2010年07月15日
来年は鈴鹿300km耐久レースはありません
ついに、こんな日が来てしまいました。力至らずで、すみませんでした。
2008年に初参戦する時、「300kmはお金がもったいないから出るのはやめましょう」という全体の意見に反して、「どうしてもやりたい」とワガママを言って、結構なお金を追い金を用意してまで参加しました。
レースウイーク初日から第1ライダーの掛川選手が転倒して肩甲骨を骨折。金選手が1人で300kmを走り切ったレースでした。
昨年の2009年は、モトバムの池澤監督がレースウイークの搬入日に急逝されましたが、ご遺族や多くのレース関係者から「このレースは走らなきゃ」と背中を押していただいて出場した思い出のレースでした。
今年は、とても賑やかで華やかな雰囲気の中で開催されていて、来年への期待が膨らんでいたのですが、レースに必要な労力は8耐と同じであるにも関わらず、入ってくるお金は大違いですから、単純にサーキットの経営を考えたら、当たり前の選択ではあるのですが、とても残念です。
あー、やらせて欲しかったなー、鈴鹿サーキット全体のプロモーション計画。あー、やりたかったなあ、300km&8耐の盛り上げ施策。
(写真は2008年300kmでの池澤監督と岡部メカニック)
2008年に初参戦する時、「300kmはお金がもったいないから出るのはやめましょう」という全体の意見に反して、「どうしてもやりたい」とワガママを言って、結構なお金を追い金を用意してまで参加しました。
レースウイーク初日から第1ライダーの掛川選手が転倒して肩甲骨を骨折。金選手が1人で300kmを走り切ったレースでした。
昨年の2009年は、モトバムの池澤監督がレースウイークの搬入日に急逝されましたが、ご遺族や多くのレース関係者から「このレースは走らなきゃ」と背中を押していただいて出場した思い出のレースでした。
今年は、とても賑やかで華やかな雰囲気の中で開催されていて、来年への期待が膨らんでいたのですが、レースに必要な労力は8耐と同じであるにも関わらず、入ってくるお金は大違いですから、単純にサーキットの経営を考えたら、当たり前の選択ではあるのですが、とても残念です。
あー、やらせて欲しかったなー、鈴鹿サーキット全体のプロモーション計画。あー、やりたかったなあ、300km&8耐の盛り上げ施策。
(写真は2008年300kmでの池澤監督と岡部メカニック)
gq1023 at 07:19│Comments(0)│バイクレース(含む8耐)
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