海外の金融機関に不安要素本多芸能って破綻してたのか

2009年01月20日

1929年の世界大恐慌って?

乱暴にまとめます。世界恐慌はブラックマンデーをきっかけに始まったなんて話しは、終わった後で人々がつくった物語です。なぜなら株価の底値はブラックマンデーの3年以上も後に来ているからです。

第一次世界大戦後の1920年代に、やたら好景気となったアメリカにおいて、ニューヨーク証券取引所でで1929年10月に株価が大暴落(下落率12.8%)したことをきっかけに生じた金融恐慌といわれています。

でも、暴落直前の5年間に、アメリカ工業ダウ平均は5倍になっていますから、いわゆるバブル崩壊が発生しただけともいえます。だからこれはアメリカだけの話しでした。

ところが、この1年半後の1931年5月に、オーストリアの大銀行クレジットアンシュタルトが株価暴落に伴い突然閉鎖したことから状況が一変。7月にドイツの大銀行・ダナート銀行が倒産。ドイツ大統領令により全銀行が8月5日まで閉鎖。

同年9月にはイングランド銀行が世界金融の中心だった「金本位制」を停止。イギリス通貨のポンドが急落して困ったイギリスが、関税を高めて自国製品保護に走ったため、ヨーロッパ各国で保護主義が台頭しました。

その後も、上下しながら長期的には株価は下落し、1933年2月にアメリカの全銀行が業務を停止。そして金本位制から離脱する国が次々と登場することとなりました。

この保護主義が台頭している期間中も植民地を持っていた各国は物資を自由に調達できたのですが、持っていなかった各国は生活に窮し、結果的にこの金融破綻が、第二次世界大戦への扉となる「日本・ドイツ・イタリアによる植民地獲得への動き」を加速させることになったといわれています。

ところで、この世界恐慌からどうやって世界が復興したかですが、第二次世界大戦によって、気が狂うほどの戦費が使われ、莫大な軍需景気がやって来たためでした。経済の悪化は戦争を招くのです。

経済評論家などが、「ロシアやアメリカの保護主義台頭を懸念する」と言っているのは、まさにこれらの事例から学んだわけですね。

gq1023 at 08:34│
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