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2011年01月22日

金淳一選手の約束「8耐には忘れて来た青春がある」

db15a756.jpg私にとって、しばらく8耐ってのは仕事でした。もともとバイク好きだったんですが、そんな趣味の世界は80年代中盤で終わってまして、90年代は、サーキットってのは仕事があれば行くって程度の場所になってました。

1回だけ、おつきあいしてた女性から「サーキットホテルに泊まってレース観よう」ってホンダの優待チケットもらって観戦しましたが、それも1回きりでした。

2000年以降は、前夜祭の音響機材の一部をご発注いただいていて、毎年現場スタッフは現地入りしてましたが、私自身は現場にも足を運ばないようになってました。

ところが、2003年にひょんな事からホンダ様から招待されることになったのです。そこでワークスのセブンスターブースであり得ないものを観る事になります。それはスタートから数分でホンダワークス4台のうち2台が転倒リタイアってものでした。

翌年の2004年は仮面ライダーチームの招待券が当たったのです。その2004年は、金淳一選手がはじめて8耐に第3ライダーで参戦していました。私と同じ年齢の広告マンが、日本最高峰のレースに会社休んでチャレンジしてたんですよ。

しかし、彼のチームは予選落ちしてしまい、金曜日の夕方に私が現地入りした時には、すでに帰途についてました。そう、走っている姿を見られなかったのです。

それから2年後、彼はとあるチームの第2ライダーで参戦し、私もそこにクルーとして参戦させてもらえることになりました。その結果は完走だったのですが、何と言うか、不完全燃焼というか、まあいろいろあったんですよ。

そこで翌年末に「もう1回やらない?」って話しを私が言いだして、「もう1回乗らない?」って話しになって、そして「やろう!」って事になった時に、金淳一選手が一つだけ約束してくれたんです。

「このチームに参加してもロクなもんは得られない。ただ、忘れて来た青春が取り戻せる。」ってね。そして結果はと言うと、まさに忘れて来た青春を取り戻すレースができました。それから、ずーっと青春です。

初年度の結果は予選落ちだったんですけどね。とにかくキリキリと胃が痛むレース。掛川選手は300km耐久ウイーク初日に骨折。8耐本番も誰もタイムが出ない。高杉奈緒子選手なんて足も届かないし、そもそも1000ccは初ライド。しかも計時予選62位だったのに、世界耐久チームが後ろに9チームあって予選落ちになりました。

さらに、掛川選手が予選中に大けがをしたライダーの夢をつなぐために、他のチームに移籍して走ることになったんです。じつは前日に「予選落ちなら移籍して走ってください」って自分が言ってたんですが、そのとおりになりました。

翌年は前哨戦のレースウイークに監督は亡くなるし、8耐決勝はバイク燃えちゃうし、ライダーは何か所も骨折するし、チームはバイク直しちゃうし、金選手は一人で3時間も走ってチェッカー受けちゃいました。

また、忘れて来た青春を取り戻すレースをやりに行くって方が、今年もいるそうです。涙ちょちょ切れる話しですねえ。いっぱいミーティングして、チームウェアのデザインとか考えたりして、思いっきり青春しちゃってください。がんばれみんな!

gq1023 at 06:43│ バイクレース(含む8耐) 
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