もてぎオープン7時間耐久ロードレース参戦8耐速報

2010年07月31日

命を食するということ

私達の食は、命と引き換えに支えられています。マグロの解体ショーだってちゃんとお祈りを捧げてからはじめます。石垣島の海人は、泡盛を飲む時も、ボトルの口を開けて最初の数滴は神様に捧げます。

食に関する職業に従事している方は、現場に近くなればなるほど、その重みを実感しています。その恵みに感謝し、その食に捧げられた命を大切に扱う事を誓うわけです。それが食に対する当たり前の思いなのです。

昔は、ご飯粒一つでも「お百姓さんに申し訳ないから残さず食べなさい」と言われたものでした。それならば、お肉やお魚なんて「生きていたものを食べるために殺したんだから大切に食べなさい」ってことであるべきなのです。

宮崎県で口蹄疫が発生し、その対策として殺処分が行われました。防疫対策としての行為そのものに疑問はないし、やむを得ない事態であったと思いますが、何か国や大臣が、その旨を伝える方法に大きな疑問を感じました。

そこにいる牛や豚達は、まさか殺されるために自分が生まれて来たとは思っていません。私達にできることは、その命とひきかえにおいしく食してあげるしかないのです。

そこで働く人々も、短い命かも知れないが、生きている限りは家族なわけであり、おいしい食事を食べさせて、快適な環境を与えてあげようと思って働いているわけです。

殺処分を実施する獣医師は、動物の命を守るためにその職についたのです。自衛隊だって無駄に命を犠牲にする仕事を選んだのではないはずです。

命じる内容は「殺処分」かも知れませんが、それにあたって殺される動物達に対する人間らしい言葉や、従事するすべての方々に対するねぎらいの言葉や、すべての命に対する鎮魂の場はないのでしょうか?

生まれて来たばかりの乳牛の子牛が母牛のミルクを飲んでいる。子牛の毛づくろいをする母牛。飼い主である農家のオーナーがブラシをかけ、母牛用にいつもの干草ではなく美味しい葉っぱを差し出す。それから5分。飼い主自らが殺処分エリアに親子を追い込む。そして、薬剤が注射され…。

「国民が見えているのか」なんて偉そうなことを問いかける前に、「現実を見抜く目を持っているのか」というもっとレベルの低いことから問いかけないとダメなのではないでしょうか。

人間ほどの大きな動物達を20万5千頭ですよ。人間だったら鈴鹿市民全部とか岸和田市民全部って規模の殺処分ですよ。

もし私が農水大臣だったら、記者会見なんてやらされたら、殺されて行く牛や豚が可哀そうすぎて、それに従事する人々のつらさで心がいっぱいになって、涙が出てしまうと思います。

命じる内容は同じかも知れませんが、もっと人間らしい、心の通った政治をお願いしたいと思います。

gq1023 at 08:59
もてぎオープン7時間耐久ロードレース参戦8耐速報