笑う門には福来るどうしてこの時期に車やテレビを買ったのか

2012年12月30日

ああ素晴らしき野球の世界

鈴木一朗外野手、1973年10月22日生、身長180cm・体重77kg・右投左打
1991年 ドラフト4位(オリックス) 1軍初出場・1992年7月11日
2001年 シアトルマリナーズ移籍 MLB初出場・2001年4月2日

松井秀喜外野手、1974年6月12日生、身長188cm・体重95kg・右投左打
1992年 ドラフト1位(読売ジャイアンツ) 1軍初出場・1993年5月1日
2003年 ニューヨークヤンキース移籍 MLB初出場・2003年3月31日

どちらも偉大な選手であり、驚くべき功績と成績を上げている。しかし、彼ら自身の中には、誰にも言えない彼らだけの釈然としない思いがある。それはFA。

鈴木は、あと1年でFA資格を取得できたのにメジャー挑戦を断行。結果的に日本人初のポスティングによるメジャー移籍選手となった。それに対する松井はしっかりとFA資格を取得した上での移籍。ここに、誰にも分からない難しさが隠されている。

入団当時の鈴木は、独特の打撃スタイルが嫌われ、どんなに2軍で成績を上げても、1軍起用されなかった。実際にスタメン起用されるようになったのは監督が仰木彬に変わった1994年。実質稼動7年での移籍。それに対し、松井は入団初年度から1軍帯同し、10年間活躍して来た。

野球の神様は、松井と言う男を巨人とヤンキースでチャンピオンにし、ワールドシリーズMVPまで授けた。それに対し、鈴木という男にはポストシーズン出場機会すら2度しか与えていない。

何よりも大きいのは、松井には恩師長嶋茂雄をこの世に残し、鈴木からは恩師仰木彬を取り上げた。確かに時の運かもしれない。しかし神様というのは、全くもって冷徹で厳しい試練を人間に課すものだ。

鈴木がメジャー移籍する当時、いくらマリナーズのオーナーが任天堂でも背番号51を小さな東洋人に与えるのはおかしいと大騒ぎになった。理由はただ一つ、その背番号は直前までランディ・ジョンソンがつけていたからだ。

それが今や51番を鈴木のために永久欠番にしようとマリナーズファンが言っている。その鈴木は今年シーズン途中でニューヨークヤンキースへ移籍し背番号31番をつけた。対する松井は、シーズン中に急遽メジャー復帰の道を用意したタンパベイレイズで35番をつけた。

この年末年始、ともに慣れ親しんだ背番号に別れを告げた同世代の偉大なる野球人二人は何を想うだろう。

来シーズン冒頭、ヤンキースは1日だけ松井の引退セレモニーのためだけの契約を用意しているらしい。そしてその場には鈴木も同じピンストライプのユニフォームを着て並ぶことになるだろう。

余りにも偉大な成績を収めた二人とは言え、まだ40歳にも満たないただの男だ。互いに嫉妬もするだろうし、いろいろ考える所もあるだろう。松井はメジャーリーグのチャンピオンリングを手にしたが、鈴木は日本代表のチャンピオンリングを手にしている。

輝かしい成績と、栄光のユニフォームやトロフィー達と、そのバットやグローブに囲まれてはいても、彼らは孤独な人間としての戦いを続けていくことだろう。

じつは引退を表明した松井だからこそできることがある。松井の日本代表メンバー入り。彼にジャパンのユニフォームを着せたいと思っている人はたくさんいる。その中に長島重雄氏もいる。ああ素晴らしき野球の世界。今年の夢にありがとう。そして来年の夢に乾杯!

gq1023 at 09:11│
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