コジマがビックカメラになっておもうことそもそも「主食」という考え方が違う

2012年05月13日

福島第一原発って津波で壊れたの?

どうも釈然としない。福島第一原発って津波で壊れたんですかねえ?地震ですかねえ?私は最初から壊れてたんじゃないかと思ってます。思うのは勝手ですからね。ここからは推理小説だと思ってください。

福島第一原発3号機は運転早々の1978年11月、すでに臨界事故をおこしていた。定期検査中に抜け落ちた制御棒。これによって臨界となり、7時間半も制御不能に陥った。この事故は、すべての関係者に口外無用とされ、世の中から消し去られたが、関係者の間では、GEの設計した1号機・2号機同様、危険な原発であるとの認識は植えつけられていた。

時は流れ2000年7月、信じられないことにGEのアメリカ人技術者が、過去の点検で異常をみつけたが、東電の発表と齟齬があると内部告発したのだ。それをきっかけに調査が行われた結果、山のように隠されていた過去の問題が発覚した。

同月7月21日、茨城県沖で地震発生。福島第一原発は震度4を記録した程度であったが、2号機と6号機の配管にヒビや断裂が生じ、汚染水が12時間以上も流出する事態となった。なぜか?ここには、設置以来交換されていない配管が山のようにあるからだ。

2010年6月17日、福島第一2号機は全外部電源喪失事故をおこしている。あわやメルトダウンの事態。おそらくこの原発の外部電源受電設備は、地震の前から問題があったのであろう。

2011年3月11日、この日も原発は様々な箇所が壊れたまま運転が行われていた。各種応急処置がおこなわれ、この日も3号機の外部受電設備は交換作業がおこなわれていた。

地震発生と同時に全機緊急停止、5号機と6号機に外部電源を送る「夜の森線」の鉄塔が倒れたため、5&6号機はディーゼル発電機が作動した。

1号機から4号機へ交流電源を送る「大熊線」は維持されたが、外部電源4回線の全てで受電に失敗。非常用ディーゼル発電機作動の事態となった。

各部署では「大地震で原発も緊急停止したので作業のない者は、携帯さえ持っていれば帰宅しても良い」との指示が出され、ペンキ屋・配管工・弁当屋・電気屋といったスタッフは自宅の確認に帰って行った。

そこに津波が来た。津波は燃料タンクを押し流し、1〜4号機のディーゼル発電機に深刻なダメージを与えた。現場に残っている社員達では、どんな発電機を手配すれば良いか分からない。しかし専門技術者の外部スタッフは帰らせてしまった。携帯電話はつながらない。時間は過ぎて行く。

オフサイトセンターなんて誰もつくったことはない。マニュアルはあるが読み方すら分からない。しかも肝心の電源がない。ファックスで連絡とあるがどうやってファックスする?電話もかからない。そんな時間がただ数時間が過ぎた頃、格納容器に穴があいた。事態はメルトダウン・メルトスルー・水素爆発と進んでいった。

なーんてね。推理小説だと何でもかけるからいいね!

gq1023 at 04:43
コジマがビックカメラになっておもうことそもそも「主食」という考え方が違う