教科書 琉球・沖縄史面接

2010年05月07日

昨年2月25日のブログを再度ここに記します

fbb8e077.jpg沖縄県本島北部沖にある「伊江島」。周囲約22kmの小さな島です。

昔この島で、旧日本軍が3本の滑走路設置を計画しました。島民から空港を造るとして強制収用したのです。しかし、東と中の2本が完成した時点で「巨大空港島」として米軍の総攻撃を受けました。そしてこの攻撃により、日本軍および島民に多くの死傷者を出す事態となりました。

そこで、追い詰められた日本軍は、滑走路が後で米軍に使用されるのを恐れ、西滑走路は未完成のまま、完成していた東&中滑走路を爆破して逃走しました。

ところが、爆破直後に上陸した米軍によって滑走路は短期間で補修され、当初1,500mだった滑走路を拡張し、本土攻撃のために使用されることとなりました。

そして終戦。島民達が、日本軍も米軍もいない静かな日常を取り戻した昭和22年に、突如として米軍による用地収用が開始されたのです。一度日本軍に収用されていた土地を、終戦後にさらに米軍に収用されることとなったのです。

その後、本土復帰が実現したものの、中&西の空港は米軍に、東の空港は伊江島空港用地として収用され続けています。この伊江島空港、天皇陛下が沖縄海洋博覧会に訪問するために設置されたとまで言われるほど、開港から現在まで利用されていない空港です。

静かな離島の島民に、幸せな日常が戻る日は来るのでしょうか?毎日の馬鹿げた国会茶番劇を見ていて、ほとほと悲しくなって来ました。もっと他にやるべきことがあると思うのですが、あの方々は思わないんですかネエ?

国会の皆さま、総選挙とか経済対策とかの前に、どうかまず国民の平和と安全を守ることを一生懸命お願いいたします。そんな気持ちになりました。

gq1023 at 06:56│Comments(0)

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