津波被害者の気持ちは分かっていなかった夢って何ですか?

2013年03月06日

政権が変わると何が変わるのか?

3b3c00ed.jpg政権交代って何度もありました。細川内閣誕生って20年も前の話しです。阪神大震災は1995年ですから、すでに18年も前ですよね、あの時は村山内閣でした。

細川内閣誕生の時の選挙って、その前の土井たかこフィーバーで躍進した日本社会党を、コテンパンにやっつけたんです。新党フィーバーってやつで、自民党から分裂した小沢グループや武村グループと、全く新しいグループが躍進して、新しいうねりが出来たんですね。

現代で言うなら、大阪市長の橋下さんが新党を結成して立候補して、石原新党と民主党から分裂してできた新党も躍進して、それらで過半数を獲得し、その中で橋下総理が誕生したっていうようなイメージです。

この時に出来たのが、現在の小選挙区制と政党助成金制度です。小沢さんが企業献金をなくすために作らせたのですが、結局企業献金は廃止されず、両方をもらえる仕組みになり、政党と政治家は国家が儲からなくても政党助成金で食べていけるので、政治のための政治をやるようになりました。

この細川内閣って、たったの8ヶ月ほどでなくなったんです。理由は「赤字国債を発行しない」って言う強い姿勢。ほとんどの政党と議員は「国債発行して、その金をバンバン配分させてくれないと、次の選挙で票が取れない」って思ってたわけです。

最後は新党作ったと言っても元自民や元社会って人だらけでしたので、昔のしがらみから抜けられず、身内からも次々と刺客が出て来て、日米首脳会談まで決裂して、細川総理自身が突然辞意表明して終わりました。

辞意表明も、コロムビアトップ師匠と西川きよし師匠で食事に行ったときに「辞めたい」って言ったって話しがバンバン報じられてのことでした。私なんて、しょっちゅう「会社辞めたい」って言ってますけどねえ。

元参議院議員で日本新党の党首だった細川さんは、93年7月18日の選挙で衆議院議員初当選。20日後には総理大臣就任。それから4ヶ月もしないうちに日本新党解散で新進党結党。それから4ヶ月ほどで総理を辞任。最後は衆議院議員も急に辞めました。

そこから自民党はいろんな野党と手を組んで、何度も与党に居続けたのですが、妥協に次ぐ妥協の数々で、何のことやら分からなくなってきたんですよ。新聞には「譲歩」と「配慮」という言葉が踊るようになりました。今日も出てるでしょ「比例区の区割りについて公明党に配慮し…」ってね。これです。

政権が変わってもね、日本は議院内閣制で多数決で物事を決めるから、農村出身議員が多く、支持者に老人が多いわけだから、農村の老人の意見が集約されたのが国会と言う立法府でつくられる法律になるんですよ。大統領制じゃないですからね。

しょせん都会の意見を取り入れるって言っても、結局都会はサラリーマンばっかりだから、本当は優遇しなきゃいけない経営者層や起業家の意見なんて反映されませんしね。経営者と起業家を優遇しないと、サラリーマンの給料なんて上がらないし、事業起こす人増えませんけどねえ。

結局、政権が変わるということは、総理と大臣の名前が変わるだけってことです。アベノミクスと言っても、日経ダウ平均なんてまだまだ1万2千円程度でしょ。小渕政権下では日経ダウ平均は2万円ありましたからね。素晴らしいね多数決社会!

gq1023 at 07:14│
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