ミクロな私・マクロな世界レースはカンパとボランティアで成り立ってる

2012年02月09日

「完成」なんてない「中途半端」しかない

b13fee85.jpg昨日の朝は早朝まで企画書作成して、2時間ほど自宅で仮眠してから、書き足りない部分を加筆しに出かけました。その出かける際に嫁さんが「企画書完成した!?」って聞いて来ました。

もちろん加筆前ですから「いやまだ」って答えて会社に行き、企画書を仕上げてプレゼンテーションしに行きました。完成といえば完成ですが、もっと書きたい事もあったし、プレゼン中にも修正したい部分は見えてました。こんなの毎回です。

それから1日経って、結構重要な事に気づきました。じつは世の中に「完成」ってないんじゃないかと。「納品した」ってだけなんじゃないかと。

舞台でも音楽でもイベントでも、制作していていつも思うのは「完成ってのはない」ってこと。プロの世界には残念ながら納品期日ってのがあって、その期日があるから作品が完成というか販売されるんです。

どんなアーティストでも俳優でもデザイナーでも建築家でも、クリエイター達は皆同じ事を言います。「まだまだだ」とね。そうなんですよ、もっと考えたいし細かく詰めたいんです。

つまり、私の仕事ってのは常に中途半端なんだと思うんです。いや遊びもそうかもしれません。本当は世界中の人々が企画作成に没頭させてくれればいいんですが、親族に不幸があったり、地震がおきたり、町会の餅つき大会があったりで、なかなか一つのことに集中できません。

人生って禅問答の連続ですよね。自分の目の前にある現実と向き合って自問自答して、その中に小さな光を見つけて、それを信じて前か後ろか分からないけど進む。進めば道を誤ったり寄り道したりするから、そしたらまた禅問答。

ブログだけでも集中できないのに、ミクシーやツイッターやFacebookやクリノッペにドリランドですんで、もっと集中できない。「友達のバトルに参戦しよう!」「Hippoさんにコメントが届きました」なんてメールが、毎日100回以上届きます。

人生、どこに気づきがあるかって分かりませんよね。1月20日から1日もジョギングしてません。ダメですねえ。「寒い」「仕事が忙しい」「しんどい」なんてのに自分が負けてるんですよ。嫁さんの「完成した?」って一言に気づかされました。

こんな私の小さな中途半端な人生でも、サクラダファミリアのように、少しづつは完成に近づけられるようにしたいなあと思っている朝です。

gq1023 at 07:44│
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