内閣不在で…あきらめた人には怒らない

2010年11月23日

人間の器量

58d55d48.jpg世の中には、昼ご飯に平気で3千円もするのを食べてる人もいます。そんなに難しい話しじゃなくて、高級ホテルでカレーやピラフ食べてコーヒー飲んだら3千円ぐらいです。

晩ご飯になると、もっとすごくて1万円は簡単に超える。下手すると1人3万円だって軽く超えるものを食べてる人もたくさんいます。

でも、残念ながら私にはその器量がありません。お金がないんじゃなくて器量がない。だから「地中海風シーフードパエリア4,800円」って書いてあるだけで、「ニチレイのえびピラフなら、スーパーで300円台だぞ」なーんて思っちゃいます。

自分が乗るわけでもない他人のバイクに100万円とか突っ込めるんですから、全体としての器量がないのではなくて、きっと高級料理に対する器量がないのだと思います。

ただし、上手いものには興味深々で、日本中の有名食材は食べに行ってます。往復で何万円もかけて、讃岐うどん食べに行ったりしてます。だから、たぶん高級料理店の高い料理ってのがダメなんだと思うのです。

これ、人に連れて行ってもらってもそう。「えー!この店コースで2万円!」なーんて思っちゃいます。自分が払うわけではなくても、おいしく食べる器量がないのです。

この器量。「エエカッコしい」だった時は気が付きませんでした。見栄だけで高級料理店とか行ってました。家族で行くのはファミレスで、友達や仕事関係で行くのは高級料理店なーんてことも常にやってました。

でも、気づいたのです。「回りも同じ程度の器量しかない」ってことに。回りもへんに高級料理店行っても「高いのにオレにはムダ金だぜ」なーんて思ってるのです。

それだったら「今日は最高のケンタッキー料理をご馳走しますよ」って言って、パーティーバレルに缶チューハイ買ってナイター競馬観に行く方がいい。同じ5万円使うのでも、食事は2人で5千円で、あとの4万5千円は博打ってほうが居心地いい人が多いのです。

帰りに「あー、フライドチキンが5万円になっちゃいましたね…」なーんて言いながら帰るほうが楽しい。回りの人も、そうだってことに気づいたんです。

人間の器量って、簡単には変えられないと思うのです。だったら、無理して強がって自分の器量と異なることをやらないでいいですよね。自分が楽しめる店に行けばいい。

誰だって、身の丈に合った服を着たほうがカッコいい。ブカブカやキツキツはカッコ悪い。ってことは、まず身の丈を知るってことが大切なのだと思います。

仕事も家庭も遊びも、きっとそうなんだと思っている私なのでした。

gq1023 at 07:47│
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