2011年02月

2011年02月01日

映像も本も音楽も勝手に発表できちゃう世界

48c81b0c.jpg私の父は広告代理店、母は放送局の広告代理店デスクでした。職場で出会って結婚し、私達兄弟が生まれ、私は広告代理店へ入り、弟は放送局に就職しました。その意味では、人生全部が広告業界からの授かりものです。

メディアと広告のことが大好きだし、メディアと広告の持つパワーも信じてます。そして、自分の創り出すプロモーションプランの効果も信じています。しかし、ふと現実を見ると、恐ろしい現実が目の前に広がっているのです。

テレビや映画に限定されていた映像公開の仕組みはYouTube等の動画サイトによって大きく広がり、音楽や文章の公開方法も無限に広がっています。雑誌や新聞よりツイッターのほうが情報は早く、しかも現実を如実に伝えてくれます。

自分自身も、映像も音楽も文章もインターネットで公開しています。日本語さえ使わなければ全世界が市場であり、コンテンツ制作能力があれば、そこから巨万の富を得ることだって簡単にできるのです。

今、偶然にも、オートバイロードレースの世界から、急速にお金が消えて行くのを目の当たりにしています。だからこそ、私が営んでいる古くからの広告による生活も永遠に続くものか、ものすごい不安におそわれています。

今後はリッチコンテンツメディアという上質で高級なメディア領域が育って行きます。それは映像で言えば、素人が撮影してそのままタレ流すのではなく、中身を吟味してメディアオーナー側が「流しても良い」と許可した物しか流せない世界。

日テレコントリビュートチャンネルとか週刊投稿読売なんて感じで、投稿だけでコンテンツを完成させるって世界です。それを吟味するメンバーが大物で、見る側が素人制作でも安心して見られる世界ってヤツです。

それをやらなきゃいけないのは誰もが分かっているのですが、既存の放送局・新聞社・雑誌社は、まだその方向にシフトしてはいません。なぜなら、コンテンツを一般からの公募ではなく、自社制作する仕組みを持ってしまっているからです。

このリッチコンテンツメディア領域を、ネット業界にコンテンツ評価力が備わる前に既存大手メディアが構築できるかどうかが最後の鍵だと思ってるのですが、自分でやるかどうか迷ってます。

ロードレースもそうですが、既存の世界をブレイクスルーするってのは、過去や今の人々を否定するって部分も含まれるので、本当に難しいですねえ…。

gq1023 at 05:21|Permalink