2009年06月22日

1996年8耐はサーキットホテルにエロ泊

67c743bb.jpg1996年は、人生ではじめて鈴鹿サーキットホテルに宿泊しての8耐でした。といっても、この年は事情があって大手広告代理店グループに転職したため、その会社伝統の「富士山を駆け上がる徒競走」という破天荒なイベントがレースウイークに開催され、28歳にもなって中途採用=新入社員と同じという乱暴な理由により参加しなければいけなくなったため、最初は行かない予定にしていました。

ところが、嫁ではない年上の女性に「宿泊付きチケット取れるけど8耐行かないの〜ん?」と言われたことから「こんなお誘いに乗らないのは男の恥!」とばかりに方針変更。富士山を駆け上がった翌日に富士山を駆け下りて観戦することにしました。

はじめて宿泊したサーキットホテルは、今までのタコ部屋やテントと比較すると美しく、サーキットにいるのを忘れるほどの高級感に感動したものでした。

エロエロ妄想満タンで鈴鹿入りしたものの、富士山を駆け上がって駆け下りた上に、三浦海岸で所ジョージさんがCMやってたトヨタ(シボレー)キャバリエという車のイメージガールを決める「ミスキャバリエコンテスト」を終えてからサーキット入りしたため体はエロエロならぬヘロヘロ&ボロボロ。

不覚にも、相手の水着を見るために誘ったプール(鈴鹿サーキットのプールは大きいのです)で、しかもリッチに借りたボンボンベッドの上で、レンタルした2時間きっちり熟睡してしまいました。

レースはホンダワークス勢が姿を消す中、ヤマハワークスの芳賀紀行&コーリン・エドワース組が優勝。2位以下に大差を付けていた芳賀紀行選手は、それでもゴール30分前にファステストラップを叩き出しながら力走していました。

はじめてのワークス&はじめての外国人パートナーとの耐久レース。これを支えたのが、1986年以来10年ぶりにコンビを組んだ平忠彦&クリスチャン・サロン組でした。
マシンはヤマハTRX850。今のドゥカティみたいなエンジン音が素敵なバイク。これに大ベテラン2人が乗りながらアドバイスしてくれるのですから、心強いですよね。

正シフトと逆シフトの平忠彦&クリスチャン・サロン組のために造られたギヤのリンク機構も10年ぶりで懐かしかったなー。途中から完全にレース観戦モード。富士登山のあとに鈴鹿ハイキングやってしまいました。

レース観戦後は年上の女性と別れ、翌日の仕事に備えて急いで夜行バスで東京へ。所属先の社員寮のある調布に着いたときには、さきほどまでの夢はすべて消え去り、寂しく3.5畳(風呂・トイレ共同)の刑務所みたいなスペースが私を現実に戻してくれました。

gq1023 at 08:35│Comments(0)TrackBack(0)

トラックバックURL

コメントする

名前
URL
 
  絵文字