから石垣島の話ししてくれー!」ってのが本音です。

gq1023 at 03:41│ 沖縄・石垣島 
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